Section1-6 魔術師商会の事情

「知らない人もいるかもですから改めまして、美良山仁菜。十五歳です。私は蒼谷市の普通の家庭に生まれたんですけど、小学校四年の頃に魔術――孝一先輩も知っての通り類感系の呪術ですね――それの発動に偶然成功しちゃったんです。孝一先輩には昔言いましたね。で、私的なことに呪術を使うこともまあ時々稀によくあったような気がしないでもないですが、ごくごく普通の女の子として過ごしてきました。そして運命の二年前です。両親の仕事の都合で引っ越したロンドンの学校で、同じように魔術の使える子と出会ったんです。まあ、外人の私をカモにしたイジメっ子たちを呪ったせいでバレた形なんですけどねー。アイツラ死ネバイイノニ。けほんけほん。とにかくその子に誘われて私も世界魔術師連盟の見習い魔術師になりまして、それからなんやかんやあって今こうして孝一先輩と再会できたわけです。あ、私を誘ってくれた子ってのがそこにいる子なんですけどこれがまたビックリでして」

「ストップストップ!」

 状況を整理するために事情の説明を要求した孝一だったが、美良山の口からマシンガンのように吐き出される言葉が終わりそうになかったので強制停止させた。腕に絡みついたままキョトンと小首を傾げる美良山に、孝一は片手で額を押さえながら溜息混じりに言う。

「魔術師になった経緯はだいたいわかった。呪術師としての才能は確かにあったからな。でもな、なんでここにいる? 見習いが軽い気持ちで首を突っ込んでいいもんじゃないぞ、『オレたち』は」

「言ったじゃないですかぁ、なんやかんやあったんです」

「そのなんやかんやを知りたいんだ」

「なんやかんやはなんやかんやだって聖徳太子が言ってましたよ?」

「言ってないと思うぞ、聖徳太子」

「ところで聖徳太子と小野妹子ってどっちが攻めでどっちが受けだと思いますか?」

「どうでもいい!?」

 過去の偉人を使って男の熱い友情を妄想し始める中学時代の後輩女子に、孝一はもう『裏の顔』としての感情制御を九割以上手放してしまっていた。

 そんな孝一を見て美良山がクスッと小さく吹き出す。

「よかったです。やっぱり私の知ってる孝一先輩です。さっきまでのピリピリした感じはなんか怖くて、実は別人なんじゃないかって疑ってました」

「……く」

 安心した微笑みを浮かべる彼女に『してやられた』と気づき、バツが悪くなった孝一は視線を明後日の方向に向けて頭を掻くのだった。

「……あーくそ、調子が狂う」

 おかげで緊迫していた場の雰囲気がずいぶんと緩んでしまった。その証拠に後輩たちから殺気や敵意は消失し、警戒心や緊張感もほとんど伝わってこない。それどころかリーダーである孝一をネタにしてガヤついてさえいる。

「孝一先輩の彼女か」「凄まじいな」「『元』彼女よ」「今はフリーのはずだわ」「やめとけ、聞かれたら呪われるぞ」「呪術なんて使わせるわけないじゃない」「あの子程度も瞬殺できない雑魚なんてここにいるの?」「裏の時の先輩が狼狽してんの初めて見た」「美良山仁菜、恐ろしい子……」「先輩、絶対尻に敷かれるタイプだ」「てか彼女うらやま」「そうだ先輩うらやましい!」「諫早先輩モテるからなぁ」「まったく爆発すればいいのに!」「お前らしっかり聞こえてるからな!?」

 孝一の一喝で段々と騒がしくなってきた後輩たちは再び沈黙した。彼らも普段は表と裏の顔を使い分けているが、仕事中にこれほど緩んだ空気になったのは初めてだ。

「なんやなんや、実はえらい楽しそうな集団やったんやなぁ。ボクはこっちのノリの方が好きやなぁ」

 劉文海はいつの間にか取り出した扇で顔を仰ぎながら面白そうに笑っていた。孝一は無理やり気持ちを冷まして彼に無言の一瞥をくれてやると、ニコニコと見詰めてくる美良山に改めて問う。

「次は真面目に答えろよ。どういうことなんだ?」

「はい。えっとですね、単純に辰久おじさんと文海さんの話を聞いちゃったんですよ。日本に行くって聞こえたので『私も一緒に連れてってくださぁい❤』ってお願いしたら二つ返事でオーケーもらっちゃいました♪」

「……」

 いくら両者とも人当りがよく話し易いとはいえ、仮にも連盟が誇る大魔術師と大規模魔術師商会の副会長の話に割って入るとはとてつもない度胸である。いやそんなことより、見習い魔術師に聞かれてしまうような場所で話し合いをしていたのかあのおっさんは?

「安心しいや、孝一はん。外で重要な話なんてしてへんよ。仁菜ちゃんにあんさんのこと伝えたんも魔術的に保護されとった個室やし」

「そもそも親父さんがなんでオレたちのことをバラしたのかがわからない。美良山にはもちろん、あんたにも」

「寂しいこと言わんといてぇな。ボクはずーっと前から知ってたっちゅうのに。あんさんらが持っとる武器の中に魔術的なもんもあるやろ? それ、ボクら『払暁の糧』が用意したんやで?」

 孝一が普段使っているサバイバルナイフは市販の物だ。だが、劉文海の言う通り魔術的な効果を持つナイフも数本所持している。それらは辰久から与えられた武器だが、その出所は『払暁の糧』だったわけだ。

 彼らは昔から間接的に孝一たちと関わっていた。

 相変わらず胡散臭いが……その点で言えば秋幡辰久も同レベルだ。少しは信頼できるのかもしれない。

 と――


「ねえ、そろそろ本題に入らない?」


 今まで無言を貫いていたもう一人の魔術師見習いが初めて口を開いた。美良山と同じ年頃のアニメ調の声。フードを取らないまま腰に手をあてて孝一たちを見回す姿は少し苛立っているように見えた。

「悪い。そうだな。雑談している場合じゃないな」

 美良山の登場が強烈過ぎてすっかり忘れていた、などとは言えず、孝一は腕を絡めていた美良山をそっと放して一つ深呼吸。気持ちを切り替える。すると美良山は不満そうに頬を膨らました。

「えー、せっかく久々に会えたんですからもっとお喋りしたいですぅ。具体的には孝一先輩と秋幡紘也先輩の深くてあっつあつの友情について腐腐腐フフフ

「語らないぞ!?」

「そういうのは後でもいいでしょ、仁菜ちゃん。先に仕事を進めるの」

「ぶー」

 膨れっ面で渋々と孝一から数歩離れる美良山。呆れた様子で肩を竦めるもう一人の魔術師見習いは、美良山とは仕事仲間と言うより友人に近い関係だと思われる。美良山を連盟に誘ったのが彼女という話だったが……。

「本題の前に、あんたは?」

「あー、わたしは名乗るつもりはないから気にしないで。魔術師の世界だと、下手に名乗ったり顔を見せたりしたら命取りになることもあるから」

 素っ気ない態度だが、理由は納得できる。そこにいる美良山がいい例だろう。彼女は対象人物の似顔絵を描くことで呪いをかける。敵に回すなら顔バレは厳禁だ。

「……仁菜ちゃん、なんやボクら遠回しに馬鹿にされた気ぃするで」

「ですねー」

 しっかり名乗った劉文海と美良山は並んでしょんぼりしていた。

「文海さんは問題ない実力があるんだから別にいいの。わたしがまだ簡単に名乗れるほど強くないってだけ。でも仁菜ちゃんは迂闊よ。今回はたまたま知り合いだからよかったけどね」

 魔術師としての経験が美良山より多いからか、フォローと注意を同時にこなす彼女はとても見習いとは思えなかった。

 ――ていうかこの声、聞き覚えがあるようなないような……?

「呼ぶ時に困るなら『シトロン』でいいよ。ネットのハンドルネームだけど、文海さんたちにはそう呼んでもらってるから」

 シトロン……インド東部原産のレモンと類縁関係にある果実のことだ。なにか意味があるのかはわからないが、とりあえず追求はしない方がいいだろう。

「なあ、そろそろ本名教えてくれへんか? ボクも気になってんねん。仁菜ちゃんだけ知っとるっぽいし、不公平や」

「やだ。仁菜ちゃんは友達だけど、文海さんは胡散臭いもん」

「わー、酷い理由。信用されへんとか商人失格やで。ダメ商人やぁ……」

「もういいから本題に入ろう」

 恋人にフラれたように地に手と膝をついて残念なポーズを取る劉文海は、なんとなくわざとらしいので放っておくことにした。孝一もスルースキルに磨きがかかってきたことを自覚しつつ本題――今回の任務の詳細について訊ねる。

「この街に来た魔術師ってのはどういうやつで、なにが狙いなんだ?」

「えっと、魔術師の名前はキリアン・アドローバー。数ヶ月前に辰久おじさんがぶっ潰した犯罪魔術結社の残党です。はい、これ顔写真」

 そう答えた美良山がローブの懐から写真を取り出して孝一に渡した。映っていた人物はヨーロッパ系の白人男性で、年齢は三十歳後半といったところだろう。両目が隠れそうなほど伸ばした青灰色の髪に無精髭、頬は若干痩せこけている。

「得意としてんのは儀式系の魔術やな」立ち直った劉文海が続きを紡ぐ。「時間かけて場を神殿化し、そん中でなら様々な面ですこぶる有利になるっちゅう術式や」

「となると、本格的な行動を取るまでに準備期間がありそうだな」

「せやな。目的は恐らく、辰久はんの息子の誘拐または殺害。まあ、完全に復讐やろうな」

 目的は想定内である。この十年間で『秋幡辰久の息子を狙って帰ってきた者はいない』と噂になっているが、それでも本人に直接報復するより可能性があると思われているのだろう。紘也を狙ってくる魔術師は後を絶たない。

「で、なんでこの男を『払暁の糧』が追ってるんだ?」

「それがなぁ、聞いてぇな孝一はん! こいつ、ボクの店から物盗みよったんや! しかもちいとばかし危ないもんをな。せやからボク自らオトシマエつけたらなあかん思てん、辰久はんに相談したんや」

 大規模魔術師商会が窃盗を許してしまったとあっては信用にも響くだろう。それも大した力もない魔術師たった一人に、だ。その事実が公になる前に自分たちでケリをつけたいのだろう。

 そして恐らく、この件は『払暁の糧』内部でも明かされていない。副会長である劉文海が一人で対処しているのが証拠だ。

「その盗まれたものってのは?」

「妖刀〈朱桜しゅざくら〉っちゅうて、斬った相手の血ぃ吸ってどんどん禍々しく強化されていく刀や。当然、呪われた武器らしく持ち主を狂わせる性質もあるで。他にも何個か厄介な力が備わってんねん。とにかく放っといたら大変なことになるかもしれへん」

「……間違って一般人の手に触れたら通り魔どころの騒ぎじゃなくなりそうだな」

 妖刀や魔剣の類はきちんと制御できる者が管理しなければならない。キリアン・アドローバー自身、既にその妖刀に狂わされている可能性もある。紘也を狙うという理性が働いている内はまだいいが、完全に妖刀に支配されては無差別殺人が起こるだろう。

 しかも斬れば斬るほど強くなる刀となれば厄介極まりない。

「できれば儀式魔術が完了する前に見つけて叩ければいいんだけどね」

 シトロンの言う通り、早急に手を打つ必要があるだろう。

「生憎とボクは探知は苦手分野なんや。この子らも見習いやからそこまでの力もない。せやから孝一はんらが頼りやで。あんさんらの魔術師を嗅ぎ分ける感覚は下手な探知魔術より優秀って聞いとるさかい」

「それはどうも……」

 探知となると葛木家に頼むのが手っ取り早くはある。しかしこれは秘密裏に処理しなければならない案件だ。でなければ孝一たちに話が回ってくることはない。

「了解した。明日中には見つけて始末してやるよ」

「そら早い。報酬には色つけとくさかい、頼んまっせ♪」

 景気よくそろばんを弾くジェスチャーをする劉文海だったが、ふとなにかを思い出したように眉を曇らせた。

「ただな、一つ気がかりなことがあんねん」

「なにがだ?」

 問うと、劉文海は自信なさげな笑みを浮かべて言う。


「確かめたわけやないんやけど……キリアン・アドローバーを追ってるん、どうもボクらだけやないみたいや」


        ∞


 蒼谷市市街地に立つ高層ビルの屋上から、『彼』は煌びやかな夜景を眺めていた。

 鼻をすんと鳴らし、口の端を僅かに吊り上げる。

「……臭うな。クソな魔術師のクソみたいな悪臭が。巧妙に隠しているようだが無駄だぜ。『狼』の鼻はそこいらの『犬』よりよっぽど利くんだ」

 屋上風に長髪が靡く。『彼』は屋上の端ギリギリまで歩み寄り、そこからぐるりと周囲を見回した。

「ハハハ! なにが目的でここに来たのか知らねえが、クソ魔術師の墓場にしちゃあ、この街はちょーっと綺麗過ぎるな!」

 声高く笑うと、『彼』は数十メートルもある屋上からなんの躊躇いもなく飛び降りた。高所から落下したとは思えない軽さで真下の歩道に着地した『彼』は、驚く一般市民たちになど目もくれず歩き出す。

「ま、せいぜいてめえの薄汚え血で街を汚さないように狩ってやるよ」

 静かにそう呟き、『彼』は一人路地裏の闇へと消えていった。

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