第四十三章 15
「もう放っておけん! 十三号と二人で今すぐ捜索に向かう!」
学達が去っていった方向を見て、美香が両拳を握り締めて宣言する。
「水臭いなあ、私達も行くよー」
純子が申し出る。
「純子はここで調査したいのではないのか!?」
「移動しながら見つけたもの適当に調査するから平気。ていうかね、ここは何から何まで未知だらけだし、一つの場所に留まっていなくちゃならない理由も無いからねえ」
「すまん! 恩にきる!」
純子に向かってにやりと笑って両手を合わせてみせる美香。
「すまんこって言おう」
「断る!」
笑みを消し、断固としてはねのける美香。
「ちょっと……この子、食べてるんですけど……」
UFOマニアの死体を平然と貪るクォを見て、引きながら報告する累。
「その子にとっては自然なことみたいだから。それに、味も悪くないし」
「純姉も食ったんかーいっ」
純子の発言に、みどりが間髪要れずに突っ込んだ。
「大丈夫だよー。もうすでに人間とは違う生き物っぽくなってるから、人間とは味も違うしー」
「するってえと何かいっ!? 人間も食ったことあるんかーいっ!」
「いや、その……クォに勧められて食べたんだけどさ……。柘榴の味するっていう俗説あるけど……そんな味しなかったから……」
正気を疑うような目で自分を見るみどりに、純子の弁解は段々と尻すぼみになっていった。
***
沼沢地帯。
「ところで、君はいつまで私についてくるんだ?」
しゃがみこんで、水の中から生えているシダ植物の観察をしつつ、アルラウネが春日に問う
「いや、君一人にしておくのも寂しそうだし、危ないかなーと思ってさー」
危ないかどうかともかく、寂しそうと言われたことに、アルラウネは衝撃を受けた。
「私は人間ではない。それどころか、この星の生まれらしいのだよ」
「見た目人間だし、地球で育ったんだろ? だったら気にしなくていいじゃん」
にこにこと笑いながら、お気楽な口調で言う春日。
「そう言われてもな……」
変な男と関わってしまったとアルラウネは思う。
「オイラの目的はかないそうになかったけどさ、何か今さっさと引き返すのも何だかなーって感じだし、皆の調査が終わるまで付き合おうかなーって。それともオイラのこと邪魔かい?」
「いいや……邪魔ではない」
アルラウネが微笑をこぼす。変な男ではあるが、悪い気もしなかった。
(いつものことだが、私が勝手に壁を作っている。出会いはこれまで散々あったが、心を開けない。自分が異物で、人ではないと意識すると……どうしても……)
そのような意識を持つことが、自分と接する相手に悪いという意識も同時にある。しかしどうにもならない。こびりついた感情を拭うことはできない。
その後二人は、沼沢地帯のさらに先へと進む。
途中にあった大きな沼を迂回した先は斜面が広がっていた。斜面の下は草原が続いている。地平線が見えるほど広い。
草原の中に、横に長い小山のようなものが見える。
上には草木が大量に生い茂っているので、最初は小山かと思ったが、よく見ると違う。
「へいへい、ありゃ何だろ? ゆっくりだけど動いてる」
小山のような何かを指す春日。
「確かに……まるで小山が動いているかのようだな。まさか生き物か?」
「ええええ? 生き物にしてはデカすぎるでしょー」
「近くに行ってみよう。と……その前に……」
アルラウネが看板とタプレットの存在に気がつく。新たなチェックポイントだ。
タブレットを開くと、草原の記録が記されていた。長い小山のようなものは生物であると記されている。現在調査中であるとも。
(つまり、ミルクがあそこにいるのか。自分のマウスに私を捕獲させようとする辺り、近づくのは危険かもしれないが、あの子の考えを確かめたくもある)
戦闘も覚悟のうえで、アルラウネは小山のような生き物へと近づくことにした。
「ここから先は戦いになるかもしれない」
「あんなでかいのと戦うの? 何のために?」
アルラウネの言葉に啞然とする春日。
「そうじゃない。チェックポイントに調査中と書いてあっただろ? チェックポイントを作ってまわっている者が、多分あの巨大生物の近くか、あるいは上にいる可能性が高いよ。そして私とは相対するかもしれないんだ」
「お、そうしたら助太刀してあげるから安心しなー」
春日が朗らかに笑って片腕だけガッツポーズをする。
「いや……巻き込まれないように気をつけてくれと、そう言いたかったんだけどな」
つられるようにしてアルラウネも微笑む
「で、どーして戦うのよ。ていうか、戦いになるかもしれないのに会いに行く用事あるん?」
「あるから行く。あそこにいる者と、話をしてみたいしな」
用事があるからこそ危険も顧みず行くというのに、その質問の仕方はどうなんだと思いつつも、一応答えてアルラウネ。
「好奇心は猫ぱんちだったっけ」
「猫を殺す、だね。好奇心より強い感情など、この世にあるのかと問われれば、答えに困る」
「わかるわかる。怪奇現象ハンターのオイラだからこそわかるっ」
腕組みして得意げな顔でうんうん頷く春日を横目で見て、アルラウネはまた自然に微笑がこぼれていた。
***
純子と美香達は、佐保田学とその仲間達を追うべく移動していた。
川伝いに上流へと歩いていく七人。この先にはチェックポイントが有るというが、純子達が足を踏み入れるのは初めてだ。その辺りは霧崎がずっと調査をしていると聞いている。
「おやおや、森を調べつくしてこちらに来たのか」
チェックポイントへと辿りつく前に、一行は、林の中から現れた霧崎と遭遇した。
「教授、こっちに複数の人達が来るのは見てない? 子供も何人かいる集団」
純子が尋ねる。
「見ていないが、私は今まであっちの林の中で調査していた。そう、岩石地帯の合間にある林だ。よって、林の中に入ってはいないと思うぞ。ちなみにこの辺は、ある程度大きな生き物が侵入したら、私が察知できるように、あちこちにカメラを仕掛けてある。わりと危険な生物もここには出る。チェックポイントにいろいろと記しておいたので、後で見てみたまえ」
霧崎が懇切丁寧に答えた。
「じゃあこのまま川の上流方面へ行ったのかな」
「ふぇ~。あたしと御先祖様が、ちゃんと精神分裂体を飛ばしてマークしておけばよかったねえ。うっかりしてたわ」
純子とみどりが言う。
「こっちのチェックポイントの先はどうなってるんだ?」
真が霧崎に尋ねる。
「丘陵地帯になっているな。岩石地帯とも言える。詳しくはチェックポイントに書き記した、私のレポートに目を通してくれたまえ」
「霧崎は何をしているんです?」
霧崎が答えた直後、今度は累が質問をぶつける。
「何をと言われても、ずっと生き物の調査をしてるよ。君達は違うのか? 正直一人では大変なので、そちらの人員をこちらに少し回してほしいくらいだ」
そう言って肩をすくめてみせる霧崎。
一向は霧崎と別れ、丘陵地帯手前のチェックポイントへと訪れ、タブレットの中をチェックする。霧崎により、生き物の調査が詳細に記されていた。戦闘結果も多数書き記してある。特に目を引いたのは、危険な大型の生物が急流地帯には出没するということだ。
「ぱっと見では、そんな生き物は見当たらないけど」
なだらかな丘と、丘の間に作られたくぼみを見渡す真。ここから丘陵地帯の全てが見渡せるわけではないが、それでもわりと見晴らしはいい。
「林の中にいるんじゃない? 岩陰にも隠れているかもしれないし」
と、純子。丘と丘のくぼみには、木々が生い茂っている。大きな生き物が身を潜めていてもわからない。
「学君達も襲われないでしょうか?」
「学達が襲われる可能性は低いだろう! 数で固まっている! それに自分達にとって安全圏のテリトリーだからこそ、こちらにやってきたと考えられる!」
十三号が不安げに言うと、美香がそれを否定した。
「いや、あいつらがこっちに来たかなんてわからないだろ。霧崎がうろちょろしていたし、林の方にすれ違いで逃げ込んだかもしれないし、川の向こうに行った可能性もある」
と、真がさらに異を唱える。
「いっそ手分けして探すか?」
「もしこの辺を拠点にしていると仮定したなら、サイコメトリーで彼等の痕跡を探れるかもです」
真が提案したが、累がもっとよい方法を口にした。
それから累とみどりの二人がかりで、歩きながらそこかしこでサイコメトリーをしてまわる。
「御先祖様、余計な提案しちゃってさァ……。すっげえ面倒じゃんよ、これ」
「そうですね。ちょっと後悔しています」
作業中に抗議するみどりに、累は疲れた顔で認める。
やがて記憶の痕跡を累が探り当て、一向は累を先頭にして歩き出す。
しばらく歩くと、明らかに人が多数住んでいると思われる場所に行き着いた。葉と木で天井を作り、地面には葉を敷き詰めて葉の床を作ってある。食事の跡や、貯蓄してある食料まであった。
「まだ帰ってないのか!」
「でもここで待っていればそのうち来るでしょー」
そんなわけで、葉の敷かれた簡易床に座り、学達が戻るのを待つ。
二十分ほど待った所で彼等はあっさりと現れた。
「お前達、こんな所まで……」
「しつこいな……」
純子達を見て、子供達とUFOマニア達が顔をしかめる。彼等は今まで狩りをしていたようで、皆動物の死骸を抱えていた。
「クゥウゥゥウ……」
「こら、クォ、駄目だぞ」
餌だか敵と見なして唸るクォを、真が制する。
「しつこくて結構! 学君、帰るぞ! 鬼ごっこも隠れんぼももう面倒だ! ふん縛ってでも連れて帰る!」
「帰って何があるっていうんだよ! 俺のこと何も知らないくせに、どうしてあんな場所に帰そうとするんだよ!」
美香の強引で一方的極まる宣言に頭に来て、学が声を振り絞って叫んだ。
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