第四十四章 5
小銃を撃ち続けるジョニーは、微妙に様子がおかしいように、真には感じられた。
新しい弾倉に入れ替える手も妙におぼつかない。緊張や恐怖とはまた違った何かで、慌てているような印象だ。
「おい、フルオートで弾を無駄にすんなよ。マシンガンじゃないんだぞ」
「うっせえよ……」
柔らかい口調でたしなめるサイモンに、鬼気迫る顔で――しかし震える声で言い返すジョニー。
やはりただの恐怖ではなく、別の原因があるように真には感じられた。サイモンもそれを見抜いているようで、ジョニーの肩に手を乗せる。
「落ち着け。慌てても始まんねーぞ。まずは落ち着け」
サイモンが静かな口調でなだめる。ようやくジョニーは気を鎮めたようで、大きく息を吐いた。
銃撃戦はなおも続く。時折、迫撃砲や手榴弾の応酬もあった。銃よりもそちらの方が真には恐怖を感じた。
雪岡研究所で会得した射撃回避訓練は、ここでは半分くらいしか役に立たないように思える。敵の数が多すぎるうえに、あちこちに散開して岩陰に隠れているので、いちいち射手の銃口や撃つ手元など注視している余裕は無い。岩陰から移動する際は、ほぼ勘だけで殺気を読み取って、じぐざぐに駆けているだけだ。
政府軍の数の方がずっと多かったにも関わらず、戦闘はこちらの勝利で終わった。被害の多さを不味いと感じたようで、敵が撤退していく。真達はその背に、容赦無く追い討ちの弾を浴びせていった。
***
戦闘が終わったので、真は戦場となった場所をゆっくりと見て回ることができた。
自軍にも被害は出ていたが、地形と技量の違いであろうか、転がる死体の数が目に見えて違った。こちらの死者は四名。負傷者は六名。敵は数十名に及ぶ死者を出している。
圧倒的な勝利には他に理由があった。
「政府軍の兵士は士気こそ高いが、錬度は高くない。大半が新兵のような状態だ」
指揮官であるアリアダ人が真に教えてくれた。
「そしてこっちにはあいつらがいるからな。あいつら、一人で何人殺したことやら」
一息ついて談笑しているサイモンと李磊を指し、指揮官が微笑む。
別の場所では捕虜を捕らえ、シャルルが記念撮影をしていた。中心に固まらせて、中腰にさせてフリーズのボーズを取らせて、その両脇をアリアダの兵士達が立って銃を手にして勝利のポーズを取っている。
「よーし、いい絵が撮れたー」
シャルルが柔和な笑みを広げ、カメラをしまうと、捕虜となった兵士達に近づいていく。
「じゃ、アデュー」
シャルルが笑顔のまま、恐怖に硬直する兵士の側頭部に小銃の銃口を突きつけると、躊躇なくトリガーを引いた。目を閉じ、横向きに倒れる捕虜。
他の捕虜達も、アリアダの兵達によって、実にあっさりと撃ち殺されていく。ごく当然の作業といった感じで、人の命をまるでゴミのように片付ける様を見て、真はここが戦場であり、自分はもうはっきりと戦争をしているということを改めて実感する。
歩いていると、自軍の死者が並べられている。その死体にすがって、泣き崩れているジョニーの姿があった。
「私とジョニー坊やと一緒に組んでいたノーマンよ~。坊やが一人だけはぐれて、怖くなって立てなくなっていたから、ノーマンが助けに行って、その時に撃たれたの~」
アンドリューが真に事情を話した。ジョニーだけ一人はぐれていたことも、その後の様子がおかしかった事も、真は理解した。
「畜生……まただよ……。何でだよ……。今日入ったばかりの新参の俺なんか、命がけで助けてなくていいだろ……。俺なんかのために死んで……」
全身に銃弾を浴びて、頭部の三分の一が吹き飛んでいるノーマンの遺体の前で、ジョニーは泣きながらぶつぶつと呟いている。
先程の戦闘が初陣だった新兵は真とジョニー以外に、もう一人白人いたが、そのもう一人は恐怖ですっかり縮こまっていた。フランス外人部隊所属という経歴の持ち主で、刺激を求めて戦場に来たと言っていた。
「お前は随分と余裕あるね」
李磊が真に話しかけてくる。からかうようではなく、見直してというわけでもなく、不思議そうに、そして咎めるかのように。
「何か問題あるのか?」
「恐怖に鈍い奴ってのは逆に困り者だからね。蛮勇は勇気に非ず。恐怖ってのは生命の危機へのシグナルなんだよ」
この中国人は相変わらず自分が気に入らないらしいが、それでも正論を口にしていると真は感じる。
蒼白になって震えたままの新兵を見やる李磊。
「新兵なんて初陣は大抵があんなもんさ。お前、どっかでドンパチした経験あるのか?」
「一応……。でも……まるっきり恐怖が無いってわけでもない」
それどころか先程の戦闘の方が、よほど強烈に死を意識させた。
「ならいいよ。くれぐれも気をつけてな」
真の言葉を聞き、李磊は息を吐いて真の肩を軽く叩き、その場から離れた。その動作と台詞と声の柔らかさからすると、李磊が自分を嫌っているというわけではないと、真は判断した。
***
戦闘後、何事も無く一夜を明けた翌日の陣営。不味い
件の新兵の男は、野営地で毛布にくるまって、相変わらずずっと震えていた。
ジョニーはというと、すっかり落ち着いた様子であったが、逆に随分と静かだと感じた。まるで別人のように様子が変わっていた。
(こいつの中で、何かが大きく変わったみたいに見える。男子三日会わざれば刮目して見よと言うが……)
ジョニーを見て真は思う。昨日までの思い上がった態度もなりをひそめているが、もう一人の新兵のように極端に恐怖しているわけでもない。
やはり自分をかばって死んだ兵士のことが響いているのだろうと、真は見る。
「何見てんだ、小便餓鬼。ぶっ殺されてーのか」
相変わらずの口の悪さで凄んでくるジョニーの視線を、真は憐憫の眼差しで受け止めていた。それがジョニーからすればまた気に入らない。
「人形みたいに無表情で気持ち悪い奴だぜ。感情が無いのかよ」
「感情が外に上手く出せないだけだ。そういう風に教育されたからな」
黙っていれば黙っているで気に入らないようだし、真も遠慮せず言いたいことを言うことにする。
「ああ? 何だそりゃ? 日本で流行ってるのか?」
「流行ってはいないと思うけど。うちの母親は子供が泣いたり笑ったりするのが嫌いだったみたいで、僕にそういうことを一切するなと躾て、それで僕も感情を上手く表情に出せなくなったんだ。感情が無いわけじゃない」
「ひでえ話だ! 親からたっぷり愛情受けて育てられた俺には想像できねー話だが、ひでえ話だ!」
真の話を聞いて憤慨するジョニー。一方で真は啞然としている。
(親からたっぷり愛情受けて育ったのに、ギャングになったのか……。そして今は傭兵か……)
ジョニーが怒っていることより、そちらの方が気になる真。
「お前の事情も知らねーで、言いたいこと言っちまって悪かった。引き換えに俺の身の上話もしてやろう」
「別に聞きたくないけど」
「おい、俺が話すって言ってるのに、何でそこでそんなこと言えるんだよ! やっぱりコミュ能力無いんじゃねーか? いいから聞けっ」
真の言い様にかっとなって喚くジョニー。
「僕は会話の流れの都合で話しただけだから、気にしなくていいし、そんなルール無いだろ」
「俺の気がすっきりしねーんだよっ。それくらいわかれっ。だからコミュ障だっていうんだよ」
「どっちかというとお前がコミュ障だろ」
「何だと!? 百億人の人間に聞いても、そんな答えは返ってこねーよ! 俺はノーマル! お前がコミュ障だ!」
「そうやってすぐにムキになって怒鳴る時点でコミュ障だ」
「ああ!? 意味わかんねーよ! コミュ障かどうかと関連性がある話じゃねーだろ!」
「すぐ怒る時点でまともなコミュニケーション取れないし、こんなこと説明しなくちゃわからない時点でもおかしい」
「ふざけろ! そんな話は初めて聞いたわ! お前の中だけで通じる理屈だろうが!」
いつの間にかジョニーと真の言い合いに、他の兵士達も注目している。真はその視線に気付いていたが、真に食ってかかるジョニーは、興奮するあまりその事実にも全く気付いていない。
「よう、バッドアス。昨日は泣きべそかいてたのに今日は元気だな」
サイモンがやってきて愛想よく笑いながら、ジョニーに声をかける。
「おかげさまでな。この俺があの程度でへばって尻尾まいて逃げると思ってたのか?」
「別にどうでもいいし、誰もお前に興味なんかねーよ」
ジョニーの物言いを見て、サイモンは懐かしむように目を細めた。
「まるであいつが戻ってきたみたいだね」
「俺もそう思ったわー」
李磊とシャルルが遠巻きにジョニーを見やり、囁きあう。
「おい、李磊、次はお前とジョニーで組め。真は引き続き俺とアランだ」
「え~?」
サイモンに指名されて、李磊が嫌そうな声を発する。
「李磊の指示は全部聞け。そして今度は絶対あいつを見失わないように動け。同じことを繰り返さないようにな」
「あ、ああ……」
真顔になって凄みをきかせて命ずるサイモンに、ジョニーも神妙な面持ちで頷いた。
「李磊はいつも通りにすればいい。こいつはただそれについていく形だ」
「はいはい。しゃーない」
サイモンに言われて、頭をかきながら引き受ける李磊。
「何かあったかな?」
シャルルが呟く。李磊がシャルルの視線の先を見る。
朝早くからやってきた他の部隊の兵士達と、指揮官が何やら話しこんでいる。
やがて指揮官が全員を集めて告げた。
「政府軍が足並みを乱しているらしい。向こうの中でゴタゴタがあったようだ。昨日は他の陣営にも一斉に攻撃があったそうだが、全てこちらが勝利している」
指揮官の報告を聞いて、アリアダ人兵士達は喝采をあげる。
「で、だ。斥候が、敵拠点の一つが手薄になっていると知らせてくれた。こちらから攻め込んで、敵拠点の一つを制圧したい。しかし、おびき寄せている罠という可能性もある」
指揮官はここで咳払いをする。
「そこで、だ。サイモン達に別働隊として動いて、少し時間差を置いて、敵拠点を側面から襲撃してもらいたい。もし罠だとしたら、本隊を逃がす手助けのために撹乱して、さっさと離脱してくれればいい」
「こっちの数を多く見せかけるためのフェイクか。援軍がいると」
サイモンは微妙な面持ちになっていた。指揮官の作戦が気に入らないように真には見えた。
「そういうことだ。早速出発してくれ。作戦決行は夜だ」
出るのは傭兵達だけで、アリアダ人の兵士達は皆ここに残るという。
「誤魔化しているのがミエミエだ。囮みたいなもんだな。あるいは本隊のための盾だ」
指揮官から離れて、傭兵同士で集まった所で、サイモンは言った。
「そんなんに従う気かよ」
ジョニーが真っ先に噛み付く。
「それが俺達の役目だ。いつもこんな扱われ方だよ。嫌なら傭兵なてんやめて、さっさと家に帰ってシコって寝ろ。この先ずっとこんなんだぞ? 俺達の命は全人類の中でも最安値だからな」
「ぐっ……」
サイモンにあしらわれ、ジョニーは唸りながらも、それ以上は何も言おうとしなかった。
「いや、言い方が間違っていたな。俺達の命は安く見られている――だ。俺は別に自分の命を安く売り渡すつもりはないし、ここにいる奴等も皆、そんなつもりはない」
「ねえねえサイモン、かっこよく台詞決めてる所を悪いけど~、あの子布団の中から出てこないのよ~。どうしたらいいの~?」
アンドリューが報告する。もう一人の新兵を指しているのだろう。
「ひっぺがして無理矢理連れて行く。今、どうやっても後方に帰ることはできねーし、タダメシ食いを置いていってもしゃーない。無理矢理でも銃を持たせろ。使い物にならずに死んだらそれまでだ」
非情とも言える決定をあっさりと下すサイモン。
「簡単に言ってくれるけど、そんなのの面倒見る方はたまんないよねー」
と、シャルル。
「そうだな。シャルル、任せた」
「ちょっとー」
にやりと笑ってみせるサイモンに、シャルルは大袈裟にのけぞって全身で嫌がってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます