第四十五章 33

 病院にいた真に、純子から連絡があった。どうやってこの場所を知ったのか不思議に思う。


『そろそろ戻ってきていいよー』

「まだたった半年だろ」


 正直、今の生活は気に入っているので、もう少しいたい気がしている。


『正確には七ヶ月と二週間だねー。君は特別吸収が早いし、一で十を学べる子だから、もう十分だよー』


 正直、今の生活を気に入る一方で、帰って純子の顔を見たいという気持ちもある。


 その後、新居達が見舞いに来て、昨日モゴア大統領が処刑された事と、今日は戦った者達に勲章授与がある事などを真に伝えた。

 クリシュナは真よりずっと重傷なので、まだ集中治療室にいる。真と会ってもいない。


「戻っておけ。少なくとも俺達はもう、お前に付き合う気はないぜ」


 純子から来た電話の内容を伝えると、新居の口から思ってもみない発言が飛び出し、真は驚いた。

 サイモン、李磊、シャルル、アンドリューと視線を向ける真だが、皆それを初めから知っていて、まるで予定調和だったかのような、そんな顔をしている。


「俺は傭兵辞める。で、俺が辞める時は、傭兵学校十一期主席班の奴等も全員辞めるって話になっている。こいつらが勝手にそう言い出したんだがな」


 さらに衝撃的な発言が新居の口から出る。他の四人は全く動揺していない。すでに話が決まっていると、真には見えた。


「何で辞めるんだ?」

「本当は……あの時辞めようと思っていた」


 真の問いに、新居は寂しげな微笑をこぼしていた。


「あの時?」

「うちらにはもう一人仲間がいたのは聞いたか? 阿呆丸出しのどーしょーもない足手まといでトラブルメイカーで、目立ちたがりのお調子者で、でもムードメーカーでもあった。あいつが死んだ時、うちら全員、喪失感半端じゃなかったわ。俺はあいつのことをよくストレス解消用に殴ってたから、これから誰殴ればいいんだよって、がっかりしてたし」


 真から視線を外し、うつむき加減になって新居は語る。


「俺は傭兵になって、こいつらと共にチームで行動することになった時、ある誓いを立てていたんだ。こいつらを一人として死なさないって。一人でも死なした時は傭兵辞めるって。すげえ馬鹿な誓いだけど、リーダーとして勝手に背負い込んじまった」


 話を聞いていて、新居のような男でも、仲間の喪失には相当なショックが伴うものなのかと、真は意外に思う。だがそれ以上に、そのような誓いを立てていたという事が、もっと意外だった。普段はふざけているが、実は繊細で一本気で義理堅い男ではないかと勘繰る。


「あいつが死んだのは、お前とジョニーが来るちょっと前の話だ。俺もその時負傷して、皆にその話をしたんだ。二日も話し込んだ。俺はその時初めて、俺の中で決めていた事を打ち明けた。傭兵学校十一期主席班のメンバーを一人でも死なせたら、辞めるつもりだったって。そん時、結構ボロクソに言われたぞ。死ぬのは仕方ないとか、本人の責任だとか、俺等についてきているほかの傭兵達は結構死なせているのに、命を差別するなとか、もうあれこれ言われまくったわ」


 新居が苦笑して仲間達に視線を向けると、他の面々も同様の苦笑いをこぼす。


「で、こいつらは辞めたがらなかったが、そのうち、俺が本気で辞めるなら、自分も辞めるとか言い出しやがって……。そんな時だ。純子から電話があった。俺とサイモンは子供の頃から純子とは知り合いでね。あの純子に本気で好きになった男がいて、その男が強くなりたがっているって話だったから……じゃあ、いろいろ借りのある純子の頼みだし、まだ俺達にも不完全燃焼な部分があるし、お前の成長に付き合うまでの間なら、傭兵も延長するかって、俺とサイモンの二人だけで決めたんだ。当時は李磊とシャルルとアンドリューには、お前を鍛える目的の話はしてなかったけど、話すまでもなく、こいつらも気付いていた。いや、気付いていたのは、こいつら三人だけじゃない。他の傭兵達もな」

「アランは真っ先に気がついていたな」


 新居の話が一息つくタイミングに、サイモンが発言する。


「言っとくが俺は傭兵が嫌になってやめるんじゃねーよ。どんなに独りよがりで無様で勝手な誓いだろうと、誓いは誓いなんだ。それを破るわけにはいかねーし。とはいえ半年破ったし。あー、もう自分で喋ってて何言ってるのかわかんねー。わけわかんねー」


 顔を押さえる新居。


「自分のために無理して延長したとか、そんなこと勝手に考えるなよ? 逆だ。純子の頼みを利用して、俺も新居も、気持ちを落ち着ける時間が欲しかったんだ。そのための延長戦さ」


 新居に代わって、サイモンが朗らかな笑みを浮かべて付け加える。


「だから短期間にめまぐるしく、あちこち場所を変えていたんだねー」

「落ち着かないけど以前より刺激的だったわ~ん」


 シャルルとアンドリューが言う。


「それとさ、真。明日、学校まで来てくれ。オリガ達が俺等全員に礼をしたいって言うんだよ。クリシュナは無理そうだが、お前なら少しくらい動けるだろ」


 サイモンが言った。


「堅苦しい御礼の挨拶とか、そんなのかなー? 照れるよねー」

「ちげーだろ。オリガが俺達全員の肉便器になって、体張って性的に感謝を示すに違いない。それ以外の礼なんて許せねーなー」


 シャルルの言葉に対し、いつものペースに戻る新居であった。


***


 翌日、クリシュナや一部の重傷の傭兵を除いた傭兵達が、約十日振りにセグロアミア国立第五学園へと足を踏み入れた。


 すると少年兵達が全員並んで、敬礼して迎えたので、傭兵達は鼻白んでしまう。


「どうしたんだ? 改まって」


 真に肩を貸しているサイモンが尋ねる。


「新政府には存在しないものにされちゃって、可哀想だからっていうんで、私達が勲章授与してあげることにしたの」


 オリガが前に進み出て、にんまりと明るい笑みを広げてみせた。


「可哀想って、別にいつものことだぜ」

「そーそー、俺等それは承知のうえだ」


 アランとエリオットが照れくさそうに言う。他の傭兵達も皆揃って似たような表情になっている。


「何よ。じゃあ欲しくないっての?」

「いや……」


 口を尖らせるオリガに、アランが微笑んだままかぶりを振った。


「昨日のうちに全員分作ったんだ。戦没者の分も後で作る予定」


 トマシュが、チェーンの先に弾丸のついたペンダントを掲げてみせる。これが勲章代わりということだろう。


「傭兵さんらの戦没者の墓は、俺達の仲間の墓と隣り合わせて築くつもりだ。時間かかるだろうけど、できたら知らせるから、ちゃんと墓参りにも来てくれよなー」


 イグナーツのその言葉に、傭兵らの何人かが目頭を押さえていた。

 そして少年兵達が次から次に、ペンダントを傭兵達の首にかけていく。


「一つ一つ、ありったけの感謝と祈りを込めて作ったんだぜー」


 イグナーツが真の顔の前で得意げにひけらかし、笑いながら真の首に直接ペンダントを取り付ける。


「お前はこんな時にも無表情のままかよー」


 真にペンダントをかけてから、イグナーツが呆れ気味に言った。


「仕方ないだろ。でも嬉しいよ、嬉しい気持ちを、表情にそのまま作れなくて……」

「ああ、そうだったっけ。つくづく難儀だな。でもお前が熱いハート持ってることは、俺もわかってるぜ」


 笑顔でイグナーツが手を差し出し、真もそれに応じて握手を交わす。


「僕は不器用だから結構失敗したし、チェーン三本くらい壊しちゃったよ」

「そっかー。あはは、照れるねえ、何か」


 トマシュが照れくさそうに笑いつつ、シャルルの首にペンダントをかける。シャルルも同様に照れ笑いが止まらなかった。


「なーんだ、オリガ。お前が俺のを作ってくれたのかよ」


 自分の前に立ったオリガに、新居がにやにや笑いながらからかう。


「別にあんたのだけ作ったわけじゃないし」

「そうは言いつつも俺にかけてくれるとは、嬉しいねえ」


 新居に面と向かって嬉しいと言われ、オリガは新居の首にペンダントをかける手が怪しくなり始める。


「ありがとさままま。そうだ、オリガ。一つ頼みがあるんだ」


 ペンダントをかけてもらった所で、新居が言った。


「何よ?」

「その三つ編み、ちょっといじらせてくれ」

「え? 嫌よ……」


 新居の意外な要求に、思わず後ずさりするオリガ。


「いいからいいから」

「ちょっと!?」


 オリガの背後に回って、強引に髪をいじりだす新居。オリガは抗議の声をあげたが、無理矢理振り払うのも躊躇われ、不安ながらも新居のやりたいようにやらせた。


「何これ……」


 オリガが自分の髪を手でなぞる。今までお下げになっていた三つ編みが、一本にまとまって、かなり緩めにふわっと大きくなっている。


「三つ編みの形をちょっと変えてみただけだ。そっちのが似合うなーと思って。つーかそっちの方が俺の好みだし。嫌なら元に戻してくれ」

「あ、ありがと……。本当にこっちの方が似合う?」


 大きな鏡が無いので確かめようがないので、トマシュとイグナーツの方を見て尋ねるオリガ。


「ちょっと大人っぽくなったな」

「イメチェンとしては悪くない。ネオオリガデス」


 イグナーツとトマシュが言った。


「そ、そう? でも何でこんな……。編む手も慣れていたみたいだし」


 オリガが不思議そうに新居を見る。もしかしたら昔の恋人の髪を編んでやっていたのではないかと、そんな想像をしてしまう


「いやー、俺も昔三つ編みにしてたからな」


 ところが想像を絶する答えが返ってきて、その場にいた何人かが固まった。


「本当に?」

「ああ……」


 李磊がサイモンの方を向くと、新居とは子供の頃からの付き合いであるサイモンは、遠い目で頷いた。


「それって……日本では男の人も三つ編みにするものなの?」


 オリガが怖そうに尋ねる。


「ああ、日本じゃあ男は成人するまでは、三つ編みかちょんまげっていう規則があるぞ」

「嘘だよね?」

「嘘だ」


 トマシュに問われた真が即答する。そもそも真がそんなことをしていないから、嘘なのは一目瞭然だと、馬鹿な質問をしたと思うトマシュ。


 勲章代わりのペンダントをかける作業が終わると、少年兵達と傭兵達は整列して向かい合い、綺麗なまでに同時に敬礼した。


***


 セグロアミア共和国では空港が機能していないので、真が日本に帰るには隣国まで足を運ぶ必要があった。その隣国とて、日本に直通の便は無く、乗り換えなくてはならない。

 真の空港への見送りは、傭兵学校十一期生主席班の五人が同行した。アランやエリオットといった他の傭兵達や、病院のクリシュナ、そして少年兵らとはもう別れを済ませている。


『君とはそれほど会話を交わしませんでしたが、強くなるために実戦の場に来た君のことは、ずっと意識していました』

「僕もだよ」


 顎の修復がまだで、話すことのできないクリシュナが文字で伝えた言葉に、真は短くそう返した。


 空港に着き、六人で雑談を交し合う。


「これだけは言っておく。心に刻んでおけ」


 真が乗る予定の飛行機が来る時間が迫った所で、サイモンが真の前に進み出て、力強く告げる。


「俺達とお前はな、ただ面倒見てやっただけの間柄じゃねーぞ。お前はすぐにれっきとした戦力になっていた。俺達とお前は、間違いなく戦友だ。これまでも、これからもな。そいつを忘れるな」


 サイモンのその言葉は、真の胸に熱く強く激しく響き、しっかりと刻まれた。


「ま、どうせ俺達傭兵やめてもまともな世界には戻らんだろうから、その戦友も明日には敵になってるかもだ。そん時は全力で遊ぼうぜ」


 新居が皮肉げに言う。


「私達と一緒に過ごした時間は刺激的だったでしょ~? 貴方の記憶に素敵な思い出として焼きついたでしょ~。貴方、いい体験したわよ~」


 アンドリューが真の体を正面から力いっぱい抱きしめる。


「今度私と会ったら、毛むくじゃらのナイスガイになっているように、亜鉛をいっぱい取っておくのよ~。そうしたらたっぷりと愛でてあげるから~」


 自分の気持ち悪い姿を想像しつつ、真は帰ったら、体毛が濃くなる食材と、濃くならない食材を調べておこうと、この時点で決める。


「俺が日本に行ったら一緒に秋葉原行こうねー」

「あ、そん時は俺も」


 シャルルと李磊が誘うも、真にその気は無かった。


 勇敢さは、サイモンから学んだ。

 敵の動きを計算したうえでの戦いの運び方は、サイモンと新居と李磊から学んだ。

 特殊な近接戦闘技術は、シャルルから学んだ。

 生存する術と生への執念は、サイモンと李磊から学んだ。

 咄嗟の事態に対して、状況に合わせて作戦を即座に構築する術は、新居から学んだ。

 アンドリューからは特に何も学ばなかった。いや、学ぶことはなかったが、アンドリューが口にした台詞は覚えている。彼等と過ごしたあの日々は、確かに刺激的だった。強烈な思い出として焼きついた。


 鮮烈な日々を共に過ごしてくれた事と、自分に多くを教授してくれた事に感謝しつつ、無言で深く頭を垂れて、真は五人の傭兵達と別れた。

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