第四十五章 エピローグ

 真が傭兵としての活動を終えて、四年以上が過ぎた現代。


 李磊は祖国に戻り、忌み嫌っていた軍に再び所属し、日本で暗躍する工作員となった。


 シャルルはアメリカの裏社会でフリーの始末屋を営んでいたが、ある仕事をきっかけに、日本へと河岸を変えた。


 アンドリューは星炭流呪術によって怪しい術をかけられて、生きたままゾンビ化され、真、杏、麗魅と戦い、命を落とした。


 サイモンは祖国であるアメリカへと帰り、『戦場のティータイム』というチンケなストリートギャングに入った。

 元々は数人規模の小さなチンピラ集団であったこの組織は、やがてアメリカの裏社会を完全掌握する巨大組織へと変貌を遂げ、サイモンはそのナンバー2の地位に収まっている。


 新居は日本の裏通りで始末屋となったが、いろいろと滅茶苦茶なことをしているうちに、『タブー』の一人に指定されてしまった。


 クリシュナはその後、音沙汰が無い。


 イグナーツは傭兵学校へと入った。


 トマシュはセグロアミアで新たに設立された、士官学校に入ったという。


 オリガも傭兵学校入りを希望したが、傭兵学校は男しか受け付けていないので、オリガには入れなかった。オリガにその事実を知らせるのを、傭兵達は忘れていた。そのため直接傭兵になろうかとも考えたが、女性の身で傭兵として雇ってくれる所が見つからず、傭兵になるためのコネも無いのでどうにもならず、新居に紹介してもらおうと思った。

 しかし新居に相談すると、日本へ来るようにと言われて、わけもわからず日本へと来てみたら、わけもわからないまま、気がついたら新居の助手にされていた。


 その日、新居の事務所に真と李磊とシャルルの三人が、呼び出された。


「お、皆さんいらっしゃーい」


 笑顔で出迎え、茶菓子を用意するオリガ。


 十九歳になったオリガは、もうすっかり大人びている。三つ編みは相変わらずだが、お下げにはしておらず、ふっくらとした編み方だ。

 日本に来て三年以上が経つが、未だ日本語の漢字を覚えるのに悪戦苦闘しているとのことである。


 真と李磊は何度も、オリガと新居とは会っていた。一方シャルルは、傭兵を辞めてから二人と会うのは、これで二度目だ。


「何で集まってもらったかというだな、今更になって面白いものを見つけたんだ。本当今更なんだけどな。もしかしたらもう視ている奴もいるかもしれないんだが。シャルルと李磊も日本にいるっていうんで、どうせだから集まりがてら、一緒に視ようと思ってな」


 新居が一同に向かって告げる。

 新居だけが、例の銃弾のペンダントを目立つところにかけている。李磊とシャルルは、服の下にかけていた。真は戦闘の際に、ペンダントを失くしてしまった。


「セグロアミアで戦っていた時によ、米軍叩きが世界中で加速して反戦平和デモ行進されまくりで、米軍が撤退するどうこうになった時に、俺等もネットで自分達の主張して、対抗したじゃん?」

「ああ、結局意味無かったあれね……」

「その日のうちに、最後の戦いに行くことが決まっちゃったしねー」


 李磊が微苦笑をこぼし、シャルルが軽く肩をすくめる。


「いや、意味あったかもしれねーんだ。その時、わざわざ自撮り動画でメッセージを呼びかけていた奴がいてな。それをちょっと皆で視てみようって話よ。あ、俺とオリガはもう視たんだけどな」


 新居がにやりと笑い、ホログラフィー・ディスプレイを大きめのサイズで空中に投影した。

 そこに一人の少年の顔が映し出された。


「ミルコ……」


 真が思わず名前を口にする。いろんな感情が胸の内を渦巻き、少し手が震えてしまう。


『俺の名はミルコ・グセフといいます。今、内戦真っ盛りのセグロアミア共和国の首都オジロオミオで、銃を取って戦っている民間自警団の一人です』


 動画には日本語字幕が書かれている。再生数は二千万を越えていた。


『セグロアミアはモゴア大統領という独裁者と、モゴアが呼び寄せたロスト・パラダイムによって蹂躙され、悲惨なことになっています。多くの都市が空爆されて廃墟と化し、略奪、強姦、殺人が横行しています。反政府軍が立ち上がり、加えて、民間自警団が必死に抵抗しています。

 俺は民間自警団のリーダーをしています。十歳にも満たない子供から十六歳までの、未成年だけで構成された自警団です。十六歳は俺一人で、俺が最年長です。この国では特に珍しいことではありません。俺の所以外でも、子供達が集まって銃を取り、戦っている集団は多く存在します。武器さえあれば子供でも戦えます。銃の引き金さえ引けば、子供でも敵を殺せますから。

 今、反政府側が優位に立っています。しかし俺達だけの力では、政府軍に対抗できなかったでしょうし、今後も戦えるかどうかわかりません。米軍が助けに来てくれたからこそ、今まで戦ってこられたのが現実です。

 米軍が空爆の誤爆で一般市民を殺したと、叩かれています。それは事実です。何故なら俺の家族も、米軍の空爆の巻き添えで死にましたから。俺だけではありません。俺と一緒に戦っている仲間の中にも、米軍の誤爆で家族を失った者が何人かいます。

 最初は俺も恨みました。でも今はその恨みはありません。何故ならアメリカの兵士達も血を流しているからです。しかもアメリカ本国を守る戦いではなく、遠い異国の民を守る戦いです。この間、米軍の拠点の一つが、地下を掘って仕掛けられた爆弾で壊滅し、三十一人にも及ぶ死者が出ました。

 情けない話ですが、米軍の助けが無ければ俺達は、政府軍やロスト・パラダイムと互角以上には戦えなかったですし、もっと沢山の死者が出ていたでしょう。空爆の誤爆で出る死者よりも、ずっと多くの人が死んでいたはずです。俺達はその現実を受け止めていますし、感謝しています。

 助けてくれているのは米軍だけではありません。傭兵の人達も俺達と一緒に戦ってくれています。つい最近までは、子供達だけで集まっていた俺達でしたが、現在は傭兵さんらが一緒に戦ってくれているおかげで――つまり彼等が血を流してくれているおかげで、俺達の被害は減りました。傭兵さんの存在は心強く、皆の支えになっています。学ぶことも多いです。

 傭兵の中には、俺達と同じくらい年齢の子もいて、俺達と仲良くなりました。彼は日本から来た子です。傭兵の戦う理由がどうあれ、俺達の大きな助けになっている。これが事実です。

 ネットではこんな意見もありました。反政府軍が抵抗をやめれば平和になると。反政府軍が抵抗しているからこそ、戦争になっていると。これは日本の人の書き込みですね。

 断言できますが、抵抗をやめても俺達に平和は訪れません。

 俺達の仲間のルチアは、砲撃で顔中にガラスの破片を浴びて死にました。十二歳の女の子でした。彼女は自分の母親が見ている前で、何十人もの政府軍の男達が入れ替わり、三日間にわたってレイプされ続けました。今のこの国では、珍しいことではありません。ルチアはこんな悲劇を起こさせないために、自分の心の痛みを堪えて、戦う道を選びました。そして死にました。その後、ルチアの死を母親に伝えに行ったら、ルチアの妹が見ている前で、ルチアの母親も頭を撃たれて死にました。

 パトリックという子は、仲間の女の子をかばって死にました。彼は十三歳で、アメリカ軍の医師に人工肛門をつけてもらいました。ロスト・パラダイムの兵士達に犯され、肛門と大腸の一部が壊されていたからです。犯されただけではなく、最後には面白半分に焼けた鉄棒を入れられたのです。

 ロヴロは誰よりも優しい男の子で、誰よりも平和を願っていました。早く平和を取り戻したいと、それが口癖でした。ロヴロの両親は画家で、ロヴロも平和になったら画家を目指すと言い、いつも絵を描いていました。彼の家族は彼の見ている前で生きたまま焼き殺され、ロヴロもそうなる寸前に俺達が助けました。ロヴロは復讐のためではなく、こんな悲劇を失くしたいと願い、銃を手にして戦う道を選び、そして平和なセグロアミアを見ることなく、頭に銃弾を受けて死にました。即死だったのは救いだと思います。

 死んだ子供達はもっともっと沢山います。両足の指を使っても数えきれません。

 抵抗しなければ、こんなことがずっと続くだけです。戦わずに、いいように蹂躙され続けることが、平和ということなのでしょうか? 俺は違うと思います。俺の仲間も皆、違うと言うでしょう。だから戦っているのです。武器を手に取り、敵を殺すんです。自分も家族も友人も隣に住む人達も、殺されたくないからこそ、先に殺すしかないんです。

 平和を訴えてデモ行進をしている人達。ネットで戦争反対を訴える人達。プラカードに米軍の悪口を書きなぐって掲げ、セグロアミアにいる米軍を悪者扱いしている人達。貴方達がいくら戦争は悪だと、戦争を失くすべきだと喚いても、それだけでは俺の国の戦争は絶対に終わりません。そんなことをしても、絶対に平和は訪れません。戦争を終わらせて平和を取り戻すには、戦争をするしかないんです。

 もし貴方達が自己満足で戦争反対を唱えるのではなく、本気で平和を愛し、戦争を失くしたいと思うのでしたら、是非俺達に力を貸してください。俺達の国に来て、銃を取り、戦ってください。できたばかりの俺達の国を蹂躙している悪漢共を、できるだけ多く殺してください。俺達と一緒に戦争してください。それが、俺達が平和を掴むための唯一の道です。

 アメリカの兵隊さん達も、傭兵さん達も、命がけで戦い、俺達に手を貸してくれています。アメリカが純粋な正義感で兵を送っていないことは、勿論知っています。誰もそんなことは信じていません。しかし動機や背景はともかく、俺達にしてみれば、彼等こそが平和の手助けをしてくれている人であることは、紛れもない事実なんです。

 まだ建国から二十年とちょっとのセグロアミアという国が、平和で豊かな国になるように、俺は今日も明日も戦います。戦うことでしか、それは勝ち取れないものです。

 銃を取って戦えば殺されるかもしれません。でも戦って命を落とした者の死は、絶対に無駄ではありません。もし俺が死んだとしても、皆が明るく平和に暮らせるための礎の一つになれたと考えれば、それでいいかなと思います。それに、死んだ仲間とまた会えるかな……とも思いますし』


 映像はそこで唐突に終わった。


「中途半端な所で終わった感じもするが、言いたいことはあらかた言い尽くしたんだろう」


 今は亡きミルコへのフォローのつもりで、新居が言った。

 真は何も考えられない状態になっていた。様々な感情が渦巻いていた。その中にはどう形容したらいいかわからない感情もある。


「英語版の方は再生数1億以上いってたぜ。って、オリガはこれ視るの二度目だろー。何また泣いてんだよ。泣き虫オリガー」

「うぅぅ……うるさいなぁ……。新居だって泣いてたくせにっ」


 嗚咽を漏らしているオリガを、新居がからかう。


 真も泣きたい気分だった。オリガを見やりながら、頭の中で同じようにすすり泣いている自分を思い浮かべる。


「ていうか、セグロアミアは傭兵使ってること黙っていたかったはずなのに、ネットの動画でミルコが公表しちまってるのな」


 と、李磊が泣き笑い顔で言う。歳を取って、すっかりと涙腺が弱くなってしまったと、嫌でも意識してしまう。


「コメント見てみればわかるけど、この動画の影響受けた奴がかなり多いようだぜ。海外じゃこの動画を見て、実際にセグロアミアへ向かった奴もわんさかいる。動画流した直後に最後の戦いだったし、タイミング的に考えて、実際に参戦した奴はいないだろうけど、到着したら戦争が終わっていたから、復興活動のボランティアに参加し続けたっていう奴が多くて、その活動報告をしている。糞みてーな反戦運動を辞めたって奴も、わりといるようだしな。ひょっとしたらだけど、あの時米軍がすぐに撤退しなかったのも、このミルコの訴えも含めて、皆でネット上で抵抗したのが、少しは功を奏したのかもしれねーぞ」


 窓の外の空を見上げ、新居が言った。


「絶対そうに決まってるわ」


 涙をぬぐいながら、オリガが確信を込めて言い放つ。


「あの時、確かに私達はあそこにいて、ミルコもイグナーツもトマシュもいて、新居や真達もいて、一緒に戦ってたんだよね。もう……凄く遠い昔のように感じる」


 オリガも窓の外の空に視線を向け、意識した。空の果てにある祖国と、かつて戦場となった故郷の記憶。今いるこの場所、今生きているこの時間。同じ空で繋がっていると。


 真も新居とオリガを倣うようにして、窓の外を見る。


 今も世界中のどこかで燃える戦火の地と、この空は繋がっていると、真は意識する。今もどこかで戦争が起こっている。多くの人間が苦しみ、死んでいる。殺されている。殺しあっている。そして――そんな中でも喜怒哀楽が有り、人生の想い出を命がけで刻み続けている。


 戦争という、多くの人間が忌み嫌うものの中に、自ら進んで飛び込む者達がいる。真もその一人となり、彼等と共に戦った。素晴らしい日々だった。心底楽しかった。


 あの日々に戻りたいという気持ちも真にはあるが、それはあの時のあの仲間達がいたからこそではないかと、そんな疑問が強くある。

 今の真には、新居がどうして傭兵を辞めたのか、わかった気がする。仲間を一人失っただけで、新居は傭兵に見切りをつけた。新居の中では仲間達が全員揃ってこその戦場であったのだろうと思う。


 真はよく夢想する。またジョニーと隣り合って、一緒に銃弾の中を駆け抜けたいと。新居やサイモン達と並んで銃を撃ちたいと。ミルコ、オリガ、イグナーツ、トマシュらと、銃を手にして廃墟となった市街地を歩きたいと。夢と想い出の中だけとなった戦場へ、また戻ってみたいと。

 ジョニーやミルコは、夢の中に何度も出てきた。夢の中で何度も再会したと言ってもいい。彼等は死んだが、真の心の中からは消えていない。

 母親や幼馴染の宗徳や仁の夢もよく見るが、付き合いはずっと長いはずの彼等より、短い期間を共にしたジョニーやミルコの方が、夢によく出てくる。その理由は歴然としていた。



第四十五章 戦場の子供達と遊ぼう 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る