第四十五章 30

「いい加減シャワー浴びたい」

「俺はネトゲしたい。李磊さんも俺と同じネトゲしてた。オススメ11」

「いつまで戦うんだか、先が見えないね。大統領府に向かって進んでいるようにも見えない」


 オリガ、トマシュ、イグナーツの順に喋る。

 三人は無人となった食品店の中にいた。おかげで食事には困らない。店主は店の前で死体となって転がっている。死後数日は経っていそうで、死体には蛆が大量に沸いている。


(ミルコもあんな風になっているのかな。後で回収する時にミルコの遺体を見るのは抵抗ある)


 店主の死体を眺め、オリガは思う。死体などもう見慣れているが、それでも親しい友人の腐った死体は見たくない。


「そもそも地下の抜け穴があった時点で、大統領はとんずらしている可能性が高いよ」

 トマシュが覇気の無い声で言った。


「それなのに政府軍とロスト・パラダイムは戦い続けているのか? だとしたら間抜けな話だ」

 イグナーツが力無く笑う。


「米軍はもう撤退しちゃったのかな? 近くに必ず撤退命令が下るという話だったけど」

 不安げに言うオリガ。


「その割には空爆が無いぞ。爆撃機は全て米軍が撃墜してくれるっていう話だったし、ちゃんとその辺はやってくれたのかも」

 と、イグナーツ。


「政府の空軍基地は米軍参戦時にあらかた破壊されていたし、残っていても大したことはないだろうよ、うん」

「ロシアから援助される可能性もあるじゃない」

「ロシアじゃなくてトルコとイランだろ」

「だからロシアもそれに加わるかもしれないと言ってるの」

「あるわけがない。何でトルコが名乗り出たと思ってるんだよ。最近のトルコとロシアは関係が穏やかじゃないんだ。ロシアが見捨てたからこそ、その後釜に名乗り出たんだぞ」

「そんなことわかってる」


 トマシュとオリガが言い合いをしているうちに、イグナーツは店の外の様子を伺いに出る。


「おい、こっちだ。早く来い」


 仲間の少年兵四人を見つけて、イグナーツが声をかけて呼び寄せる。皆十歳から十二歳くらいの年齢だ。


「この中なら安全だし、飯もあるぞ。お前達は一人も欠けなかったんだな。今までよく生き延びた。偉い偉い」


 イグナーツが四人をねぎらうと、四人の顔が綻ぶ。


「未だ妨害電波が出たままで、無線が全く通じない。ただ、この事からわかるのが、戦闘自体は継続中って事だけだ」


 トマシュのその声は、イグナーツと四人の少年兵にも届いていた。


「逆に言えば、無線が繋がったその時が、良くも悪くも大きな変化があった時ということだな」


 イグナーツが呟き、店の棚にあるチョコを一つ手に取った。


***


「自分は最強の男になりたいです。いえ、なります」


 ネパールの軍事訓練学校。教室内において、何故兵士になりたがるかを教官に問われたクリシュナは、同年代の少年達の前で堂々とそう答えた。


 もし日本の学校の教室で、同年代の少年が教室内で同じ発言をした者がいたら、笑われるだけであったろう。しかしここで笑う者など独りもいない。それどころか、クリシュナの静かな強い決意にあてられ、無言で闘志を燃やす者がほとんどだ。


「何をもって最強とするか、定義は人それぞれだ。しかしそれを達成した者は、人類史上に三桁もいない。人類史上の最強を目指すなら、誰であるかもわからないたった一人になりかわるという話になる。言葉に出すだけなら簡単だが、目指す道の先は途方もないぞ」

「だからこそ、授かったこの命を全て賭す価値はあります」


 教官の言葉に対しても、クリシュナの決意は微塵も揺るがず、毅然として言い放った。


 それからクリシュナは、軍事訓練学校で最も優秀な成績を収めて卒業した。

 グルカ兵は、イギリスからやってくるグルカ兵のスカウト部隊によって、イギリス陸軍所属のグルカ旅団へとスカウトされる。これは伝統的儀礼のような代物であるが、スカウトされたグルカ兵はれっきとした戦力として勘定されるうえに、その戦闘力を見込まれて、難易度の高い任務も与えられる。


 クリシュナもイギリスのスカウト部隊の目に止まったが、クリシュナはイギリス陸軍に所属することを拒んだ。傭兵となって戦闘地帯へすぐに向かう事がクリシュナの望みだった。


「私はこの世で最も強い男になりたいのです。実戦の場で己を鍛えることが、強さへの道であると信じています」


 イギリスのスカウトを前にして、クリシュナは堂々と言い放った。


「それならまず傭兵学校に入るといい。いや、絶対に入った方がいい。あそこを出た兵士達はいずれも猛者ばかりだ。さらに君を鍛えあげてくれるだろう」


 そう勧められて、クリシュナは傭兵学校へと入学した。


 傭兵学校においてもクリシュナは、常にトップの成績を収めた。そして卒業の際、クリシュナは、教官にこう尋ねた。


「傭兵学校開校以来全ての卒業生を含めて、自分はどれほどの順位でしょうか? 点数の成績のうえではなく、教官の目から見て」

「五位だな」


 教官が間髪を入れずに答えたので、クリシュナは鼻白んだ。あまりの即答っぷりの意味する所は、自分より上にいるその四人は、自分とは大きく差があることを意味している。


「お前より上の四人は、今や伝説化している十一期生の主席班だ。単純な強さではサイモン・ベルと李磊とシャルルに敵わないだろう。そしてお前は兵士としては優秀だが、指揮官には向かない。指揮官としての能力において、新居に及ぶ者は、未だこの傭兵学校の卒業生の中にはいない」


 教官の話を聞いたクリシュナは、十一期生主席班に強い興味を抱いた。彼等と戦うか、彼等と共に行動してみたいと思うようになる。


 しかしいきなり彼等に会いに行くよりも、まずは自分の腕を試してみたいと思い、クリシュナはしばらくの間、傭兵として様々な戦場を渡り歩いた。

 その後、知り合った傭兵にオフ中の新居を紹介してもらい、彼等と共にセグロアミア共和国という戦場を訪れ、共に戦う事になった。


***


 十一期生主席班と真とクリシュナは、敵部隊との交戦を行っていた。

 敵兵士はレンガ造りの家に立てこもり、壁に銃眼をこさえて撃ってくるので、守りだけは厚い。


「いつまでもここで足止め食ってるのもダルいな」

 新居が呟く。


「砲弾使えないのが痛いよね~」


 シャルルが言った。家の中に民間人がいたとしたら、巻き添えを出しかねない。


「民間人巻き添えにしようが、こっちがヤバくなったら使うけどな。でも別にそこまでの状況じゃねーよ。何ならここはスルーして別の場所行けばいいだけだし」


 言いつつ新居はサイモンと李磊を見た。


「お前等二人で家の中に入って、中の奴等を始末してこい」

「あいよ」

「普通ならそれ、無茶な命令だからな」


 新居の命令を受け、李磊は即座に返答し、サイモンは微苦笑を浮かべて言った。


 残った面子で激しい銃撃を行う一方で、サイモンと李磊は、敵がいる家と隣接する家の敷地内へと入る。横からこっそりと中に入る寸法だ。


「おい、こっちにもこっそり近づいている奴がいるぞ」


 新居が銃を撃つのをやめて振り返る。


「マジで?」


 シャルルも振り返って、後方周囲を見渡した。後方は真とアンドリューらと合流した広間になっている。

 気配の察知に関しては優れている新居の言葉だから、確かであろうとは思うが、李磊も他の三名も察知できなかった。


「アンドリュー! 離れろ!」


 新居が叫び、アンドリューがその巨体で素早く転がる。


「いった~いっ!」


 脇腹から血を流し、泣き声をあげるアンドリュー。かすり傷であるが、防弾繊維の編みこまれた戦闘服がずたずたに破られている。


「よく気がついたものだよん」


 アンドリューを後ろから急襲した老人が、悠然と佇みながらにやにやと笑う。


「シルバー・ウルフです」


 老人を凝視し、クリシュナが言った。真、アンドリュー、李磊、クリシュナの四人は、一度この老人と交戦している。


「上野原馬吉か、こいつは戦場のどさくさに紛れて一般人を殺しまくる、屑中の屑だろ。母親の名に泥を塗って勘当されてるし、同じ日本人としても恥ずかしい奴だから、ここできっちり殺しておこう。そうしよう」


 新居がそう言うなり、馬吉めがけて銃口を向けたが、クリシュナが手を伸ばして制した。


「形勢不利となれば、この老人はすぐに逃げますよ」

「つまりタイマンなら乗ってくると? お前がタイマンしたいと?」


 新居の問いに、クリシュナが頷く。


「おじいちゃん、素手?」


 一応銃は背に担いでいるが、抜こうとはしない馬吉に、シャルルが問うてみる。


「そっちは銃を使ってもいいんだよん」


 にやにや笑いながら言ってのける馬吉。

 ククリナイフを抜いたクリシュナが、馬吉の前へと進み出る。その間に、新居達は家への銃撃を再開する。


「ふーむ。全員でかかってこないのか?」

「そうしたら貴方はまた逃げるでしょう? その余裕も今は無いようですし。一人なら逃げることもないと見ました」


 からかうように言う馬吉に、クリシュナは静かに言い放つ。


「グルカ兵とやりあうのは初めてかな。楽しませてくれよん」


 馬吉がゆっくりとクリシュナに向かって歩き出した。

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