Section3-1 放課後の寄り道

「来い、来い、来い」

 慎重でいて、どこか高揚した感のある声が葛木香雅里の口から刻まれている。

「いやまあ、俺も楽しいからいいんだけどさ」

 紘也は若干の呆れを孕ませた口調で呟いた。その小さな声音は周囲の喧騒に掻き消されて誰の耳にも届いていない。

「来い、来い…………! やった! また一つ取れたわ!」

 蒼洋高校の風紀委員長が、葛木家次期宗主候補が、ゲームセンターのUFOキャッチャーに馬鹿みたいに熱中していた。景品のペンギンらしきぬいぐるみをうっとり見詰めて「……きゅーと」と漏らしている彼女と、三十分前にウロと決闘していた彼女とはもはや別人の域だ。

「カガリちゃんすごい! わたしなんて一個も取れてないのにぃ~」

「べ、別にすごくなんかないわよ。こんなの普通よ、普通」

 誉められ慣れていないのか、香雅里は頬を桃色に染めて愛沙から目を逸らした。多種雑多なぬいぐるみが詰められた紙袋を抱いている彼女は、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。

「一応、俺ら、来週からテストなんけど?」

 紘也の呟きはやはり、騒音の中へと消えゆくだけだった。


「あたしとお友達になってくださいな」

 事の発端はその一言から始まった。

「は? 友達? 妖魔とそんな関係になれるわけないじゃない。馬っ鹿みたい」

 最初はそんな風に突っ撥ねていた香雅里だったが――

「陰陽師だって妖魔を式神として使ったりするんだろう? 友達くらいなれるさ」

「ウロちゃんのお友達なら、わたしのお友達だよぅ」

「ちょっと、纏わりつかないでよあなたたち!」

 この悪友たちは一旦絡みつくとスッポンのように離れないのだ。紘也はもうなるようになれと遠くから見守ることにしていた。

「はい、仲直りの握手だよぅ」

「オゥ、それいいね愛沙ちゃん。なんかこう、〝昨日の敵は今日の友〟みたいな」

「ちょ、わ、私は妖魔が大嫌いなのよ!」

「彼女は葛木兄を誑かした奴じゃないんだろ? 彼女を憎く思うのはお門違いだ」

 そのまま強引に握手が交わされて友好条約が締結してしまった。本人の意思は完全無視。紘也は心中で香雅里に黙祷を捧げていた。

「よーし、せっかくだからこのままみんなで遊びに行こうぜ」

「コウくん、わたしそれ大賛成だよぅ」

「ほらほらかがりん、行きましょ行きましょ♪」

「かがりんってなによ! いや、ちょ、待って、私まだ仕事が――」

 困惑する香雅里を引きずるようにして、紘也たちは学校を後にしたのだった。


 そして、久々に駅前のゲームセンターへ行こうという孝一の提案が採用された。

 もちろん、風紀委員長としての自覚のある香雅里は渋った。だがそこは孝一が『学校帰りにゲーセンへ寄ってはいけないなんて校則はないぜ』とか屁理屈じみたことを並べて説得してしまった。本当に、こういうことになると孝一は強い。

 で――

「カガリちゃんこれで十個目だよぅ」

「に、人形たちがこの狭い箱に乱雑に閉じ込められてるから、私が助けてあげただけよ」

 それが一体なんの言い訳なのかは知らないが、彼女はぬいぐるみが詰まりに詰まった紙袋を片手に頬を上気させている。ゲーセンには行ったことないと言っていたから、その楽しさに目覚めたのだろう。

「ぬわぁああああああっ!? なぜ、なぜ勝てない。幻獣界で〝閃光のウロボロス〟とまで言われたレースゲーマーのあたしが……」

「これで十五連敗だな」

 あちらではウロがレースゲームの前で床に手をついて沈んでいた。その横で孝一が勝ち誇っている。やっぱりウロは最強のゲーム音痴だ。才能としか思えないほどに。

「こうなったら紘也くん、勝負だよ! 負けたらプリクラ一緒に撮ってもらうからね!」

「わかった。受けて立つ。負けてもプリクラは撮らないがな」

 孝一と交代して座席につき、コインを入れてハンドルを握る。画面に勢いよく『GO』の文字が表示されてレース開始。紘也は数あるゲーセンのゲームの中でも特にレース系は得意だった。だからコースを走りながら余裕を持って隣に話しかけられる。

「ウロ、なんだって葛木にあんなこと言ったんだ?」

「あんなこと、とは?」

「友達になれってやつ」

 誰もが曲がり切れないと嘆く死のカーブを紘也は絶妙なハンドル捌きで切り抜ける。

「そりゃあ、学校は友達が多い方が楽しいじゃあないですか。あ、事故った」

「それでも陰陽師だぞ? なんかめちゃくちゃ幻獣のこと敵視してたし」

「でも敵や中立よりは味方になってくれた方がいいよ。紘也くんを守るためああっと転落した!? には多少無茶することもあるだろうから、葛木家と仲良くなっとけばってこんなカーブ曲がれるかっ! いろいろと大目に見てもらえるかもと思ったのです。それにかがりんって面白いよね。弄りがいがあると言いますか」

 最後の方が本音に聞こえる。この調子のいい蛇が打算的な考えで友達を作るとは考え難い。絶対に今思いついたそれらしい理由に違いない。

「しっかしこのコースを選択するとは紘也くんも無謀だね。このコースは、えっと、こ、こ、孝司くん……だっけ? と散々バトったコースなのですよ。完璧にコツを掴んだウロボロスさんに、果たして紘也くんは勝てるかな?」

「ウロ、逆走してるぞ」

「んにょにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 そんなこんなで、あっという間にウロの連敗数は再び二桁まで突入した。完封されたウロは絶望感によろけながらメダルゲームをやっている香雅里に抱きつく。

「かがりん~、紘也くんがいじめるぅ」

「まったくしょうがないわね。私が仇を――って! よ、妖魔の分際で私に触んないで!」

 どうも香雅里は段々と気を許し始めているようだった。

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