Section3-3 ハイテンション・サマー

「青い空!」

「……白い砂浜」

「焼けつく太陽!」

 漫画だったら三コマ割り振られそうな台詞を吐くウロ、ウェルシュ、孝一の三人。示し合わせるかのようにそれぞれがアイコンタクトを送ると、横一列に並んでテンション高めに声を揃えて叫ぶ。

「ザ・オーシャンブルー!」「……眩しいです」「海だぁーっ!」

 ぐだぐだだった。

「なにやってんだ、あいつら?」

 紘也はビーチパラソルをセットしながら思う。こっち手伝え。

 ここは鷺嶋神社の裏手、つまり半島の先端だ。そこには三日月状に開いた、これまた天然とは思えないほど綺麗な砂浜がある。近くに民家が鷺嶋家しかないおかげか、ゴミなどの景観汚染物質はほとんど見当たらず、砂は白くサラサラで海水もよく澄んでいる。海水浴をするには最適の隠れスポットというやつだ。

 昼食を終えた紘也たちは一旦家に戻り、海水浴の支度をしてこの場に集まった。こうなることがわかっていたなら最初から用意していたものの、孝一の突発性には毎度毎度振り回されてばっかりである。

 まあ、それを楽しんでいる自分もいるのだけれど。 

「おいおいウロ、ウェルシュ、そこは『海だ』で合わせるとこだろう?」

 トランクス型の海パンにアロハシャツにサングラスと気合い充分の孝一。たぶん、奴は最初から用意していたに違いない。海パンだけでなく、鷺嶋神社近辺でできるあらゆる『遊び』を想定した物資を。

「いやいや、そんなテンプレ面白くありませんよ。それよりかがりんが用事で遅れるってどゆことですか? せっかく一緒に叫ぶつもりだったのに」

 ウロは長めのパーカーを羽織っていてどんな水着なのか判然としない。「紘也くんに一番に見てもらうんですよー」とか言い出しそうなので二人っきりにならないよう気をつけねば。あと香雅里は絶対叫ばないと思う。

「……太陽を見てしまいました」

 ウェルシュは赤を基調としたヒラヒラのフリルつきワンピース水着だった。普段着も赤いワンピースだが、水着なので布が少なくピッチリしていて可愛らしい。アレも紘也の父親がウェルシュに買ったものだとか。いつぞやのメイド服と違って稀に見るまともなセンスだ、と紘也は論点の違う部分で深く感心した。

「あはは、ウロちゃんたち元気だねぇ」

 砂浜に体操座りで腰を下ろした愛沙が微笑ましくニッコリした。フリルティアードのツーピースビキニは控え目な薄黄色で、愛沙の純粋さがそのまま表現されていてよく似合っている。

「元気過ぎて暑苦しいけどな」

 ビーチパラソルのセット完了。日陰になった部分にビニールシートを敷く。

《人間の雄。あの者どもは一体なにがしたいのだ?》

 と、横から八つに重なった声をかけられた。振り向けば山田がマンゴージュースをストローで吸いつつウロたちをジト目で眺めていた。

「海に入る前のお決まりの儀式なんだ。やっとかないと波に攫われて海の藻屑となる」

《なに。そのような重要な儀があるなら先に教えろ! 行くぞ愛沙!》

「ふぇ? わたしも?」

 紘也の口から出任せを真に受けてしまったらしい山田は、愛沙の手を引っ張ってトッタッタと波打ち際まで走った。それから真面目にも『青い空~』から叫び始める二人。ヤマタノオロチは水害の象徴だろうに、あいつもなかなかにからかい甲斐のあるアホだからおもろい。

 その山田もワンピース型の水着だった。ただし色は紺で余計な装飾はなく、ファッション向けというよりは競技向けに思えるデザイン……わかりやすく言えばスクール水着だ。胸元に刺繍されたネームには『さぎしま』と書かれてあるからこれも愛沙のお古だろう。

 にしても山田の幼児体型でスク水とか……驚くほど似合い過ぎてまた噴き出しそうだ。

「ひ~ろ~や~くん♪」

 ゾワゾワッ。

 不穏を煽る呼び声が聞こえて背筋が凍った。しまった、愛沙も離れてしまった今、紘也は一人だ。

「フッフッフ、ついにこの封じられし禁断の肉体を解放する時が来たようですね」

 厨二病なら余所でやれ。

「おーいウェルシュ、ジュースあるけど飲むか?」

「オゥ!? こんな意味深にパーカーで隠してまで水着見せてないのにスルー!?」

「ジュース飲みます」

「腐れ火竜も素直に呼ばれてやってくるんじゃねーですよ! せっかく紘也くんと二人っきりになれたのに!」

 悔しげに地団太を踏むウロだったが、それでも妥協したのかパーカーのファスナーに手を持っていく。

「もうこの際です。腐れ火竜はいないものとして紘也くんに水着を評価してもらいます」

 バサッとパーカーを投げ捨てる。その下から現れたのは――蛇柄の、布面積の少ない際どいビキニだった。胸元をこれでもかと強調させているため普段より大きく見えてしまう。とても直視しづらいのだが、

「にゅふふ。どうです? セクシーです?」

 腰をくねり、片手を頭の後ろにやるウロがあざと過ぎて幾分か心が冷めてしまった。

「蛇柄ってのがお前らしくていいな。似合ってる似合ってる」

「なんか凄いテキトーに聞こえるのは気のせいですかね? あとこれ蛇柄じゃなくてドラゴン柄です」

「え? どう見てもニシキヘ「ド ラ ゴ ン 柄 で すっ!!」」

 声を重ねられた。なんとしてでもドラゴン柄にしたいらしい。紘也的にはどうだっていい話なのだが……。

「まったく紘也くんはいつもいつもあたしのこと蛇蛇蛇蛇って馬鹿の一つ覚えですか? あたしゃドラゴンだって言ってんでしょ! 大概にしてください!」

 ブチ切れられた。

 確かに、少しくどかったかもしれない。ウロの方から蛇っぽいことしてくるから半分ツッコミ待ちだと思っていたが、どうやら紘也が考えている以上に深刻な悩みだったようだ。

 反省するのはなんか癪だけれど、これからは目潰し同様その辺も控え目に――

「というわけで、紘也くんには罰としてあたしにサンオイル塗ってもらいます! 紫外線はお肌の天敵ですからね!」

「さてはお前、その『罰』を作るためわざと蛇柄選んだんじゃないだろうな?」

「ホワッツ? そ、そんなわけない、ですよ。うん」

 だらだらと滝汗を流しながら虚空に手を突っ込んでサンオイルを取り出すウロ。こいつ絶対図星だ。紘也に『蛇』と言わせることが計算だったとは……まんまと罠に嵌ってしまった。

「さあ紘也くん塗ってください。ぬちゃぺちゃくちゃーって万遍なく」

「いやお前日焼けしてもどうせ〝再生〟するから意味ないだろ?」

「ひゅーひゅー♪ え? なんか言いました?」

「都合が悪いからって口笛で誤魔化すなよ!」

「マスター、ウェルシュにも塗ってください」

 頭が痛いことに横から対抗馬が出現。呼んだ奴を間違えた。さっき視界の端で酸素ボンベと手銛を持って颯爽とダイビングしていた孝一を呼べばよかった。

 どうすればこの場を回避できる?

 どうすればこの幻獣たちから逃げられる?

 出会った当初以来の逃避願望を叶えるために逡巡していると――トン。ウロが静かにその身を紘也に預けてきた。

「紘也くんは山田とはキスまでして……あたしにはタッチもしてくれないんですよ。こんなに紘也くんのこと想ってるのに、ちょっとくらい応えてくれてもいいじゃあないですか」

 顔を紘也の胸に埋め、肩を震わせてウロは呟くように言う。キラリと一滴の雫が零れ落ち、砂に染み込んで消える。

「ウロ……?」

 彼女の急な変化に、紘也はどう対処すればいいのかわからず狼狽していた。

「紘也くんは、テンションの高い娘はお嫌いなんですか?」

「そ、それ以前にお前は幻獣で――」

「紘也くんは、山田みたなロリがお好きなんですか?」

「いやそれはない。断じて」

 うっうっ、とついに嗚咽まで漏らすウロ。助けをと思ってウェルシュを見るが、彼女も状況を理解できず呆然と突っ立っているだけだった。

 ウロが顔を上げ、涙で潤んだ青い瞳を紘也に向けて言う。


「紘也くんは、あたしがお嫌いなんですか?」


 ストレートな問いかけ。

 言葉に詰まる。

 けれど、なにかを答えなければならない。

「す――嫌いじゃ、ない」

「本当?」

「ああ、俺はウロのこと、クリスマスケーキに乗ってるサンタより好きだ」

「紘也くんが、あたしを、好きって言ってくれたぁ♪」

 にへら、とだらしなくウロは笑う。都合の悪い部分は聞こえてないらしい。

「じゃあ、サンオイル、塗ってくれますか?」

 紘也にオイルの入った瓶を差し出してくる。ラベルに印刷されている『∞』のマークが激しく気になったが、仕方なく受け取ることにした。

「わかったよ。やればいいんだろ、やれば」

 それでウロの気が済むのなら、今日くらいは素直に付き合ってやってもいいか。

「く、ふ、はは……」

 と思っていた紘也であるが、ウロの肩の震えが異質な変化を遂げていることに気づいた。

 ウロは紘也からバックステップで跳び退り、ぐっと握り締めた拳を蒼天に高々と翳す。


「ふはははははははいよっしゃぁーっ!! ウロボロス流必殺奥義『NAKIOTOSI』一本取ったぁああああああああっ!!」


 ブチン!

 その時、紘也の理性やら良心やらを司る大切ななにかが捻じ切れた。

 ウロボロスは同情を殺意に変える天才だった。

 どうやって懲らしめてやろうかと紘也が考えている間に、ウロはビキニを解いてビニールシートの上にうつ伏せに寝っ転がった。白い背中が艶めかしく横たわり、圧迫された胸が僅かにはみ出てなんかエロい。

「あーでも、タダ塗ってもらうだけじゃあ面白くありませんね。んー、そうですねぇ……手術っぽく『オペ始めます』って感じにやってください。いつもあたしに変なことさせるお返しです。あ、腐れ火竜は助手役ね」

「OK。任せろ」

 寧ろその方がやり易い。


 ――Take1――

「オペ始めます」

「はい」

「スプーン」

「了解です」

「カット!」


 中断された。

「なんだよこれから始めるとこだぞ?」

「それはわかってますがスプーンってなんですかスプーンって!? 直接紘也くんの手でコネコネしてくださいよ!?」

「俺、食パンにはバター派だから」

「言ってる意味がわからない!?」

 気を取り直してスプーン使用のまま続行する。


 ――Take2――

「オペ始めます」

「はい」

「蜂蜜」

「了解です」

「カット!」


 中断された。

「なんだよ今から塗るとこだぞ?」

「それはわかってますが今なにを塗ろうとしてました!?」

「ハニーシロップ」

「おかしいでしょ!? サンオイルならそこにあるじゃあないですかっ!?」

「まさか、お前知らないのか? 蜂蜜のUVカットは百パーセントで美肌効果も抜群だってこと」

「え? あ、いやぁ、えっと……も、ももももちろん知ってますよ! ジョーシキじゃあないですか! この博識のウロボロスさんがその程度のこと知らないなんてありませんからね! ノリでツッコンでみただけです。どうぞ続けてください」

 まあ、嘘だが。


 ――Take3――

「オペ始めます」

「はい」

「そこの茂みに投げ捨てろ」

「了解です」

「カット!」


 中断された。

「なんだよ今から投げ捨てるとこだぞ?」

「その発言が既におかしいことに気づいて紘也くん!? あれ? まさか隠れS発動中?」

「実行」

「了解です、マスター」

「ちょい腐れ火竜放しなさい――ってぶぐぅ!? ひぃいい蟻がっ!? 蟻がすんごい勢いで痛たたたたたっ!?」

 蟻の大群に襲われたウロはそのまま転がってどこかへ行ってしまった。どんどん遠退いていく悲鳴を痛快に感じながら、紘也はクーラーボックスからサイダーを取り出して一服するのだった。

「あ、そうか、ウェルシュも塗ってほしいんだったな」

 ビクン! ウェルシュの肩とアホ毛が同時に跳ねた。

「いえ、やっぱりウェルシュは遠慮しておきます。その代わりオレンジジュースが飲みたいです」

 ウロの悲惨な顛末が自分にも降りかかると思ったのか、ウェルシュはすっぱりと諦めてくれた。


「本当に、どこまでも騒がしいのね、あなたたちは」


 呆れ果てた口調に振り向くと、用事があるとかで集合に遅れていた葛木香雅里が腰に片手をあてて立っていた。水色のシンプルなビキニにパレオを巻いた姿の彼女は、どこか恥じらうように薄らと頬を朱に染めて視線を紘也から逸らす。

「葛木、お前……」

「あ、あんまりジロジロ見ないでくれる?」

「値札ついたままだぞ」

「――ッ!?」

 ボン! と頬だけじゃなく顔全体を赤面させた香雅里は、慌ててビキニについていた値札を探して親の仇のように引き千切った。

「まさか用事って、水着買いに行ってたのか?」

「そ、そうよ悪い! 海水浴なんて小学生の頃に夕亜と行ったきりなの! 普通の水着なんて持ってるわけないでしょ!」

「なんで逆ギレ!?」

 がるるるる、と獣のように唸る彼女を沈めるために二分費やした。

「はぁ……はぁ……秋幡紘也、今ちょっといいかしら?」

 深呼吸をして落ち着いた香雅里は、まだ赤い顔を無理やり真面目にして紘也に告げる。


「ペリュトンの群れを差し向けてきた敵について、わかったことがあるの」

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