Section5-5 無限龍VS炎竜

 連続的に爆音が轟く。灼熱の紅いプラズマが流星のごとく降り注ぐ。それはまるで世界の終わりのような光景だった。

 そんな中を、ウロボロスは愛沙を抱えて疾走していた。

「う、ウロちゃん……」

 愛沙が不安げに瞳を揺らしている。彼女の胸に抱かれる形でパピヨン――ニコという名前らしい――が威嚇するようにわんわん吠えている。

「心配ないよ、愛沙ちゃん。あたしが身を盾にしてでも絶対に火傷一つ負わせないから」

 とは言っても、飛空状態の敵の攻撃を避け続けるだけではジリ貧だ。あの炎はヘルハウンドの比ではない。触れるだけで灰燼と化してしまいそうだ。ウロボロスは〝再生〟できるから問題ないが、愛沙はそういうわけにはいかない。

 この力、あの翼。赤髪の少女はもう間違いなくドラゴン族だ。ウロボロスでも余裕を持って戦える相手ではない。どうにかして現状を変えなければ……。

 やはり、まずは空から引きずり降ろさないことには始まらない。

 ウロボロスは左腕だけで愛沙を抱え直すと、右手で無限空間から〈竜鱗の剣〉――もとい〈ウロボロカリバー〉を引っ張り出す。半透明な黄金色の両刃大剣を片手で一振りするだけで、灼熱の紅蓮弾が三つ、消し飛んだ。

 火炎の流星が止む。

「ウェルシュの炎を斬った……?」

 上空の赤い少女は戸惑ったように眉を顰めていた。まじまじとウロボロスの大剣を見詰め、何事かをぶつぶつと呟いている。

「今だ! 愛沙ちゃん、ちょっと離れてて」

 愛沙を放し、ウロボロスは投げ釣りの要領で〈ウロボロカリバー〉を大上段から振るう。どこまでも伸びる剣身が、釣り糸が重りに引っ張られるように弧を描く。

「なるほど、わかりました。なら、その剣も〝拒絶〟するだけです」

 剣が伸びることには驚きもせず、赤髪の少女は自分の前方に六つの炎弾を並べ、一斉に撃ち放った。対するウロボロスは手元の柄を軽く上下左右に振い、剣身を操作して器用に炎弾を避ける。

「当たんないよ、そんなの」

 伸びに伸びる剣の刃が螺旋を描きながら少女を包囲する。

「いつまでも上にいないでさっさと降りてきなさいなっと!」

 くい、と剣の柄を引いた。すると剣の包囲する幅が一気に縮まり、蛇が獲物を捕えるように少女を締め上げた。ザコ幻獣ならばそれだけでバラバラに解体できるが、そんな手応えはない。だから――

「らぁあッ!!」

 大剣を鞭のように操作し、ドラゴン族の少女を思いっ切り地面へと叩きつけた。ズドゴン! と一際大きな衝突音が木霊し、石タイルの歩道が土煙を巻き上げて陥没する。

 剣をデフォルトの長さまで戻す。あれで倒せたとは到底思えないが、ダメージは期待できる。両足の骨でも折れてくれていれば後は楽なのだが。

「無限に伸長する金色の剣――〈竜鱗の剣〉。ウェルシュの敵はウロボロスですか」

 土煙を吹き飛ばして少女が飛び上がってきた。スタリと地面に足をつけたその姿は傷一つ、否、汚れ一つついていない。代わりに、揺らめく赤いオーラのようなものを全身に纏っている。

「あのまま逝ってくれたら大助かりだったんだけど、そのオーラで防いだわけ?」

「これはウェルシュの〈守護の炎〉です」

 少女は竜の翼とオーラを消し、淡々と答えた。

「ウェルシュ? ……あー、なるほど、ウェルシュ・ドラゴンね。世界の幻獣TCGでは火属性の切り札的レアカード。んで、なんでそのウェールズの赤き竜がこんなとこにいるのさ? あたしは忙しいんだよ。死にたくなければさっさと母国に帰ってスノードン山でも守ってるんだね」

「ウェルシュの使命は紘也様の守護です。だから、今は紘也様がウェルシュにとってのウェールズです」

「意味わかんないこと言ってんじゃあないよ。あたしだって紘也くんを守ってるんだよ!」

 邪魔だ出ていけ、そう言われたことをウロボロスは脳内から追放した。同時に、紘也がウロボロスを滅ぼすためにウェルシュをけしかけてきた、という可能性も否定する。なにかの間違いだ、きっと自分の勘違いだ、と反芻しなければ心が折れてしまうから。

「紘也様を守護するのはウェルシュだけで充分です。他の幻獣、特にドラゴン族は大嫌いなのでいりません」

「あんただってドラゴンでしょうがっ!」

「ウェルシュはウェルシュだからいいのです」

「子供かあんたはっ!?」

 埒が明かない。話し合いは無理だ。手っ取り早くぶちのめした方が性に合っている。

 そう思ってウロボロスが大剣を中段に構えた時、ウェルシュが視線を僅かに逸らした。

「少し、訊きたいことがあります」

 彼女が温かみのない視線で見ているのはウロボロスではなく、愛沙だった。

「ふぇ? わ、わたし?」

「あなたは見たところ一般人のようですが、ウロボロスとはどのような関係ですか?」

 場合によっては殺します、口には出していないその言葉が、はっきりとウロボロスには聞こえた。

 愛沙は低く唸り続ける愛犬の頭を撫でて宥めさせ、自らも落ち着くために深呼吸をし、しっかりとした強い意思を瞳に宿してウェルシュを見た。

「ウロちゃんはわたしのお友達です」

 途端、ウロボロスは胸の内からなにか熱いものが込み上げてくるのを感じた。自分を受け入れてくれる者がいるという安心、こんな状況でも無関係を装わない友情に歓喜した。

「では、あなたはウロボロスの契約者ですか?」

 愛沙は明確な動作で首を左右に振った。

「ううん、それは違うよぅ。ウロちゃんが契約しているのはヒロくんです」

「ヒロくん?」ウェルシュは眉を顰めたが、「それが誰かわかりませんが、魔力がリンクしていないところを見るにあなたは本当に一般人のようですね。――邪魔です。消えてください」

 シュッ、とウェルシュは右手を水平に振った。刹那、そこにいたはずの愛沙が愛犬ごとテレポートでもしたかのように跡形もなく消え去った。短い悲鳴すら聞こえないほど一瞬の出来事だった。

「愛沙ちゃん!? ちょいこらそこの腐れ火竜! 一体愛沙ちゃんをどうしたのさ!?」

「ウェルシュの個種結界の中から弾いただけです。結界に付与したウェルシュの特性は〝拒絶〟と〝守護〟。必要のないものは外へ強制退場させ、そして侵入は絶対にさせません。あとウェルシュは腐ってません」

 ウェルシュ・ドラゴンは侵略者を許さない。〝拒絶〟と〝守護〟の特性はそこから来ている。結界の範囲を考えると、愛沙は公園外のどこかに飛ばされたのだろう。ひとまず安心ではあるが、ここからが本番だ。

 ウェルシュの掌上に真紅の炎が宿った。それが、そこにだけ酸素が大量に存在するのかと疑いたくなるほど勢いよく膨張していく。アドバルーンくらいの大きさになるまで二秒とかからなかった。

 とてつもない熱量がウロボロスの玉肌を灼く。まるで小さな太陽だ。

「一般人は結界内から消しました。ウロボロスは世界から消滅してください」

 ウェルシュは最低限の動きで小太陽を投げつけた。『小』といっても直径は数メートルもある。それをメジャーリーガーも反応不能な剛速球で投げられると避けるのは難しい。

「ハン、さっきみたく斬り捨ててやりますよ。〈ウロボロカリバー〉は耐熱使用なのです」

 ウロボロスは大上段から大剣を振り下ろす。ザン! と空気が絶叫し、火炎球は予定通り真っ二つ割れて霧散した。余裕の笑みで唇を歪めるウロボロス。しかし――

「え? はぁ? なああああっ!? なんで〈ウロボロカリバー〉が溶けてんの!?」

 金色の大剣は刃が三分の二ほど熔解していた。いや、溶けたというより炎に触れた部分が一瞬で蒸発したようにも思える。

 役割をあらかた失った大剣を見て、ウェルシュが微かに得意げな表情になる。

「これはウェルシュの〈拒絶の炎〉です。ウェルシュが拒むものには塵も残しません」

「あっっっんのドワーフのクソジジイ手ぇ抜きやがったな! あたしの鱗で鍛えた〈ウロボロカリバー〉があんな炎ごときに負けるはずないんだよ普通は!」

「ウェルシュが〝拒絶〟したからです。剣のせいにするのはずるいです」

「なあにが『マグマに落ちてもダイジョーブ』だよ! 全然ダメじゃん! 今度会ったら硫酸の海にでも投げ込んでやる!」

「だからウェルシュが、ウェルシュが〝拒絶〟したのです!」

 若干涙目になったウェルシュが初めて叫んだ。どうやら彼女も無視されるのが嫌なタイプらしい。

「〝拒絶〟ね。ホント、世界の幻獣TCGでも選択した一つの属性をなんでもかんでも破壊してくれちゃうから困るんだよね。多属性デッキには弱いけど」

 ウロボロスは周囲を広く見渡した。最初の炎弾群で焼け野原となっていると思っていた公園は、実はどこも焦げてすらいない。最初の炎を斬り消せたのも、〈ウロボロカリバー〉が〝拒絶〟の対象になっていなかっただけ。

 それでも一撃で〈ウロボロカリバー〉を焼滅させたウェルシュの特性は危険だ。〈竜鱗の鎧〉でもきっと防げない。部分消滅なら〝再生〟も可能だろうが、ただの傷と違って治りはすこぶる遅くなるだろう。というか全身を一瞬で消されては〝再生〟も意味がない。

 まとめると、あたれば終わり。

「あんたがあたしと紘也くんの最大の障害物――ラスボスってわけだね。いいよ。それならそれでメラメラと燃えてくるってものです。あんたを捻じ伏せて、あたしは紘也くんとのハッピーエンドを見る!」

「マスターの命令は絶対です。だから他の幻獣を紘也様に近づけるわけにはいきません」

 ウェルシュはその場で回転し、無作為に真紅の炎弾をばら撒いた。それらは不自然に空中で静止すると、落下することなくウェルシュの頭上に浮遊して燃え続ける。

「数撃てば当たると思ったら大間違いだよ」

 余裕を持っているようにウロボロスはそう言ったが、数えるのも億劫なほどの炎弾群を一斉掃射されると危ないかもしれない。

「撃つわけではありません。生まれるのです」

「はい?」

 ウェルシュの言葉は謎だった。しかし、意味はすぐに理解することができた。宙に浮かぶ数多の炎塊が、不定形から明確な形を持つなにかへと変態し始めたのだ。

 まず、太い足と尾が形成された。続いて細く短い腕、蝙蝠の双翼、蜥蜴のような顔が順に作られていく。そして最後は頭部から後方に反り立つ二本の角が生えた。

 真紅の炎竜。サイズは小さいが、それが多数、公園の上空を自在に飛び回っている。

「……眷属」

 ウロボロスは歯を噛み締めた。自らの魔力を分けて生み出した存在。ヴァンパイアのジャイアントバットと理屈は同じだ。

 ただ、見る限り奴らはウロボロスのみを〝拒絶〟する炎で構成されている。突進されるだけでウロボロスは深刻なダメージを負うことになる。

「多対一って卑怯くない?」

 香雅里の式神やジャイアントバットを相手にした時とはわけが違う。

「これはスポーツではないので、卑怯呼ばわりされる筋合いはありません」

「まあいいけどね! 多対一だろうと、最強無敵絶対至高のウロボロスさんは負けませんから」

 強がり、というわけではない。遅延と隙の発生する眷属ならばなんとか戦える。まだあの数の炎弾を隙間なく叩き込まれる方が怖い。

 まずは周りのザコから潰す。これ、ボス戦の鉄則。

 ウロボロスはほとんど柄と鍔の部分しか残っていない大剣を捨てる。放っておけば個種結界の影響も受けて倍速で〝再生〟が行われるだろうが、待っている暇はない。

 空間を歪め、少し大き目の無限空間の扉を左右に一つずつ開く。そこから、ガシャガシャと金属の擦れる音を立てて大量の剣が落ちてきた。

 片刃や両刃、直刀に曲刀など、多種多様な剣が地面へと突き刺さる。共通点は刀身が半透明の黄金色であることだ。

「こんなこともあろうかと、ウロボロス流錬金術で予備を大量生産しといたのですよ」

 そう、これらの剣は全て〈ウロボロカリバー〉のコピーだ。オリジナルと形が違っているのは、能力の劣化を補うための細やかな処置でもある。

「さあて、殺し合いを再開しましょうや――ん?」

 ウロボロスはウェルシュが呆然としていることに気がついた。よく観察すると頭の上から人房伸びた髪がピコピコ踊っている。さらに赤い瞳の中ではお星様が輝いているように見えなくもない。

「……剣がいっぱいでマンガみたいです」

「は?」

「いえ、なんでもありません。殺し合い再開です」

 輝いていた瞳が無感情に冷める。

「なんか今、気になる呟きが聞こえたんだけど?」

「気のせいです」

「あー、そう」

 もしかしたらウェルシュはどこか自分と通じるところがあるのではないか、微妙にそう感じてしまったウロボロスだった。

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