21話目


 ―― 14th 訓練 ――


 翌日、第二回の演習が行われた。第一回よりは船外活動士パイロット達にも心も動きも余裕ができて、後半まで進めるようになったものの、まだゴールは遠い。

 なぜ誰一人ゴールできないのか、船外活動士パイロット達はようやく開発関係者でもあるケイを頼ることにした。

「これでも難易度は『ノーマル』になっているんだよねぇ」

「ノーマルぅう!?」

 ディックが叫び、セリアが口を大きく開け、ヘルマンが端末を落とし……と皆それぞれに驚きを表現する。

「これがノーマルなのか!?」

「基準がAランクを何年も前に取った、ベテランだからね。ようは単純に、僕たちの実力が足りないってこと」

「……お前、テストパイロットだったんだろ? なんでゴールできないんだよ」

「難易度が『優しいイージー』のね。まだ学生の、おまけにBランクの僕にもゴールできるものだと、ベテランの訓練にならないだろ? それにリアリティの追求の方を主に担当していたから」

 なるほど……とセリア達は肩を落とした。攻略法があるわけではなく、単純に力不足となれば、やることはただ一つ、ひたすら飛ぶことだ。


「スリー、ツー、ワン……スタート!」


 昨日よりも、さっきよりも、少しでも速く――!!

 そんな想いをこめたストームブルー達が、一斉に宇宙に飛び立つ。

 セリアは近づいてくる隕石を避けるために、操縦桿を右に傾け、細かい修正のために左手と左足を動かした。






 ―― 15th 訓練 ――


「……やっぱり駄目ですねぇ」

 なんでこうも上手くいかないのか。天才児達は久しぶりの高い壁にぶつかり、皆で頭を悩ます。

 これはとても単純な訓練のはずだ。飛んでくる隕石を避けるか、それともビームで破壊するかのどちらかしかない。

 シンプルなルールなのに、でもとても難しい。

「回避にロスが多いんですよね……」

 セリアが呟けば、ディックもそうなんだよなと同意する。

 隕石の大きさがランダムで、そのスピードもランダムで、パターンは一切読めない。

 読めないからこそ、際どいところまで様子見をする。だからこそ一度の判断ミスで衝突してしまう。けれど早めに余裕を持って回避したらタイムロスになる。

「ケイは難易度イージーでどうだったんですか?」

「まあ、こんなもんだよ。撃墜ばっかり。難易度をさらに下げてもらったら、ゴールできたけど。僕は多分、数回ぐらいは本物の船外活動士パイロットの動きを見たことがあるはずなんだけど、覚えてなくて本当にごめん。……本物と僕らと、なにが違うんだろう」

 ケイも唸り声を上げる。突然、Bクラスで唯一の船外活動士パイロットとして参加が決定したケイは、とりあえず第二グループに入っている。第三グループではない理由は、Bクラスなので1to1をしたことがなく、ビームの精度が不安すぎるからだ。

「勝手にデータを持ってくることはできるんだけどね。今回は正攻法でいきたいな、個人的に」

「だよな。正々堂々ぶちのめすことに意味がある」

 わかっているじゃねぇかというディックに、ケイは熱血は遠慮したいと言いつつも、眼はやる気に満ちあふれていた。

「ツァーリの意見は? 高みの見物だけなら船外活動士パイロットに戻ってこいよ」

 ずっとこのシミュレーションをモニターで見ていたツァーリに、ディックは矛先を向ける。

 ツァーリなら、と誰もが期待をこめた眼で見つめるが、首を横に振られた。

「……とりあえず、いくつかデータをとらせろ。今から言う方法で、ゴールを目指せ」

「了ー解」

 ツァーリも黙って見ているだけにする気はないらしい。

 すぐに細かな指示を船外活動士パイロットのストームブルーに送り、航海士ナビゲーター達には自分の船外活動士パイロットの数値だけを見ていろと命じる。

 いつもなら偉そうに、と誰かがぼやきそうな光景ではあるが、今はツァーリでも偉そうでもいいからなんとかしてくれという気持ちだった。

 セリアは再びシミュレーターに乗りこみ、指示を確認する。

「ええっと、とにかくぶつからないよう丁寧に避けろ。タイムロスは気にするな、ですか」

 そして次は、スピードを意識して、ぶつかったらぶつかったで構わないという指示だ。

 二つの極端な動きを見て、数値を比較して、そもそもゴールもできないという今の停滞状況の打破を試みようと、ツァーリは考えているのだろう。





「……で、どうでしょうか?」

「わからない」

 二回分のトライを終えた。シミュレーターを降りたセリアはツァーリになにか有効策はないかと訊いてみるが、また首を横に振られてしまう。

「だが、もっと細かい分析はしておく。明日の訓練までには、新しい有効な訓練法を……」

 お願いしますツァーリ様、と皆が祈りたくなったとき、しゃがれた声がドッグに響いた。


「ははぁ、ゴールまでの最適解か」


 ひょいとツァーリの手元をのぞきこんだのは、カオス力学の講義を受け持つ数学者のベクター教授だ。自身のつるつるの頭を撫でながら、眼と脳だけで計算を始める。

「数学的アプローチだけでは無理でしょうな。物理的アプローチも必要でしょう。ふむ、どれどれ」

 勝手にモニターを弄りだしたのは、物理学者である解析力学のキャンベル教授だ。

 そして別のモニターを使って、フリーハンドで数式を書き出したのは、同じく物理学者である連続体力学の教授だった。

「教授!?」

セリアが驚けば、ベクターがにやりと笑う。

「いや、なに、ドクター・カヴァッロが、対抗戦の責任者となることがくじ引きで決まったのでね。渋々見に行ったら散々だったと、今日はずっとぐちぐちうるさかったから、どれくらい酷いのかとみんなで見に来てみたんだ」

 つまり野次馬に来てくれたらしい。教授達は説明を終えると、これはさ、いやそうじゃないでしょう、切り口がね、と口々にデータを検討し始める。

「多分ねぇ、私の予想では……」

 ベクター教授が口を開いたとき、セリアはえいやと勢いよく飛びついた。

 重力1/6となっているこの場所では、簡単に姿勢を変えることはできない。

 ベクターはセリアに吹っ飛ばされ、手をばたばたと動かした。

「だ、駄目です! それ以上は駄目です! 対抗戦は生徒達だけで作り上げるものにしたいと先方にも要望しているので……!」

 セリアの言葉に、三人の教授からブーイングが上がる。

 彼らは、月面カレッジの前身となった宇宙工科大学出身で、ようは月面カレッジのOBだ。初めてのライバル校出現に、自分たちの母校への誇りを刺激されるのは当然のことだろうし、ありがたいことだ。

 でも、この様子では、どれだけ駄目と言っても絶対に口を出してくるだろう。

 未来を察したセリアは、容赦なくぐいぐいと三人を押して、ドッグから追い出した。

「ツァーリ、教授陣へのルールを追加しましょう!」

「……見学は、責任者のカヴァッロ教授以外を抜いて三名まで。喋ったら追い出す。そして見学の許可は二度と出さない。これでいいか?」

「うっ……厳しいです……! でもそれぐらいしないと効果はないですよね……!」

 ではそれで、とセリアはゴーサインを出す。

 またやることが増えてしまった、と端末に新しい項目を入力した。






 翌日、午前中に行われた物理学の講義がなんだか妙だったらしいと、セリアは友人のソフィアから聞いた。

 ソフィアは航海士ナビゲーターのAランクを取り、セリアの専属航海士ナビゲーターになってくれた同期である。

「課題の送信先が、キャンベル教授じゃないんだって。でもあとで提出したかどうか確認はするって言ってたらしいよ」

「企業との提携かなにかでしょうか……? 珍しいですね」

 各国の分担金によって推薦枠が決まり、各国の要望をまとめて運営するため、とにかくこの月面カレッジは営利団体と距離をとっている。

 普通の大学ならよく行われている外部の講師を招いての講演会も、営利企業団体の現職はだめだとか、インターンシップは国連関係のみとか、やたらと制限が細かい。

 へぇ~と感心したセリアに、ソフィアはでね、と苦笑した。

「多分、そろそろ対抗戦実行委員会のアカウントに、メッセージが沢山届くんじゃないかなって」

「……へ?」

「宛先、対抗戦実行委員会に指定されてたらしいよ。今日の十三時から送信可、だって」

 ぴろん、と小さな音が鳴る。このカレッジの端末は、講義中は端末のメッセージ受信の音は鳴らないように一斉管理されている。

 休み時間の今は、小さな音なら鳴るのだが……。

 ぴろん、ぴろん、という小さな音が、ずっと鳴り響いている。

 まさかと慌てて端末を確認すると、メッセージ受信数が次々に増えていく。

「え……? え……ぇええ!?」

「通知は切っておいた方がいいと思う。キャンベル教授は、午前に二コマ、午後に二コマの物理学の講義あるから、四百件ぐらい来るかもね」

「よんひゃく!?」

 あわあわしながら、セリアはソフィアに言われた通り、通知をオフにする。

 着信音は鳴らなくなったが、ぽん、ぽん、とメッセージの受信を知らせるポップが見る度に増えていった。

 とにかく、次の講義が終わったらキャンベル教授のところへ行って、事情説明を求める必要がありそうだった。






「君が昨日、ドッグで言っただろう? 『生徒だけで』ってさ。だから答えは生徒に解かせようって、講義で問題だけ出したんだよねぇ」

 キャンベル教授はグミベアを食べながら、セリアに講義で配ったという問題を見せてくれた。

 教授の研究室の大きなモニターに、昨日の『隕石かけっこ』十六回目のデータの一部分が映し出される。

 大きな隕石のあと、小さなものと中ぐらいのものがほぼ同時に降りそそぎ、それが終わるとまた大きな隕石が二つ飛んできて、その間に小さなものが……というところだった。

 ツァーリにとにかく丁寧に回避しろ言われたセリア達は、見事に避けきったのだが、とんでもない時間がかかってしまった。

「ここを抜ける最適ルートを描き、かかる時間も計算しろ、という問題だよ」

「……軌道計算は、コンピュータシミュレーションを使わずに……というのは、どういうことでしょうか?」

 条件をある程度限定して、コンピュータシミュレーションに任せた方が最適解が早く出る。なのにわざわざ軌道計算だけは手動で行えというキャンベルの意図がわからなかった。

「その方が面白い解答が出るんだよ」

 キャンベルから食べる? とグミベアを手に乗せられた。

 セリアはありがたく頂き、口の中に入れる。懐かしい甘い味に、少しだけ緊張がほぐれた。

小学生プライマリーレベルの物理問題の話になるけど、斜面に物体を乗せて紐で引っぱって動かすときの力~っていうの覚えている?」

「はい」

「あれさ、小学生プライマリーレベルだと、摩擦係数ゼロにして、紐の弾性力も無視して、空気抵抗も無視して、そういう理論上で答えを出すでしょう?」

 答えが簡単な数値になるように、小学生プライマリーレベルの物理問題は設定されている。

 予備スクールになれば、そのあたりの数値を代入した計算や、動摩擦係数や最大摩擦係数を使って場合分けも行う、複雑な計算になり、現実に近づけた問題になった。

「月面カレッジに来るような子は、その『理論上』に慣れすぎてるんだよね」

 キャンベルはモニターを切り替え、ねぇ見てと嬉しそうに写真データをいくつも映した。そこには旅行していますといわんばかりの姿のキャンベルが、色々な遺跡と共に映っている。

「僕はね、この間の休暇に地球で有名な観光地に遊びに行って、そこが山登りに近くて、延々と階段をのぼったんだよねぇ。このまま天国の階段ものぼりきるのかって思うぐらい、息が切れて動悸が大変なことになっていたね」

 すごいでしょと延々と続く階段を見せられる。

 セリアは話がなんだか流れているような気もしたが、そうですねと応えた。

「でさ、理論上は下りの方が足に負担がかかっているでしょ」

「はい。重力分を上乗せした状態の負荷が膝や太ももにかかるので……」

「でもさ、体感はそんなことないわけ。すごく楽。まあ、あとで気づくのかもしれないけれど、下ってるときは、負荷? なにそれ? なんだよねぇ」

 ほらこれ、と下りきったところでピースサインしているキャンベルが映った写真を見せられる。

「ま、僕が口を出すのはここまで。全カレッジ生の様々な最適解を楽しんでよ。時間できたら、メール出してきた子の一覧をちょうだいね。あと面白い解があったら、成績にプラスαするから教えて」

「……はい」

 多分、相当なヒントをもらったはずだ。それを理解し切れていないのは、自分に足らないところがあるからだろう。

 セリアは頭を深く下げてから、キャンベルの研究室を出る。

 おそらく、キャンベルは明日も明後日も、課題といってこの問題をカレッジの生徒にばらまく。そして色々な答えが、セリア達に届く。

「――まさに、全ての生徒で作り上げる対抗戦ですね」

 船外活動士パイロットの1to1の授業を使うという発想まではあったけれど、他の部分も授業で取り上げてもらうところまでは考えていなかった。

 少ない人数で考えたら、出せる答えにはどうしても偏りができる。

 生徒達だけで、という建前を守りつつ、セリア達を導いてくれたキャンベルに、先生っていう職業はすごいなと感心した。答えを教える方が、とても簡単なのに、成長するための最適の方法を選んでくれる。

「教授達にとって、月面カレッジは母校ですからね。寄付金もかなりいただきましたし……」

 勝て、というキャンベル達、教授陣の想いを、セリアはここにきて強く感じた。

「よし、教授達の期待に応えましょう!」

 今日の午後は訓練を一旦中止にして、届いた四百件の最適解の検討作業をしてもいいのかもしれない。

 どうすべきか今のうちにツァーリと相談を……と思いながら中庭を歩いていると、ベンチで話しこんでいる男子生徒の会話が耳に入ってきた。



航海士ナビゲーターのFラン用の物理学でこんな難しい軌道計算問題を出されてもなぁ……」

「俺、Dランの先輩に写させてもらった。だってこれ、出すだけでいいんだろ? 正直、成績に関係ないキャンベル教授の趣味の問題だし」

「そうだけどさ……キャンベル教授、面白かったら成績にプラスαって言ってたし……」



 どうやら、彼らはキャンベルの出した課題についての相談をしているらしい。

 つい歩く速度を緩めて、会話に耳を澄ませてしまう。 

「プラスαなんて、頭の作りが化け物なAランの人達しかもらえないって。お前、どういう軌道にした?」

「簡単な曲線を描くのが精一杯だって! 難しいのにしても、かかった時間の計算ができないし……」

「うわ、ひでぇ!!」

 これはない、と片方の男子生徒がげらげらと笑う。

 セリアはどんな曲線になっているのか興味がわき、行儀悪いとわかりつつもモニターを覗いてみる。

(……単純な、緩い曲線?)

 ゴールまで、二回操縦桿を傾けるだけでいいほどの、単純な曲線だった。

 まとめて隕石を避けるため、距離はかなり長い。タイムロスがあまりにも大きい。――でも、……。

「でも……!」

 セリアは無意識に近寄り、手を伸ばした。

 これだ、と確信を持ち、男子生徒のモニターに触れて勝手に送信ボタンを押す。

「勝手になにすんだ! ……って、あんただれ……あっコギト・エルゴ・スム!?」

「協力、ありがとうございます! これです! わたし、理論上に慣れすぎていました!」

 セリアはそう言うなり、駆け出す。ドッグまでの最短ルートを選んで。

 でもドッグまでの最短ルートすらも、単純な計算で出せるものではない。

 ディックなら全ての障害物を乗り越える真っ直ぐな道を選ぶだろう。

 ツァーリなら障害物が少ないところを選び、速度を落とさないことを重視する。

 ケイなら動く歩道トラブレイターで時間を稼ぐはずだ。

 なら、わたしは……?

「生きものって、結構シンプルなんですよね……!」

 走れ、とセリアは自分に言う。この小柄な身体を生かして、細い道もトップスピードで泳ぐ。それが自分だ。

(――きっと、見えた! この隕石かけっこの攻略法の欠片が……!)

 早くみんなで泳ぎたいと、更にスピードを上げた。

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