第四十四章 29
「真! 馬鹿野郎!」
ジョニーが叫び、撃ってきた相手に撃ち返す。
弾は防弾繊維で防がれていた。しかし衝撃による激しい痛みが真の動きを鈍らせている。
(正に一瞬の油断が命取りだったな)
真は痛みを堪えて立ち上がり、即座に駆け出す。
木陰に飛び込むようにして隠れると、ジョニーも遅れてやってきた。
「助かった、ジョニー」
「お前でもヘマすることがあるんだな。ひやひやしたわ」
礼を述べる真に、禿頭から汗を噴き出しまくったジョニーが笑いかける。
そのわずかなヘマが死に直結する。死神が微笑む瞬間だと真は意識する。今回は死神が舌打ちする結果となったが、今助かったのは運が良かったおかげと、ジョニーがすかさずフォローに入ったおかげだ。
サイモンはまだ見通しのいい場所を駆け回りながら、敵の気を引いていた。それによって敵の居場所もわかり、真とジョニーは余裕を持って、木陰から撃っている敵二名を狙い撃ちにする。真は一人の兵士の手を撃ち抜き、ジョニーは一人の側頭部を撃ち抜いた。
近くにいる敵兵士が概ね戦闘不能になったと見なし、真とジョニーは丘を駆け上がっていく。サイモンとも途中で合流する。
迫撃砲が撃たれる音がして、三人は反射的に木陰に飛び込んで伏せる。近くに落ちたらこの程度の避難ではひとたまりもないが、それでも何もしないよりはましだ。
幸いにも近くには落ちなかった。爆破音は三人が登ってきた後方から響く。
「呑気な奴だぜ」
サイモンが笑いながらそんなことを口走った。
サイモンの左右で腹ばいになっている真とジョニーが、不思議そうにサイモンの方を向くと、伏しているサイモンの顔の前に、一匹のヒキガエルが鎮座し、笑顔のサイモンとお見合い状態になっていた。
「お守り代わりにもっていったらどうよ」
それを見てジョニーも微笑む。戦いの合間だというのに、空気が和んでしまった。
「こいつはニシコモチヒキガエルといってな、卵も産まず、オタマジャクシも無い。直接子供のカエルを産み落とす珍しい種さ。レッドリストでは近絶滅種だったかな」
カエルの口の先を指で突きながら、サイモンが解説する。カエルは逃げようともしない。
「出会えただけでもすげえ幸運。つまり今の俺達はツイてるってことだ。持っていくまでもないさ」
サイモンが立ち上がり、斜面を駆け上がる。
「野草やキノコもそうだが、サイモンて妙に生き物方面で博識だよな」
ジョニーが呟き、サイモンの後を追う。真も続く。
しばらくの間、敵とも会わずにすいすいと進めたが、やがて全身防弾プレート仕様の装甲で身を包んだ、敵の集団に出くわした。防弾シールドも所持している。
彼等の背後には小屋が見えた。あれが目的地だ。
「あれが最後の防衛線か」
「厄介だな」
木陰に隠れた真とサイモンが呟く。これまでにないほどの銃弾の雨が、三人に降り注いでいる。
しかし銃声が唐突に止んだ。いや、敵の銃声が一瞬止んだだけで、別の銃声は続いている。
丘の上から撃ってくる敵兵士達のさらに上から――つまり敵兵士の後方から銃が撃たれて、敵兵士を殺害していく。
「いよう! ゴールはもう近いぞっ。ちなみに俺が一番乗りね!」
銃を構えた李磊が叫ぶ。遠目にも笑顔なのが真達には見えた。防弾プレートの合間を縫って、器用に敵兵士達を殺していた。
李磊の近くにも二人の傭兵がいる。別の方角から上手いこと敵兵士の目を潜り抜けて、上まで登ったのだろう。
さらに左側の兵士二名の首が、胴から切断されて地面に落ちる。
見上げると、木の上で超音波振動鋼線を振り回すシャルルの姿が確認できた。敵兵士と結構近い距離まで接近している。
敵に生じた隙を逃すことなく、真達三名も銃を撃つ。
横と後ろ、さらに前方と、三方向から一度に攻撃を受けた最終防衛ラインと思しき完全武装の兵士達は、成すすべなく次々と倒されていった。
「見ての通り、こっちは二人もやられちゃったよ。一人は味方の誤射だった。解放軍のね」
木から下りたシャルルが言った。
「そうか……。解放軍が足を引っ張ってくるのは何となく予想できていたが、フレンドリーファイアは最悪だな」
渋い顔で言うサイモン。
「地の利を取られてしまっているのが、結構響いているようだね。数の違いもかなり響いちまってるよ」
皆がわかりきっていることを改めて口にする李磊。
「俺等はとにかく交戦をできるだけ避けて、上ってきたんだ。上に行けば、さっきみたいに、上から援護して挟み撃ちにもできると思ってさ」
李磊と共に行動していた傭兵が言った。
「上に敵がいっぱいひしめいているとは思わなかったのか?」
真が不思議そうに尋ねる。実際真達の前に立ちはだかったわけだが。
「その時はその時だね。さ、ぼーっとしてないで、登ってくる奴等の支援をして回ろう」
李磊に促され、真達は再びそれぞれ別れて、斜面の上から賊軍の背を取る格好で、傭兵や解放軍と戦っている最中の兵士達を撃ち殺していった。
アンドリューと新居、それに他の面々も続々と上がってくる。
やがて賊軍を一掃した傭兵と解放軍が、丘の上にある小屋を包囲する格好となった。
「敵も雑魚ばかりというわけではなく、結構腕の立つ奴が混じっていて手こずった」
新居が言った。
「一つ懸念がある。ブババの小屋の地下に抜け道があって、そこから脱出していやしないかってことだ」
解放軍の指揮官が言う。
「ま、それは考えても仕方ないことだけどなー。抜け道の出口の場所探すとか、そんな不毛なことできるわけもないし」
「確かにな……。とにかく突入しよう」
新居に言われ、指揮官も納得した。
「抜け道よりも自爆スイッチで道連れとかの方が怖いねー」
「ちょっと~、そんなこと言ってくれなければ、怖がらずに済んだのに~」
シャルルが口にした台詞に、アンドリューが抗議する。
しかし自爆装置も抜け道も無く、小屋の中の地下室で、ブババはあっさりと兵士達に囲まれ、その運命は風前の灯となった。
「く、くるなーっ! それ以上来たらこいつがどうなるかーっ!」
奴隷にしていた少女の頭に拳銃をつきつけて盾にする格好で、必死の形相で喚くブババ。
「うわぁ……」
「ベタベタすぎるだろ、こいつ」
「こんなのが頭目とはね。死んだ奴等も浮かばれない」
シャルル、サイモン、李磊が苦笑していた。
「撃てばいいじゃん。別に俺達正義の味方じゃねーし、可哀想だと思うけど、見ず知らずの女の子より、自分の命の方が大事だぞ」
冷めた目で告げる新居。
「追い詰められてパニくってるんだろうが、アホ丸出しだな。全く。俺撃っていい?」
ジョニーが平然と銃口をブババに向ける。それを見て震え上がるブババ。人質に取られている少女はずっと目を閉じているが、その表情は覚悟が決まっているようだった。
「やれやれ、しゃーない。取引だ。その女の子を離したら勘弁してやる」
新居がつい十秒前と真逆の発言をする。
「だったら逃走用の車を用意して、そこまで俺を無事に届けろ! 後ろから狙撃されないように、誰か盾になれ!」
命惜しさのあまり、ブババはこれで交渉が出来たと、助かる見込みが出来たと受け取ってしまう。しかし――
「命令口調がムカついた。やっぱり今の無しにするわ。お願いしますと言って土下座して俺の靴をナメろ。そして美味しいと言え。話はそれからだ」
新居がブババに向かって傲然と言い放つ。
直後、銃声が鳴り響く。ジョニーがブババの頭を撃ちぬいていた。
元々銃口を突きつけられていたし、盾にしていた女の子では全身を守りきれるわけもなかった。引き金を引けば終わりだ。
死後硬直のはずみで拳銃の引き金が引かれないように、シャルルが透明の長針を放ち、ブババの腕のツボを貫いて、ブババの手を開かせる。死んだばかりなので、まだ神経に作用して動かすことができた。拳銃がブババの手から落ちる。
「何だよー、もう少し遊んでやろうと思ったのに。こいつは許せねーなー。ジョニーは後で、肛門に煙草の火押し付けて消毒の刑な」
「餓鬼がいつまでも捕まったままで、可哀想だとは思わねーのかよ」
文句を口にする新居に、至極もっともなことを口にして非難するジョニー。
「何だ、それ? 俺を悪者扱いに仕向ける流れにして、自分はいい子ちゃんぶる気か? やっぱりこいつは許せねーなー」
「これでカタはついた。憎むべき賊軍の頭目を討つことができた。戻って戦勝を祝おう。君達には心より感謝している」
いつまでもぐだぐだと言っている新居であったが、満面に笑みを広げた解放軍の指揮官が、新居の体を抱きしめて礼を述べる。
「お、おう……」
「普通に照れてやがる、こいつ」
素直に感謝されて、いつものノリを発揮できない新居を見て、サイモンがにやにやと笑って指摘した。
***
駐屯地に戻って、指揮官から改めて礼を述べられたうえに、勲章まで授かる運びとなった。
傭兵が勲章まで授かるなど珍しい。しかし全く無いというわけでもない。雇い主によっては――または働き次第によっては、勲章授与も有りうる。
地元住民や解放軍達に感謝の拍手を授かりながら、新居が代表として勲章を授かる。他のメンバーに関しては、後ほど送られる運びだ。勲章そのものの数が足りないので、作らないといけないということである。
「新居の奴が勲章受け取る際におかしな真似しないかと、ひやひやして見てたよ」
「私もよ~ん」
「俺も」
「僕も」
「右に同じ」
李磊の台詞に、アンドリュー、ジョニー、真、シャルルが全力同意した。
「たまにはこんなのもいいもんだな」
勲章を貰ってきた新居に、サイモンが晴れやかな笑顔で声をかける。
「まだ賊軍の残党はいるが、頭を失って烏合の衆と成り果てたし、掃討も時間の問題だろうし、しばらく掃討戦に付き合った後で、ここを離れるとしよう」
新居が決定する。相変わらず一所には落ち着かず、短いスパンで戦場をころころと変えているが、以前からこうだったわけではない。
(真とジョニーが来てからだな……。つまり……)
傭兵学校十一期主席班との付き合いの長い傭兵であるアランは、その理由を察しつつあった。
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