みんなスコップは持ったか!

大きな聖樹の木の下で

 窓を開けて、うんっと伸びをする。今日もいい天気。

 今日は向こうの世界に行くのよね。あたしは留守番だろうけど、聖樹様の里ってとこ行ってみたいなあ。連れてってもらえると嬉しいのに。


 戦いがなければ問題ないんじゃない? なんて勝手に思ってるんだけど。

 ダメ元で聞いてみようか。


「おはよ、ねえ蓮。今日さ、聖樹様のとこに剣を探しに行くんでしょ?」

「女神の元ならそうそう魔物も手出しできないだろうって言ってたからお前も来ていいぞ」

「ホント⁉」


 ほんとにいいの? わあ、楽しみ! どんなとこだろう。どんな女神様なんだろう。綺麗な女神様かな。きっと長い髪でさらさらしたトーガみたいな服を着てるのよ。そんで……


「ああ、つかさ。妄想中悪いんだが準備できたら出発するぞ」


 妄想なんてしてないし! ちょっとしか。

 早く来いよと手を振って蓮は部屋を出て行った。

 ……と、とりあえず急ごっと。



 スタートのスイッチを入れるとエンジンの鼓動が大きく響く。行き先を思うと楽しみでどきどきするなあ。バイクもだけど、あたしの気持ちも温まってくる。

 ラウールさんに先導されてあたし達は走り出した。

 山間やまあいの狭い道を抜けて広い道へ出る。


《そろそろ通路を開きます》


 インカムからラウールさんの声が聞こえて、同時に光る模様みたいなものが目の前に現れる。

 一瞬、トンネルみたいなとこを通り過ぎたイメージ。


 景色が変わる。

 道の両側にあった田んぼは草原と低木に変わり、道の先に集落と空に向かって枝を伸ばす大きな木が見えてくる。

 でっかいなあ。家はだんだん大きくなってくるのに木の大きさが全然変わらない。ほら、富士山見てるみたいな感じよ。


 道沿いにある大きな屋敷から真っ白い髭のおじいさんが出てきた.。

 あたし達はその屋敷の近くにバイクを止める。

 里の人達もあちこちから集まってきた。


「お待ちしておりました。騎竜の訓練の時以来ですね」

「ああ、世話になる。ここに来るのは本当に久しぶりだな」


 迎えに出たおじいさんに言葉をかけ、蓮は大きな木を見上げた。

 ざわざわと体を揺らす大きな木。


 威圧されるような感じじゃなくて、ふんわりと包み込まれるような優しさを感じる。この木の女神様はきっと優しい神様なんだろう。あたしは美しさを少し可愛い方面に修正して、ふんにゃり笑う女の子を想像した。

 そう、ちょうど目の前にいる子みたいな。


「こんにちは」


 声も笑顔も可愛い。


「あ……こ、こんにちは」


 くるくるとあたしの周りをまわる彼女は年下なのかな? ふんわりと広がる長いブラウンの髪が陽に透けてキラキラと光る。

 ひょいと近づけられた顔。のぞき込んでくる深い深い緑の瞳。あ、なんか花の香りかな? いい匂い。


 香りと一緒に清々しい常緑樹のイメージが、どっしりした木の幹とこぼれ落ちる陽の光が、頭の中に広がる。お気に入りの文庫本と美味しい紅茶。心地良い風に吹かれてこの木陰でのんびりといられたら素敵だな。


「わたしも貴女のこと好きよ」


 ささやかれた声で意識が妄想脳内から戻ってくる。

 ちょっと舌っ足らずで甘えん坊な感じがほんとに可愛い。って、近い近い! お願い、もうちょっと離れて! ドキドキが押さえられないよ。

 ああ、もう、目が、離せ、ない。


「ねえ、彼はどんな人?」


 蓮のこと? 大好きよ。

 優しいし、だから周りの人の力になりたい、助けたいっていつも思ってるんだろう。でも義務を果たすためなら非情にもなる。その一端はこの間見た。

 それでも、あたしは蓮が好きだよ。


「うふふ、素直なのね」


 あたしはあんまり素直じゃないかも。素直なのは、真っ直ぐなのは蓮だ。


「そんなことないわ。あなたもいい子よ。だから他の人にも好かれてるのね」


 やだな、照れちゃう。

 クスクス笑う女の子の声が遠く近くまつわりつくように聞こえる。


「あたし、そんなモテないよ」

「なに言ってんだ、つかさ」

「蓮?」


 あれ、女の子は? って、どうしたんだろう。なんだか皆が難しい顔をしてる。


「とにかく!」


 大きな声を上げたのはおじいさん。この人が里長さとおささんだっけ?


「先日申し上げました通り、やしろは古い時代のものなので聖樹の根元に半ば飲み込まれています。今では社の前で鎮めの儀式をするだけになっていますし、そもそも禁足地なのですから掘り返すなど以ての外です」


 一気に言ったおじいさんは肩で息をした。


「ですが里長殿、聖剣を取り出すには掘り返すしかないんですよ」


 勇治さんが必死に反論してる。


「聖剣は社のご神体でもあります。取り出すなど、聖樹様のお許しがないかぎり無理です」


 ここまで里長さんに言われたら、やっぱり無理なのかな。


「ラウール殿、聖剣の話は致しましたが、掘り返すためなどとは聞いておりませんぞ!」

「言葉が足らず申し訳ありません。嘘を申し上げたわけではないのです」

「それは……そうでしょうが」


 うーん、これはラウールさんもちょっと意地悪いよね。でもこの感じだと、全部ぶっちゃけたら話してもらえなかったかもって気はする。


「禁足っていつからだ。俺は木の傍まで行けたぞ」

「先々代の頃には禁足は徹底されていたようです。勇者様が聖樹の元に行けたのは騎竜が呼んだからですぞ」


 蓮の言葉にも不機嫌そうに返す里長さん。

 勇治さんはそこで頭を抱えた。


「んむぁぁ! もしかしてさあ、これって聖樹様ってのに呼ばれなきゃ近寄れもしねえってことになるんじゃねえのか」

「そうなるとどうしようもないですね」


 勇治さんもラウールさんもため息まじりだ。

 本当にどうしようもないのかな、なにか方法があればいいんだけど。


「仕方がありません、一旦戻って考え直しましょう」


 ラウールさんが言うと、ほっとしたように里長さんが頷いた。


「ねえ蓮、ホントに方法ないの? だって必要な物なんでしょう?」

「仕方ない、どうしてもダメなら他の物を探すさ」

「ここって向こうの世界の武器は使えないの?」

「使えないわけじゃないと思う。実際、家電は使ってるわけだしな。ただどうやって買うんだ? 日本じゃ銃一丁、刀一本買うのだって手続き大変なんだぞ」


 そっか、そうだよね。これは難しいか。

 魔王を倒すために売ってください、って言うのは……ないわね。

 蓮は頭を振ってヘルメットを手にする。

 なんとかしてあげたいけど、どうしていいかわかんない。それが歯がゆい。


「大丈夫、なんとかなるさ」


 そう言って蓮は笑ってみせてくれたけど、がっかりしてるよね。


「もう一度、武甕槌命に聞いてみよう。なにか手がかりがつかめるかもしれない」


 蓮はラウールさんにそう言うと、あたし達に戻るぞと告げた。

 バイクのエンジンが唸る。悔しそうな音に聞こえるのはあたしだけじゃないだろう。

 聖樹様の里を背に走り出してすぐラウールさんの声がインカムから聞こえた。


《通路、開けます》

《おう》

《出る先は、ほぼ交通量のない峠道です。気をつけてください》


 少しスピードを落としたあたしに蓮も合わせてくれる。

 出てすぐ峠はちょっとね。


《ありがと、蓮》

《おう、ちょっとゆっくり行こうな》


 うん、って言ったあたしはなぜか聖樹へ向かっていた。


《あれ?》

《なんだこれ! つかさ、ちょっと止まってくれ》


 あたしの横に黒いバイクが止まる。

 蓮だけ?


「蓮……あたし達だけ? ラウールさん達はどこ行っちゃったの?」

「むしろ、俺達がなんでここに来たのか知りたい」


 そうだ! インカム通じないかな。


「どう?」

「ダメだ。通じない」


 あたし達の間に舌っ足らずな声が割り込んだ。


「それはしょうがないね、蓮は魔力ほとんどないし」

「誰だ!」


 ふんわりとした長い髪。深い緑の目。さっき会った子だ。

 なんでここにいるの?

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