第四十五章 18
さらに一日が経過した。
真、李磊、クリシュナの三名は、十歳にも満たない子供の兵士二人と会話を交わしていた。
「俺の夢はこのまま兵士になって、国を護ることだ。ミルコみたいな格好いい隊長になるんだ」
「私は大きくなったら大統領になる。モゴアみたいな自分のために国を滅茶苦茶にして、人を殺す大統領じゃなくて、いい大統領になる」
目をキラキラさせて将来を語る二人。
「その気持ちを忘れずにずっと持ち続けてくださいね。私も君達くらいの歳に、兵士になることを夢見て、今こうして夢をかなえました」
クリシュナが優しい笑顔で語る。この男のこんな表情を、真と李磊は初めて見た。
「兵士はともかく、大統領は難関だね」
子供達二人がいなくなった所で、李磊が顎を撫でながら言った。
「最強の男になるのは、大統領になるよりさらに難関だけどね」
「そうですね。この世の頂点を極めるという話ですから」
李磊が言い、クリシュナは真顔で頷く。
「その最強ってのは、超常の力も込みでか? あるいはドーピングや人体改造も有りの話か?」
真がクリシュナに質問する。
「それは……私の目指す所とは違いますね。私は純粋に己の肉体と技を磨いたうえで、その頂点に立ちたいのですから」
少し眉をひそめて答えるクリシュナ。
「じゃあ俺の気孔も反則かな?」
「すみません。ちょっと反則ですね」
李磊に意地悪い笑顔で問われ、クリシュナは困ったように微苦笑をこぼす。
「薬物に関して言えば、コンセントを抜きにした話であれば、人体そのものを作り替えるような薬物は違うと思います。コンセントは誰もが服用していますが、人体を異常強化する薬物は、誰もが服用しているわけではありませんから」
「なるほど……」
クリシュナの話を聞いて、真はいろいろと考えてしまう。
(僕の理想としてもそれがいい。でも……それじゃあ駄目なんだ。それでは僕の望みを達成させることはできない)
純子は明らかに人外の領域にいる。その純子を護ることも、自分と純子を貶めた敵である者を討つ事も、そして純子を改心させる事も、人の領域の中でいくら最強になろうと、決して及ばぬであろうことは、明白なのだ。
「どうしてそのような質問を?」
「いいや……」
「こいつも強さを求めている。ただ、クリシュナとは別の所を目指すかどうか、迷っているって所かねえ」
李磊は今のやりとりで、真の心情を見抜いていた。
(迷う必要も無いことだけど、どうしても抵抗があるんだ。いや、それが迷いなのかな)
今はまだ、真の中で確かな答えは出ない。
***
シルバー・ウルフこと上野原馬吉は、笑いながら悠然と佇んでいる。
その周囲を囲むようにして、ロスト・パラダイムの兵士達五人が、ナイフや山刀や手斧を持って取り囲んでいるが、彼等の顔は青ざめ、ある者は脂汗を垂らしていた。
さらにその周りには、多くのロスト・パラダイムの兵士達がぐるりと取り囲んで、にやにや笑いながら見物している。
「ほれほれ、五人一斉にかかってきていいんだよん。年寄りだからって遠慮せず。こっちは手加減してやると言っておろーに」
馬吉が人差し指で招くが、五人は動けない。馬吉の強さを知っているというだけではなく、本能で察知している。絶対にかなわないうえに、攻撃したらただでは済まないということも。
何より、最初に馬吉に攻撃した者は、必ず餌食になるとわかっている。行くとしたら、二番目からだ。それ故、誰も先に攻撃しようとはしない。
馬吉もそれを見抜いて、小さく溜息をつく。
「せっかく攻撃する機会を与えてやったのにのー。びびってその機会を逃すとは、愚か極まりないよん。てなわけでー、こっちからいっちゃおっかなー」
茶目っ気に満ちた声をあげるなり、馬吉は斧を持っている男に狙いを定め、瞬く間に間合いを詰めた。
斧の男は一切反応できなかった。気がついたらすぐ目の前に、笑顔の馬吉がいた。そしてその右腕が消えたかのように見えた。
生暖かいものが首から吹き飛んでいく。床を濡らす。自分の体にもかかる。呼吸ができない。斧を持った男は、自分の身に何が起こったかを悟った直後、絶命して崩れ落ちた。
ギャラリーが凍りつく。あくまで余興であり、腕試しであり、殺さないという話ではなかったのかと。それなのに馬吉は、あっさりと仲間を殺してしまった。
しかし向かい合った五人はそんな予感がしていた。馬吉は最小限に殺気を抑えていたが、五人だけが鋭敏にそれを察知していた。
一方的な殺戮が続行される。恐怖に凍りついた残りの四人が、ほとんど成す術なく殺されていく。
「つまらん。少しは気合入れて抵抗しないとなあ」
肩をすくめて大きく溜息をつくと、馬吉は周囲を見渡した。
「他にやりたい者はおらんか? 遠慮はいらんよん。私を殺したらそれだけで名をあげられるぞ?」
声をかけるが、名乗り出る者はいない。あからさまに馬吉から視線を外している。
「敵も味方も無いのか、あんたは」
仮面の首領V5がやってきて、声をかけた。
「いや、ついついね。ちょっと加減を見誤ったよん」
五つの死体を作っておいて、ぬけぬけと言って舌を出してみせる馬吉。
「あまりに横暴が過ぎる。追放するか処分した方がいい」
幹部の一人がV5の耳元で進言する。
「いや、戦力としては申し分無い。大目に見ろ」
鷹揚ぶって言う指導者V5の言葉は嘘だった。彼は馬吉を恐れている。下手に手出しをすれば、あるいは機嫌を損なえば、自分の身が危ない。
「これから新市街地で政府軍と戦う」
朗々たる声で告げたV5の言葉に、その場に集まる兵士達からどよめきが起こる。
「ほほう、どういう風の吹き回しかね」
おかしそうに尋ねる馬吉。
「奴等がいろいろと要求を突きつけてきて鬱陶しいからだ。兵士達にも不満が溜まっている。少し思い知らせてやる必要がある。そういうわけだ。皆の者、存分に暴れてこい」
V5の命を受け、たった今馬吉に殺された五人のことなど、目の前に死体があるにも関わらず忘却の彼方へと消し去り、ロスト・パラダイムの兵士達は一斉に銃を振りかざして歓声をあげた。
***
『ロスト・パラダイムの奴等、とうとうトチ狂って、新市街地の繁華街で銃撃戦を始めた』
反政府軍本拠地から、セグロアミア国立第五学園に無線が入る。その内容に、ミルコ達は絶句した。
「何でそんな場所に……」
新市街地では戦闘は全く起こっていない。米軍も反政府軍も滅多に近づかないようにしていた。政府軍の勢いが失われているとはいえ、新市街地だけは話は別だ。鉄壁の防衛を誇り、装備の充実した精鋭部隊に守らせていると聞く。
『反政府軍は関わってない。ロスト・パラダイムと政府軍が揉めだしたんだ。そして市民を巻き添えにひどい争いになっている』
「それで? 俺達に仲裁でもしてほしいのか?」
新居が口を出す。
『政府軍の精鋭でも、ロスト・パラダイムを止めるのは難しいだろう。政府軍と違い、奴等は非戦闘員を好んで殺す。被害が拡大する前に、我々が乗り込んでロスト・パラダイムを止めねば』
新市街は国を機能させるための最後の要であると同時に、モゴア大統領に従う者達が多く住んでいるのだ。富裕層も多い。もちろん全員モゴア派というわけでもないので、放っておいていいわけもない。
「どーすんだ? ミルコ。今回はヤバそうだぞ?」
新居が問う。ミルコが行かないと言えば行かないつもりでいる。反政府軍からの要請であるが、かなり危険であると新居は見なしている。
ただし、やるとなったら、自分達流のやり方でやらせてもらうつもりの新居だった。
「行く。政府軍を助けたくなんてないけど、俺達の国をロスト・パラダイムの奴等にこれ以上蹂躙されたくはない」
「そうこなくっちゃなー。でもいずれは俺達も新市街を攻めるんだけどね」
「ま、ミルコならそう言うってわかってたけどね」
毅然たる口調で宣言するミルコに、イグナーツとオリガが微笑む。
(今回はかなり犠牲が出そうな気がするな。よく当たる、俺の悪い予感……)
士気を高める少年兵達を横目に、新居は眉根を寄せて、窓から空を見ていた。
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