第四十三章 18

「ねえねえ、ちょっと来て」「凄いのを発見」


 盆地で調査していた貸切油田屋の面々は、興奮気味の牛村姉妹に呼ばれ、山の麓まで移動した。


 牛村姉妹に連れて来られたのは、白い山の麓の白い岩石地帯だった。幾つも転がる巨岩の合間を抜けた先には、ターコイズブルーの綺麗な池がある。


「へー、これはすごい」

 その美しい光景に、ポロッキーが声を弾ませる。


「綺麗」「泳ぎたい」

「いや……ここだけ、周囲に生き物がいないぞ……。小さな虫さえいない」


 ビトンが異変に気がついて指摘した。


「危険です。触れるのは非推奨」

 つくしも注意を促す。


「ちょっと計測してみる」


 博士が水質検査器を持ち出す。ペンのようなものの先に針のようなものが伸びた器具を、水に少し浸す。一方でホログラフィー・ディスプレイも開く。


「いかんいかん……これは水素イオン濃度がとんでもなく高い……」

「つまり、どういうことなんだ?」


 ビトンが問う。


「イギリスにも似たような湖があるがね。強い有毒性のアルカリの水で、漂白剤と同じペーハー値を持つという。こちらはそこまではいかないが、それでも危険だ」

「綺麗なものには何とやら」

「見て楽しむに留めよう。そもそも水着も無いし」


 博士の話を聞いて、落胆する牛村姉妹。


 と、その牛村姉妹の顔が同時に強張る。

 ビトンとポロッキーも気配を感じ取り、臨戦態勢に入る。ひどくおぞましい殺気が、接近してくるのがわかる。


「博士は我々の後ろへ」

「お、おう……」


 ビトンに鋭い声で促され、博士は戸惑いながら移動した。


 六人の前に現れたのは、複数のやや大型な生物であった。それぞれ全て種類が違う。

 顔に傷の入った大顔の猿もどき。火傷を負っている頭部が球状の四足獣。岩のような外骨格を持つ八本脚の巨大な虫。全身フサフサの毛に覆われた平べったい体の形容しがたい生き物等、その数は八匹。

 共通しているのは、明らかにこちらに殺意を向けていることだ。


 まずアンバランスに顔だけ大きい猿もどきが、ビトンめがけて両腕を振り上げて跳躍してきた。

 重力の影響が乏しいおかげで、ビトンも軽やかに跳び、猿もどきの攻撃を回避すると、アサルトライフルで猿もどきを側面からフルオートで撃つ。


 ビトンは目を剥いた。銃弾は一発も猿もどきに当たっていなかった。猿もどきに届く前に、空間に張り付けられたように、全て停止している。


「きゅびっ!」


 全身フサフサ毛の平べったい生き物が、体を大きくのけぞらせて甲高い声を発する。


「うがああぁっ!」


 ポロッキーが悲鳴をあげた。殺気を感じてかわそうとしたが間に合わず、不可視の刃によって、右腕を肘の辺りから切断された。


「この動物達、超常の力を使う」

「見た目に惑わされない方がいい」

「動物のような見た目ですが、高い知能があると推測」


 伽耶、麻耶、つくしの順に言う。


「そして時は動き出す」「切れたの切れたの、とんでけーっ」


 伽耶、麻耶が同時に別々の即興の呪文を唱え、別々の魔術を発動させる。


「きぴょーっ!」


 猿の前で止まっていた弾丸が一斉に動き、猿の体を蜂の巣にした。


「えええっ!?」


 一方でポロッキーが驚きの声をあげる。切断されて地面に落ちた腕が、まるで逆再生するかのような動きで切断面にくっつき、痛みも消えた。普通に手も動く。腕だけではなく、服も元通りになっている。


「メガトン・デイズ」


 つくしが右手に装着したクロスボウに光の矢をつがえて、発射する。光の奔流が迸り、八本脚の巨大な虫を飲み込む。光が消えると、その岩のような体の大半が消し飛んでいた。


 頭部が球状の獣が大きく跳躍し、牛村姉妹めがけて突っ込む。


「飛んで火に入る夏でも虫でもない」「でぃっふぇーんす、でぃっふぇーんす」


 伽耶が炎の壁を出現させ、麻耶は不可視の壁を出現させ、獣の攻撃を防がんとする。


 頭部が球状の獣は炎の中へと突っ込み、さらにその先に出現した見えない壁に衝突し、全身炎に包まれた状態でのたうちまわる。

 隙だらけの頭部が球状の獣に、ポロッキーがアサルトライフルを撃ちまくる。獣はそれで息絶えた。


 八匹のうちの三匹があっさりと返り討ちにされ、残った五匹の戦意はそれで消え失せ、一目散にその場から逃げ去った。


「すでにこいつら手負いだったな。どれも負傷していた」


 三匹の死体を見て、ビトンが言う。

 博士が早速、死体を解剖しだす。


「むむむ、これは何じゃ」


 博士が呻く。中からは、全身白い小人の頭からは綺麗な赤い花が咲き、背からはまるで翼のように双葉が生え、脚の先は根になっている植物人間のようなものが摘出された。

 残りの二匹からも同じものが摘出された。三匹のうち、二匹はすでに死んでいるが、一匹だけ、まだ生き残っていて、自分を摘出した博士のことをじっと見つめていた。


***


 光の門から川の上流にある岩石地帯。


「おーよしよしよしよし」


 頭部が球状の不思議な四足獣の喉とおぼしき場所を、霧崎が猫撫で声をかけ、撫でてやる。不気味な姿とは裏腹に、非常に人懐っこい動物だった。

 霧崎の周囲には他にも様々な動物達が集まっている。皆、霧崎を恐れず、それどころか好奇心いっぱいで近づいてきているようだ。霧崎は動物を観察しているつもりであったが、同時に自分も監察されていると意識していた。


 その動物達が、突然一斉に逃げ出す。霧崎も殺気を感じ取り、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。


「ふむ……何者で何用かな?」


 霧崎の問いかけに呼応するかのように、岩陰から六匹の様々な形状の動物達が姿を現し、霧崎を取り囲んだ。

 その中には、先程霧崎が撫でていた、頭部が球状の四足獣もいる。しかしさっきの個体とは違う。種類が同じだけだ。


「ふーむ……同じ種でありながら、懐く者もいれば、襲う者もいる。人と同じか。いや……これは私の勘であるが、姿は同じでも、もっと根源的な異なる何かを感じるぞ」


 自分と向かい合って構える、頭部が球状の四足獣を見やりつつ、霧崎は言う。


 次の瞬間、霧崎は大きく跳躍し、横にあった巨岩の上へと乗った。

 霧崎がいた場所の背後の岩が、ばっくりと割れた。


「ほほう。超常の力を行使するとはね。見た目は野生動物でも、中身は全く別物か」


 不可視の強力な斬撃の痕跡を見て、霧崎が面白そうに呟く。


 岩の上に乗った霧崎の足元が爆発する。

 霧崎はすでに別の岩の上へと跳んでいたが、その空中の霧崎めがけて、ヘルメットのようなものをかぶった小柄な猿のような生き物の掌から、火線が放たれる。


 霧崎は慌てることなく、胸ポケットからハンカチを取り、火線めがけて振るうと、火線が螺旋状に変化し、霧崎の腕の周囲を周り、胴を周り、そのまま霧崎の体に触れることなく飛んでいった。


 火線を放ったヘルメット猿は驚き、もう一本火線を放とうとして、できなかった。ヘルメット猿の股の間から、自分が先程放ったはずの火線が噴出し、ヘルメット猿の全身を火が包んだからだ。

 何をしたのか、何をされたのかわからず、襲撃者達は混乱する。霧崎は単に攻撃をそらした後、空間の扉を開いて火線を転移させただけの話だ。


「一匹ずつちまちまとやるより、一度にだな。避けたまえよ?」


 言いつつ霧崎は、いつの間にか持っているワイングラスをかざし、傾ける。中に入った紫の液体が、地面へと流れて――


 流れる落ちる直前に、液体が消失していた。

 大量の紫色の液体が、残る五匹のうちの四匹へと降り注いだ。


 またもや何が起こったのかもわからぬまま、四匹は全身に焼け付くような痛みを覚え、七転八倒する。


 無事な一体は、命の危険を感じ、わけもわからぬまま逃走した。四匹は口から泡を吹き、地面で痙攣している。


「一匹は焼けてしまったが、残り四匹は無事に手に入れることができたぞ。さて――」


 倒れた獣の一匹に手をあて、霧崎は解析を始める。

 その霧崎の目が大きく見開かれる。


「これは……」


 解析中、獣の体内に、霧崎がよく知るものの存在を感じ取った。

 霧崎は獣の体を手刀でさばくと、中にあるものを抜き取った。

 他の獣にも同じ処置をする。五匹の獣全てに、それは存在した。


 頭から赤い花が生え、背には翼のように双葉が生えた、白い小人。


「アルラウネとはね……。いたのか。しかし何故集団で襲いかかってきた」


 地面に並べていく。そのうち四匹はもう息をしていないが、一匹は生きている。


「コピーが三匹、オリジナルが二匹か」


 生きている一匹がオリジナルだ。意識は失っている。


「クククク、実によい収穫だな。しかし何故私を襲ってきたのか。果たして聞きだせるかな?」


 唯一生き残った一匹を見下ろし、霧崎はにやにやと笑っていた。


***


 アルラウネと春日はミルクと別れ、また沼沢地帯へと戻るために移動していた。


「ミルクは何をしているかわからないが、それを皆に隠すというつもりはないみたいだ」


 隣を歩く春日に話しかけるアルラウネ。


「力を得て独占しちゃうぜーとか、そういうことはしないの?」

「ミルクの性格を考えると、謎を解き明かしたらまず自慢しそうだからね」


 春日の疑問に答え、アルラウネは微笑む。


「面倒だが門前のチェックポイントまで戻って、ミルクと遭遇したことも、彼女が何か重大な秘密を解き明かそうとしていることも、記しておかないと」

「彼女って、あれは雌なのかー……」


 意外そうな声をあげる春日。


「猫耳ついた美少女に変身するとかないの?」

「ないな」


 期待を込めて尋ねる春日に、無情な答えを返すアルラウネだった。

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