第四十四章 27

 一ヶ月にわたるNGOの護衛任務を無事終えた傭兵達だが、その働きを見込まれて、賊軍の殲滅作戦任務を一つこなす事になった。


「何ということをしているのだ!」


 駐屯地の道路にて、昨日は上機嫌で傭兵達を褒め称えてくれた指揮官が、新居の前で激怒して怒鳴り散らしていた。


「おいおい、リーダーがお説教食らってんぞ。何があったんだ……」


 たまたま駐屯地から出てきたジョニーと真が、憤慨すると指揮官と、雷を落とされて萎縮している新居という構図を目の当たりにした。


「今後二度とああいう真似をしてくれるな!」


 最後にもう一度怒鳴ると、指揮官はジョニーと真の間を通り抜けて、駐屯地の二階建ての建物の中へと入っていった。


「問題児なリーダーさんよ、今度は何をしでかしたんだ?」


 ジョニーがニヤニヤ笑いながら尋ねる。いつも威張っているこの男が、叱られて小さくなっていた姿を見れた事が嬉しい。


「大したことしてねーよ。子供達と遊んでただけだ」

「君等のリーダーは、政府軍の遺体の頭部を使って、子供達とサッカーをしていたんだぞ! 大人が子供達に死体を弄ぶような行為を教えるとは、不謹慎にも程がある!」


 駐屯地の建物に入ったと思われた指揮官が、建物の中から顔を出して叱っていた理由を暴露した。


「あの程度の遊びで、あんなに怒らなくてもいいだろうになー。こんくらい笑って許せよ……。本当頭が固いわ」


 指揮官の説教から解放された新居が、真とジョニーと肩を並べて歩きながら愚痴る。


「そういやいつぞやの戦場でも、蜂の巣にされて死んだばかりの敵兵士の死体から、心臓が上手いこと体の外に飛び出てたから、心臓キャッチボールして遊んでたら、正規軍の上官に、滅茶苦茶怒られたなー」

「死者を悼む気持ちが無いのか?」


 呆れて尋ねる真。


「あるから死体で遊んでやってるんじゃねーかっ。何でそれが誰にもわからないんだよっ」


 滅茶苦茶なことを口にする新居。もちろん真にもジョニーにも理解できないし、理解したくもない。


「世の中には不謹慎厨が多すぎるんだよっ。神様にお願いするとしたら、一番目は俺以外の男を全て滅ぼし、二番目は不謹慎厨を全て滅ぼすことだな。ただし美少女は改心次第で性奴隷に加えてやって咥えさせてやってもいいっ」


 わけのわからないことを喚きたてる新居に、真とジョニーは反応するのが億劫で無言になっていた。


「そうそう、昔純子の所に初めて行った時、俺以外の男なんてマジいらねーから、全部滅ぼしてくれって頼んだら、無理とか言われたんだよ。しゃーないから一発やらせろって言っても断られて、おっぱい揉ませろで妥協しても断られた。願いをかなえるマッドサイエンティストと謳っておきながら、おっぱい一つ揉ませてくれねーのに人体実験しようとか、こいつは許せねーなーと思って、実験台になるのやめたわ」


 真の方を向いて話す新居。正直、純子と新居がどういう関係にあったのか、真は興味があったが、今は知りたいような知りたくないような、複雑な気持ちになっていた。


***


 さらに翌日。解放軍の指揮官は、解放軍の精鋭部隊と傭兵達を前にして、極めて重大な情報を口にした。


「賊軍の頭目ブババの居場所がわかった」


 指揮官の報告に、解放軍の兵士達がざわつく。


「彼が調べて見つけてくれた」

 指揮官が新居を指す。


「おいおい、あんたの手柄にしていいってのに、何を馬鹿正直に言ってくれちゃってるの?」


 ニヤけつつも、一応形だけ謙遜してみる新居。


「どうやって見つけたんだよ」

 李磊が新居に尋ねる。


「すげー簡単だし、大して面白くもない話。賊軍の中に解放軍のスパイもいるって言ってただろ? そいつらの手引きで、賊軍の中に入れてもらった。もちろん顔は隠してな。賊軍の兵士達さえも、頭目の居場所は知らない有様だったが、幹部クラスまで知らないとも思えなかったから、幹部の中でこっちになびきそうな奴を見つけて、取引をした。そんだけ」

「護衛が始まって数日間、いきなりサボった理由はそれか」


 サイモンが納得して言った。


「賊軍も一枚岩というわけではないって、指揮官から聞いていたからな。それなら多分付け込めると思ったんだわ。まあ、万が一失敗しても、俺は切り抜ける自信あったしな」


 ドヤ顔で胸を張る新居。


「少数精鋭でブババの拠点に潜入し、奴が逃げ出す前に制圧する。聞いたところによると、君達は潜入任務もこなしたことがあるらしいので、指揮は君達にお願いする」


 指揮官が傭兵達の方を見て告げた。


「俺等はいいけど、外部の俺等なんかに指揮預ける形で、そっちに不満が出やしないかい?


 新居が一応確認を取る。すぐ横では政府軍の精鋭部隊がいるというので、目が気になってしまう。


「そういうことを言っている余裕も無いのでな。それに傭兵学校十一期主席班の勇名はここでも知られているし、文句を口にする者はいないだろうよ」

「あ、結構話わかる人だったんだ。すまねえな。馬鹿だの頑固だの不謹慎厨だの言って」

「え? いつそんなこと言ったんだ?」


 新居の台詞を聞き、目を丸くする指揮官。


「陰口で……」

「はあ……君こそ大馬鹿者ではないか?」


 指揮官が大きく息を吐く。解放軍の兵士と傭兵達がどっと笑い出す。


「普通、傭兵はこんな良い待遇では扱われないし、信用もされないぞ。例外はあるが。傭兵学校十一期主席班はその例外の一つだ。俺達はそのおこぼれに預かってるけどな」


 アランが真とジョニーの後ろから囁いた。


 他の傭兵がどのようなものか、興味が無いわけでもない真であったが、おそらく自分には無縁であろうと思われる。そして今、傭兵学校十一期主席班のメンバーと過ごすことで、得られるものは多い。自分が日に日に研ぎ澄まされている事が実感できる。

 己を鍛え上げるためという名目で傭兵になったが、決して安全地帯で訓練しているわけではない。あくまで自分は実戦の場にいるのだ。死は常につきまとう。


「美味しいおこぼれっつっても、戦場で命張って戦うことは変わらねーだろ」


 ジョニーが真顔でぽつりと言った。真と同じことを考えていたらしい。


「まーな。死ぬ時は死ぬ」

 アランが笑顔で肩をすくめる。


(僕は死なない……)


 アランの言葉を心の中で強く否定する真。


 所謂死ぬ覚悟とは、死に近い状況にあるという警戒意識であると、真は受け止めている。殺される可能性への諦めや、いつ死んでも後悔しない、死を恐れない、死んでも仕方が無いという、そんな気構えではない。サイモンの言うとおり、そんな死の覚悟など自分には不要だ。


***


 賊軍の首領であるブババという男は、ほんの半年前までは屈強な面構えの戦士だった。

 しかし今は、その頬と首まで贅肉がつき、腹が妊婦のように膨れ上がった肥満体型となっている。

 溢れんばかりの御馳走と酒と裸の少女達に囲まれ、自身も一糸纏わぬ姿で醜い裸身を晒し、酒池肉林の日々を送るその男は、かつては英雄と呼ばれていた事もあったが、今では堕落しきってこの体たらくであり、味方の中からも反感を買っている。


 各地の村で略奪を行い続け、さらってきた少女達を性奴隷にし、あるいは人身売買として売り飛ばしている。男達もさらって、ダイヤモンド鉱山や金鉱山で強制労働を強いている。


 貸切油田屋という組織の援助を受け、彼等の言うとおりに動きだしてからというものの、ブババは金の亡者と化していた。賊軍にやりたい放題させるだけで、貸切油田屋から援助を受けられるし、略奪と人さらいがそのまま収益に繋がる。見境の無い暴力が富を産む。これほど笑える話は無い。


 ブババは刹那的かつ即物的な男であり、また運のいい男だった。しかしそれだけだった。故に、先のことなど考えていなかった。自分の振る舞いがもたらす結果も、全く予測していなかった。


「ブババ様! 政府軍が攻めてきました!」

「ほわぁっ!?」


 それ故に、部下の報告に、顎が外れそうになるほど口を大きく開いて仰天していた。


「この隠れ家が見つかっただと! そんな馬鹿な! まさか内通者が……!?」


 この時点になって、ようやく内通者の存在を疑うブババであった。

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