第四十五章 7

「ふわあぁぁ……傭兵さん達、来てたんだ」


 校舎内を歩いていたサイモンとシャルルに、後ろから大きな欠伸と共に声がかかる。

 二人が振り返ると、マッシュルームカットの小柄な少年が眠たそうな顔で、教室の中から出てきた所であった。サブマシンガンを手にしているし、戦闘服姿ではあるが、容姿を見た限りとても大人しそうな少年だ。歳は十二、三歳程と思われる。


「傭兵っていうから、ちょっと怖い人達を想像してたけど、そんなことないね。変わったタトゥーいれてる人までいるし」


 物怖じせず話しかける少年に、シャルルが微苦笑をこぼす。


「このタトゥーとキャラには、とても心温まる素敵なエピソードがあるんだよねー。ま、侮辱されるのも慣れたけど」


 右手の甲をかざし、アニメキャラの美少女ヒロインの顔のタトゥー見せながら、冗談めかして言うシャルル


「侮辱してはないよ。でも変わってるのは事実じゃないか。ああ、僕トマシュ」


 ダウナー気味な口調でそう返し、自己紹介をする。


「サイモンだ」

「シャルルだよー」


 サイモンとシャルルがそれぞれ微笑みながら手を差し伸べ、トマシュと握手をする。トマシュは応じるが、二人に視線を向けない。というか目の焦点が合っていない。


「うん、強そう。握手でわかるね」

 トマシュが言う。


「お前も見た目に反して中々やりそうじゃないか」


 と、サイモン。握手をした際、トマシュの手にタコがあった。銃を握りなれているとサイモンは感じた。


「やりそう……じゃないよ。やってきたんだよ。やれるんだよ」


 そこで初めてトマシュは笑った。爽やかな笑みだった。


「僕のこと――子供だと見くびってる? 僕達は自分で戦うことを決めたんだよ」


 相変わらずダウナーな喋り方ではあったが、トマシュの声には強い意志が宿っているかのように聞こえた。


「見くびってはいない。この国の惨状を見れば、誰だって銃を手に取りたくなるだろう」

「狂信的な平和主義者はそれでも逃げ回るんじゃない? そして声高に戦争批難……と」


 サイモンが言い、シャルルが茶化す。


「流石は傭兵さんだ。ちゃんとわかってくれるもんなんだね。米軍の人等は最初、僕等に武器を捨てるように説教してきて、ちょっとウザかったよ。米軍の人等も今はもうわかってくれたし、いろいろ支援もしてくれるから、感謝してるけど」


 嬉しそうな表情でトマシュは喋る。喋り方や雰囲気はダウナーだが、初対面の相手に動じずよく喋る。いや、はっきりとお喋りな子のようだ。


「隣の家の親切なお婆さんがロスト・パラダイムに殺された。怒ると怖いけど普段は優しかった先生は、生徒達の見ている前で殺されたうえに晒し者にされた。公園に行くと、五歳くらいの女の子が下半身丸出しで串刺しにされていた。そんなことが沢山あって、ずっと頭に来ていたよ。僕達の国に入って、やりたい放題しているロスト・パラダイムの奴等。自分達の立場を守るために、そんな奴等を招きいれた糞政府。どっちもムカついて仕方なかった。ブチ殺してやりたくて仕方なかった。だからブチ殺すことにした。我慢の限界が来て、銃を取った」


 話自体はヘビーだが、話し方はわりと軽い。トマシュは少し陰気な性格のように見えるが、他の子達と同じで、悲壮感や厭世観は感じられない。

 逆に決意や気負いのようなものも、少なくとも表面には現れていない。静かな闘志が内側で燃えているのはわかるが、戦いそのものが日常の一部になっていると受け止めて、上手に消化しているように、サイモンとシャルルの目には映った。


(どちらかというと、こいつらは俺達に近い)


 トマシュと接していて、そうサイモンは感じる。


(でもちょっと不思議星人て感じがするね、この子は)


 シャルルもサイモンと同じ受け取り方をする一方で、微妙にズレていると感じる。


「どうしてそんな話を俺達に?」

 サイモンが尋ねる。


「一目見てピーンときたんだよね。この人達にはちゃんと僕達の味方になってもらった方がいいと。だから僕達のことを知ってもらいたいと思った。そういう役目は僕が適している」

「そうか……」


 楽しそうにお喋りするトマシュを見て、サイモンもシャルルもそれ以上のリアクションに困る。


「つまらない話だった? 図々しくて馴れ馴れしい子供で嫌だった?」

「会話でコミュニケーションを取り、互いを知り合うのは大事だが、君の話し方は少し性急なところもあるかなー。自分の言いたいことばかり沢山出すのはちょっとねー。会話はキャッチボールじゃないと」

「なるほど……そんなこと初めて言われた」


 シャルルにやんわりと注意され、トマシュは腕組みして考え込みながら、そのままどこかへ行ってしまった。


「あの子はお喋りトマシュっていうんだ。構ってあげると喜ぶよ」


 教室の中から女の子が顔を出して声をかける。


「たった今構ってあげてた所さ」


 サイモンが軽く肩をすくめて、女の子ににっこりと微笑んでみせた。


***


 旧市街の東南部はロスト・パラダイムが蔓延る領域と言われている。

 もちろん東南部だけに固まっているわけではなく、そこかしこに分散して潜んでいる。拠点にできる場所はそこら中にある。

 いずれにせよ東南部に数が多くいるのはわかっているので、民間レジスタンスは近づかないようにしている。反政府軍や米軍が乗り込んで、交戦することは多い。


 東南部の地下ホールに、ロスト・パラダイムの拠点の一つが存在した。

 彼等は一箇所には留まらず、拠点候補を幾つか決めて、数日置きに転々としている。特定されて攻め込まれるのを防ぐためだ。

 地下ホールのあちこちに集まったロスト・パラダイムの面々は、酒、御馳走、ドラッグ、女子供などを大量に持ち込んで、久しぶりのパーティーを行っていた。


「ほーっ、どうしたー? エスペランサーっ。相変わらず浮かない顔だなーっ?」


 ロスト・パラダイムの中でも一目置かれている男――ミスター・ホーが、知り合いを見つけて話しかける。


「せっかくのパーティーだってのになーっ、ほーっ」

「仕方ないだろう……。知ってるだろう、俺のこれは……」


 エスペランサと呼ばれた眼帯をした小男が、陰鬱な面持ちで言った。


「目が痛え……右目が痛えよぉ……」


 半泣き声で呻きながら、エスペランサが眼帯をかきむしる。

 眼帯の中に目など無いということを、ミスター・ホーは知っている。しかしエスペランサは無いはずの目の痛みをいつも訴えている。


「目の痛み収まらねえよお。畜生……畜生。邪悪な虫が眼の中をずっと這いずりまわってやがるのさ……。糞……どうして俺だけこんな目に……」

「ほーっ、可哀想になーっ、難儀だなーっ」


 エスペランサに同情の視線を向けた後、ミスター・ホーはきょろきょろとホール内を見渡すと、一番近くにいる、複数人の男がもみちくちゃになっている場所へと足を運んだ。


「ほーっ! 楽しんでいる所を悪いが、ちょっとそいつ貸しておくれ。すぐ返すよーっ」

「わ、わかった」


 男達が仕方ないといった顔で応じる。せっかくのお楽しみの所であるし、他の者に言われたら当然突っぱねるが、ミスター・ホー相手には断れない。断ったら何をされるかわからない。

 ミスター・ホーが男達の中から、小さな腕を掴んで引っ張り出す。全裸の少年だった。まだ十歳前後といったところだろうか。全身に痣があり、目は虚ろで、半開きでの口からは涎と粘液が垂れている。尻からも血が流れている


「ほーっ、エスペランサ、こいつを使って癒すといい」


 少年を引きずって連れて行くと、ミスター・ホーはエスペランサの前に少年を投げ捨て、にっこりと笑ってみせた。


「あ、ありがとう……こんな俺のために……」


 ミスター・ホーの優しさに、感涙するエスペランサ。


「いいってことよーっ、友達じゃないか~。ほーっ」


 腕組みして笑顔でうんうんと頷くミスター・ホー。


 エスペランサはうつ伏せに倒れた少年の頭を乱暴に掴んで、顔を上げさせると、その右目に人差し指を突き入れ、瞬時に目玉を外へとえぐり出した。

 目をえぐり出されても、少年は何の反応も無い。実の所少年はすでに死んでいた。輪姦されている最中に、首を絞められ続け、その加減を誤って殺されていたが、死体になろうと、パーティーで楽しむための道具としては、何も問題は無かった。


「あああ~……あー、目が痛くなくなった……。久しぶりに目の痛みが消えたよぉ~。目が痛くないって何て素晴らしいんだ。あと一時間は楽園の時間だ。ありがとう、ミスター・ホー」


 先程の陰鬱な表情とはうって変わり、至福の笑みを広げて両手を広げて天を仰ぐエスペランサであった。


「ほーっ、一日中楽園でい続けるには二十四人必要か。しかも一時間以上寝ていられないと」


 言いつつミスター・ホーは、子供の死体を男達に投げてよこす。


「返したぞーっ。悪かったな、邪魔して」


 約束を守る男としてのポリシーは、いつでもどこでも誰にでも、しっかりと守る。


「ほーっ、それはそうとエスペランサ、傭兵学校十一期主席班の噂は聞いたか?」

「知ってる知ってる。ミスター・ホーが交戦したことまで知ってる」

「おー、流石マイフレンドっ、で、そいつらが餓鬼ばかり集まっている自警団の所に行ったんだ。今度一緒に遊びに行こうぜーっ、ほーっ」

「行く行く。面白そう」

「子供達も傭兵達も皆ぶっ殺せば結構な数になるし、全員の目玉えぐれば、かなりの時間もつだろーっ?」

「ううう……気遣いありがとう、ミスター・ホー。いつもいつもすまないねえ」

「それは言わない約束だろーっ、ほーっ」

『静粛に』


 ミスター・ホーとエスペランサが楽しそうに会話をしていると、マイクによるアナウンスがかり、ホールの壇上に一人の男が上がった。

 左右がそれぞれ黒と赤一色で塗られた仮面をつけ、マントを羽織った男だった。彼こそがロスト・パラダイムの首領で、V5と呼ばれている男である。


『皆の衆、宴を楽しんでいるようで何よりだ。我々はどうたらこうたらうんたらかんたら……』


 V5の演説を聴いている者はあまりいなかった。ロスト・パラダイムに集う者は基本的に皆、享楽主義である。堅苦しい思想も無ければ、規律さえ存在しない。ただ暴れて殺して壊して奪って楽しむだけだ。首領に対する敬意すら、誰も抱いていなかった。

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