ツーリングは異世界と隣り合わせ

「つかさ、ちょっと外行かないか」

「うん」


 家の外では赤と黒のドラゴンが丸くなって眠ってた。ふわあ、可愛いなあ。

 しょせん爬虫類はちゅうるいだろとか言ったやつ。はい、そこに正座。あんたは日に輝く赤の美しさ、黒の艶やかさを知らないのね! 雄々しく飛ぶこの子達がくるんと丸まってるのがどんだけ愛らしいか知らないのね!

 こぶしを握るあたしの横で、蓮は黒いドラゴンに声をかけた。


「起きてんだろ、ニーズヘッグ」

『もうちょっと休ませてくれてもいいんじゃないかな。僕は昨日かなり働いたんだから』


 執事みたいなボルドールの渋い声に比べて、少年みたいな若い声が聞こえてくる。


『そう? 僕はこれでも君よりかなり年上なんだけれどね』

「ご、ごめんなさい。なんかそんなイメージだったから」


 慌てて言うとその黒いドラゴンは茶化すように笑った。あれ? この子もあたしの考えてることわかっちゃう感じなの?

 なんかそんなイメージが伝わったから、と目を細める黒いドラゴンに茶化し返された。


「からかうんじゃない」


 蓮が言うと、黒いドラゴンが意外なことをぽろりとこぼした。


『ごめんよ、蓮の大事な子と話すのが楽しみだったからさ』


 なに? 蓮、あたしのことそんな風に言ってたの? ええ? 照れちゃうじゃない。


「ニーズヘッグ、お前なあ!」


 慌てて遮ってはいたけど、もう聞いちゃったもん。


「ありがとう、あたしも話せて嬉しいよ。ええと、ニーズヘッグ?」

『よろしくね、つかさ』

『ご主人、私もおはようを言っていいか』

「うわあ! ごめんボルドール。おはよう、今日もきれいな赤色で素敵だよ」

『蓮、君もつかさくらい素敵なことを言ってくれたらいいのに』


 無理って言いながら顔を覆ってしまった蓮は、また黒いドラゴンにからかわれてた。

 蓮は諦めのため息をこぼしながら、ここら辺を飛んでくれと言う。


「案内してやりたいんだ。なんもないけど空から見た方がきれいだろう?」

『ああ、そうだね、行こうか』


 朗らかな声のニーズヘッグからあたしに視線を移して、蓮は照れた顔で言った。


「さっき食った野菜とかフルーツとか作ってて、結構大規模な農園なんだよ」


 大規模農園! すごいな、それを管理するのも大変だろうに。

 あたし達はドラゴンを駆って空からその農園を見た。広い。とにかく広い。草原だった場所を開墾したのだそうだ。


「すごい! ここまでの規模だと思わなかったわ」

「ここの主力商品だからな。いい収入になるんだよ」


 へえ、種とかどうしたんだろう。あたしが食べたの向こうの世界の食材だったんだけど。


「たまたま落としたリンゴの種からやたら美味いのができたから、試しに他のものも植えてみたらすごいことになったって聞いた。ああ、向こうの世界には輸出とかしてないから」


 もしかして売ったら大変なことになるんじゃないの。それに他には出してるってどこよ。ていうか、リンゴ育てたってそんなに前から?


「俺が生まれた頃って言ってたな」

「そんな前からの話なの⁉ はへえ……確かにサイズ大きいし美味しいもんね。手入れも大変なんじゃない?」

「それがさ、ほとんど手入れ要らないんだわ。虫害なんかも心配したけど大丈夫だったし」

「余計に向こうの農家の人達が羨ましがるわね。他はどんなとこがあるの」


 本当になんもないぞ、なんて言われたけど空から見た景色はとてもきれいだった。

 だだっ広い草原の中に低木が少しずつ寄り集まってるとか、森林の密度の濃さとか、透明度の高い小川のきらめく様子とか。


 向こうではどこかに行かなければ見られなかったりするのに、ここにはそんな景色が連なる。

 兎追いし彼の山。そんな情景に郷愁を覚える程度には田舎者いなかもんだし、あたしはここ好きだな。


「さて、そろそろ戻るぞ」

「すごく素敵なとこね。蓮が守りたくなる気持ちわかるよ」

「ありがとな。なんもないけど俺にはやっぱり大事な場所だから、そう言ってくれると嬉しいよ」


 地上に降りて羽をたたんだ二頭のドラゴンはまたくるりと丸くなる。やっぱり疲れてたんだろうか。ごめんね、飛んでくれてありがと。


「ねえ、この子の名前、なんでニーズヘッグっていうの? 向こうにも同じ名前のドラゴンの話があるでしょ。なんか関係あるのかな」

「うんん……偶然同じ名前なだけかもな。特に関係はないと思うけど。こいつはこっちが本体で元々そう呼ばれてる」

「そうなの⁉」


 ここの本物のドラゴンなんだ! はわあ、すんごいなあ。ドラゴン、ホントにホントにいるんだ。


「基本的にドラゴンと乗り手は離れないもんだからな」


 ドラゴン自体が稀少だから人数はそんなにいないらしいけど、乗り手はドラゴンライダーって呼ばれてるんだそうだ。


「向こうへこいつを連れてくのにどうする、って話になって、移動手段をバイクとかにしたらどうかって……」


 へええ! 面白い。いろんな話が聞けて驚きっぱなしなんだけど! だんだんこの世界に興味がわいてきた。



 その日の夕食後、テーブルの上が片付けられると、そこは食堂から会議室へと変わった。


「では、こちらの資料をご覧下さい」


 配られたコピー用紙にはぎっしりと活字が詰め込まれている。


「詳しい数字はお手元の用紙で確認してください。結論から申し上げますと、やはりこの世界での移動は時間と経費と人手もかかりすぎます。向こうの世界をバイクで移動していただくほうがよろしいかと」


 皆を見回しながらラウールさんがそう言うと、トゥロさんも難しい顔でうなずいた。


「そうですね。勇者様がこちらで移動されるなら、それなりの人員を確保しなくてはなりません。確かに試算通りその分の装備も人件費もかかりますなあ」

「はい。なので、こちら側は私が偵察しながら移動するというのはどうでしょうか」

「魔法使いのドラゴンライダーなら偵察には有用ですね」

「ええ、まずは調査のためですから最初はこの体制でいいのではないでしょうか」


 トゥロさんとラウールさんは顔を見合わせる。

 要するに魔物が暴れてるとか、何か危険な状況を見つけたら人を呼んで戦おうっていうことなのね。

 確かに確実にここに危険がある、ってわかってるわけじゃないんだもんね。それならこういうやり方もありなんだろう。


 話を聞きながら渡された紙を見る。うわあ、あたしの生活圏内であまりお目にかかったことのない数字だわ。金額が全ての項目で一桁以上違う。


「わかった。俺とつかさは向こうで移動する」

「すみません、ご一緒して通路を開けることもできますが、向こう側とこちら側で別れて移動したほうが術式が楽なのです」

「リンドヴルムを使うんだろ? 上空から見て異変がありそうならすぐ呼んでくれ」

「わかりました」

「それなら費用も次の収穫分で足りるだろうし、後は装備の移送とメンバーの確保だな。装備は宅配便でも送れるだろうから」


 言いながらも考え込んでいた蓮は、ふと思いついたようにスマホを取り出した。チラッと画面を見たけど、ないないというように頭を振ってそのままポケットに突っ込む。

 蓮は無理だろうな、と苦笑いしながら独りごちた。

 そりゃそうでしょ、ここで使えたらびっくりよ。あたしも昨夜見てみたけど使えなかったもん。


「トゥロはここに残ってもらわなきゃならないし……仕方がない、メンバーは探しながら行こう」

「考えたんですが、ここと勇者様の部屋に通路を繋げば、発送はトゥロさんに任せてもよろしいのでは」


 それはいい、とラウールさんに賛成するトゥロさん。


「宅配便とかいうものは梱包して持っていけば発送してくれるのでしょう? 途中でも連絡をくださればお送りします」

「あー、それができるならその手でいこうか」


 蓮もさらっと賛成してるけど、宅配便とか異世界で聞くのに違和感があり過ぎる。ここが何処なのかわからなくなりそう。


「私の魔力量にも限界がありますし、他の魔法使いに頼んでおきましょう……私にもっと力があればいいのですが」


 なに? ラウールさん魔法でなんでもできちゃうの? そんな便利設定……あ、そか。ないからやりくりに苦労してんのね。

 あたしがいろいろ咀嚼そしゃくしきれずに、目を白黒させていると蓮の手が横から伸びてくる。

 ポスンと頭に到着すると、ぽんぽんと軽く叩かれた。こんなんで慰められちゃうとかあたしも単純だな。くそ、嬉しいぜ。


「とりあえず大枠はこんな感じでいいだろ。魔王が動いたらしい状況ではあっても、まだ確証はないんだから様子を見ながら動く」


 解散したあたし達を再び集めた蓮。

 困惑した顔で言った言葉は、彼以上にあたし達を困惑させた。


「えーっと……なんて言ったらいいのか……魔王討伐に異世界の勇者と魔王が一緒に行きます」


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