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 緑は二週間後、再び福岡研究員とともに白井医師のもとを尋ねていた。

 まず、白井医師から真剣な面持ちで、骨髄こつずい穿せんの結果を伝えられた。

 特発とくはつせい再生さいせいりょうせい貧血ひんけつ。ただし幸いにして軽度であり、いちばん懸念された骨髄こつずい形成けいせいしょう候群こうぐんや予後不良のファンコーニ貧血なる疾患は否定的であると言われた。

 特発性再生不良性貧血も軽度であれば、自然治癒することが見込めるため経過観察のみで対応できる場合があるという。緑はひとつ胸を撫で下ろした。

 しかし、白井医師の表情は依然、真剣そのものであった。真剣と言うよりも厳粛と言う方が正しいかもしれなかった。データ上、息子の血小板数は基準値を下回っていた。有事の場合に、通常なら然るべき対応で大問題にならないはずが、息子の場合は、その措置を講ずることが著しく困難だと言う。

 ここからの話は福岡研究員の担当となった。福岡研究員は、今日は相談を受ける側ではなく、緑に説明する側の人間として呼ばれていた。彼女は息子に対してある可能性を想定し、サンプルからありとあらゆる検査を行ったと言った。そして、その予想が当てはまったと言う。

 緑はにわかに信じ難い結果を聞くこととなった。

 息子が学会発表や論文化にも相当するくらいの非常に稀有けうな体質(と呼ぶべきか分からなかったが)を有していることが判明したのだ。はじめ、その表記の綴りを見せられたとき、爆弾を連想した。しかし通常は、それは肉体的にも精神的にも、日常生活上何ら支障のない健常そのものなのである。当然外見的にも、だ。しかし息子の場合は、爆弾となり得る大きな危険をはらんでいた。そしてまだ四歳であることも、リスクファクターの一つであった。

 そして、長年抱えていた緑の疑問が解消されることとなった。息子はやはり理の遺伝子を引き継いでいたわけだ。それは緑自身がいちばん良く知っていたが、不可解な現象に対して、その検査結果が答えを出してくれたのだった。ただ、それでどうこうするつもりはなかった。理は緑の中でもう過去の人になってしまっていたし、それよりも優先されるべき『課題』が新たに呈示されたのだ。それは母親の息子に対する責務だと思った。

 最愛の息子に果たすべき責務。それを行うべく、緑はまさに暗中模索であった。紫にも相談したが、さすがに分からないという返答であった。自分が人生で関わったことのない知らない世界。この話を聞くまでは、それを取り扱う部署がどこに存在するかなど考えたこともなかった。とにかく少ない知識でやれることを。門前払いをらっても構わない。それが少しでも息子の役に立つのであれば。そう、息子には何の罪もないのだから。

 そして、緑は苦労に苦労を重ねた末にようやくいちの望みを探し当てた。それは緑にとっては、まさしく希望の光に他ならなかった。

 しかし、実はその光と対照的な闇が反対方向から少しずつじわじわと迫って来ていたことに緑は気付かなかった。それが次第に勢いを増し、緑と息子をいつの間にか包み込み、二人を奈落の底に突き落とすほどの凶悪極まりないものへと変貌を遂げるのに、そう長い時間はかからないことになるとは、このとき緑はまったく知り得なかった。

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