第四十四章 6
最初に真は思った。彼等傭兵達は、新兵に対して随分と親切で、こまめに気遣ってくれると。
しかしすぐにそれは親切ではないと気がついた。こまめにフォローしないと、危なっかしくて何をしでかすかわからないからだ。技術的な面はもちろんのこと、メンタルな面でもだ。パニくって暴走して味方を危険に晒しかねない。
そういう意味ではジョニーは正にそれをやらかしたと言える。その結果、ノーマンという名の兵を死なせてしまうという、悲惨な事態を招いた。
「ノーマンは自分の信念とプライドに従っただけだ」
ジープで移動中、サイモンがジョニーに向かって優しい声音で告げた。それでジョニーには通じたようであったし、真も理解できた。
「なあ、あんたらは死ぬかもしれないのに、囮みたいな一番ヤバい扱われ方されて、何とも思わないのか?」
ジョニーはずっとその件が不服だった。自分に納得いかないことは意地でも飲み込めない性格なんだろうなと、真は見る。真にも似たような所はある。
「ジョニー、気持ちはわかるけどね、今回はまだマシな方なんだよ。あの指揮官もあれでもまだ話がわかる方さ」
李磊が苦笑まじりに言う。
「マジかよ……」
李磊の言葉は、これ以上ひどい扱いの方が多いと言っているように聞こえて、ジョニーはげんなりした。
「何の戦略的価値も無い妙ちくりんな作戦を命じられて、無駄に命を落としたケースもあるんだよー。傭兵ってだけで見下してくる奴も少なくないしさ。自分達だけでは戦争に勝てないから、傭兵を雇っているにも関わらず、ね。今の指揮官はそんな接し方はしないだけ、マシだと思うよ」
「そうよね~。それにあの指揮官、濃い髭がセクシーだし~」
シャルルとアンドリューが言った。
「そもそも俺達、囮になるつもりもないぜ」
サイモンが悪戯っぽく笑う。
「俺達で敵拠点を潰しちまえばいいんだ」
「なるほど」
サイモンの台詞を聞き、明るい顔になってぽんと手を叩くジョニー。それで納得してしまうのは、ある意味凄いと真は感じる。
「真、ジョニー、地形はちゃんと頭の中に叩き込んでおけよ。まあ真は言われる前にやっていたようだが」
「ちっ、やっぱりこいつだけ特別扱いかよ」
サイモンの言葉を聞いて、ジョニーがつまらなさそうに顔をしかめ、隣にいる真にゆっくりとパンチを放つジェスチャーを行って戯れる。
「お前はそれを本気で言ってるのか冗談のつもりなのか、わからんね」
ジョニーに向かって言うサイモン。
「冗談と本気半々だよ。ぬかりが無いのはわかるが、だからムカつく。比較されて俺は駄目な奴扱いかよ」
「お前は面倒くさい性格してるなー」
「同感」
ジョニーの言葉に、サイモンが苦笑し、真も頷いた。
「ま、そんなわけで、だ。俺達の方が正規軍より先に着くし、うっかり発見されたってことにして、勝手にどんぱちして潰しておくぞ」
どうやらサイモンは完全に本気らしい。同じジープに乗っている他の傭兵達の中には、息を飲む者もいる。
「も~、サイモンたら最近すっかり、リーダーみたいなノリになってるんだから~。あんな風にならないでよ~?」
アンドリューが口走った言葉に、ジョニーは怪訝な面持ちになった。
「あんたがリーダーじゃないのか?」
「傭兵学校十一期主席班に、もう一人入院中の奴がいるって言ったろ? そいつが俺達のリーダーだよ。俺が今その役割を代わっているようなもんだ」
真が問うと、サイモンは微笑みながら首を横に振って答えた。
「もうずっとサイモンがリーダーでいいわよ~。あんな短気で粗野でアバウトで他人を振り回しまくるリーダー、もう嫌よ~。ジョニーより頭おかしいんだから~」
「何でそこで俺を引き合いに出すんだよこの糞オカマっ」
「それって頭くるくるぱーなんじゃないか?」
「間違ってないわ~ん」
「真、てめー、この野郎っ」
アンドリューと真にからかわれ、いじられキャラが定着しつつあるジョニーが声を荒げる。
「だから戻ってこない方がいい人なのよ~」
「でもまあ、アンドリューの指摘通り、あいつを手本にしている感はあるよ、俺は」
サイモンが照れ笑いを浮かべて言った。アンドリューは快く思っていないようだが、わざわざ手本にしている程であるし、口ぶりを見ると一目置いているようでもある。何よりこの一癖も二癖もあるメンツを引っ張っていくのだから、それなりの人物なのだろうと、真は興味を抱いていた。
***
途中でジープを降りた一行は、徒歩で移動となった。
岩石砂漠の間を走る枯れた川を上流へと遡り、山岳地帯へと入る。渓谷を歩いていくのが楽そうに見えたが、発見されやすいという理由で、山を登って山腹を移動する事になった。重装備ではかなり辛い。
暗くなる前に休める場所を探し、腰を下ろす。
日が落ちても灯りはつけられない。火も起こせない。もうここは敵の領土だ。そして山腹とは言っても木一つ無い岩山である。身を潜める岩のくぼみで休憩しているが、光までは遮れない。
寒さを凌ぐため、全員毛布をかぶって身を寄せ合って睡眠を取った。もちろん見張りも立てての交代での睡眠だ。
さらに翌日、ほぼ一日歩いた夕方頃に、ホログラフィー・ディスプレイに地図を投影して、サイモンが敵の拠点が近いと告げた。
「歩いて一時間もかからねーな。目と鼻の先だ」
「すぐに行くかい?」
李磊が伺う。
「罠だとすれば、夜も警戒しているはずじゃん? 正規軍は俺達から遅れているとはいえ、結構迫っているかもしれないし、合流予定地点に俺達がいなければ、不審に思うよねー」
と、シャルル。今や敵だけではなく、味方も出し抜く作戦となっている。あまりのんびりもしていられない。
「いや、今夜のうちに行く。一休みしたらな」
サイモンが決定した。
「明日の早朝――夜が白みかける頃には現地に付き、作戦決行に変更してくれないかな?」
「何で?」
李磊が要求し、サイモンが理由を問う。
「明日の朝は霧が出そうだからさ。強襲するにはいいタイミングだ。正規軍を出し抜くとしたらギリギリな所になっちゃうけど」
無精髭をいじりながら天を仰ぎ、李磊が言う。
(こんな乾燥した岩山の中で?)
真が疑問に思い、李磊を見る。すぐ隣は岩石砂漠で、湿度とは無縁の場所に思える。しかし砂漠とて、一切雨が降らないというわけでもない。
「砂漠地帯にも何日かおきに霧が出るし、砂漠の動植物は霧が出た際に、ちょくちょく水分補給してるんだよね。で、霧が出るのは大体明け方」
真の視線に気がつき、李磊が解説する。
「どうして霧が出るとわかったんだ?」
「俺にはわからないよ。でも動物や植物にはそれがわかるみたいなんだ。動植物の発する気がいつもと違う。明日の霧に備えているのがわかる。水だけではなく、水を補給する小動物を食べる機会に備える肉食動物なんかは、さらに気が研ぎ澄まされている」
真の質問に李磊が答える。
「何だよ、気って」
馬鹿にしたように笑うジョニーに、李磊が掌をかざした。
「え……? な、何だこれ!?」
見えない力に押されて、立ったまま後方へとずり下がっていくジョニー。それを見て、傭兵達は口笛を吹いたり、笑みをこぼしたりしている。
「お前さんの国が昔からやってる宇宙戦争映画のあれだ」
にやにや笑い、李磊は手を下げた。その反動で、ジョニーが前のめりに崩れる。
「びっくりした。何だよ、今のは……」
「いや、説明したでしょ」
戸惑うジョニーに、李磊は肩をすくめる。
(超常の力の持ち主までいるのか……)
李磊を見つめる真。この男はサイモンとはまた違った意味で、底知れない。そのうえ鋭い知性も感じる。
「じゃあ李磊の案に従おう。今夜は寝て、深夜、朝が来る手前くらいに起きて移動だ」
サイモンが改めて決定した。
***
深夜。果たして李磊の予想通り、山は霧に覆われていた。無論、谷底も。
夜だというのに真っ白な世界。かすかな明りですら反射して、白く染める。
「歩くのがますます大変になったね」
李磊がぼやく。
「自分の前後の奴と手を繋いで密着して、少しも離れないように歩け」
「私の前後には、手にもさもさ毛が生えている人でお願いね~ん」
サイモンに命じられ、屈強な男達が前方と後方とで手を繋いで行軍するという、奇妙な構図が出来上がった。ちなみにアンドリューのお願いは無視された。
「移動は超大変だけど、奇襲には実におあつらえ向きだねえ。ついてるよー」
慎重に歩きながら、シャルルが上機嫌に言う。
しかし、困ったことが起こった。夜空が白みはじめると共に、霧が次第に晴れてきたのである。
「どうなってんだよ、李磊っ」
ジョニーが李磊に噛み付く。
「いや、霧が晴れたのは俺のせいじゃないよね……」
「フォースの力で何とかしてくれよ」
「無茶言うなって」
ジョニーの要求に、李磊は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「霧が晴れたのは残念だけど、予定通りに作戦こなせばいいさー」
シャルルが言ったその時だった。
「見えたぞ」
先頭を歩くサイモンが立ち止まり告げる。自然、全員の足も止まる。
眼下の渓谷の底――薄れゆく霧の中で、敵拠点の堡塁がうっすらと浮かび上がっていくのが見えた。
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