第四十三章 22
純子の頭の中に響く声のトーンが、明らかに前回と違った。
(こないだの根人さんと違う?)
『はい。接触する者は前回も今回も抽選で決めました』
(抽選て、何か事情があるの?)
『単純に異星人と接触するという貴重な体験を味わいたいからです。同じ人が二度続けてではズルいので、二度目もまた抽選で決めました』
(なるほどー)
わりと人間味のある宇宙人だと思い、微笑む純子。
(で、接触してきた理由は?)
『あの白いフサフサの素敵な方が、我々の正体をあっさり突き止めたのには正直驚きましたよ。貴女達の先程の会話も、私達は聞いていましたが、彼等が私達に干渉してきた時点で、彼等の存在には気がついていました』
白いフサフサの素敵な方という表現に、またおかしくて笑ってしまう。
『今の貴方達の会話は……根人にも見過ごせない内容でした』
(んー? ミルクがクォ君を連れて行って実験台にすることが、不都合なのー?)
『それは逆ですね。むしろそうしてほしいくらいです。無宿が滅びれば嬉しい限りですし。問題はあの白い毛の方――ミルクさんです』
声のトーンが神妙さを帯びる。
『ミルクさんはサンブルを複数ゲットできると言ってたじゃないですか。その中には私達も含まれてますよ』
(あー、なるほど)
『困っているのはそれだけではありません……』
ちょっとお疲れ気味な声になる根人。
『ミルクさんが、私達根人の精神世界のネットワークの形成の仕方を、解き明かそうとしているのです。そのためにずっと、強引な干渉をし続けているので、私達の世界に壮絶なノイズの嵐が吹き荒れています。何が問題かと言えば、干渉している当人が、私達の状態を把握していないことです。私達にとっては大問題のノイズが、彼には認識できないようなんですね。動物と植物の違いなのかもしれませんが』
(なるるる、ミルクはまだ貴方達から知識を得ようとしているわけだねえ)
『私達に協力できることがあれば協力しますので、あのミルクさんを止めてもらいたいのです。干渉している方にもお願いしたのですが、ミルクさんは聞き入れてくれないようでして……。先程の皆さんの会話の様子からしてみても、おそらくミルクさん本人は話を聞いてくださらない方だと思い、こうしてお願いに参りました』
(本当、今回のミルクは困ったちゃんだー)
宇宙人を困らせるにゃんこという構図に、純子はまた笑いがこみあげる。
(そちらで対抗はできないんだね?)
『根人は、無宿と週末に吹く強い風相手には、対策をいろいろと講じていますが、それ以外に天敵と呼べる者はいませんでした。そこに異星人が現れ、私達の住処を思いもよらぬ方法で直接荒らしてきて……その対抗手段を構築するとしても、完成する前に甚大な被害を受けてしまいそうでしてね……』
根人の言葉に純子は納得した。どんな超生物であろうと、想定外の災厄にはすぐには対処できないということだ。
(ミルクを止めると言ってもねえ……。どうせ私達はあと五日から一週間で帰るけど、それまで放っておいたら不味いかな?)
『あ、そうだったんですか。でも一週間も今の状態が持続するのはやっぱりキツいです』
(命に関わることだったらミルクも止めてくれると思うけどねえ)
『命に関わるほどではないですけど……』
(まあ機会があったらで……。あまり期待しないで)
正直、現時点でミルクとは対立しているも同然の状態であるし、近いうちに衝突するとは思っている。
『あ、そうだ。そちらから何か質問がありましたら、受け付けますよー』
(教えない方針じゃなかったのー?)
『そうも言ってられなくなりましたから。協力を乞うからには、こちらも誠意を尽くさないといけませんし、情報交換しあうことで、双方にとってできることがわかるもしれません。私達に差し出せるものは情報だけです。もちろん、ミルクさんが知りたがっている、そちらの星の方達が、私達と同質の存在になる方法などは、教えられません。それは私達にもわかりませんからね』
(ミルクはそれを強引に探ろうとしているわけかー)
根人の発言から、ミルクのさらなる意図を推測することができた。純子ですら呆れる強欲さと強引さだ。
(じゃあ質問ねー。無宿を見ると動物はすぐに逃げるのに、真君――獣之帝に懐く理由は?)
『それほど深い理由ではないです。週末に吹く強い風のみが持つ超魅了とでも言いますか。寄生植物の干渉力を押しのけて、野性生物を支配下に置くという凄まじい力です。全ての生き物に有効というわけでもありませんし、下位根人が寄生している生物には効かないようですけど』
(ふむふむ。で、週末に吹く強い風と無宿の違いは? どうして後者が生まれたの?)
『前の根人が告げたように、週末に吹く強い風の正体は、超進化したアルラウネを取り込んだ無宿です』
(いや……初耳だけど……)
『あれれ? そうでしたか。アルラウネがさらなる進化を求めて無宿と戦う最中、特に強大な進化を遂げた個体が現れました。その超個体は無宿を次々に蹴散らしましたが、最後は敗れ、無宿の苗床にされた結果、とんでもない個体が無宿側に誕生してしまったわけです』
(強くなるためにはより強い者と戦い、さらに強者は強者を生むシステムは、この星も同じってことね)
その反面、絶対強者が現れて安定してしまう進化は停滞をもたらす事と、安定した世の中は進歩も無く停滞してしまう事を、純子は知っている。
つまりこの惑星における文明はともかくとして、生物同士の弱肉強食は、わりと拮抗していると見ていい。週末に吹く強い風も、無宿も、アルラウネも、そして根人も、争い交わりつつ、そこまで力の差は離れていないように感じられる。個体の強さも数や能力の性質でカバーできる程度であると見なした。
『そうです。貴女が今考えている通りです。完璧さなど求めない方がいいです』
純子の思考を読んだ根人が、心なしか自嘲気味に言った。
『根人は生物としては、様々な面で貴方達より優れているでしょう。知性、生命力、人格、超常の力の有無等。それ故に、同種族内での争いも無く、試行錯誤の果てに創造を行うこともなく、貴方達の星のように、バラエティに富んだ素敵な文化も形成される事がなかったのです』
(つまり君達も……まあ、考えれば当然かー)
『ええ、貴方達がこちらに調査に来たように、私達も貴方達の星へとこっそり赴いています。それもかなりの数で。貴女の指の先に乗るくらいの小さな虫に、精神を宿して門をくぐったので、誰も気付いていないでしょう。そして私達は瞬時に全ての情報を共有する事が可能なので、地球という惑星の日本という国の文化や歴史は、大分学習できました。他国の文化も絶賛学習中です。もちろん生物や地質の調査も行っています』
情報を一瞬に共有という時点で、確かに地球人をはるかに超えた超生物だという事が伺える。
『しかし――貴方達から見て超生物であるが故に、私達は文明を育む創造力が欠けていました。貴方達は欠陥だらけで虚弱であるが故に、精一杯足掻いて迷って、多種多様な文明を育んでいくことができたんですよ。正直とても羨ましいですが、だからといって、私達に同じ真似ができるわけでもありません』
弱さや不完全さが、世界を育む。弱いからこそ強さを求める。何も知らず愚かだからこそ、知識や見識を得て賢くなろうとする。醜さで溢れた世界だからこそ美しさの価値が増し、美を追求する。
千年以上の時を生きて世界を見続けてきた純子は、それをよく知っている。行き詰った弱者達が、力を手にせんと、雪岡研究所に実験台となりに訪れる事もそうだ。彼等が世界に大きな刺激をもたらしている。
昔、日中合同の研究施設で、アルラウネも似たようなことを言っていたことを、純子は思い出す。
(無宿と植物達が対立する理由は?)
クォがやたらと敵意と憎悪を剥きだしにしていたことを思い出しながら、純子は尋ねた。
『無宿達の思想の問題としか……。知性ある植物が動物に寄生し、精神を行き来することも、進化を促すことも、彼等には許せないようなんです。それに加えて、連綿と続く争いそのものが、憎しみの連鎖を呼び、争いを続けているのかもしれません。向こうが襲ってこなければ、根人は争おうとは思いませんよ。下位根人――貴女がアルラウネと呼ぶ者は、話は別ですが』
(なるる、じゃあ最後に……アルラウネが襲ってきた件なんだけどさ、そっちとは関係ないよね?)
『ありません。襲っていたことは知っていますが』
(わかった。ミルクのことは……一応頑張ってみるよー。やりあって勝てたらね)
『よろしくお願いします』
根人との念話が切れる。
「純姉、また根人とかいうのと交信してたのォ~?」
ぼーっとしていた純子に、みどりが声をかけた。
「うん、ミルクが迷惑なことしてるから止めてほしいってさ」
「代価は?」
「好奇心満たすことかなあ?」
真に尋ねられ、純子は曖昧に答えた。
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