Section5-8 天羽々斬

「〈八塩折酒やしおりのさけ〉は奴の〝霊威〟を剥ぎ、〈天羽々斬あまのはばきり〉は奴の身体を斬り刻む」

 光条の一本が立ち昇る見通しのよい丘に立ち、日下部朝彦は光の剣――〈天羽々斬〉に押し潰されんとするヤマタノオロチを落ち着いた様子で眺めていた。

 ヤマタノオロチ滅殺術式は無事に発動した。日本神話において、スサノオはヤマタノオロチに酒を飲ませてから〈十拳剣〉で斬り捨てたという。その要素を組み込んだ朝彦の最高魔術は、確実に彼の幻獣に致命傷を与えているようだ。

 その光景に、同じ丘に立つ紘也は驚嘆していた。

「すげえよ、あんた。俺の親父でもここまでやれるかわからない」

「フン。貴様に賞賛されたところで嬉しくもない」

 素直じゃない、もしくは謙遜しまくっている朝彦の態度に紘也は嘆息する。だがなんにしてもこれで終わりだ。ヤマタノオロチは消滅し、夕亜に課せられた『生贄の姫巫女』の封印術式もなくなる。万事解決。

「……おかしい」

 紘也が安心し切った折に、朝彦が不安なことを呟いた。

「おい、どうしたんだ?」

「〈天羽々斬〉の出力が弱い。これでは奴を滅ぼすことは――!?」

 なにかに気づいたように朝彦は慌てて踵を返した。紘也は光剣と押し合い圧し合いをしているヤマタノオロチに目を向ける。奴はまだ消滅していないどころか、徐々に光剣を押している。

「どんだけだよ、あの幻獣」

 紘也は朝彦を追った。丘のすぐ真後ろ、三つのストーンヘンジがある広い場所に彼はいた。そこには香雅里や夕亜たちもいて、少し離れた木陰では愛沙が孝一の看護をしている。

 光条はストーンヘンジに囲まれるように描かれた魔法陣から昇っており、その中心には葛木家の宝剣である〈天叢雲剣〉が深々と突き立てられている。さらに陣を囲むように配置した日下部家の術者三人がなにかしらの呪言を延々と唱えている。

 朝彦はじっと〈天叢雲剣〉を検め、それから険しい表情で唸った。

「やはり、宝剣から地脈のエネルギーが漏出している」

「そうなのか?」

「いちいち訊いてくるな。時間が惜しい」

 彼のぞんざいな言い草に紘也は少々ムカッとしたが、だからってこの緊急事態に言い返すことはしない。地脈のエネルギーが漏れているかどうかは紘也にはわからないけれど、彼が言うのだからそうなのだろう。

「どうするの、お兄ちゃん?」

「なにか補強できるものがあればいいが――いや、そうか。そうだった」

 なにかを納得したらしい朝彦は香雅里を向く。

「葛木香雅里、貴様の〈天之秘剣・冰迦理〉を寄こせ」

「は? なんでよ?」

「無能か、貴様? その刀は〈天叢雲剣〉の欠片から鍛えられている。その欠損部分から地脈の力が漏れているのだとなぜわからない」

 朝彦の無礼極まりなさに香雅里は額に青筋を浮かべつつも、無言で〈天之秘剣・冰迦理〉を差し出した。

 それを引っ手繰った朝彦は瞬時に指で印を刻み、適当な地面に突き刺す。すると〈冰迦理〉が儀式場で見た時のような淡い光に包まれた。地脈の力を吸っているのだ。儀式場では多くの術者でそれを行っていたが、朝彦はたった一人でやってのけている。

《おのれ! 人間どもがぁあああああああああああああああああああああああああっ!!》

 ヤマタノオロチの絶叫が轟く。〈天羽々斬〉がもうかなり危ないところまで押し上げられている。

「お兄ちゃん早く!」

 急かす夕亜に、流石の日下部朝彦も焦燥の色を隠せない。不動のまま〈冰迦理〉を見詰めているも、その指が小刻みなビートを刻んでいた。

「紘也くん紘也くん! なんか押し負けてる気がするんですけど!」

「マスター、なにかトラブルですか?」

 空から紘也の竜たちが戻ってくる。彼女たちはなにがあったのかわからず頭上に『?』を浮かべている。紘也は彼女たちに向かって大声で言った。

「ウロ! ウェルシュ! なんでもいいからあいつに攻撃しろ!」

「いや、その必要はない」

 声が充填完了を告げた。〈天叢雲剣〉よりも幾分か速い。〈冰迦理〉は〈天叢雲剣〉の欠片から作られたとか言っていたから、エネルギーはその補完分しか入らないのだろう。

 あとは流れるような動きで、朝彦は〈冰迦理〉を光条の中に放った。

 刀身が〈天叢雲剣〉の丁度真横に突き刺さる。

 その瞬間に輝きが強さを増す。

 天より落ちる十刃十柄の光剣とヤマタノオロチが拮抗する。

 そして――

《ぐぁぁああぁあぁあぁああああぁあぁああぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁあッ!?》

 断末魔の絶叫と共に、ヤマタノオロチは押し潰された。

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