第四十五章 19

 新市街地の旧市街地寄りの場所で、戦闘が発生していた。


 兵士の数の多さにミルコ達は呆気に取られる。戦車も何台もいる。政府軍、反政府軍、ロスト・パラダイムが入り混じっての三つ巴の攻防だ。

 政府軍はいつもの旧装備兵士ではない。最新式の装備をした精鋭部隊を投入していた。しかし積極的には戦ってはいない。新市街に侵入させまいと、防戦に徹している。


 ロスト・パラダイムが圧倒的な数で押し込もうとしているのを、政府軍が食い止め、さらに反政府軍が後ろから攻撃している形であったらしいが、今はもう混戦状態になり、戦場も拡大しているらしい。


 二つの軍勢を相手にしてなお、ロスト・パラダイムが優勢だと、先に戦っている反政府軍からの報告である。


「米軍はどうしてる?」


 援軍に駆けつけたミルコが、反政府軍部隊の将校に尋ねる。


「要請はしているが、場所が場所だけに、はっきりとした答えはまだだ。向こうからしてみても、苦しい所だろうな。助けなければ見殺しにしたと非難され、助けに行けば、また市民を巻き添えにしたと叩かれる。例え誤射等で殺してなくてもね。果たしてどちらを選ぶか……」


 将校は苦々しい面持ちで答える。


「政府軍はこの際相手にするな。三つ巴になっても得するのはロスト・パラダイムだ。奴等の数が頭一つ抜けているから、できるだけロスト・パラダイムだけを相手にしろ。もちろんこっちに撃ってきた馬鹿な政府軍兵士がいたら、お返しをしてやれ」


 新居がそう命じた後、傭兵部隊と少年兵達も戦闘に入った。


***


 真はミルコと、名も知らぬ少年兵と少女兵の、計四人で行動することになった。


 敵は市内のあちこちに分散して暴れているので、こちらも少人数で分散し、敵を見つけ次第交戦に入りつつ、近くに手の空いている味方がいれば呼び寄せる手筈なっている。


「時間が経つ度に乱戦具合がひどくなっていくね」


 一時間ほど戦った後、ミルコがうんざりした顔で呟いた。

 彼等少年兵達は、ここまで大規模な戦闘を行ったことが無かった。真は何度も経験があるので、彼等が今まで小競り合い程度の、少人数規模の戦闘しかした事が無いのは、すぐにわかった。


「撤退した方がよかったんじゃない?」


 まだ十一歳か十二歳程の少女兵が言う。しかし上腕には筋肉がついているのがわかる。手もごつごつしい。


「それを決めるのは、今は俺じゃない」


 ミルコが少女兵に向かって微笑み、首を振る。


 移動や位置取りは、ミルコではなく真が先導して行った。

 敵から位置を把握されたかどうかはわからなくても、同じ場所から撃たない方がいいと真は判断した。手榴弾や迫撃砲を撃ち込まれたらそれで一巻の終わりだ。こまめに移動して撃った方がいい。敵の数が多いし、敵がどこにいるかもわからないし、敵は当たり前のように小銃や機関銃を持っている。


 身を乗り出して撃つ際に、真は前方の地形も頭の中へと叩き込んでいく。次の移動先と敵の居場所を決めるためだ。真が先導して移動する際には、最後尾にいるミルコが銃を撃ち続ける。先頭の真が移動を完了したら、真が生身を晒して囮になりつつ、銃を撃ち続け、少年少女二人とミルコが遮蔽物の陰に隠れるまで踏ん張り続けるという流れだ。


 遮蔽物の陰に移動している最中の事だった。迫撃砲の着弾音が近くで響いた――ような気がした。反射的に身を伏せる。音が大きく聞こえたが、実際にはわりと離れた場所だ。それでも今まででは一番近い。

 真が伏せたまま顔を上げると、少し離れた場所の道路の真ん中で、傭兵二人がすすまみれになって倒れているのを発見した。おそらく砲撃によるものだろう。どちらも馴染みのある顔だ。真が傭兵生活をスタートした頃からいる、ベテランの傭兵だった。生死は確認できないが、一人は明らかに足の骨が折れているのがわかる。


(あんな場所に野ざらしにされていたら……また砲弾が飛んで来たらひとたまりも無い)


 そう思うなり、真は確認しに飛び出す。


 真めがけて撃たれた銃声が響き渡る。真は殺気と銃声から大体の位置を割り出し、駆けながら視線を向ける。

 銃身が商店の入り口から出るのが見えた。真は兵士達の元にたどり着く前で止まる。


 再び同じ入り口の物陰から銃が見えた。その瞬間に真が引き金を引き、敵の手を撃ちぬいた。銃が落下する。


 真が再び駆け、倒れている二人の傭兵の元に辿りつき、首筋に手を当てる。

 一人は脈拍が無かった。もう一人は生きていたが、足が折れている。その男の名は覚えていた。エリオットという名前の傭兵だ。


 真がエリオットをおぶって運ぼうとするが、相手は身長180を越えるうえに、装備の重量もあるため、真の体では流石に無理がある。片方の肩だけ担ぎ、引きずるようにして動く。


「おい、真……よせ。置いていけ。足を引っ張りたくない」


 自分をひきずってよたよたと歩く真を見て、敵に狙われて真が殺されることを恐怖し、エリオットが声をかける。しかし真は取り合わず、そのまま歩いていく。

 ミルコと少女兵と少年兵の三人もやってきた。ミルコがエリオットの反対側の肩をかついでくれたので、一気に楽になったが、真とミルコで身長差があり、ミルコが真に合わせなくてはならないので、ミルコの方は苦労した。


 少年兵と少女兵は銃を構え、三人の盾になるかのような動きをする。


 敵が銃を撃ってきた。


 直後、少女兵が尻餅をつく。殺されたのかと思って絶望するエリオットだが、足を少しかすめただけだった。すぐに少女兵は立ち上がる。


 少年兵が敵に撃ち返し、上手いこと仕留めたので、また移動を再開する。


 五人はそのまま、近くにある半壊した建物の中へと入った。

 瓦礫が散乱した狭い空間で、運が悪ければ建物そのものが崩れてきそうな気配だ。そうなったら五人揃って生き埋めになるだろう。敵が砲弾か榴弾を撃ち込んできてもそうなるが、エリオットがいる以上、ここから容易に動けそうに無い。


***


 その後、四時間ほど戦い続けた。

 無線で連絡をしあう。わかったのは被害者の数が増していく事だけだ。


 この四時間で戦いの趨勢ははっきりと見えた。傭兵達も少年兵達も、明らかに死傷者が目立つ。


『マティスが動かない』

『こっちはロヴロとマリオが死んで、レオも重傷。戦えるのは俺一人だ』

『うぇぇ~……パトリックがやられちゃった……。私をかばって……うっうう……』


 無線で死者の報告を聞く度に、ミルコの苛々が募っていく。この戦いは負けるのではないかという、悪い考えが膨らんでいく。

 何より戦況がわからないのが不安であった。今までは視覚的に見て戦況のわかる戦いが多かったミルコである。


「真……戦況がどうなっているかわかるか?」


 兵士としての年数は自分より劣るが、様々な戦場で場数を踏んだ真に、意見を求めるミルコ。


「戦況は間違いなく不利だろうさ」


 ミルコの不安も察したうえで、真は正直に述べる。


 さらに一時間が経過した所で、ミルコのストレスは頂点に達した。


「もう我慢できない。この戦いを続ける意味がわからない」


 腹に据えかねたという顔で吐き捨て、無線を取り出すミルコ。


「新居さんっ、撤退しようっ。このまま続けても全滅するだろっ」

『撤退はしない。戦闘は継続だ。頑張って殺し合いに励め。以上』


 けんもほろろにあっさりと却下される。


「どういうことだよ! 勝敗にこだわって味方を死なせまくる無能指揮官か!」


 ミルコが怒りを露にして、激しく毒づく。


 少年兵と少女兵が脅えた顔になった。こんなミルコは初めて見る。二人の様子に気がついて、ミルコは気持ちを落ち着けようと試みるが、上手くいかない。

 ミルコはただの一兵士ではない。子供達の命を預かる身だ。その意識が強い。だからこそ、無駄に命を散らすような戦いを長々と続けたくなどない。


「落ち着けミルコ。あの新居に限って、勝算の無い戦いを続けるなんてことはありえない」

 真がなだめる。


「真の言うとおりだ。俺は新居と二年以上行動を共にしているが、あいつは兵士を無駄死にさせるような奴じゃない。それに、ただでさえ政府軍が巻き返しにきたのに加え、ロスト・パラダイムが本腰入れて戦いだした所で、勝手に敗走する者が現れたら、他の味方の士気にも大きく影響する。そして敵の士気にもな」


 エリオットが仰向けに寝たままミルコの方を向き、真に加担するかのようになだめる。


「戦闘において、新居を信じて裏切られたことは一度も無い。もちろん敗走の経験もあるが、そういう時は素早く撤退していた」

「ミルコ、お前がここに来ると決めたんだろう? 勝つ見込みがある限りは戦おう。駄目なら新居がそう判断する」


 エリオットと真が続け様に言ったので、ミルコは納得できなくても黙るしかなかった。


 さらに二時間が経つ。


『反政府軍が援軍を送る予定らしいが、事情があって手間取っているとのことだ』

 新居から連絡が入る。


『しんどいだろうがもう少し頑張れ。援軍が来るまで踏ん張れ』

「おいおい……。新居があんな風に優しく励ますってことは……わりとギリギリかもな」


 エリオットが煙草を取り出して言った。煙草は咥えただけで、まだ火をつけようとはしない。火をつけることが何を意味するか、真は知っている。

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