第四十四章 26

 パンパンパンパンと、絶えず重なって鳴り響く銃弾の音が好きだ。

 死のあふれる空間であるにも関わらず、それが落ち着くとさえ真は感じている。


 しかし最近は緊張感が空回りして、ついつい気が緩みがちだ。真だけではなく他の面子も、何名かは不完全燃焼が続いている傾向が見受けられた。


「おーい、全体的にだらけている傾向があるぞ。気持ちはわかるが、敵さんだっていつ本腰入れてくるかわからねーし、気抜いてやられるとか無いようにしろよ」


 新居がそんな空気を見て、一同に向かってやんわりと注意した。


 NGOの護衛が始まって、そろそろ二週間が経とうとしている。戦闘は連日発生することもあれば、一日のうちに複数行われることもあり、四日起こらないこともあった。

 戦闘は頻繁に起こっても、激戦に至った事は、一度として無い。それどころか敵はお役目程度にちょっかいを出してきて、一応銃の撃ち合いをしたからもう帰るという、そんなノリにしか思えなかった。互いに死傷者も出てない。


「やはり賊軍頭目のブババに反感を抱いている賊軍兵士は少なくないようだ。そして我々のスパイも賊軍に送り込み、噂を広めている。NGOの護衛を務めているのは凄腕の精鋭だと。だから適度に戦闘をして、犠牲が出ないうちに引き返していくのだろう」


 指揮官はそうのたまっていた。


「あの指揮官のやり方が正しいと思うか?」


 サイモンがある日、護衛最中に懐疑的に言った。とある村の丘の上の教会で、NGOの医師団が出張診療所を開いている間、四方をガードしている。正面には新居と李磊とサイモンと他傭兵三名がつき、他のメンツはそれぞれ別の場所を担当している。


「全然。はっきり言うと馬鹿。つーか余計なことしてくれたわ。それよりかは、最初から有る程度は敵にも本腰入れて戦ってもらいたかったもんだ。そうすりゃあその分、早い段階で敵の数を減らせるってのによ」


 新居が冷めた面持ちで吐き捨てる。


「俺達の任務は護衛だろう? それなら護衛対象を護りきるための配慮としては、指揮官の判断も今の構図も、そんなに悪くないん思うんだがね」


 李磊が新居に異を立てる。


「NGO襲撃がこれだけしつこく繰り返して失敗し続けて、味方に犠牲が出ていなければ、敵のボスだって、不審に思うだろ。そんなの誤魔化しきれねーよ。いつかは気がついて、そのうち本腰も入れてくるだろう。その際に大量に投入されても面倒だろ。いくら下の兵士が背いても、死ぬまで戦って来いとか、特攻しろとか命令してくるかもしれないしな」

「そっか」


 新居に反論され、李磊は考えを改める。


「言ってるそばから来たようだ」


 目のいいサイモンが敵影を真っ先に確認し、銃を手に取った。


「トラックじゃん。今までジープだったのに」


 傭兵の一人が呟く。数台のトラックが列を成し、丘の下を走ってきた。


「トラックということは、重火器かバトルクリーチャーを乗せてきているんだろうな」


 サイモンが言った。これまではバトルクリーチャーの投入など無かったし、攻撃手段も銃器に限られていた。


 丘の下に止まったトラックのうちの一台荷台の扉が開き、中からゆっくりとせり出してくる砲身を見て、傭兵達の顔が強張った。


「榴弾砲だ。奴等、今度は本気だぞ」


 言いつつ新居は小銃を置き、無反動砲を担ぐ。サイモンがほとんど同じタイミングで対戦車榴弾を手に取り、新居が担いだ無反動砲にこめる。何も言わずとも素早く行動を合わせるサイモンに、真は感心してしまう。


「随分と旧式というか、オンボロな榴弾砲だな。気を引くためのフェイクの可能性もあるぞ」


 トラックの後ろからせりだした小型の榴弾砲を見て、サイモンが注意を促す。


「そうではあるが、放っておくわけにもいかねーし」


 新居が言い、榴弾砲に向かって砲弾を撃つ。

 榴弾砲がトラックごと爆破されたと同時に、他のトラック数台の扉が同時に開き、中から一斉にバトルクリーチャーが飛び出した。


「ふんっ、やっぱり囮か。まあ露骨だったしなあ。どうせあの榴弾砲も壊れて使い物にならなかった奴だろ」


 新居が鼻で笑い、小銃を手に取った。敵にとっての本命はバトルクリーチャーの方だ。


「見たことのないバトルクリーチャーだな」


 丘を駆け上がってくる十一匹のバトルクリーチャーに銃を撃ちつつ、サイモンが呟く。


 それは顔が半ば溶けたような、全身真っ黒な犬型のバトルクリーチャーだった。目がどこにあるのかもわからず、口から牙が覗いているが、口も半分溶けている。体毛は一切見受けられず、体表は黒く厚い皮で覆われているように見える。


「本命として投入したのなら、新型とも考えられる。賊軍が貸切油田屋と繋がっている噂が本当なら、試験用に貸し出されるという事もあるな」


 バトルクリーチャーの大半は、弾避けや囮などの用途で使用されるが、場合によっては主力となる事もある。耐久性や敏捷性が優れた高性能なバトルクリーチャーが、大量に投入された場合、かなりの脅威ともなる。


「おい、また榴弾砲が出てきたぞ」

 李磊が奥のトラックを指す。


「どうせそっちもまたフェイクだろっ。ワンパターンは死ね」


 吐き捨てながらも、もし本物だったら悲惨なことになるので、先に榴弾砲の方から撃つ新居。


 新居が無反動砲に弾をこめて撃っている間に、サイモンと李磊、他の三名の傭兵も、丘を上がってくる不気味な形状のバトルクリーチャーを近寄らせまいと、銃やグレネードランチャーで応戦していた。

 バトルクリーチャーはさらに次々と追加される。ざっと見ただけでも二十匹以上はいる。それらがばらばらに丘を駆け上ってくる。


「五匹、大きく迂回しているっ」


 レイモンドという名の傭兵が叫ぶ。傭兵学校十一期主席班と行動を共にする集団の中では、古株の男だ。機転が利き、腕も立つ。


「アンドリュー、そっちに行ったぞ!」

 新居が無線で報告する。


 教会向かって右横には、アンドリューの他に、アランとジャックという傭兵と、真とジョニーの計五人が待機していた。


 バトルクリーチャーが現れるなり、真がグレネードランチャーを撃って、一匹仕留めた。

 さらにアランがグレネードを撃ち、二匹まとめて殺害する。


 残った二匹は接近しすぎてしまったので、もうグレネードは使えない。アンドリューがヘビーマシンガンを抱え、フルオートでバトルクリーチャーの一匹に銃弾の雨を浴びせた。

 最後に残った一匹は、ジョニーとジャックの二人がかりの小銃の掃射で殺した。


「真、もっと考えて撃て。二匹接近して固まっていた奴がいただろう。そっちを優先して狙えば、一度に二匹倒せただろう」

「了解。以後気をつける」


 アランにやんわりと注意され、真も素直に受け止める。


 バトルクリーチャーの数が多く、速度も速かったので、三匹のバトルクリーチャーを丘の上まで駆け上がらせるのを許してしまった。


 真っ正面から襲ってきたバトルクリーチャーは、サイモンが小銃で二匹続け様に始末した。しかし――

 死ぬ間際のバトルクリーチャーが、顔から大量の液体を噴射する。


「サイモン!」

「大丈夫だ」


 レイモンドが叫んだが、サイモンは素早く移動して、液体を避けていた。

 地に落ちた液体は、レンガの壁と道さえも腐蝕していた。人体に吹きかかったら、それでお陀仏なのは間違いない。


 残った一匹は新居が始末する。


 大量にいたバトルクリーチャーもあらかた殺害し、斜面には遺伝改造された獣達の死体であふれていた。


 丘の下に停まっていたトラック数台が、一斉に走り出す。


「おいおい、もうお帰りかよ。獣をけしかけて、てめーらは安全圏で高みの見物、獣が負けたらさようなら。こいつは許せねーなー」


 新居が残酷な笑みを浮かべ、無反動砲を担ぐ。狙いは先頭のトラックだ。


 砲弾が発射され、先頭のトラックに命中した。爆発音と共にトラックが動きを止め、後続のトラックの速度が鈍る。

 そこに他の傭兵達のグレネードランチャーや無反動砲が次々に撃たれ、トラックの大半が爆破されていく。逃れることができたのは一台だけだった。


「ざまー、超ざまー。んー……逃げる敵を後ろから撃つのって、何度やっても、心底スカッとするわ」


 爆発炎上しているトラックを見下ろしながら、新居は満面に爽やかな笑みを広げていた。

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