第四十七章 10
みどりの視線はまずハリーへと向けられていた。
「おお、生のハリーを……」
好きなアーティストを直に御目にかかれて、感動しかけたみどりであったが、その言葉が途中で止まる。
「見えますか? 彼の守護霊」
「……」
累がみどりに声をかける。みどりは無言でハリーを凝視していた。
「途轍もなく強い守護霊を連れていますね。彼自身の霊感は人並みでしょうが、彼には視えているでしょう」
守護霊にも強弱がある。守護霊は守護対象の人間からできるだけ災厄から護るものだが、当然、全ての災厄を護れることはないし、守護霊の強弱によって、災厄から護る力の程度も変わる。
ハリーの横に立つ、笑顔が眩しい可愛らしい少女は、数百年を生きてきた累ですら、これまで見たことがないほど強い守護霊であった。ハリーとの結びつきも強い。おそらくは身内なのであろうと累は見なす。
「みどり……?」
しかしみどりはそんなことなど特に気を留めていなかった。彼女の視線の先は、ハリーそのものに向けられていた。
「あばばばば、映像越しじゃあなく、直に一目見りゃわかるもんだわさ。同族ってのは」
みどりが歯を見せて不敵な笑みを広げ、言い放つ。
「あいつ、みどりと同じだよォ~」
意味深な台詞を口にする。何が同じなのか、累にはわからない。
「カバディッ」
「敵ではないと思うよ。まだぜんまいは巻かなくていい」
身構えるカバディマンに、来夢が声をかける。しかしカバディマンは戦闘体勢を解かない。
「お前も来たのか。もしかして今回は敵かな? そうだと嬉しいが」
アドニスが真に声をかける。
「その可能性はある。現時点ではわからない」
曖昧に答えておく真。
「今回は真の敵に回るのか。面白そう」
「いや、あまり面白くないよ……」
表情を輝かせる来夢だが、克彦は渋面になっていた。克彦と来夢は共によく雪岡研究所を訪れ、真相手に戦闘訓練を行っているため、その実力はわかっている。
「まだそうと決まってはいないって言ってるだろ」
「天使が囁いている。そうなるのは間違いないとな」
真が言うも、エンジェルが気取った口調で断言した。
「マッドサイエンティスト雪岡純子か。史愉から話は聞いてるよ。あいつのライバルなんだってな」
ハリーが純子に声をかける。
「んー……向こうが一方的にライバル視してるだけだけど……」
「そうか。それなら尚更、史愉を応援したいもんだぜ。俺も駆け出しの頃は、上にいる連中をライバル視してたもんだ。今じゃされる方か?」
頬をかきながら困ったように微笑む純子に、ハリーも微笑み返しながら言った。
「まさかと思いますが、元々純子さんと一戦交える予定で、私達を呼んだわけではないですよねっ」
怜奈がハリーの方を向いて確認する。
「知らんな。史愉から話は聞いているが、俺の指示じゃねーし。お前達を雇ったのはあくまで俺の護衛だ。そいつらが用があるのは史愉だろう? まあ、俺の用事が済むまでは、史愉を殺されても困るんだがな。よかったらそれまでは待ってやってくれないかな」
優しい笑顔に穏やかな口調で頼み込むハリー。
「その史愉っていう、雪岡より馬鹿そうなマッドサイエンティストが、人間ではない知的生物を乱獲して、怪しい実験で殺している。それが気に入らないから止めに行く。その邪魔をするのなら、ここで一戦交えて強引に通らせてもらう」
真がストレートに要求する。
「ふふふ、わかりやすい用件の伝え方じゃん。その人間じゃない知的生物も一度見たな。史愉はオアンネスと呼んでいたわ。あれは何なんだ? 俺も詳しく知らんぞ」
ハリーが真に反応する。
「海底人らしい。にわかに信じがたいが」
「ふーん。で、その海底人とお友達なのか?」
「別に。ただ、雪岡も関係している奴が、明らかに非道な行為をしていると知って、黙って見過ごすのもどうかと思った」
ハリーの問いに、真は正直に答えた。
「ようするに真は正義の味方。悪は見過ごせない」
「はははははっ。なるほど。来夢の説明がわかりやすい」
来夢が口を出し、ハリーが豪快に笑う。
「わかった。史愉にそいつを辞めさせて、解放するよう伝えるよ」
笑いながらあっさりと聞き入れる格好のハリーに、真は意外に思った。そう見せかけて何か企んでいるとも勘ぐる。
(いや、そういうタイプではないみたいだ)
真はすぐ考えを改める。ハリーを見た限り、面と向かって人を騙すタイプとは思えない。そうは感じられない。純子に散々騙され続けたせいで、人が嘘をつくタイミングや、嘘をつくタイプが、真はわかるようになってきた。
一方で純子も、嘘をつくタイプを見抜く嗅覚に優れているので、ハリーの言葉は誤魔化し取り繕いの類では無いと見ていた。しかし――
(ふみゅーちゃんがそれに素直に従うかどうかは、また別問題なんだよねー)
一方、純子は懐疑的であった。
「じゃ、俺はお散歩タイムだから。またな」
「随分と剣呑な護衛をつけた散歩だねえ。狙われてるの? そして狙われてるのにわかってて外に出るくらいの重要な散歩?」
通り過ぎようとするハリー達に、純子が声をかける。ハリーの足が止まる。
「ちょっと読みすぎだな。狙われてるのは確かだが、本当にただの散歩だよ。お前さん、策士策に溺れるタイプと見たぜ」
純子に向かってからかうように言い放つと、ハリーはそのまま純子達の横を通り過ぎる。
「わかっているだろうが、このまま平和に終わる気配は無いぜ」
「ああ」
アドニスが真の横で立ち止まって声をかけ、真もそれに頷く。アドニスは一瞬だけ微笑をこぼし、そのまま歩いていく。
「ハリー・ベンジャミン、中々地に足のついた人物のようですね」
累がハリー達一向の背を見送りながら言った。
「んー、そうみたいだねえ……。私としてはそういう人は好みじゃないタイプだけど」
と、純子。
「私としては、地に足がついた人って、あんまり魅力を感じないんだよねえ。いまいち、つまらないっていうか……。未熟な子の方が、伸ばしどころや埋めどころがあっていいんだよねー」
「つまり真が未熟ということですか」
純子の話を聞き、累が微笑む。
「自覚はあるし、雪岡に言われるならまだしも、お前に言われたくない。で、もう城に乗り込む必要も無くなったわけだな」
真がそう言って踵を返す。
「へーい、これからどうするん?」
アジ・ダハーカに向かって歩きながら、みどりが尋ねる。
「今の構図は、ふみゅーちゃんを逆に挑発して煽る格好になりそうだねえ。私達が狙ってそうしたわけじゃないけど、ハリーさんが本気で制止をかけたら、そういう構図になるよ」
我慢ということができない史愉の性格を考えると、史愉は怒ってますますおかしなことをする可能性が高いと、純子は見なしていた。
***
器が小さく物差しも短い凡夫は、自分の見えている世界しか見えないし、見ようともしない。普通という殻に閉じこもることこそ至上と受けとっている。己の物差しではかれない領域を信じることもなく、ひどい時には己の短い物差しで無理矢理あてはめようとする。
だが現実には世界はもっと深く、濃く、広い、果てしない。世の中にいるのも凡夫だけではない。
V5にとって、ハリー・ベンジャミンという男との出会いは衝撃的だった。世界的な主のミュージシャンとして成功を収め、数多くの企業とギャング組織を運営し、尊幻市という無法都市を築いた男。
何よりも、どの国にも属さないながらも、数十万という数のならず者を集めて、小国複数をも上回る規模の武装集団ロスト・パラダイムを作り上げた偉業は、人類史上最高のものだと信じて疑っていない。
ロスト・パラダイムの最盛期は、複数の国を支配下に置くほどであったが、ある時を境に急速に弱体化していき、今や見る影も無い。それは自分の失態であると、V5は重く受け止めている。
かつてV5は、一介のテロリストに過ぎなかった。世界の全てを憎んでいた。ただ破壊を欲していた。破滅が見たかった。
そんなV5がハリーの曲に惹かれた。彼の詩には、世界の理不尽に対する痛烈なる問いかけと呪いが散りばめられていた。それがV5の魂を揺さぶった。
V5がハリーと直接出会ったのは、兵器の取引相手のギャングがハリーの組織だったからだ。V5はハリーに自分が熱烈なるファンであることを訴えると、ハリーはV5に新たな呼び名と生き方を授けてくれた。
ハリーはV5の全てを見抜き、V5にとって理想の人生を授けてくれたのだ。V5がハリーをそれまで以上に――神以上の存在として崇拝し、服従するのは、当然の流れであった。
そのハリーの最期の願いをかなえるという大任は、名誉であると共にプレッシャーでもある。
「うがーっ! うががーっ! うがーっ!」
V5が史愉のラボの前を通りかかると、中から史愉の怒号が響いたので、ノック無しにそっとドアを開ける。
すると中で物に当り散らして暴れる史愉の姿があった。研究機材を破壊こそしていないが、それ以外のものは散らかしまくり怖しまくりの、悲惨な有様だ。
「何を荒れてるのだ?」
「ぐぴゅうぅぅ! 仮面マントの変態! ハリーの奴がオアンネスを全て生かして解放するように言ってきやがったんだあっ!」
嘆きと怒りが両方入った顔で、史愉が荒れている理由を話す。
「まさか主の言葉に従わぬわけではなかろう?」
「ぐぴゅう……ムカつくけど、ハリーとは付き合い長いし、前から散々世話になったしのー。従ってやるさっ」
史愉が恨めしそうに吐き捨てる。V5は安堵して、ラボを離れる。
(そんなわけあるかバーカバーカ。あたしを縛れるものなんて、この世に一つもあっちゃいけねーんだぞ。捕まえてきた成体は逃がしてやっけど、卵のアレは好きなように使わせてもらうからっ)
V5が出る直前にあっかんべーをしながら、心の中で喚きたてる史愉であった。
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