やはり、水名瀬玲那と過ごす時間は楽しい。
次の日の朝、俺が駅から学校に向かって歩いている所で、後ろに何か重いものがぶつかった。
「おはようございます、先輩」
水名瀬は、そう言って俺の隣を歩き始める。
「……あぁ、おはよう」
周りの目が痛い。
ついでに俺のお腹も痛くなってきそう。つらい。
「今日もいい天気ですね」
いかにも機嫌よく、彼女は俺に柔らかい微笑みを向ける。
ついつい俺は目を逸らし、大空を仰ぎ見た。
一面に広がる青。
「そうだな……」
何度でもいうが、水名瀬玲那は美少女である。
当然、彼女を狙っている男子生徒の数も多い。かなり多い。
そんな彼女が笑顔で冴えない男子の隣を歩いているわけであって。
そんな俺達が目立たないわけがなかった。
……胃が痛い。
「ん? どうしたんですか?」
溢れんばかりの笑顔のまま、水名瀬が訊いてくる。
可愛い。確かにに可愛い。すごく可愛い。だけどそれをここで俺には向けないで!
そのうち誰かに後ろから刺されそうだなぁ……気をつけよ。
「先輩は私の所有物ですからね、私のお供をするのは当然なのです!」
隣を歩く水名瀬が無い胸を張って、ドヤ顔を見せる。
「あー……さいですか」
俺はできる限り平坦に受け流した。
元よりコイツに口で勝てる気はしない。人生諦めが肝心だ。
「むぅ……」
水名瀬が、不満げな顔を見せる。それはそれで可愛い。……可愛いしか言ってねぇな、俺。
……というか、どっちかと言うと後から来たお前の方が俺にお供してる気がするけど、それはいいのん?
「行きましょう?」
可愛い後輩が、俺の手を引き、歩いていく。
仕方ない。仕方ないから俺はそれに付いていく。
まるでギャルゲーのような絵面だけど、俺のライフは既に0だぜ!!
「はぁ……分かったよ。俺はお前のものらしいからな」
周りの目を浴びながら、俺達は学校へと向かって歩いて行く。
朝の日差しがいつもよりも眩しいように感じた。
「しかし、お前が人前で俺に話しかけるなんてな。半年前には考えられなかったぞ」
衆目を無視して歩きながら、俺は水名瀬に話し掛けた。
「そうですか?」
「そうだ」
「まぁ、半年前の私はあの屋上以外で先輩に話し掛けたことは勿論、目を合わせたこともありませんでしたからね」
そう、コイツは徹底していた。
昼休みに屋上で昼食を食べてはいたが、それ以外の時に俺と接触することは一度もなかった。
それは、俺なんかとつるんでいる自分を周りに見られ、見下されるのが怖かったこともあるけれど、それと同時に俺に被害を及ぼさないようにしてくれていたんだとも思ったり。
勘違いかもしれないがな。むしろその可能性が高い。それしかないまである。
「そういえば、クラスの方は大丈夫なのか?」
またいじめられてはいないのか、そういったニュアンスで俺は問うた。
何気なく訊いたつもりだったのに、俺の口からでた言葉は思いの外重みがあって。自分自身で少しばかり困惑する。
そんな俺に対し、彼女は軽く。
「はい。新しいクラスの人は割とみんな優しくて。仲良くやれてますよー。万年ぼっちな先輩と一緒にしないでくださいよ!」
清々しい笑みで、かなり酷いことを口にする彼女。そんな彼女に釣られるように、俺も口角を少し上げた。
「えっ、ちょっと水名瀬さん俺に冷たくない?それに、万年ではねぇよ……クラスにも話す奴は何人かいるわ」
ふてくされたように俺は言った。それに対し、水名瀬が追撃をかける。
「でも、その人はみんなと仲いいんですよね?先輩とだけじゃなくて」
「ごめんなさい俺が悪かったからそれ以上言うな」
心ない言葉の鎗が、俺のハートを打ち砕く。……はぁ。
「……なんかすいません」
「哀れむな!」
可哀想な物を見る目で見られた。何それつらい。
よく考えればいつものことだった。やっぱりつらい。
だけど。
こんな軽口も久々だ。
「まぁ、良かったな。クラスで楽しくやれてるようで安心したよ」
本心だった。
それに対する、水名瀬の返答はこうだった。
「急に先輩面しないでください気持ち悪いです」
「…………」
俺は絶句した。何も言えなかった。
彼女はそんな俺を見て楽しそうに笑った。
「冗談ですよ。それではまた放課後にお会いしましょう!さらばです!」
いつの間にか俺達は校門をくぐっていたらしく、水名瀬は自分のクラスの下駄箱へと駆けていく。
前を歩く同級生に飛び掛かり、抱き付く様はいかにも元気な女子高生。
そんな微笑ましい光景を、俺は突っ立ったままで呆然と見ていた。
そして本気で思った。
…………なぁ。俺、コイツに好かれてるの? それとも嫌われてるの?
* * *
さて。さてさて。さてさてさて。
基本的にぼっちである俺に、教室で何かイベントが起こるわけもなく。何事もなく俺は放課後を迎えた。
もしかしたら昼休みに屋上に来るかな、とか思ったりもしていたけど、よく考えたら校門で別れる時に「放課後」と言っていたしクラスに友達もいるらしかったから、きっと昼休みは教室で過ごしていたのだろう。別に寂しいとか思ってない、うん。
俺は職員室に鍵を取りに行き、部室に向かった。
俺が着いたとき水名瀬は既に来ていた。
「先輩遅いです!」
「鍵取りに行ってたんだよ……。というか、お前文芸部の場所知ってたんだな」
俺が来るまで、水名瀬は、コンピューター室の前に座り込んでいた。
たしかに文芸部がコンピュータ室にある可能性は高いけれど、断定できる程ではないだろう。
となるとやはり知っていたと考えるのが妥当である。
「私が知ってるんではありません。貴方が知ってるんですよ、神前先輩」
「何言っちゃってんのお前」
俺がジト目でつっこむと、心外だとばかりに彼女が言った。
「あの某有名作を知らないんですか?」
「いや、知ってるけどさ」
知ってるけどどうなの?
ついでに言うなら俺は忍ちゃんが好きだな。
後、コイツなら口の中にカッターやらホッチキスやらを突っ込んで来そうで怖い。マジ怖い。怖い。れなれな怖え……。
「流石にそんなことはしませんよ……傷つくなあ」
だからナチュラルに心を読むなと。
「まぁ、とにかく入ってくれよ」
俺は、鍵を開け、部室に入った。
コンピュータ室。
広い部屋の中にズラリとパソコンが並べられている様は圧巻である。初めて見たとき、かなりテンションが上がったのを覚えている。
俺はその中で一番手前にあるパソコンの前に座り、電源を入れた。
「ふむふむ」
俺の後から入って来た水名瀬も、その隣に座ってパソコンを起動させる。
なんで隣なんだよ。広いから他のところ行けば良いじゃねーか……とは言わない。言ってもいいけど、どうせコイツは俺の言うこととか聞かないしね。全く生意気な後輩である。
「それで、先輩は何を書くつもりなんですか?ジャンル被ってもつまらないし、先に訊いときますけど」
生意気な後輩が、俺に問う。
しかし、それもそうだな……。まだちゃんと考えてないけど。
「SFにしようかな〜とか思ってたりする」
「ハッキリして下さい」
「ごめんなさい!SF書きます!書かせていただきます!!」
俺は土下座した。
ヤバイ。何がヤバイかって、俺がこの後輩に対して土下座するのがデフォルトになってるのがヤバイ。マジヤバイ。
先輩の威厳ってどこで売ってるんですかね……。
「ふーん、そうですか……じゃあ私はラブコメでも書きましょうかね。前から挑戦してみたかったのもありますし。ところで、枠って何文字ですか?」
土下座しながら凹んでいる俺を無視して話は進む。仕方ないので俺は起き上がる。
「先輩、いつ私が土下座を辞めていいと言いました?」
「は?」
「冗談ですよ」
おいおい、冗談に聞こえなかったぞ……。
目がマジだった。
立ち上がった俺は鞄から前回の部誌を出した。第72号と書いてある。この数字が多いのか少ないのかは比較対象が無いからわからないけれど。
「これが前回のだ」
俺はそれを水名瀬の前に置いた。
水名瀬は俺から奪い取るように部誌を受け取り、興味津々で読み始める。こういう所は可愛いんだよなぁ。
いや、他のところも可愛いけど。何なら100%可愛いもので出来てるけど。
水名瀬玲那はお砂糖とスパイスと可愛いで出来ている!!
「これ、先輩ですか?」
水名瀬が、何ページか繰ったところで俺に訊く。
「ん?……ああ、そうだな」
「先輩の小説、始めて読みます」
あれ、そうだっけか。
そう言われてみれば、あの頃、昼休みの屋上で、水名瀬の書いた小説の話は何度もしたけれど、俺の書いたものの話は一度もしていない気がする。
というか俺の話をほぼしてねぇな……?
黙々と俺の書いた小説を読む水名瀬。何だか背中がむず痒い。恥ずい。
……目の前で小説読まれるって、かなりの羞恥プレイだな。恥ずかしくて死にそう。つーか死ぬ。死ねるわコレ、マジで。
黙って文字を追っていた水名瀬だが、一通り読み終わったのか部誌から目を離し、顔を上げた。
「……先輩って、地の文綺麗ですね」
「えっ、マジ?」
現役女子高生作家に褒められちゃったよ!
「まぁ、私の方が上手いですけど」
知ってた!知ってたよ!
……はぁ。
「先輩は新人賞とか応募しないんですか?」
首を傾げながら、水名瀬が訊いてくる。
「どうだろ。Webでは書いてるけど……ほら、割と最近出来たサイトとか。カクヨム」
「あー、アレですか。後で先輩のURL教えてください」
「了解。つーかまだ連絡先交換してないけどな」
「あっ……。今すぐ!今すぐしましょう!!」
連絡先を交換していないという事実に気づいた水名瀬が、詰めるように思いっきり体を俺の方に寄せてきた。
「お、おう……。分かったからくっつくな……近い」
当たってる!柔らかい何かが当たってるから!
いや、嫌というわけでは無いけどね?
むしろ男子高校生としては嬉しいまである。うん。
というか、意外とあるのな……。ないと思ってた。すまぬ。
慌てて俺から離れる水名瀬。その顔は些か赤い。いや、そんな目で睨まれても可愛いだけですよ……。
きっと俺の顔も同じくらい真っ赤だろうけれど。
コホン、小さく咳をした。
「……つーか、大分話がズレたな。文字数だっけ?」
「はい」
本当にズレ過ぎたな。少しだけ心の中で反省する。
「正直、書くのは俺達だけだから割と自由効くんだよな。何文字くらい書きたい?」
俺が尋ねると、水名瀬は少し考える素振りを見せた。
「うーん……5万。……いや、6万?10万は書かないにしても……」
「そんな書くのか……」
「あっ、ついつい単行本を基準に考えてました。1冊を2人で分割したら何文字かな〜?みたいな」
そう言って、水名瀬は苦笑した。
「……そうですね、2万から3万文字くらいでお願いします」
「お願いするのは俺だけどな」
皮肉気味に俺は言う。その言葉に、水名瀬は軽く笑った。
「なんというか……いいですね。こういうの」
「そうだな」
俺達は、噛み締める様に呟いた。
2人だけの放課後の部室。
場所は変わったけれど、そこを流れる空気の温かさは変わらない。
こうして始まった俺達の企画。
この後も、俺達は部誌について、小説について、作品について語り合った。
時間にして、半年ぶりの歓談。
……あぁ。コイツと過ごす時間は、やっぱり楽しい。
流れゆく放課後の時間の中、そんなことを俺は思った。
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