第四十六章 17

 千石は村のあちこちに置かれている人形を集める一方で、年配の村人達を集める作業も同時に行っていた。


 改革派の若者達は、縛り上げて集会場前にまとめられた状態だ。村人達一人一人に、遭遇する度にまず、改革派が操られていることを口にしていた。デビルという者の仕業だという事も。


 そして村人全員を集会場前へと集めた時点で、千石は無那引様の真相を語ってきかせた。村人達の顔色が一斉に変わる。


「千石様は、村を何百年も騙し続けていたのか……」


 肩を落として悲しげに言う老人。しかし千石を軽蔑するような眼差しではなく、憐憫の眼差しを向けている。

 千石に敵意を向ける者や、怒りだして食ってかかる村人はいなかった。千石自体がこの村では慕われている事もあるが、それでも輝明達には意外に思えた。


「七久世さんに聞いた話だけでも衝撃的だったが……。そんな真相があったとは」

「デビルだの何だのと加えて、頭がついていかない……」

「千石様もきっと辛かったのじゃろうて」


 自分を非難する声があがらないのが、千石には逆に辛かった。


「君達が望んだことでもある。途中でやめるという選択肢もあったし、私は傍観していただけだ。それも……最初は復讐目当てでな」


 念押しする千石。


「しかしそのおかげで村は今も存続しています。黒之期は確かに辛いものですが、我々は生き残る力を得た。霊的国防の大任を得る名誉と誇りも得られた」


 年配の村人の一人が言う。


「私はいつしか心苦しくなっていったよ。そして今回の騒動で、とうとう堪えられずに、彼等を呼んだ。この村の呪縛を解いてほしいという希望を託した」


 千石が輝明と修を見る。


(こじつけっぽくねーか?)


 輝樹がそう思って苦笑して修を見ると、修も輝明の方を向いて微苦笑をこぼしていた。


「導かれし勇者達か。それ以外の来訪者もいろいろ訪れてるけどな」

 皮肉っぽく呟く修。


「黒之期とやらはもう終わりだ。そのシステムの礎となっている人形を今集めている。霊達は解放して、真剣に浄化を試みる。雫野の妖術師あたりに頼めば一発だろ」


 輝明が村人達に告げた。村人達が動揺の声をあげる。


「魔道具に頼らず、別の方法で霊的国防のために頑張れ。さもなきゃ普通に暮らせよ、無能共」


 冷たい声で突き放す輝明。それに従事してきた者達が、容易にそれができないことは、そのドタバタを経験した輝明はよくわかっている。わかっていてなお突き放す。


「霊的国防の任に未練があるなら、私が協力しよう」


 千石が申し出るが、村人達の顔は浮かない。


「えっと……この子らですが……」


 腰の曲がった老婆が、縛り上げられて転がされた改革派を指し、口を開く。


「今洗脳されている状態なのはわかります。それを解く方法はないのですか?」

「私には無理だ。外部の者を雇うか……あるいは七久世さんに相談するかだな」

「俺達も無理だぞ」


 老婆の問いに、千石と輝明が答えた。


「私、できるかもしれません」


 亜空間トンネル越しにツツジが申し出る。


「一応催眠術の心得があるので。それを応用して解けるかもです。試してみないとわかりませんけど」

「村人達のいない所でやってもらおうか。彼等の前に出るのは避けたいのだろうし」

「千石様?」


 千石が明後日の方向に向かって話しかけていることを、村人達が不審がる。


「ああ、今知り合いの妖怪と話をしていたが、彼等は改革派の洗脳をもしかしたら解けるかもしれないというのだ」

「おお……それはよかった」

「あくまで、しれない――だよ。それと、その妖怪は人前では姿を見せられないので、別の場所へ連れて行ってから頼むよ」


 安堵する村人達に、千石が言った。


「なあ、テル。あの天狗の爺さんを信じてるの?」

「信じてるわけねーだろ。ばーか」


 耳元で囁く修に、あっさりと言い切る輝明。


「発言や心情の変化に一貫性が無いっつーか、不自然すぎる。その場しのぎでころころ変わってばかりじゃねーか。何百年にも及ぶ呪縛をこの村にかけておきながら、それを明かされたら良心の呵責が疼いて呪縛から解き放つ? こんなわざとらしい、胡散臭い心変わりあるかっての。千石は絶対に何か隠しているか、俺達を騙そうとしているに違いないぜ」

「それでも付き合うの?」

「そいつを解き明かしてやる意義はある。星炭の当主である俺を騙して利用しようとした代価を支払わせるためには、真実を知ったうえでないとな。どうせろくでもない真実だろーがよ」


 確認する修に、輝明はいつもの不敵な笑みを広げて、方針を口にする。


 洗脳された改革派の若者達は集会場の中へと連れていかれた。そのうえで、中を覗かないようにと前もってキツく注意しておく。


 全員運んだところで、ツツジとアリスイが現れる。改革派の若者は縛ったまま同じ方向を向かせ、その背後からイーコ達が作業をする予定だ。

 ツツジが若者の一人をチェックする。その様子を、輝明、修、千石、アリスイが見守る。


「時間はかかるけど、洗脳を解くことはできそうです」

「そうか、よかった。大変だろうけど頼むね」


 ツツジの言葉を聞いて、千石は微笑をこぼし、ツツジの頭を撫でた。


「僕も撫でたいな」

 その光景を見て、羨ましそうに言う修。


「お前がやればセクハラだぜ」

「えー、そうなのか?」


 茶化す輝明に、微笑む修。


「ふっ、聞こえましたよ! オイラを撫でるといいですよ! 何故なら、オイラは男子だからですっ! さあっ! どうぞ! 存分にどうぞ!」


 両手に腰をあてて胸を張って叫ぶアリスイ。


 アリスイをスルーして、輝明、修、千石は、集会所の外へと出る。すると村人達が、何やら覚悟を決めた面持ちで三人を迎えた。


「黒之期の終焉を受け入れるという事で、意見はまとまりました」

「そうか……」


 村人達の決断に、何故か複雑な表情を浮かべる千石。


(千石さん、何か様子がおかしいような……)


 修が訝しげに千石を見る。村や黒之期を憂いていたのなら――そして黒之期を終わらせることで、愛した人達の魂の解放へと繋がるのだから、もっと喜びそうなものだが、そんな様子は微塵も無い。


「話がまとまったようだし、人形集めを再開しようぜ。まだまだあるんだろう?」

「それなら私達も手伝いますよ」


 輝明が千石を促すと、村人の一人が申し出た。


「気持ちはありがたいけど、やめた方がいいよ」

 修が言った。


「デビルとかいうあぶねー糞野郎がうろうろしてるから、こいつら同様に襲われて、洗脳される可能性があるんだよ」

「貴方達は大丈夫ですか?」

「むしろ俺達はそいつと遭遇したら、ブッ殺してやる係だわ」


 気遣う村人に、輝明は犬歯をちらつかせて不敵に笑う。


「せめて戦士だけでも動かしましょう」

 それでもなお食い下がる村人。


「いや、村人全員でひとかたまりになって、戦えない人を守る係してくれよ。人形集めは別に急がないんだ。ここを襲われた時のことを考えろ」


 輝明はあくまで拒んだ。


「千石さん以外にも、妖怪が何人か他に住んでいるんだろう?」

「村の外れにね。厄除けも兼ねている。彼等も村人達と一緒にした方がいいだろう」


 修の確認に、千石が答える。


「あれ? こんな所に集まってどうしたの? また何かあったのかな? 千石さんもいるし」


 と、そこに白金太郎と七久世が現れ、七久世が声をかける。


(このおっさん……只者じゃねーな。かなり強力な術師と見たぜ)

 七久世を見て、輝明は思う。


「この子から聞いたけど、何やらこの村に邪な者が潜んでいるそうじゃない。僕もちょっと力を貸してみようかなあ、なんて」


 隣にいる白金太郎を一瞥し、七久世が申し出た。


「村人の皆さん、すみませーんっ、お聞きしたいことがーっ。白ずくめの絶世の美女見ませんでしたかーっ? とても気品に満ちた、美の化身みたいな人ですーっ」


 白金太郎が必死の形相で質問する。


「ああ、それならさっきまで俺達といたぜ」

「おおっ! どこへ行ったか知ってるか!?」


 輝明の言葉を聞いて、白金太郎の顔が輝いた。


「電話で聞けばいいじゃねーか。お前怪しいな……」


 胡散臭そうに白金太郎を見る輝明。


「聞いても教えてくれないんだよーっ! 自力で探せとか言って、早く探さないと罰を与えるって!」


 涙声で喚く白金太郎。


「やっぱり怪しい。あんなおしとやかで優しそうな人が、そんなサディスティックなことするわけねーだろ。お前、百合さんの敵だろ?」

「な、な、何を言うかーっ! 俺こそ百合様の忠実な手足であり、百合様に最も信頼されている下僕であるぞーっ!」

「そんなに信頼されてるのに、居場所も教えてもらえず、自力で探せとか、罰を与えるとか言うなんて、そんな理不尽な話、常識的に考えてあるわけねーだろ」

「百合様はそういうお方なんだっ! いいから早く居場所を教えてくれ!」

「知らねーし、お前の身元がしっかりわからないと、知ってても教えられねーよ」


 そう言いつつも輝明は、百合に電話をかけて確認することにした。


「あ、百合さん。実は……」


 百合と電話が繋がった瞬間、輝明の声音が柔らかいものに変わったので、修は顔をしかめる。


『ええ、間違いなくその子は私の下僕ですわ。出来が悪くて面倒ばかりかける仕方の無い子ですが、もしそちらで人手が欲しいのであれば、好きなように使ってあげてくださいな』

「そ、そんなっ、百合様っ」

『申し訳ありませんが、その子の面倒をしばらく見ていただけないでしょうか? 戦闘となれば、それなりに使える子ですので、デビルとうちの睦月と遭遇したなら、盾か囮として使ってあげてくださいな』

「あ、はい……」


 百合の言葉を聞いた輝明は、白金太郎が訴えていたことが、ひょっとしたら正しかったのではないだろうかと、疑い始めていた。

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