第四十七章 9
プルトニウム・ダンディーの四名とアドニスとカバディマンを前にして、ハリーはライブ当日の細かい打ち合わせを行いだした。
「明後日のライブの前にも襲撃があるかもしれないから気をつけろと、V5がうるさいから、一応警戒しておいてくれ」
「まるで他人事みたい」
ハリーの言い回しを聞いて、来夢は思ったことをストレートに口にする。
「あー……何かいろいろと実感無くてな。俺にとっては物凄く大事な催しのはずなんだが、気持ちが麻痺しちまっているというか……」
椅子に深く腰掛けて俯いたまま、曖昧な笑みを口元に浮かべるハリー。
「依頼者の心構えまで俺達が心配してやることでもないが、こいつはあんたのことが気に入っているから、心配しているのだろう」
アドニスが来夢とハリーを交互に見て言った。
(アドニスさんていつも仏頂面だけど、よく見てる人なんだな)
こっそりそう思う克彦。
「ひょっとして俺のファンだったか?」
「ついさっきファンになった。曲幾つか聴いた」
「そうか、波長が合ったんだな。嬉しいな」
ハリーが顔を上げてにっこりと笑う。
(この人、こんな顔も出来るんだ)
(もう初老にさしかかってるのに、子供みたいな眩しい笑顔ですねー)
(エンジェルスマイルとはまさにこれだな。この男、中身は純粋な天使と見た)
克彦、怜奈、エンジェルがそれぞれ思う。
「英語は勉強中だから所々しか歌詞わからないけど、勉強すればもっと好きになれるかもしれない。歌詞は重要」
「よくわかってるじゃないか。可愛い奴だな、お前は」
ハリーが来夢の頭に手を伸ばすが、来夢は不機嫌そうに軽く払う。
「子ども扱いは嫌だよ。子供扱いされるのが嫌な気持ちはわかるって、言ってたくせに」
「ソーリー。でも可愛いのは確かだし、妹の嫁にしてやりたいよ」
「もしかして、妹、子供の頃に死んだ?」
「ああ」
ハリーの瞳に哀しげな光が宿る。室内にいた者達は、それを見逃さなかった。
「そっか。でも悪いけど、俺は婿にはなれないよ。嫁にもなれない。種は無く、畑にもなれない」
「中性――Xジェンダーか?」
「アイデンティティーの主張をしているわけじゃあないよ。体がそうなってる。性器も精巣も子宮も無い。気持ち的には男の方なんだけど」
「そっか。いろいろ……だな」
来夢の話を聞いて、ハリーはケイシーを意識し、そして難民としてゴミ収集所にいた頃を思い出す。
(自分だけがババを引いたと思っていたが、そうじゃないんだ。爺ちゃんの言った通りだ。この歳になってようやく少しだけ、それを受け入れられるようになるとは……)
自嘲の微笑をこぼすハリー。
『やっばりこの子面白い~。好き~。来夢もハリーのこと気にいったみたいだし、そうなるって、あたし、感じてたんだー』
ハリーにだけ見えるケイシーが、来夢のすぐ隣で、来夢の顔を前から覗き込んで弾んだ声をあげる。
「おじさんはぜんまいを巻いては走り、ぜんまいが切れたらまたすぐ巻く、休むことを知らない、そんなタイプに見える」
「わりと当たってるな。だが巻くのも最後だ」
来夢が口にした台詞を聞いて、ハリーの脳裏に様々な情景が浮かんでは消る。
(全くその通りだ。こいつは俺の頭の中でも読んでいるのかね……。あるいは似た者同士でシンパシーを感じているのか? だからこそケイシーはこいつを気に入ったのか?)
『そうだよー。あたしとも一緒、ハリーとも一緒だと思う。ねえ、ハリー。あたし、来夢と一緒に遊びに行きたい』
ハリーの心の声を聞いたケイシーが、無茶なことを要求してきた。
(どうやって……と言いたい所だが、丁度俺も、やっておきたいことがあったな)
ハリーが立ち上がり、雇った始末屋達を見渡す。
「散歩に行く。お前達、警護を頼む」
「狙われてるのにわざわざ外へ行くのか?」
普通に考えたら常軌を逸しているハリーの行動に、アドニスが眉根を寄せる。
「我侭言って悪いな。どうしても見ておきたいんだ。おっと……こっちのこと」
言葉を途中で切り、ハリーは照れくさそうに笑う。
(俺が創った、俺のための箱庭だ。最期に目に焼き付けておきたい。らしくもなくセンチメンタルだがな……)
そんなことまで口にするのは恥ずかしかった。
『お散歩お散歩~。皆でお散歩~』
部屋を出るハリーの横を、ケイシーがスキップしながら楽しそうに通り過ぎ、先頭へと回る。
時々ハリーは疑問を抱く。このケイシーは何なのだろう? 哀しみのあまり作り上げた幻覚なのか? あるいは幽霊なのか? どちらにしても、触れることさえできるのが不思議だ。
小さい頃は悩みもしたが、今はもう受け入れてしまっている。自分にしか見えず、姿もあの時のまま止まっているが、ケイシーはケイシーだ。
***
音木史愉がハリーの城に住むようになったのは、つい最近の話だ。ハリーの要請に応えるため、その準備を行うには常に近くにいる方がよいと判断した。
協調性が無く、他者を省みぬ性格の史愉であるが、彼女が認める数少ない人物の一人がハリーである。
「予算もいっぱいくれたし、あたし一人じゃ難しかったオアンネスの確保も協力してくれたし、そのうえで最期の頼みとあっちゃあ、断りづらいってね。ぐぴゅぴゅ」
城内の専用ラボにて、プラスチック製の大きなケースの中に詰まった、粘液にまみれた得体のしれない白く丸い物をいじりながら、史愉は言った。
「それは何なんだ? 卵か?」
V5が尋ねる。史愉は手袋をはめ、粘液まみれの白い物を一つずつ触れてチェックしている。
「そのとおり。オアンネスの中に卵を持っていた奴がいたんスよ。こいつは本気でめっけもんだぞー。ぐぴゅっ」
歪な笑みを満面に広げる史愉。
「オアンネスは純子を誘き出す餌として、前座で使い潰す予定だったけど、これでさらに有効活用してやれるぞ」
「断りも無く余計な奴を呼び寄せて……ライブに支障が生じたらどうするんだ」
嘆息するV5。雪岡純子などという裏通りの生ける伝説の一人を呼んで対決するなど、別の機会にやればいいのにと、心底思う。
この傍若無人な少女の振る舞いは目に余るが、ハリーと直接の知己であり、優れた技術力を備えたマッドサイエンティストであるが故に、目を瞑らざるをえない。
「わっはっはっ、許可ならハリーに直接とったぞ。ちょっとマッドサイエンティスト同士でバトルしたいって言ったら、二つ返事でオッケーくれたッス。ぐぴゅぴゅ」
わかっていることを改めて言われて、さらに嘆息するV5。
「ぐっぴゅう。あたしと純子は勝手にやるし、そっちに迷惑は及ぼす確率はせいぜい45%といったところだから、安心していいよ」
45%が冗談か本気か不明だが、突っ込む気力は無いV5であった。
***
純子と真と累とみどりの四人は、囚われている残りのオアンネスを助け出すため、城へと向かった。
「お前のライバルの馬鹿女を敵に回すと、セットでゴミ山の帝王もついてくる展開になるのかな?」
歩きながら真が確認する。いつも通り無表情だが、あまり機嫌がよろしくないことは、他の三人はすぐにわかった。
「別にライバルとは思ってないよ……。ふみゅーちゃん以外は敵に回す必要ないよねー。敵になってくれたら嬉しいけど、私から積極的に手出しはしないよー」
平常運転な純子であった。
「ふぇ~、あいつが一方的にライバル視してるだけかー。虚しい構図だわさ」
後頭部に両手を回し、首を回す運動をしながら歩くみどり。
「史愉とハリーがどういう繋がりなのか、何を狙っているのかはわかっているんですか? あるいは推測でも」
「んー……前者はもちろん不明として……」
累の問いに、純子は顎に手を当てる。
「狙いはただのマッドサイエンティスト同士の対決、つまり発明のお披露目会みたいなものだと、私は――」
純子の言葉が途中で止まる。
前方から見知った人物達が姿を現したのだ。
「な、何とオオォっ! 純子さん達ですよっ!」
先頭を歩いていた怜奈が驚きの声をあげる。
「相沢か」
アドニスが真っ先に真に視線をぶつけ、真も無言でそれに応じる。
「丁度良かったんじゃないですか?」
ばったりと出くわしたプルトニウム・ダンディーの四人組、アドニス、そしてハリー・ベンジャミンを見て、累が純子に向かって囁いた。
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