第四十五章 29

 戦闘は五日目に入った。


 兵士達の多くはろくに寝ることもできない。寝たとしても、銃声がたまに途切れる十数分の空隙程度だ。関係の無い場所でも、銃声には過敏に反応して起きてしまう。しかしそのわずかな間の睡眠は貴重だった。それだけでも多少は疲れが回復する。


 もう戦況がどうなっているのか、まるでわからない。現れた敵を撃ちまくる。殺しても殺しても沸き続ける敵を、次から次へと殺していく。あるいは殺されていく。

 いや、そもそも敵をちゃんと殺しているかどうか、それさえわからないことが多い。

 兵士達が入り乱れて突撃しあい、堂々と姿を晒して撃ち合っているわけではない。互いに遮蔽物の陰に隠れて、おっかなびっくり銃と手だけを出すか、あるいはたまにちょっとだけ顔を出して確認する程度。そのちょっとの確認の際に死ぬか生きるか、そういう戦いがほとんどだ。これでは長期戦になって当然だ。


 それでも確実に死人は出ていく。数と勢いで押して、敵が隠れている近くまで乗り込む者もいる。銃の撃ちづらい間合いまで入って、先にナイフが振るわれることもあった。


 新居、アンドリュー、クリシュナ、李磊、シャルルの五人は確実に一つ、また一つと、現れた敵の集団を撃破しながら、前進していた。


 傭兵と少年兵は散開しつつも好き勝手に行動するわけではなく、付かず離れずのまとまった行動をする方針であったが、時間の経過と共に、少しずつばらばらになっていってしまっている。そろそろ再編成するために固まろうにも、どこかでずっと撃ち合いが行われているので、それもままならない。援軍の要請が合っても中々動きが取れない。


 銃での撃ち合いの中で、手榴弾や迫撃砲が混じることもあるが、これらは数が限られているので、いつ終わるかもわからない戦いで、無駄に使うことはできない。


 新居達は手榴弾を効率的に使うよう心がけていた。敵が潜んでいる場所近くで爆破した直後は、大体攻撃の手が緩む。そのタイミングを狙って、遮蔽物の無い空間を素早く移動し、敵が潜んでいる場所へと堂々と飛び込み、敵の銃の照準が向く前に一網打尽にしてしまう。


「市街地戦で、敵との距離がさほど離れていないからこそ、できる芸当だけどな。見晴らしのいい場所で同じことは無理だ」


 新居がクリシュナを意識して言ったが、クリシュナはそれだけではないと受け取った。接近した時点で、確かな技量の差が浮き彫りになる。政府軍の精鋭部隊と言っても、傭兵と比べてしまえば戦闘経験は乏しい。ましてや最強と名高い傭兵学校十一期主席班が相手だ。

 クリシュナも彼等に引けを取らず、ついていけている。しかし技量の差もわかる。シャルルに比べると若干落ちる。李磊にははっきりと落ちる。単純な速度だけなら、新居とアンドリューには勝っているが、彼等の洗練された動きは自分より上とわかる。彼等の体が流れるように動いているのが、たまに視界に入ってくる彼等を見ただけで、一目でわかった。状況に合わせて的確に体が動いていると。


「前の広間の右側の家の二階には、スナイパーがいやがるな」


 家屋の中に潜み、窓の外に広がる石畳の広間を見て、新居が言った。家人は奥の部屋で震えている。


「よくわかりますね」


 クリシュナが神経を尖らせたが、スナイバーの気配は感じない。それ以外に、広間の向かい側に大勢の敵が潜んでいるのはわかる。


「結構腕の立つ奴みたいだぞ。殺気の電磁波もごく微か、ごくわずかの一瞬感じさせただけだ」


 新居が言うと、そのまま黙って思案する。


「で、どうするの~?」


 無言になった時間が長いので、アンドリューが痺れを切らして声をかけた。


「敵の数も多いし、スナイバーを先に何とかしたい。クリシュナ、李磊。お前等二人でこっそりとあの家の中に忍び込んで、先にスナイパーを殺せ」

「了解しました」

「それはいいとして、何か引っかかることがあるのか? 随分考え込んでいたし、そいつを教えてほしいね」


 新居の命令にクリシュナは応答したが、李磊は気になって質問する。


「敵の数が、ここから見えている奴だけとは限らない。この広間、まだ敵側の陣営といっても過言ではないし、敵が隠れて待ち構えるには適している場所だ。広間に面している建物の数の多さからいってもな。あそこに堂々と姿晒している連中が、囮の可能性も考えられる」

「そういうことは先に言っておけよ……。俺が質問しなければ、言わないまま行かせるつもりだったのか?」


 新居の話を聞いて李磊が呆れる。


「すまんこ。でも行ってこい」


 新居は一応謝ったが、それでも命令は取り下げなかった。


「ま、そういう可能性もあるって前もってわかっておけば、対応する気構えも早いからねー

「だな」


 シャルルがフォローし、李磊も頷くと、李磊とクリシュナの二人は、こっそりと建物伝いの移動を開始した。


***


 真は銃声の中でも平然と寝ていた。殺気が自分に向けられない限りは、寝続ける術を身につけていた。

 真が寝ている間は、サイモンが戦っていた。まだ銃弾には困らない。死んだ味方の兵士や政府軍兵士から頂戴した銃と弾と水と食料が、たっぷりとある。


「政府軍の兵士達はへばってきてる感じが見受けられるな」


 裏路地にて家屋の壁に寄りかかって、サイモンが言う。当面の敵がいなくなったので、小休止している。


「ここまで来ると根性論の世界だ。士気ってのは重要だぞ」


 真は疲れきって無言になっているが、そんな真を励ますかのように、サイモンは微笑をたたえて話しかける。ちなみに真は先ほど眠りから覚めた所だ。そうでなければサイモンも、話しかけずに寝かせておく。


「大抵、軍に所属する兵士は愛国心だの使命感だので戦っているが、正直それだけではキツいと俺は思う。アメリカ兵がやたらPTSDやシェルショックにかかったり自殺したりするのは、愛国心だけではストレスが抑えきれないからだ。特に殺人のストレスはな」


 そもそもアメリカは自国防衛とは全く無関係の場所で、戦争を行うことが多い。建前の大義はともかくとして、その目的は、中東諸国や旧東側の国への示威であったり、政治屋の票取りであったり、実質的な支配者である貸切油田屋の思惑であったり、何より軍産複合体を肥え太らせるためである。

 いずれも一部の人間の思惑のためだけに、ビジネスとしての戦争で、若い兵士達を死地に追いやる代物だ。いかに兵士達に愛国教育を施そうと、これでは士気が高まるはずもない。


 サイモンはそれを理解した時点で、祖国が起こす暴力団のいちゃもんのような戦争に与することを辞め、傭兵となる道を選んだ。そんな連中のために命を捧げたくは無い。何より、もっと強い刺激が欲しいという動機が一番ではあったが。


「傭兵の場合は?」

 真が問う。


「俺達は正に戦争が好きで戦っている。わざわざ死に近い場所を選んで、殺し合いを楽しみにいく。ストレスが無いとは言わないが、国に所属する兵士とは根本的に違う。それに、そういう生き方しかできない奴も多い」

「セグロアミア国立第五学園の連中も士気は高い」

「反政府軍サイドはそうだろう。戦う理由が士気に繋がっている。自分の国をやりたい放題にされて、家族や仲間を失った者達だからな」


 サイモンの言葉を聞いて、真はミルコを思い出す。


「正規の軍人さん達は、意外と平和主義な奴が多い。そして軍人が多少平和主義になるのは仕方ない。有事になりゃあ、真っ先に自分が平和でなくなるんだからな。彼等が平和主義なのは悪いことでもない。有事となればその平和主義を押し込み、愛国心と誇りのために戦うんだからな。しかし――だ。これまた精神論になるが、戦いそのものを求めて戦う者と、愛国心や誇りのために戦う者。精神論の世界にまで行き着くと、ここで差が出ちまうように、俺には思える」


 話の流れからすると、前者こそが精神的には強者という事になると、真は結論づける。


(フィクションだと、戦いたいから戦っているという輩より、愛国心で戦っている方が強くないと、絵にならないけどな)


 現実は無常だと感じる真。


「話し声が少し大きかったかな?」


 サイモンが冗談めかして不敵な笑みを浮かべる。うずくまっていた真が立ち上がる。


 ほのかに漂う殺気。二人は裏路地の奥へと移動していく。


「不味いな」


 やがて二人の前には、広間が広がった。広間には結構な数の兵士がいる。


「ここはポジションが悪い。別の場所へ移動するぞ」


 しかしサイモンはやる気満々だった。先にサイモンが下がり、真もその後に従う。


 その時だった。サイモンが殺気を感じてその場を大きく飛びのく。

 銃声が響く。狙撃銃であることは明白だ。


(スナイパーがいたか。この俺が直前までまるで気付かないとは……。かなりの腕だな)


 サイモンが地面を転がりつつ、すぐに起き上がり、後方を見る。


 真がうつ伏せに倒れていた。地面には血が流れているのも見えた。

 すぐに助けに行きたかったサイモンであるが、スナイパーが狙っている状況では、それもままならない。


 後退しつつ、殺気の放たれた場所に目をやる。建物の二階だ。


 すると、二階ベランダからスナイパーが落下するのが見えた。落下の前に殺されたようで、首筋が切り裂かれている。

 ベランダにはククリナイフを手にしたクリシュナの姿があった。彼が仕留めたようだ。


「真!」


 スナイパーの存在を警戒する必要が無くなったので、サイモンはすぐに真の元へと走り寄る。


 路地裏に自分達がいる事は、おそらく敵に知られてしまっているであろうと、サイモンは承知済みだ。真を気にかけつつ、路地裏の出口も警戒しておく。

 真の元に着いた所で、広間から敵が姿を覗かせた。


「ファック!」


 サイモンが毒づいて、小銃を撃ちまくる。最初に覗いた二人が倒れる。


 銃を片手で撃ちながら、もう片手で真を担ぎ上げるサイモン。

 真が負傷したのは右太股だった。しかし出血が激しく、動脈が破れた可能性もある。いずれにしても、ここに放ってはおけない。


「置いていってくれ。足を引っ張りたくない」


 口にしてから、その台詞にデジャヴを覚える。どこかで誰かが自分に向かって言った気がして、記憶を探る。


「餓鬼がいっちょまえの口たたくんじゃねーよ。足が動けなくなっただけだ。まだ銃くらいは撃てるだろう。俺達が生きて帰るためにも、死ぬまで撃ち続けろ!」


 真を担いで小走りに移動しながら、サイモンはいつになく厳しい声音で叱責する。

 真はサイモンに担がれたまま銃を上げ、路地裏の出口に現れる兵士に向けて撃つ。真が背後を担当してくれるので、サイモンは走ることに集中する。


「ジョニーを助けて死んだ、ノーマンのことを覚えているか? お前の初陣の時な」

「ああ……」


 走りながらのサイモンの問いに、真は頷く。

 あの時のサイモンの台詞は今でも覚えている。ノーマンは自分の信念とプライドに従っただけだと。


(ミルコもそうだったな。そして僕もか……)


 真はそう思い、自然と微笑をこぼしていたが、真自身もサイモンも気づいていなかった。


「俺も同じさ。それだけの話だ。俺は死ぬ気は無いけどな」


 サイモンが言い、裏路地から表通りへと出たその時だった。


 真とサイモンの横に三人の兵士がいた。銃口が突きつけられる。

 この展開を予想しなかったわけでもないサイモンは――真を抱えたまま前に跳び、横に向けて銃を撃ったが、その必要は無かったと知る。


 彼等の背後から銃弾の雨が降り注ぎ、三人の兵士はミンチとなった。


「よう、久しぶり」

「あら~、真は怪我しちゃったの~? しょーがない子ね~」


 新居とアンドリューが現れ、真とサイモンに笑顔を向ける。遅れてシャルルも姿を見せた。


「ひょっとして、俺達のこと危機一髪を救ったヒーローに見えたー?」

「言ってろ」


 にやにや笑いながら言うシャルルに、サイモンは真を担いだまま肩をすくめて笑った。

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