第四十三章 19

 盆地の白い岩石地帯から、チェックポイント前にあるキャンプまで戻ったビトン、ポロッキー、博士、牛村姉妹、つくしの六人。


 動物の体内にいた植物小人の一匹は生きていたが、意識が無いままだった。


 博士が細胞を摂取して観察していると、やがて小人が意識を取り戻す。


「目覚ました」「グッモーニンエイリアン」

 伽耶と麻耶が声をかける。


「知性がありそうな感じだな」

 赤いつぶらな瞳を見て、ビトンが言う。


「うむむむ、会話できればいいんじゃがのー」

 博士がやってきて、小人を覗き込んで唸る。


「やってみる」「魔術に不可能無し」

「ほんやくしようそうしよう」「バベルの塔の神様の仕打ちマジ糞、我、今よりこの理に逆らわん」


 姉妹二人がかりで呪文を唱える。


『二人がかりで同じ魔術かけなくてもいいでしょ……』

 姉妹二人して同時に、互いに言う。


「しかも麻耶の呪文おかしすぎ」

「私は格好いいと思うもん」


 伽耶にケチをつけられ、憮然とする麻耶。


「前半にマジ糞とか入れるのがおかしい。徹底させたら?」

「じゃあやり直す。バベルの塔において狭量かつ傲慢なる仕打ちを与えし愚昧かつ傲慢なる神よ、我、今より汝の理に逆らわん」


 伽耶の意見を聞き入れ、呪文を唱え治す麻耶。ちなみに麻耶の口にした呪文の意味は、塔を建設して引きこもったり、塔を建設して神に挑もうとしたりといった理由で、怒った神が、人々の言語を多様にしてしまったという、旧約聖書の伝承になぞらえている。


「どう?」

 麻耶が一向を見渡す。


「よいセンスです」


 つくしだけが称賛し、麻耶は気をよくして微笑む。


「やり直す必要も無く、術はもう発動しているけどね。私達の言葉わかる?」


 伽耶が小人を覗き込んで尋ねる。


『ああ……わかる。すごいな。翻訳の能力まであるとは』


 小人が口を開くと、それが日本語やヘブライ語に自動変換して届いたので、博士、ビトン、ポロッキーの三名は驚いた。


「何故我々を襲った? お前の仕業なんだよな?」

 ビトンが小人に問う。


『君達を調べたかった。門の向こう側から来た異星人だからな。どんな身体構造をしているのか、我々の宿主として適しているかどうか、非常に興味があった』


 少し異質な響きの音声で小人は正直に答える。


『それに君達は、我々の敵と懇意になってしまった。この時点で敵視に値する』

「敵とか覚えがない」「敵?」


 牛村姉妹が疑問を口にする。ビトンとポロッキーと博士も思いつかなかった。


「雪岡純子らと共にいたあの赤い子と推測」


 つくしが発言し、他の五人も納得する。


『そうだ。あの桃色の肌に赤い髪の奴だ』

 小人が肯定する。


「別に私達全員仲間じゃない」「別の地球人が仲良くなったからって一緒くたは迷惑」


 伽耶と麻耶のその答えに、小人はきょとんとした顔になる。


『そ、そうか……。言われてみれば……ううむ……そういうものか。同じ星の種族だから、全員仲間だとばかり思っていたが……早合点していたようだ』


 少し慌て気味になる小人。


『他の人達にも教えないと』


 伽耶と麻耶が同時に言う。もちろん小人のことを指している。


「そうだな。そいつを連れて、門前のチェックポイントに報告しに行こう」


 ビトンが促し、六人は小人を連れて移動を開始した。


***


 純子達は川の上流から森の中にあるキャンプに直行では戻らず、自分達が持ってきた機材を利用するために、門前のチェックポイントを目指していた。


「私達以外も利用してくれているかなー?」


 利用したいほどの何か発見があったら、チェックポイントのタブレットにも記してあることを期待する純子。


「クゥオォ、クォォ」

「ひゃあっ、ちょっとっ」


 その純子の後ろからクォがまとわりつき、もろに胸に手を回してきたので、純子は変な声をあげてしまう。


「真君、何で何も言わないの?」


 クォを離しつつ、いつもなら怒りそうな真が無言で眺めているので、純子が尋ねる。


「クォなら別にいいだろ。小さい子が甘えているみたいなもんだし。そんなのに目くじら立ててもな」

 と、真。


「いや、言うほど小さくはないと思うんだけど……」


 と、純子。クォの見た目の年齢は、累やみどりと同じ程度で、真より少し年下くらいだ。


「くぉぉ、クォオ」


 純子に相手にされないと知ったクォは、今度は真の方へ向かってまとわりつく。

 歩きながらも、しかししっかりと相手をしてやる真。その様子を面白くなさそうに睨む累。


「御先祖様、どうどう。遊び相手ができて嬉しいというか、孤独から解放されて喜んでいるというか。そんな感じなのかもだしさ~」


 みどりが累をなだめる。


「それでは……別れる時どうするんです? 辛いことになりそうですよ」


 累が眉をひそめる。クォが真にまとわりついているのは腹が立つ一方で、このクォをまた孤独にすることを意識すると、胸が痛む。


「みどりの能力でこちらの意思を伝えてくれよ。言語が通じなくてもできるだろ」

 真が要求する。


「ふえぇ~……もうすぐお別れだよって言うわけ~? 何であたしにそんな嫌な役をやらせやがるんでーい」

「いや、逆だ」


 思いっきり顔をしかめるみどりに、真がかぶりを振った。


「地球に連れていけばいい。でも一応、こいつの意思も確認したい。僕達は帰らなくちゃいけないけど、ここには二度と戻ってこられない。一緒に来ないかってさ」

「それだって嫌な役目だわさ。もしクォがここから離れたくはないってっんなら、結局苦しませるんだぜィ?」

「でもいつかはやらないとだし、それができるのはみどりちゃんだけだからねー」

「う~……」


 真と純子の二人がかりで言われ、みどりは顔をしかめたまま唸る。


 しばらく歩き、そろそろ丘陵地帯を抜けようとしたところで、五人の足は止まった。

 地面に様々な種類の動物の死体が散乱していた。そのうえ近くの岩に、血で文字が書かれている。


『門前で待つ。KK』


 KKと書かれた下に、純子からすると非常に馴染み深いものが横たわっていた。


「純姉、それって……」

「クオオォォォオォォ……」


 落ちているそれを見て、クォが不機嫌そうに唸る。


「アルラウネの死体だねえ。多分、霧崎教授と戦闘したんだと思う。この死体がアルラウネの宿主かな」


 植物と小人が混ざったような死体を手に取り、純子が言う。


「戦闘ってことは、霧崎がこいつらに襲われたのか」


 真が動物達の死体を見渡して言った。


「ていうかアルラウネ、やっぱりこの星にいたんだねえ。こんな風に唐突に出てくるとはね」


 純子が顎に手を当ててうつむき加減になり、にやにやと笑う。


「僕達を敵視しているんでしょうか? 霧崎から襲うとは考えられないですし」

 累がアルラウネの亡骸を見て言った。


「まあ教授に会えばわかるよー」

 純子が言い、再び歩き出す。


 丘陵地帯を抜けてしばらく川沿いに歩いたところで、川を渡ってきたアルラウネと春日の二人と出会った。


「クぅゥゥ……」

 アルラウネを見て唸りだすクォ。


「こら、やめろ」

「くぅっ、ふごっ」


 クォの鼻をつまみあげ、なだめる真。もっとまともな止め方は無いのかと、呆れる他の面々。


「そちらは何か面白い発見はあったかな? こっちはミルクと会って、いろいろ話をしたぞ」


 アルラウネが純子に話しかける。


「へー、ミルクとねえ。こっちはアルラウネにとって嬉しい発見があったよー」


 言いつつ純子が、先程見つけたアルラウネの本体の死体を見せた。


「やはりいたのか……ここに……」


 同族の亡骸を見て、アルラウネは唸る。


 その時、アルラウネの脳裏に断片的に映像が蘇っていた。

 仲間達が殺されていく場面。クォと同じ種族と戦い、寄生している宿主の中からアルラウネの本体が抜き取られる場面。


「顔が青いぞ?」

「大丈夫だ……」


 気遣う春日に、アルラウネは無理して微笑んでみせる。


 その後、純子達とアルラウネ達は情報交換をしながら、門前のチェックポイントへと向かった。


***


「終わったにぅ……」


 草原の巨大生物の上で、ナルは心底疲れたといった顔で大の字になって寝転がった。


『任務御苦労。休んでからでいいから、解析結果よろ』

「喋るだけならできるから、このままゆっくり喋るにゃー」


 そう言ってナルは、自分が知ったことを全てミルクに伝える。


『よし、純子と霧崎にも教えてやるですかね。私が直に』


 興奮して尻尾を直立させるミルク。


「ミルクの姿見せちゃって平気にぅ?」

『テンション高くなってるから、コソコソしたい気分じゃねーんです』

「なるほどにゃー」


 上機嫌なミルクに、ナルは納得した。ミルクには、そういうひどく気まぐれな所があることを、長い付き合いでよく知っていた。

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