第四十三章 21
「引き渡せと言われても、クォ君は私の所有物ってわけじゃないしー」
『でもお前達に懐いてるでしょ? あの光の門はいつまでも持続するわけじゃねーし、門が開いている間に、できるかぎり最高の成果を地球に持ち帰りたいとして、必死に生態調査しているんだろーが』
ミルクの要求に、純子は困ったような顔になり、真は険悪なオーラを発していた。
『地球では見受けられない、いろいろ面白いものは見つかっただろうよ。でもお前らの技術革新に繋がるような、驚きの発見はあったか? 幸いっつーか、アルラウネオリジナルのサンプルが、向こうからわざわざやってきてくれて、そいつを複数ゲットできそうなのは、よい成果と言えるだろうが、それよりもっと凄い素材がそこにあるんだぜ?』
「ふざけるな、糞猫」
冷たい眼差しと声で、真が言い放つ。
(うっわー、真兄、いつにも増して怒ってるわ~)
真と精神が繋がっているみどりは、真の怒りがダイレクトに伝わってきた。そもそも真が口汚い言葉使いをすることが珍しい。
「クォは物じゃない。お前らの興味を満たすための玩具にはさせない」
「今回ばかりは私も真君に同意だから、お前らって言われてもねえ……。クォ君は私に害を成したわけじゃないし、この星の生まれなのに、こっちの都合で連れ帰って研究素材として使うってのは、私の美学には反するかなあ」
真の肩に手を置き、真顔できっぱりと言う純子。
「あ、もしアルラウネが私達を襲ってきたら、もちろん喜んで捕まえて研究素材にするけど」
真顔を崩し、にへにへと笑う純子の言葉を聞き、久美が眉をひそめる。
『あー、そういや純子は、動物実験はしない主義だったな。でも私は違うから』
「クォは動物じゃない。動物はお前だろ、糞猫」
『二度も糞猫と言ったなこんにゃろー。その無宿は、動物と大して変わんねーだろ。せいぜいよくて原始人だ』
「引っ込みがつかなくなって程度の低い侮辱をしているのか、本気で言ってるのか、どっちなんだ? 前者でも許しがたいが、それでもまだ救いはある。後者なら許せない」
『んー……前者……。悪かった』
殺気すら放ちだした真に対し、これ以上頭にきて言いたい放題言うのもどうかと思い、ミルクは少し頭を冷やして謝罪する。
『真、純子、お前達の言い分の方がまともなんだろうよ。でもな、特に純子には言いたいが、私達は何だ? マッドサイエンティストの最高峰に位置する三狂と言われてるモンですぞ? それがくだらねー倫理や道徳に縛られて、これだけの貴重な研究素材を見過ごすのか? 霧崎、おめーはどうなんだ?』
「こいつの主張、聞いてて気分悪い」「こいつ確かに糞猫」
伽耶と麻耶も不快を露にする。他の面々も大体同じ気分だ。博士だけはミルクの言い分に同調していたが、口に出せる雰囲気では無かった。
「私は雪岡君達寄りだな。確かにこの子は魅力的だが――」
クォを見やりながら、霧崎が口を開く。
「雪岡君らと仲良くなっているのだし、それを強引にさらうような無粋で無礼な真似はしたくないものだ。出会いが異なれば、また話は違ってきたであろうがね」
「意外とまともなこと言うんだな」
ビトンが目を丸くして霧崎を見ていた。
「最低限の仁義を重んじているのだ」
ビトンの方を向いて肩をすくめて、霧崎は皮肉っぽく言った。
「えっとねー、本人の意思次第なんだよね」
純子が口を開く。
「私達もクォ君とここでお別れにするか、それとも一緒に地球に行くか、悩んでた所だったし、本人に伺ってみようかなーとしていた所だしさ。もし一緒に来ることになったら、これまた本人の許容範囲で研究協力してもらえるわけだし」
真を意識して口ではそう言う純子であるが、実の所クォの細胞をしっかりこっそりすでに採取済みの純子であった。しかしクォ本体がある方がより研究が捗るのは間違いないし、連れていけるものなら連れていきたい。
『あー、もうごちゃごちゃうっさい。じゃあ力づくで連れていってやんよ』
「それが可能だと思っているのかね?」
あっさりと癇癪を起こすミルクに、霧崎が呆れ気味に突っ込む。ミルクが己の言い分を通そうとするのなら、この場にいる大半の者を敵に回す格好となる。
『あー、やってやるですよ。せいぜい見くびってろ。つくし、ナル、行くぞ』
「待て」
久美がミルク達を引き止める。
「私もミルクにつく」
久美の発言に、何名かが驚いて久美を見た。しかし純子と霧崎は別段驚いていないようであった。
『おやおや、どういう風の吹き回しだか』
ミルクがおかしそうに笑う。
「いろいろ考える所があってね。すまないけど純子、今回に限って敵対という形にさせてくれ」
純子に向かって、申し訳なさそうに頭を下げる久美。
「いいよー」
「あっさりといいよーとかもうね」
にっこりと笑う純子に、久美は微苦笑をこぼした。
『つくしもそろそろこっちに来い』
「イエス、マイマスター。皆さんお世話になりました」
ミルクに命じられ、つくしはビトン達に向かって頭を垂れた後、ミルクの方へと歩いていった。
「雪岡君、何故ミルクがこの子――クォに執着するか、君にはわかるかね?」
ミルク、ナル、久美、春日、つくしが立ち去った所で、霧崎が純子に声をかける。
「んー? 何か理由があるのー?」
「ミルクはすでに獣之帝の子孫をマウスにしている。繭という子だ。その子もすでに調べつくしているだろう。そしてここからは私の推測だが、ミルクは繭の体を調べ、何らかの凄い発見をしたが、そこで研究は行き詰った。そして獣之帝のルーツたる生物、無宿のクォを見つけた。つまり、ミルクの途切れた研究の続きが出来るかもしれない――と。まあこの推測が間違っているにせよ、答えは近いのではないかと思われる」
「なるほどー」
霧崎の推測は、かなりいい線をいってるように、純子には感じられた。
「んー、それにしてもミルクらしくない感はあったねー。あの子はわりと情で動くタイプというか、人の都合や気持ちを踏みにじってまで、我を通す子じゃなかったのに」
「以前からちょくちょくと余裕の無さは伺える。私や雪岡君は純粋な研究欲で動くが、ミルクは少々異なるようだ」
頬に手をあて、不思議そうに小首をかしげる純子に、霧崎が言った。
「ミルクは主の無念を晴らしたくて必死なんですよ」
累が口を挟む。
「抑圧された妖怪の無念を晴らすというのは、おそらくですけど、本心を悟られたくないための方便ではないかなと思います」
「御先祖様もあの口の悪い猫と知り合いなん?」
みどりが尋ねると、累は頷いた。
「ミルクを創った妖術師――草露香四郎とは江戸時代からの知己でした。彼は己の限界に行き詰まり、適正も無いのに過ぎたる命を望みましたが、体の老いを止められても心の老いは止められませんでした。主が徐々に心を失っていく様を見たミルクは、主の想いを継いだのだと僕は見ます」
「なるほどねー」
「ミルクの性格を考えると、累君の話で合点がいくな」
累の話を聞いて、純子と霧崎は少し納得がいった。
「今さらっと江戸時代とか言ってたし」
「この金髪の子、ショタジジイなのね」
伽耶と麻耶が累を見て言う。
「ところで、門はどれくらいもつか、そろそろわかった?」
純子が牛村姉妹の方を向いて尋ねた。
「五日から一週間」「一週間以上」
「ちょっと麻耶……」
「じゃあ伽耶に合わせる。五日は予想される最低日数だけど、確率としては凄く低そうよ」
二人同時に言ってから、伽耶が不機嫌そうな声をあげ、麻耶が仕方なさげに補足した。
「で、皆はこれからどうするー?」
純子が一同を見渡して問う。
「私達は普通に調査を続けるよ。厄介事には巻き込まれたくはない」
と、博士。
「厄介事を避けたいなら、宇宙の彼方にある別惑星に来るのも避けるべきであろう」
「確かにそうだ」
霧崎が冗談めかして言い、微笑む博士。
「ミルクはきっと強攻策を使ってきますよ」
「オーバーライフ三人もいるあたしらを敵に回す気かい。上ッ等ッ」
累が警告し、みどりが不敵に笑って掌を拳で叩く。
「アルラウネ――久美ちゃんと、あのつくしって子は油断ならないよー」
純子も警戒を促す。
「ま、正面からぶつかってくるとは考えにくいし、何か策を練ってくると思うけどねー」
「あのまま見逃さず、ここで皆でフクロにしてやればよかったじゃないか」
真が言った。
「あのね、言いにくいんだけど、そうするとミルクは真っ先に真君狙ってくるんだよねえ。人質にとるもよし、気をそらす目的に攻撃するもよしでさ」
「そうか」
純子に言われ、真は納得した。超越者同士の戦いの中において、足を引っ張るだけの存在になってしまうことくらいは、真も弁えている。
「百合相手にはそこそこ戦えたけどな。あいつは百合よりずっとヤバそうだ」
真もそれを認める。一度ミルクの力は体で味わっている。
「その通りです。同じ過ぎたる命を持つ者でも、真が何度かやりあった百合とは次元が違いますよ。ミルクの方が格段に上です。純子や僕と同レベルですからね」
と、累。
「アル……久美は何でミルクについたんだ? お前と手を結んだんじゃなかったのか?」
「何でだろうねえ。故郷であるこの星に戻って、何か思い出したのかもしれないね」
真の疑問に、純子が推測を口にする。
その後、情報交換を行い、集まった一同が解散した直後のことであった。
『こんにちはー、根人でーす』
純子の頭の中にまた、直接声が響いた。
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