第四十五章 8

「あら真、お帰りなさ~い。ちゃんと皆と仲良くできたの~ん?」

「ああ」


 夕方。真がセグロアミア国立第五学園に戻るなり、アンドリューに声をかけられる。他の三名とは校舎内で別れている。


「交戦もしてきたようね~ん。私もさっき李磊と他の子達と一緒に、街中に繰り出して戦ってきたわ~ん。あの子達、とっても好戦的なのよ~。でも無理してなくて自然体って感じ~。将来が楽しみだわ~ん。体毛が濃いナイスガイに育つといいわね~」


 内股になって両拳を胸の前でつけ、くねくねと巨体をくねらせながら喋るアンドリュー。彼は大体いつもこの仕草で会話する。


「体毛がそんなに大事なのか」

「当たり前でしょ~。でもいくら体毛もじゃもじゃでも、同性愛が認められていないムスリムとか、残念だわ~ん。皆セクシーなお髭してるのに~」


 ムスリムと共闘する機会も多いだろうに、アンドリューのこのノリは反感を買わないだろうかと、ちょっと心配する真。


「あ、もちろん体毛だけじゃなく、筋肉もあった方がいいわ~。真も今は小っちゃいけど、もっといっぱい食べて動いて、ムキムキボディーを手に入れなさ~い。あ、卵もいっぱい食べて、毛も生やしなさいよ~」


 想像力逞しい真は、アンドリューのせいで嫌な姿になった自分を思い描いてしまう。


「へえ、君が噂の少年傭兵か」


 ふと、後ろから沈みがちの声をかけられ、真は振り返る。

 マッシュルームカットの少年が、ジト目で真を見ている。真とは背丈も体格も大差無い。しかし顔立ちは幼く、真より年下だということがわかる。


「トマシュだ。一応ここじゃあミルコ達と並ぶエース。知っておいた方がよいかもしれない」


 自己紹介して、トマシュはにたりと笑う。


「相沢真だ」

「私はアンドリューよ~ん」

「いろいろと喋りたいことがあるが……さっき注意されてしまった。ああ……悩ましいね。会話はキャッチボール。ついさっきまで知らなかった。自覚無かった。僕の喋り方っておかしいらしい。でもそれなら何故ここにいる皆は注意してくれなかったって話」


 ローテンションな喋り方ではあるが、初対面の相手にあれこれ話しかけてくる時点で、何となくトマシュがどういう子なのか、真とアンドリューは察する。


「プロの傭兵さん達から見て、ミルコやオリガの腕はどうだった? 差があった? それが僕は是非聞きたい」

「僕だってまだ半年そこそこのルーキーだ。お前達よりも戦歴浅いぞ」

「そんなへりくだる必要ないわ~ん。真はそんじょそこらの兵よりずっとできる子だしね~」


 お世辞ではなく、アンドリューの目からはそう見える。


「うーむ。それは望んでいない答え。僕はもっとはっきりとした答えが欲しかったのだ」


 真の言葉を聞き、トマシュは口元に手をあてて言った。


「悪い面で気になる所は無かった。イグナーツは中々いい動きしてたな」

「よりによってあの問題児を評価するとはね。これはとても意外にして興味深い答えだよ」

「問題児なのか?」


 確かに真の目にもお調子者タイプのようには見えたが、一応確認してみる。


「やんちゃが過ぎるタイプさ。ミルコの言うことも聞かず、無茶することも多い。実力があるから余計にタチが悪い。しかも悪運も強いから、過信して調子にのっている。死に近いタイプだと僕は思っているのだ」


 トマシュの話を聞いて、天然のタイプはわりと生き残るという、李磊が口にしていたことを思い出す。果たしてどちらが正しいのか。一般論的には、トマシュの見方の方が正しくも思えるが。


***


 ミルコとオリガは校庭で、李磊とクリシュナに訓練の手ほどきをしてもらっていた。

 主に近接戦闘CQCの訓練だ。常に銃撃戦ばかりとは限らないことは、ミルコ達も知っている、実際に行ったことも有る。しかし近接戦闘に関してはいまいちという自覚があったため、傭兵達に教授を請うたのである。


「貴方達のリーダーの新居って人は強いの?」


 訓練の休憩中に、地面に尻をついて脚を伸ばしたオリガが質問した。


「強くはないね。ていうか、ぶっちゃけわりと弱い。身体能力全般において、俺達より一回り劣るよ」

 李磊が答える。


「それでもリーダー務まるんだ」


 意外そうな顔になるオリガ。ここではミルコが明らかに一番強いと、オリガは思っている。


「リーダーの器は、身体能力とは無関係だしな。性格的には、これ以下は無さそうなほどどうしょうもない馬鹿だけど、あいつがいなかったら、俺達は今までやってこれたか疑わしい。それは皆が認めてる所だわ」

「そっか……あんなんでも凄い人なんだ」


 確かにミルコも身体能力だけではなく、リーダーとしての振る舞いをしっかりと押さえていると、オリガは改めて思う。


「李磊さん」

「うん、お客さんのようだね」


 クリシュナと李磊が口にした言葉に、ミルコとオリガは驚いた。ミルコとオリガも殺気には敏感だが、全く気付いていなかった。

 ミルコは確認するより早く、放送室に連絡を入れた。すると敵襲を促すサイレンが校内に鳴り響く。


 四人が校舎に戻り、三階へと上がる。防爆シートの隙間から校舎の外を見ると、確かに敵兵士の姿が見受けられた。ぱっと見だけでもかなり多い。


 戦闘が始まった。ミルコと新居はリーダー同士、近くに配置する事となった。互いに方針をすぐに伝達しあうためだ。

 校舎の壁に開いた銃眼から、子供達が銃撃している一方で、傭兵達の多くは銃を撃つポジションが取れないでいる。その事が新居に報告される。


「人手が多くて助かる」

 ミルコが新居に言う。


「つーか撃つ場所足りなくて、人手が余っちまってるみたいだぞ」


 銃眼から、台座に備えられた重機関銃ヘビーマシンガンを撃つ子供達という、シュールな光景を横目に、新居が言った。両手を精一杯上げて、備えつけらけたマシンガンにぶら下がるかのような格好で、撃っている子供も珍しくない。もちろん実際にぶら下がっているわけではない。


「窓から撃っていいか? 防爆シートを開けられるか?」

「できるよ」


 新居の確認に、頷くミルコ。


「んじゃー、手の空いている傭兵は窓から撃て」


 新居の通達によって、傭兵達は防爆シートを少しだけ開いて、窓の隙間から撃ち始める。

 敵側から、迫撃砲による攻撃が始まった。


「いつになく攻撃が激しくねー?」

「敵の数もずっと多いね。政府軍にまだこんなに力が残っていたなんて。これは意外なこと」


 イグナーツとトマシュが危機感の無い声で言った。二人共、どんな状況でもマイペースという点は同じだった。


「防爆シートが破られた!」

「迫撃砲で三階の壁が壊れてルチアとゴランがやられた!」

「ルチアの顔にガラスの破片が深く突き刺さって! どうしたらいいの!?」


 次々とミルコの元に悪い報告が入る。


「シャルルの悪い予想が的中したか……」

 新居がぽつりと呟いた。


「真、クリシュナ、出る度胸はあるか? この銃眼からじゃあ、迫撃砲を撃っている奴等に銃は届かん」

 サイモンが声をかける。


「わざわざ確認することもない。『出るぞ』でいいだろ」

「へっ、生意気言うようになったもんだ」


 真の言葉を聞いてサイモンがにっこりと笑う。クリシュナは無言であったが小さく微笑んで頷き、サイモンに従う構えを見せる。


「俺も連れていってくれ」

「私も!」


 外に行こうという構えのサイモン、真、クリシュナに、ミルコとオリガが名乗り出る。


「駄目だ」

 サイモンは優しい笑顔で拒んだ。


「真はいいのに!? 真と私達にそんなに違いがあるっての!?」

 オリガが声を荒げる。


「オリガ、駄目だと言われたんだ。彼等はベテランだし、きっと考えがあるんだ。ここは従おう」


 ミルコが落ち着いた口調で諭し、オリガも渋々引き下がった。


「李磊と俺とで、屋上から狙撃して援護するわ」

「屋上から狙撃したら、迫撃砲のいい的じゃないか?」


 新居の言葉を聞いて、シャルルが苦笑いをこぼす。


「大丈夫、迫撃砲は李磊に守ってもらう。頼んだぞ」


 李磊に向かって力強く声をかける新居。


「おいおい、冗談やめてね。俺の気孔でそんなもん防げねーって」


 しかし李磊は顔をしかめて拒否した。


「根性で何とか防げ。でなけりゃ死ぬだけだ」

「無理だっつーの。根性論は最後に取っておくべきだと、お前はいつも言っているが、ここが最後だとでも言うのかい?」

「ふん、情けない奴だ。じゃあちょっと援護したら、敵の攻撃が飛んでくる前に、さっさと屋上からズラかるわ」


 結局屋上からの援護という方針は変える事無く、新居と李磊は階段を上がっていった。


「おい」


 校舎の玄関から出た所で、サイモンが立ち止まり、声をかける。

 真とクリシュナの後ろに、悪戯っぽい笑みを浮かべたイグナーツの姿があった。


「なーに? 俺はあいつらと違っていい子じゃないから、駄目だと言われても、大人しく退く気は無いよ。勝手に戦っとくから、どうぞお気にせず~」


 おどけた口調で言い、肩をすくめてみせるイグナーツ。


「勝手には困るな。俺達についてこい」


 こういうタイプに説得は無理だということは知っているので、サイモンは諦めて受け入れた。


「しかしあんたら、五十人近くで来たんだから、たった四人で外に行くより、もっと数を動員したらよくない?」


 走りながら、イグナーツが疑問をぶつけた。


「敵の兵士は質こそ悪いが、数が多い。幸い、迫撃砲を撃っている奴は限られているし、大体どこから撃っているのかもわかった。そうなるとこちらも数で対抗するよりかは、ここは少数精鋭の遊撃が望ましい」


 サイモンが説明を終えた所で、校門へと辿りついた。バリケードが開く。

 ここぞとばかりに、学校の中に雪崩れ込んでくる政府軍兵士達。


 真、サイモン、クリシュナが校門の内側で三方向に広がり、イグナーツは少し離れた後方に陣取って、突入してきた兵士達を次々と撃ち殺していく。

 後方の兵士達はそれを見て、足を止める。


「すげーな、あんたら。正確無比かつ迅速ときた」

「お前も中々やると思うぞ」


 感心するイグナーツに、真が称賛の言葉を送る。


「出るぞ」


 サイモンが首を振って校門の外を指すと、外へと駆け出した。

 真もクリシュナも臆することなくサイモンに従う。イグナーツも笑顔で三人についていった。


「私達には駄目だと言ったのに、問題児のイグナーツは何でいいのよ……」


 窓の隙間からその様子を見たオリガが、憮然として呟いていた。

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