第四十四章 30

 傭兵達はまたオフに入った。

 多くの者がばらばらになり、傭兵学校十一期主席班がまた仕事に入る時に集結する予定だ。その際に十一期主席班以外のメンバーは、わりと入れ替わりがある。


 真とジョニーは、傭兵学校十一期主席班に同行してフランスへと向かった。久しぶりに傭兵学校に顔を出すというので、どんな所か見学するという流れになったのだ。

 学校と銘打たれているが、ぱっと見は軍事訓練施設だ。特別変わった所は見受けられない。射撃場が有り、グラウンドが有り、アスレチック器具が並んでいる。


「諸君、こいつらが十一期主席班だ。認めたくないが、我が校の誇りとなってしまった者達だ」


 教官が生徒達をグラウンドに呼んで整列させると、十一期主席班を並べて紹介する。真とジョニーは少し離れた位置からそれを見ている。

 十一期主席班は傭兵学校の生徒達の間でも伝説化しているようで、明らかにざわついていた。


「彼等に質問があればぶつけてやれ。せっかく母校に里帰りしてくれたんだからな。彼等に挑みたい奴がいたら、挑んでもいいぞ」

「行きます」


 教官の言葉に対し、腕に自信がありそうな髭面の大男が即座に挙手して名乗り上げた。


「いや~ん、あの子、超好み~。私に相手させて~ん」


 髭面の大男にとっては不幸なことに、アンドリューが名乗り出てしまった。


 臨戦態勢で向かい合う二人。

 数十秒後――


「おい、カマ野郎離れろっ。もう勝負有りだっ」


 髭面の大男を仰向けに押さえつけて締め上げながら、顔に頬ずりをし続けるアンドリューを教官二名で必死に引き剥がそうとするが、アンドリューは離れようとしない。


「え~、嫌よっ。この子こそ私にとっての運命の子よっ。体毛といい体臭といい筋肉の張り具合といい、私の理想よ~。私はもう傭兵なんて辞めるわ~。この子と一緒にず~っとこうやって死ぬまで抱き合ってるの~」


 駄々をこねて離れようとしないアンドリューだったが、三人目の教官が来て、ようやくひっぺがされた。


「他に挑みたい者は?」


 教官が生徒達に反応を伺うが、当然名乗り出る者はいなかった。


 その後簡単なトークなどあったが、全てサイモンが行った。


「あれ、絶対に新居は喋るなと事前に言われてるんだぜ」

「僕もそう思う」


 サイモンが穏やかなトークを続ける中、遠巻きに見ていたジョニーと真が囁きあう。


「君等も彼等と行動を共にしているのか? そういう傭兵達が沢山いるとは聞いていたが、彼等がここまで連れてきた者達は初めてだ。特にそっちの君はまだ若いし」


 教官の一人が真とジョニーに話しかけてくる。


「多分俺はこいつのセットというかおまけ。どうもこいつが、あいつらに特別目かけられてるんだよ」


 ジョニーが真を親指で指して言った。


「どうしても強くなる必要があって……。それで勧められたのがサイモン達と傭兵をすることだった」

 簡潔に伝える真。


「へえ……。それなら我が校に入ればよかったのに。いきなり彼等と一緒に戦場で鍛えるとは、随分とハードだな」


 懐かしむような顔で、サイモンや新居達を眺めながら教官が言う。


「あいつらを担当したのは私なんだよ。成績こそいいものの、本当問題児でねえ。特に新居が酷かったんだけど。次から次へと、頭が痛くなるろくでもないことばかりしてくれたよ。士官学校の生徒達と、喧嘩を始めた時なんかもうね……。まあ、それだけに大物感もあったけどな」


 教官の口から「特に新居が酷かった」と聞いて、ジョニーは笑いを禁じえなかった。真も深く納得してしまう。


 やがて生徒達が解散し、新居達五人が、教官と真とジョニーのいる方へ向かってくる。


「む、真とジョニーに俺達の悪口吹き込んでないか」

「達――というか、新居のだろー」

「悪口なんか言ってないぞ。ありのままのことしか言ってない」


 新居とシャルルが言ったが、教官は否定した。


「しかし……一人減ってしまったか。しかもよりによってあいつがなあ……」

「ん……ああ、そうだな」

「ちょっと~、彼の話題出さないでよ~……」


 教官の言葉に、新居が曖昧な表情になる。サイモン、李磊、シャルルも寂しげな面持ちになっていた。アンドリューは顔を覆っていた。


(ジョニーに似た仲間がいたって、以前サイモンが言ってたな。それが死んだ仲間か……)


 はっきりと死んだとは聞いていないが、教官の台詞や皆のリアクションからすると、そういうことなのだろうと真は察した。


***


 その日の夜、新居やサイモン達は傭兵学校の担当教官と共に、ホテルのバーで飲んでいた。


 真とジョニーも同じ酒場にいたが、思い出話に華を咲かせている彼等と距離を取って、二人でカウンター席に座って飲んでいた。


 真は昼間の彼等の表情が気になっていた。彼等があんな顔をしたのは初めて見る。あの傍若無人と傲岸不遜の権化である新居でさえ、沈んだ顔になっていた。彼等のあの表情が、真の脳裏に焼きついている。

 長年共に戦ってきた戦友を失う――仲間を失うということは、想像以上に大きな傷を心に残すものなのだろうと、真は考える。


 真も幼馴染二人を殺され、母親も殺された。その心の傷はまだ生々しい。

 しかし生死を共にした仲間を失うのは、肉親を失うより大きな悲しみなのではないかと、漠然と思えてしまう。


 今、いつも横にはジョニーがいるのが当たり前になっていて、まるで自分の一部であるかのような、そんな感覚だ。酷い話だが、ジョニーのおかげで、母親と幼馴染達を失った悲しみの穴が埋まってしまっている。


 ふと横にいるジョニーを見ると、ウイスキーのボトルを二本も開けて、テーブルに突っ伏していた。明らかに飲みすぎだ。

 物思いにふけるあまり、気付くのが遅かった自分もどうかしていたと真は思う。


「いつもと違って静かだと思ったら……どうしたんだよ」


 真がジョニーに声をかける。


「親父が交通事故で死んだってさ……。ついさっき電話があって……」


 消え入りそうな声でジョニーが言った。


「そうか。御愁傷様」

「皆、俺より先に死んじまう。俺の側から消えていく。糞ったれだ」


 言いつつジョニーは真の方を向いた。


「真、お前は死ぬんじゃねーぞ。死んだらブッ殺すぞ」

「僕は絶対死なないから、いらん心配だ」


 静かに、力強く言い切る真。

 その直後、ジョニーの体が大きく傾き、椅子から転げ落ちる。


「そいつ、もう上に連れていった方がよさそうだな」

 遠くからサイモンが声をかけてくる。


「いい、僕が連れてく」

「大丈夫かよ」


 身長差が30センチ以上はあるジョニーの肩を担ぐ真に、サイモンは苦笑していた。


(ていうか、今回も相部屋にされてるのは何でなんだ……)


 相部屋へと連れて行きながら真は思う。


(今更だけどな。でも、いつもこいつと相部屋にされてるとはいえ……)


 傭兵の寒い懐事情を考えると、ホテル等では大抵相部屋で経費を浮かしているが、今回は傭兵学校が宿泊費や食費を出してくれたはずだが、それでも相部屋にされてしまっている。傭兵学校の卒業生ではないのに、おこぼれに預かっている立場だから、文句は言えないが。


「明り……消してくれ」


 ベッドに寝かした所で、ジョニーが顔に手をやりながら要求した。

 真が明りを消し、部屋が暗くなったが。目が慣れてくると、窓の外からさす明かりが眩しく感じられた。


「そのままでいい」


 カーテンが開きっぱなしだったことに気付き、しめようとした真だが、ジョニーが要求する。


「あれこれ言ってくれるな」

「これくらいの明るさが好きなんだよ、俺は。ノアもそうだった……」


 月明かりに照らされた真の顔をぼんやりと見ながら、ジョニーはついその名を口に出してしまった。


「お前を見ていると、ノアを思い出す。何故だろうな……別に真と似ているってわけじゃないのに、真と何故か重なるんだわ」

「死んだ友人か? それとも家族か?」

「死んだダチだ。あいつが死んでから、俺の運命はいろいろと変わっちまった」


 真の方から顔を外して天井を見上げ、ジョニーは小さく微笑んだ。


「ダチが死んで……それから胸に穴が開いたようになっていたのに、そいつが埋まったような気がする。戦場でお前と遊ぶようになってからさ」


 ジョニーの話を聞いて、真は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。


「ああ……俺何かおかしなこと言っちまったか? 酔っ払いの戯言だ。忘れろよ。忘れないと承知しねーぞ……」

「僕も同じなんだよ」


 黙ったままでいるのはフェアじゃないような気がして、真も喋ることにした。


「あ?」

「前にも言ったろ。傭兵になる少し前、幼馴染二人と母親を殺された。心に大きな穴ができたようだったが、今の生活を始めて、お前とつるんでいるうちに、その穴を意識しなくなっていた」

「それ、俺に合わせて適当に話作ってね?」

「僕がそんな奴だと思うのか?」

「いいや……」


 真に逆に問われ、ジョニーはかぶりを振った。


「はははは、似た者同士が運命に導かれたってわけか。俺はお前と初めて会った時は、印象最悪だったってのによ」


 ジョニーがおかしそうに笑う。


「ジョン・ルード」

 ぽつりとジョニーが呟く。


「それが俺の本名だ。お前は?」

「僕はそのままだよ。相沢真」

「ファーストネームは相沢だったのか。ラストネームのが呼びやすいな」

「日本人はラストネームが先に来る。ファーストネームは真だよ」

「ああ、そういえばそうだったな。ややこしい。ま、今度ともよろしく頼むぜ、相棒バディ


 バディという単語を聞いて、真は嬉しくなった。いろんなニュアンスのある言葉だ。マブダチという意味であったり、共通の目的を持つ仲間を指したり、皮肉であったりする。戦場では一緒に行動する小さなチームを指す事もある。スラング色の強い言葉ではあるが、ジョニーの口から出た言葉としては、最上級の親愛の言葉と受け取れた。


 真が微笑みを浮かべていたので、ジョニーはどきっとした。


「お、お前っ、今笑った!? 笑えたのかよ!」

「え……?」


 無意識のうちに笑っていたことを指摘され、真も驚く。


「たまに……感情が出ることがあるみたいだ」

「そっか。レアなもの拝ませてもらったわ。ま、付き合ってればまた……運がよけりゃあ見られるかー?」

「どうかな……」


 それっきり会話は途切れた。ジョニーが寝たのを確認し、真も自分のベッドに潜る。

 ジョニーが真の笑顔を見るのは、これが最初で最後になった。

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