第四十六章 11
村の人間全てが、御神体である御柱――無那引様の元へと集められていた。
今日は村の命運を決めるための、大事な抽選がある。
この中から一家族を、村のために捧げる。贄とされる。
抽選対象は村人全員だ。村長であろうと呪術師であろうと、分け隔てなく選ばれる
「では、引いていけ」
村長が促し、一家の代表が一人ずつ出ていって、くじを引く。
くじには番号が振ってあった。この時点ではまだ誰になるかはわからない。
全員がくじを引き、くじの番号も開示した時点で、贄となる家族の番号を決める。
「どうか……うちには……」
「無那引様、御加護を……」
村人達が、そそり立つ御柱に向かって必死に祈る。多くの村人達は、御柱の加護によって守られることはわかっている。しかし非常に低い確率ながら、一世帯のみ、その加護から外されるのだ。
「では……開くぞ」
村長が御柱に張られた札をめくる。札の内側には数字が書いてあった。この数字は、他の村の者に、村の世帯数の中から無作為な数字を一つ選んで、書いてもらったものだ。
「十四!」
村長が掲げた数字を見て、叫び声を聞いて、多くの者が胸を撫で下ろし、安堵の吐息を吐く。
しかし番号が当たった家庭は、全くその逆の反応だ。
「黒川の家だ……」
「呪術師の黒川家か……」
「可哀想に……」
村人達の視線が集中する。老いた呪術師とその娘、さらには娘が儲けた一粒種の、三人家族。
「嫌……この子だけは……この子だけは……」
まだ六歳になる我が子を抱き、まだ二十一歳の黒川の娘――
そして八那とその両親が見ている前で、六歳の子供にありとあらゆる拷問が開始される。
「お願い! やめてーっ!」
悲痛な叫びをあげる八那。
「恨むがよい。たんと恨むがよい。嘆くがよい。怒るがよい。呪うがよい」
村長が沈んだ面持ちで告げる。
「その怨念が我等の糧となるのだ」
***
御柱にくくりつけられた子への拷問は、三十三日続けられた。
決して殺さぬように続く、ありとあらゆる責め苦。そしてその様を家族は目の前で見せ付けられる。目を瞑ろうとすれば、瞼を強引にこじ開けられる。
村人達の想像以上の上質な怨念が膨れ上がり、御柱の周辺に強大な妖力が渦巻いていた。
初めて用いる呪術の術式に、村の呪術師達は恐怖すらしていた。果たしてこれを制御できるのかどうかと。取り返しのつかないことをしているのではないかと、恐れる者達も多くいる。
「ごめんね……。私から生まれたせいで、貴方をこんなに苦しめて……。本当にごめんね……」
儀式の最終日の一日前である三十二日目の夜に、八那は息子に声をかけた。
苦しみはこれだけでは終わらない。殺された後は怨霊として呪縛され、村の道具となり、死後も延々と苦しみ続ける。
「あああ……ああ……あああああ……あああ……」
息子が唸り声をあげる。息子の意識は、母親の謝罪の言葉をきっかけに、絶望の奈落の底へと堕ちきった。そして彼の中にある血を覚醒させた。
監視していた呪術師は、その変異をはっきりと目撃した。膨大な妖気を放ちながら、御柱と同一化する贄の子供。その光景を見て、腰を抜かしていた。
膨れ上がる妖気に反応して、村の呪術師達も御柱の周囲へと集まる。
「村長! 大変だ! あの子供には……
呪術師の報告に、村長は仰天した。
御神体は邪神と化し、村人達を殺してまわった。村人の霊魂も自らの中へと取り込み、苦痛を味あわせ、妖力はさらに増していく。
「何ということだ……」
一人の天狗が、その妖気と邪神を目の当たりにし、愕然として呟いた。
天狗は理解していた。目の前の化け物が、己の息子であり、その中にはかつて自分が愛した女性の霊もすでに取り込まれている事を。
***
努麗村がまだ奴霊村と呼ばれていた頃、村には常に三十三人の呪術師がいて、呪術のために霊を利用していた。
村に呪術師は多いものの、呪術師としての力量は大したことが無い者ばかりで、数でどうにか補っているという有様だ。それ故に、評判もいまいちなマイナー集団であった。村ぐるみの大規模な呪術師一族であるにも関わらず、本業だけではとても食っていけない有様だ。
そんな奴霊村に、転機が訪れる。朝廷から声がかかり、霊的国防の任を受ける話になったのである。
しかし奴霊村の呪術師ではどうあっても力不足であると、彼等自身が自覚していた。何とかして強い呪術を身につけねばならないが、霊を行使する呪術を使っていた村であったが故に、強い怨霊の調達からして容易ではない。
いろいろと模索した結果、村の中から贄を出すという案に行き着いた。
子のいる家でくじを引き、はずれを引いた一家の子を親の見ている前で、三十三日かけて嬲り殺す。子を殺す直前に、子の見ている前で親も殺してから子を殺す。そうやって特大の怨念を膨らませた怨霊を人工的に造り、宮仕えをするに相応しい力を身につけようと試みる。
その試みは実行されたが、はずれくじを引いた家は、母子家庭であり、父親は天狗だった。その事実を奴霊村の呪術師達は知らなかった。
当時、血を濃くしないために、女達が他所で男と交わって子を成す行為は、こうした隠れ里ではそう珍しいことではなかった。しかしその女はあろうことか天狗と恋に落ち、子を作っていたのである。
天狗の子は嬲られているうちに怨念だけではなく、妖力も増大させていき、邪神と化したのだ。村人達を襲ったのはもちろんのこと、村の外にまで被害をもたらした。
手のつけようの無い事態となったが、その時、強大な力を持った天狗と術師が村に訪れ、事態の収拾を行った。
以上が、輝明が百合から見せられた記憶だった。
「星炭流呪術と逆のパターンか。あっちは昔、身内を使って生霊化の術やらの呪術を行使していたが、時代の経過と共に、他所から調達するようになった」
輝明が顔をしかめて呟く。
「無那引様を封じた術師ってのは、千石さんが連れてきたのか?」
「村に起こった悲劇を知ったのは、私の子が無那引様となってからの話だ。そこで高名な術師を雇い、二人で無那引様を斃し、封じた。そして――私は村への復讐と、無那引様の浄化のために、その術師に黒之期の術式を施してもらった」
輝明の問いに、千石が答える。
「人形の中には、あの時取り込まれた霊が宿っているものもある。この村だけではなく、近隣の村や町も荒らして回ったからね」
千石の台詞を聞き、百合は先程鞄の中に入れた人形を意識する。百合が手にした人形こそが、無那引様と黒之期の創世時に、御柱に取り込まれたという霊であろう。
もちろん所持している事は黙っておく。
「その中には、貴方の子の霊もいらっしゃるのね? 何百年も苦しみ続けたまま」
楽しそうに笑いながら確認する百合に、千石は無言で頷いた。
「ここで調べられることは、これ以上は無さそうですし、そろそろ出ましょうか」
「あ、ああ……」
自分に顔を向けて促す百合に、輝明は同様しながら頷く。百合と視線が合うだけで、緊張してしまうし、自分に向けて声をかけられたと意識すると、喜びに打ち震えてしまう。
祠の地下室から出た所で、百合はメールを受信しまくっているのを確認した。その大半が白金太郎からであり、一つだけ亜希子からだった。白金太郎は後回しにして、まず亜希子の方からチェックする。
輝明も修から連絡を受け、バーチャフォンを取る。
『改革派の連中が狂って暴れだしたよ。ゴスロリの子が襲われたところを助けた。今そっちに向かっているから、祠の前で待っててくれ』
「あいよ」
予想外の事態を聞かされ、輝明は思わず笑ってしまった。正直、面白くなってきたと感じている。
「ここで修達を待って合流した方がよさそうだな。村人が狂っちまったってよ」
「何だって……」
修から報告を輝明が伝え、千石が驚愕して目を見開く。
「こちらも連絡がありましたわ。しかも私の身内が一人、操られていますの」
二人のメール内容に目を通した百合が、不機嫌そうな面持ちになって、硬質な声で告げる。
(ちょっと怒った風な顔もいいな……)
そんな百合を見て、輝明は鼻の下を伸ばしていた。
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