第四十六章 23

 夜、八時半。

 村人達は遅めの食事を取っていた。集会場には調理室があるし、食材も十分にある。村人全員分の一食分くらいの食事は賄うことができた。そもそも村人の数も多くはない。


「あー、俺等にも飯くれー」


 そこに輝明ら三人が戻ってきて、食事にありつく。


「まだ終わってないんだろう? 戦いに備えて食事は控えた方がいいんじゃないか?」

「いやいや、腹が減っては戦ができぬだしね」


 鮫男が声をかけるも、修が笑いながらそう返して、食事を続行する。


「御高名な星炭流の当主と、その守護者である虹森家の剣士殿でありますか。まだ若いのですなあ。村を守りにきてくれるとは、ありがたやありがたや」


 赤いドレスに身を包んだ山姥がやってきて、満面に笑みを広げ、包丁を手にしたまま手を合わせて、輝明達を拝む。いろんな意味で怖い。


「千石よ、御主は何ちゅうことをしでかしたんじゃ。いや……過去のことはまだよいとして、それをずっと傍観していたとは、呆れたもんじゃ」

「すまんな……しかしもうケリをつけるよ。それは決めた」


 アサガオが無数に生えた巨大猫頭の妖怪に責められ、千石は薄笑いを浮かべて宣言する


「いざとなったら、七久世さん、頼む。あんたが来たこともきっと天の導きだろう」


 千石が少し離れた場所にいた七久世に声をかけた。


「今の私に頼るより、千石さんが呼んだホープがいるじゃない」


 小さくかぶりを振り、輝明と修の方を向く七久世。


「千石さんが依代になるってのやっぱり不安なんだけど、他に方法は無いの? あるなら別の方法にしてよ」


 葉子が千石の近くにやってきて訴える。


「それで千石さんが邪神化して、制御できなくて暴走とか、それを皆心配してるんだ。だからさ……ちゃんといい結末にしてほしい」


 鮫男もうつむき加減で、しかし切実な声で訴える。


「この村を黒之期で呪縛していた諸悪の根源であるあんたに、こんなこと頼むのも変な話だけどな」

「恨まれた方が気が楽でさえあるよ」


 静かな口調で離す鮫男に対し、ニヒルな笑みをこぼす千石。


「村の中にあって村人と少し離れた位置にある妖の立場のワシの方が、よほど腹が立っているようじゃな」


 アサガオ猫が皮肉げに言った。


(皆お人好しにも程がある。何故私を許すのか。アサガオ猫も口では責めつつも、それだけだ)


 今も鮫男に言ったが、千石からすれば許される方がよほど苦しい。恨まれて袋叩きにされて殺された方がいいとさえ考えている。


(そっちがそういうつもりなら……私のやることは一つだな)


 ずっと迷い続けていた千石は、この時ようやく、自分の方針を決めた。


 と、そこに百合達四人がやってくる。


「人形集め、こちらも終わりましたわ」


 百合がそう言って千石の足元に、集めた人形を全て置いた。


「お疲れ様。そちらの子が助かってよかった」

「おかげさまで」


 千石にねぎらわれた百合の視線は、千石ではなく別の方へと向いていた。


「あらあら、随分と力の有る方がいらっしゃいますわね。魂も古そうですし」

「いえいえ、そんな」


 百合に声をかけられた七久世が謙遜する。


「俺達もお腹減ったんだけど、御相伴に与れるかなあ」

「美味しそうだよね~」


 睦月と亜希子が並べられた食事の前に立つ。


「どうぞどうぞ」

『いただきまーす』


 村人の許可が出たので、笑顔で食事をさらに取っていく二人。


「おいっ、お前っ」


 白金太郎が輝明と修のいる場所へつかつかと歩みより、ひどく険のある声をかける。


「ああ? いがぐり野郎にお前呼ばわりされる言われはねーよ。飯が不味くなる。消えろ」


 思いっきり顔をしかめて、白金太郎以上に険のある声であしらう輝明。


「用があるから来たのに、消えろと言われて、はいそうですかと消えると思うか。お前……馬鹿みたいにピアスだらけで、ハリネズミみたいな頭をしている分際で、よりによって百合様に好意を抱いているそうだな?」


 輝明を睨みつけ、珍しく低く静かな声を出して問う白金太郎。


「だ、だったらどうしたっ。て、てめーに関係ねーだろっ」


 動揺を抑えようとして失敗し、かなり狼狽気味な声を出してしまう輝明に、白金太郎はにやりと意味深に笑う。


「お前など、百合様に相応しくない。いや、かなわぬ想いだ。それを言いにきた」

「はあ? てめーなんかに言われてはいそうですかと、引き下がるかっての」


 強がる輝明であるが、心臓は緊張と恐怖で激しく動いている。先程の睦月に言われた件もあって、どんな絶望的なことをまた言われるのかと、恐れている。しかも白金太郎がやけに自信満々なので、恐怖はひとしおだ。


「いいことを教えてやろう。俺が何故いがぐり頭だか、お前にわかるか?」

「ま、まさか……」


 勘のいい輝明はその言葉だけでわかってしまった。


「そう! 百合様のお好みだからだ! 百合様は義手でありながらも、俺のこのいがぐり頭の手触りをちゃんと堪能してくださる。もちろん視覚的にも堪能してくれているに違いない! お前のようなパツキンハリネズミ頭など、百合様が好むはずがない。まずはその頭を丸めてこい! 話はそれからだ!」

「ちょっと白金太郎さあ、自意識過剰じゃない? 百合が視覚的に楽しんでいるかどうかなんて、君の思い込みでしかないよ」

「全くだよ~。ママが一言でも坊主頭が好みと言ったことあるわけ? そりゃよくその坊主頭をぐりぐりはしてるけどさ~」


 睦月と亜希子が、食事の乗った皿を手にしたままやってきて突っ込む。手触りを楽しむという点では、間違っていない気がしたので、そちらを否定することはなかった。


「ふっふっふっ、二人共、考えが浅いなあ」


 振り返り、見下すような視線を睦月と亜希子にぶつける白金太郎。


「仮にこのいがぐり頭が百合様のお好みでなければ、そんな頭の俺をどうしてお側に置くというんだい? 百合様は気に入らないものを気に入らないと即座に仰る御方。この頭を御気に召さぬのであれば、とうの昔に、髪型を変えろと口にしているはずっ。つまりそういうことさ」


 憎々しげなまでに自信満々の笑顔で言い切る白金太郎。


「何か白金太郎のくせにムカつく~」

「いや、白金太郎だからこそムカつくんだよねえ」


 亜希子が憮然とした顔になり、睦月も苦虫を噛み潰したような顔になっている。


 一方で輝明はまともにヘコみ、地面に膝と手をついて絶望していた。


「ふぁっく……超ふぁっく……。俺にはそこまでできねえ……。いくら惚れた女のためとはいえ、そこまで自分を捨てて……自慢の髪まで相手の好みに合わせて変えることは、到底できねえっ……」

「はーっはっはっはっ、所詮その程度のお前には、百合様は相応しくない。お前なぞに百合様は、高嶺の花すぎるのだ。身の程を弁えて、引き下がるんだなっ。百合様はこの先永遠に俺が支え続けるから、安心するがいいっ。はーっはっはっはっはっはっはっはっ、はーっはっはっはっはっ」

「ぐうぅぅっ……」


 勝ち誇られ、嘲られ、長々と高笑いまでされて、輝明は敗北感と屈辱をたっぷりと味わいながら、握った拳を震わせてうなだれていた。


「坊主にしたい時は僕に言ってくれよ。テルの頭は僕が刈ってやる」

「しねーよっ!」


 にやにや笑いながら申し出る修に、輝明は苛立ち紛れに叫んだ。

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