第四十三章 34

 ラクィレアの様子がおかしいと不審に思った牛村姉妹とビトン達は、ラクィレァが飛び去った方角へと向かっていた。

 森の中に入り、森のチェックポイントに近づいた所で、全身に大怪我を負ったラクィレァが、文字通り目の前に吹っ飛んできた。


 伽耶と麻耶でラクィレァの傷をまた治してやると、ラクィレァは闘志を剥き出しにして、また戦いに行こうとしていたので、それを伽耶が引きとめ、麻耶は即席呪文を唱えてラクィレァの記憶を読み取り、何があったかを知った。

 状況を理解した牛村姉妹は、ラクィレァ達に助刀することを決め、ラクィレアに抱きかかえられて、戦場に連れてきてもらった次第である。


「この苦しんでいる顔色悪い変な格好の人は?」

 霧崎を見下ろして呟く伽耶。


「何だかわからないけどよくなれ~」


 麻耶が呪文を唱えると、伝達物質の増加と水分の過剰摂取で、苦悶の極みにあった霧崎の体が、正常な状態へと戻る。


『おい馬鹿やめろ。そんな簡単に他人をホイホイと回復させたりしたらだなあ、パワーバランスも崩れるし、緊張感も無くなっちまうぞ。やめろ』


 ミルクが牛村姉妹に抗議する。


「それは漫画の話」「それはアニメの話」

「ゲームなら」「ラノベなら」

『普通』


 あっさりと抗議をはねのける伽耶と麻耶。


『どこに違いがあるのか――という疑問は置いといて、中々大した力の持ち主のようだが、この状況をひっくり返せると思っていやがるんですか?』


 話題をそらすために、シリアスな声で問うミルク。


「そのために来た」「愚問」


 伽耶がシリアスな顔で答える一方、麻耶はにやりと笑う。


「さてと……」


 牛村姉妹が来て逆転の目も見えてきたので、純子は真面目に脱出することにした。


「神蝕」


 肉体を増殖分裂させる能力を、地面の中に向かって使用する。

 増殖した肉体が地面の中を掘り進んでいく。それは地中で弧を描き、やがてミルクの念動力の範囲外から外へと出る。

 増殖した部分に力を込めて収縮を促し、自分の本体部分を引っ張り、穴の中へと引きずり込む。


『な、何だっ!?』


 純子が消えたかと思いきや、モグラよろしく穴を掘って力の範囲外へと逃げていったのを見て、ミルクは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


 ミルクの視界の外――大木の木陰に開けた穴から、大量の肉と臓物を噴き出し、最後に純子も土だらけになって、穴から吐き出されるようにして外へと飛び出た。

 増殖した筋肉繊維やら臓物やらを腹部へと引っ込める。その際、臓物や肉の中に混じった大量の土を一緒に吐き出す作業も行う。


「ふう……疲れた……」


 ただ単に神蝕を行うだけではなく、いろいろと変則的なこともしたので、気持ち的に疲れた純子である。肉体的な消耗は、大したことは無い。


「雪岡」


 すぐ目の前に真がいて、声をかけてきた。未だにアルラウネ達と戦っている。というかほとんど逃げまわっている。

 人工魔眼から二発のビームを同時に放って、アルラウネを三匹ほど撃退する純子。他のアルラウネが驚いて攻撃の手を止め、真は休む余裕ができた。


「心配したー?」

「クサいこと言うけど、信じてた」


 にやにやと笑って尋ねる純子に、真は立ち止まって、無意識に自然と微笑をこぼしながら言ってのけた。


「はうっ」

「またそれか……」


 真の笑顔を見て純子が呻き、手を合わせて拝みだす。そんな純子のリアクションを見て、真は自分が知らぬ間に笑っていたことに、嫌でも気づく。


「ていうか、今更だけどいいこと思いついたよ。この人工魔眼で、写真も撮れるようにすればいいんだった」

「本当に今更だな。おっと……」


 ひるんで動きの止まっていたアルラウネ達が、攻撃を再開しだしたので、真も動き出す。


『おかしな脱出の仕方して……』


 姿を現した純子に、呆れ気味の声を発するミルク。


「君の広範囲の念動力、凄く厄介だよねえ。発動も早いし。でもまあ、最初は油断したけど、次は多分当たらないよー」

『そうか?』


 ミルクが再び念動力の巨大猫パンチを放つ。地面に肉球マークがもう一つできる。しかし純子の姿は消えている。今度はかわされた。


 その直後、ミルクは念動波を後方に向けて放つ。後ろの空間が歪む気配を感じたのだ。

 転移して背後を取らんとした純子は、ミルクの放った念動波をかがんで避ける。


『くっくっくっ……口だけじゃないのは流石と言ってやるですよ』

 空気を震わせて、笑い声を発するミルク。


 純子とミルクがやりあう上空で、つくしとラクィレァは再び空中戦を興じていた。先ほどとはうって変わって、ラクィレァが速度と変則的な動きで、一方的につくしを翻弄している。


「こちらの動きと手の内を学習された模様」

 危機感の無い声で呟くつくし。


「強欲に踊る奴隷商人」


 そのラクィレァの微かな隙をつき、久美が赤黒い太い鎖を上空へと向かって投げつけた。ラクィレァの左脚に鎖が絡まる。

 久美が一気に鎖を収縮させて、ラクィレァを地面へと引きずり下ろそうとする。つくしもその後を追い、急降下する。


「ちょっきんちょっきん」


 麻耶が呪文を唱えると、ラクィレァを引っ張る鎖が途中で切断され、ラクィレァに巻きついた鎖も消失する。


「まず君を封じた方がよさそうだね」


 久美が牛村姉妹の方を向いて言った。自分以上に何をしてくるかわからない相手と見た。


「怠惰を尊ぶ漁師の網」

「黒いカーテン」


 牛村姉妹に向かってピンクの網が広がったが、姉妹にかぶさる前に、真っ黒な布状のものが空間に現れ、網が触れた部分をかき消してしまう。


「能力は凄そうですが、近接戦闘は……それほど得意でもないでしょう?」


 姉妹と久美の間に累が立ちはだかり、久美と向かい合う。


「じゃあ前衛は任せる」「後衛は任せて」

 伽耶と麻耶が同時に言う。


「喝!」

 久美が衝撃波を放つ。


 累は軽く片腕で顔を覆うと、己の妖力を巨大な盾にして、衝撃波を受け流す。

 刀を構え、久美へと接近する累。


 刀の届く距離に入るか入らないかの所で、累は一気に踏み込んで突きにかかったが、久美はそのタイミングを見計らい、体中から先の尖った枝のようなものを生やした。


「かたくなーれ」「ふにゃふにゃになーれ」


 伽耶の術で累の体が硬化し、麻耶の術で枝が柔らかくなる。どちらか片方でも十分だったろうが、これで枝に突き刺さるということはなくなった。


 だが枝の先から腐蝕性樹液が噴出されることは、姉妹も累も知らなかった。

 液体が飛ばされたことに累は気がつき、かわそうとしたが、できなかった。体が硬くなっていたが故に、思うように動かなかったのである。


 体中に腐蝕性樹液を浴び、累の肌が爛れ、肉が腐れ落ちる。


「あんなのズルい」

「治れー」


 再生しようとしていた累であったが、麻耶が治してくれたので、それで済ますことにする。しかし未だに体が固まったままで、思うように動かない。


「あの……硬化の術を解いてくれませんか? 体が動かなくて……」


 久美にも聞こえてしまうリスクは承知のうえで、後方にいる姉妹にお願いした。


「伽耶の馬鹿。おばか」

「うっさい。ていうか、ごめんね。はい、やわやわー」


 伽耶が硬化を解除するが、累の言葉を聞いた久美がここぞとばかりに累に接近し、襲い掛かっていた。


「強欲なる王剣」


 青い光の剣が高速で振られる。


 伽耶と麻耶が硬直した。久美の振った剣により、累の首が地面に落ちたからだ。


「そんな……」

「速すぎて助けられなかった……」

「この程度じゃこの子は死なないぞ」


 嘆く牛村姉妹に、久美が声をかける。


 見ると、累の体は首を拾おうとしているし、地面に落ちた累の頭は、姉妹の方を見返して、安心させるかのように微笑んでいた。


「怪奇現象発動! ボールは友達と叫びながら、何でも蹴ってくるサッカー少年の霊!」


 累が自分の頭を拾おうとしたその瞬間、春日が叫び、サッカーウェアに身を包んだ長身の少年が現れ、累の頭にスライディングをかけて蹴り飛ばした。

 サッカー少年の霊(?)は立ち上がり、そのまま累の頭をドリブルし続けて、走り去っていく。頭の無い累の体が、その後を追っていく。


「フォロー……ありがとう……」

「いいってことよー」


 呆然としつつも礼を述べる久美に、春日は上機嫌に笑う。


「クァアアァ!」


 空ではつくしとラクィレァが空中戦を展開している。

 さらにそこに、飛ぶことのできるアルラウネ達の援軍が加わり、彼等にとって最も脅威である週末に吹く強い風に戦力を集中させた。


 四方八方上下から、ヒットアンドアウェイをしつこく繰り返すアルラウネ達。ラクィレァの意識はどうしても分散する。


「メガトン・デイズ」


 隙が生じたら、つくしもすかさず攻撃する。ラクィレァが最も用心しているのは、一撃の威力が重いつくしの攻撃だったが、避けることができなかった。


 絶妙のタイミングで仕掛けてきたつくしの光の矢を、胴体にまともに食らってしまう。

 ラクィレァがかなりのダメージを食らってひるんだ所に、飛行生物に宿ったアルラウネ達が殺到する。


「くぅうぁぁあ!」


 自分を中心に小さな竜巻を起こして、それらを全て吹き飛ばすラクィレァ。


 アルラウネ達を吹き飛ばした直後、アルラウネが吹き飛ぶより速く、ラクィレァがつくしへと飛んでいく。


「怪奇現象発動! 狼になる狂える風!」


 つくしとラクィレアを見上げた春日が叫ぶ。

 つくしは自分の体に力が漲るのを感じた。それと同時に、心が獣のように猛々しくなるのも。


 気がついたらつくしは、ラクィレァの一撃を受けて大きく吹き飛んでいた。しかし痛みは感じない。あるのは闘争心――獲物を仕留めるという強い気持ちだけだ。

 明らかにつくしの様子が変わった事に、ラクィレァも気がついていた。警戒し、追撃を止める。


 そこにアルラウネの集団がまたしつこく襲ってくる。

 つくしもすぐに体勢を立て直し、ラクィレァめがけて突っ込む。


「ボーンクラッシュ!」


 いつも淡々と技名を口にするつくしが、気合いを入れて叫びながら、渾身のパンチを見舞う。


 ラクィレァは両腕で防ぐも、小さな拳から繰り出された強烈な一撃の衝撃は、両腕の肉をシェイクし、血管を破裂させ、骨を砕いた。


「ボーンクラッシュ! ボーンクラッシュ! ボーンクラッシュ!」


 ひるんだラクィレァに向かって、幼い顔を狂気に歪めたつくしが、連打を見舞う。ラクィレアの腕をさらに破壊し、防ぎきれなくなった所を胸に、腹にと打ち込んでいく。


「クォォオオォォ!」


 比較的近くで父親がピンチな光景を目にしたクォが、つくしの下方から飛翔し、その顔面に強烈な蹴りを見舞った。

 きりもみ回転して、つくしの小さな体が派手に吹っ飛ぶ。


「クアァァッ!」


 ラクィレァが吠え、落下していくつくしめがけて雷を落とした。


「くぅ……ァ」


 つくしとの戦いには勝ったものの、深刻なダメージを受けたラクィレアもまた、よろよろと飛ぶ。その体をクォが支える。


 アルラウネ達がまた群がろうとした所を、下から複数の銃撃が浴びせられ、その動きを止めた。


「くぁ……」


 ラクィレァは下にいる者達に向かって、微笑みながら手を振ってみせた。ビトンとポロッキーによる援護だった。


 一方久美は、牛村姉妹に様々な能力を用いて攻撃を仕掛けていたが――


「届かぬロマンス。現実の壁」「でぃっふぇーんすでぃっふぇーんす」


 伽耶と麻耶の二人がかりの即席魔術で、尽く防がれる。


「何ですか、あの子は……。何でもありですか……」


 首を拾ってくっつけて戻ってきた累が、牛村姉妹を見て呟く。


「うぎゃあっ!」

 春日が悲鳴をあげて吹っ飛んだ。


『あ……ごめん……』


 ミルクが謝罪する。純子と戦っている最中に、念動波の流れ弾が誤って春日を吹っ飛ばしてしまったのだ。


「貴重な春日が……。この男の能力は中々ユニークかつ凄いのだが……」


 丁度累が戻ってきたこの局面でのフレンドリーファイアは、洒落にならないと久美は思う。二対一だったのが、いきなり一対二になってしまった。いや、姉妹を二人とすれば、一対三か。


『むむむ……』


 ミルクが唸った。アルラウネ達が一斉に撤退しだしたのだ。援軍が追加で来たにも関わらず敵の数は一向に減らず、戦況は好転せず、味方の犠牲が増えていく状況を見て、この戦いは勝てないと判断した。


「おやおや、つくし君もあっちに落ちて動かないし。さて、どうするね?」


 アルラウネ達と戦っていた霧崎がやってきて、ねちっこい笑みを広げ、ミルクに声をかける。


「降参して諦めたらー?」


 これまでミルクと戦っていた純子が言う。ここまでミルクは、広範囲かつ発動の早い念動力オンリーで攻撃を仕掛けてくるのみだったので、純子にとって、あまり戦っていても楽しい相手ではない。ひたすら避け続け、たまにミルクの攻撃の合間に反撃するという、ちまちました戦闘だ。これと比べたら、百合との戦いの方がよほど楽しかった。


『よし、提案がある。私と純子のタイマンでケリをつけよう』


 ミルクのその発言に、白けた空気が漂う。だがミルクはそんな空気を気にも留めず、話を進める。


『私が勝ったらクォとラクィレアはサンプルとして回収だ。純子が勝ったら何も無し。この条件でいいよな? お前ら、手出しは無用だぞ。正々堂々と一対一の戦いを楽しみたいからな』


 自陣の味方達を見回して大真面目な声で告げるミルクだが、ナルも久美も呆れて言葉を失くしていた。


「こっちは手出ししていいよー。皆でふるぼっこにしよー」

『ふざけんな。空気読め』


 純子が屈託の無い笑顔で呼びかけると、ミルクが怒りの声をあげた。


「いや、空気読むも何も、ミルクの味方は大体が戦闘不能になって、アルラウネ達は戦闘離脱して、こっちは味方が残っているのに、一対一に付き合う理由なんて無いよね?」

『おい、それは意地が悪いぞ。どうしてそういう意地悪ができるんですか? 理解に苦しむわ。少しは私の立場になって考えたらどーだ』

「駄々っ子が屁理屈言い出したみたいですね……」


 ミルクの滅茶苦茶な物言いを聞いて、累が呟く。


「まるで政治屋だな。それか罪ッターとかのSNSで一般人に論破された、痛い著名人の悪足掻きな恥の上塗り」

「後者の例えは少々違うな。自分を論破した一般人に、ブロックをかけて見なかったことにするまでが、パターンになっているからな」


 真が口にした例えに対し、霧崎が異を唱える。


「ま、いっか。受けてあげるよー」


 純子も思う所があり、ミルクの強引で身勝手極まりない要求を受けることにした。ミルクの性格はよく知っている。ここで条件に乗っておいて、しっかりと打ち負かした方が、その後の話はスムーズに進むと踏んだ。

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