第四十二章 21

 犬飼とバイパーがジム内に入った後で、ケイトと二夜も入ってくる。


「あんたら見学するの?」

「見届ケます」


 問う犬飼に、ケイトが言葉少なに答える。


「何をするのか知っているだろうけど、小説の内容とも少しだけ違うし、ギャラリーもいることだし、七番目のミッションのおさらいだ。このゲームでは、スポーツジムにある器具を使ってもらう」


 遥善がミッション内容の説明をしだす。


「小説と違うのは、一対一だから、使う器具の種類の数を、小説より少し絞る。クロストレーナー、ショルダープレス、チェストプレス、ラットプルダウン、レッグプレスの五つにする」

「使うって、ちゃんと運動器具として使用するってことか?」


 バイパーが疑問を口にする。


「そういうこと。ずっと使い続けるわけじゃないけど」

 と、犬飼。


「絵的に、もやしの犬飼とはミスマッチすぎるな」

「自分でもそう思う」


 茶化すバイパーに、犬飼も同意する。


「説明の続き、いいかな?」

「おっと、腰折って悪い」


 確認する遥善に、バイパーは軽く頭を下げた。


「実践しながら説明しよう。運動器具を使う前に、まずカードで勝負をする。使用するカードはこれだ」


 遥善が六枚のカードを見せて、犬飼に差し出す。それぞれ一枚に一つずつ、クロストレーナー、ショルダープレス、チェストプレス、ラットプルダウン、レッグプレスと、たった今遥善が名にあげたマシンの名が書かれている。その五枚に加えて、白紙のカードが一枚あった。


「白紙のカードは水性マジックで書けるし、すぐ消せる。プレイヤーは1ターンに一度、白紙のカードに任意のマシンを書き込むことができる。1ターンごとに変更してもいいし、そのままでもいい」

「そこも俺の小説と同じだな」


 言いつつカードを受けとる犬飼。


「まず、互いに攻めと守りを決める。1ターンのうちに二枚ずつ、攻めのカードを右側、守りのカードを左側に分けてカードを出す」


 言いつつ遥善は、手近にあるテーブルの上に、表向きにしてカードを置いた。右側にチェストプレス、ラットプルダウン。そして左側にはクロストレーナー、ショルダープレスを置く。


「もちろん、置く時は伏せて置く。あんたも置け」

「へいへい」


 犬飼も遥善の側により、テーブルの上に伏せて置き、そしてすぐにめくってみせた。右側の攻めにクロストレーナー、ショルダープレス、左側の守りにはチェストプレス、レッグプレスだ。


「自分が攻める側に選んだカードが、相手の守る側が出したカードとかぶっていた場合、かぶっていたカードの枚数だけポイントを取る。1ターンのうちに、ポイントが多い方が勝利。この場合は、俺が1ポイント、あんたが2ポイントで、あんたの勝ちだ」

「説明プレイとはいえ、後出しで堂々と露骨に勝つ俺を見てどう思った?」

「そして自分の攻め手でかぶっていたカードの中から、選択をできる。今勝ったクロストレーナー、ショルダープレスのどちらかを選び、マシンを相手に使わせる」


 犬飼の軽口を無視して、淡々と説明を続けていく遥善。


「五つのマシンの中のどれか一つに、爆弾が仕掛けられている。爆弾が仕掛けられているマシンを二度使うと、一度目のマシンの使用では50%の確率で爆発するが、二度目には100%爆発する」

「そういうゲームか……」


 バイパーが腕組みして呟く。そこまで説明された時点で、バイパーもケイトもゲームの概要を理解した。二夜は犬飼の小説を呼んでいるから知っている。


「二度使用され、安全が確認されたマシンのカードもそのまま使える。ただし、安全が確認されたマシンのカードで勝った場合、残りのマシンからランダムに選ぶ。勝った方が残りのマシンのカードを伏せて置き、負けた方に選ばせる」

「あー、ちょっと提案」


 犬飼が小さく手を上げた。


「一度に全てめくるんじゃなくて、まず片方が攻めをめくったら、もう片方は守りをめくることにしようぜ。で、先に守りをめくった方が攻めをめくり、先に攻めをめくった方が守りをめくる。この方が盛り上る」

「小説では一度にオープンしてたけど、確かにその方が面白そうか……」

「ああ、今思いついた。作品の方もそういう順番にしときゃあよかったと、今更思うわ」

「わかった」


 特にルールの変更をするわけでもないので、遥善は受け入れた。


「小説の通り、爆弾はトレーニングマシンのどれに仕掛けられているかわからないが、起動してもすぐには爆発しない。その前に爆発を知らせる警告音が鳴り響く。急いで逃げれば助かるかもしれない。これもあんたの小説と同じようにしてある」

「死なないにしても、重傷を負いそうだけどな」


 犬飼の小説内では、主人公側が敗北し、急いで逃げて助かったが、腕は吹っ飛んだ。しかしそれはあくまで小説内での話。現実ではどうなるかわかったものではない。


「ていうかさ、爆弾をどこに仕掛けてあるか、お前は知っているが犬飼は知らない。随分とアンフェアじゃないか?」


 バイパーが突っ込む。


「俺は爆弾がどこに仕掛けられているのか、聞いていない。聞いてしまえば、対等な勝負にならないだろ」


 バイパーに向かって、真顔で答える遥善。


「いや、そんなこと言われても、犬飼の立場で鵜呑みにできるわけがない。犬飼を無理矢理閉じ込めてデスゲームをやらせているのは、お前らの方だ。フェアに勝負するなんて言って、信じられるわけねーだろ。命がかかっているんだしよ」


 そうは言うものの、バイパーは遥善を見た限り、かなりの馬鹿正直者のようであり、本気でフェアな勝負をするタイプな気がした。


「それはまあ……」


 バイパーの言葉ももっともだと思い、遥善は言葉を詰まらせ、うつむき加減になる。


「まあ、今度やる時はちゃんと証明するんだな。今度があるかって話でもあるけど」


 自分でもおかしな忠告をしていると、言いながら思う犬飼。


(父親に似ず不器用で真っ直ぐか……。見た目以外はとことん似てない親子だわ)


 それだけに、この若者が嫌いにはなれない犬飼であった。


「じゃ、早速始めようぜ」


 犬飼が白紙のカードに記入し、四枚のカードを並べて置いた。

 遥善も白紙のカードに記入して、カードを並べていく。


(やっぱり白紙は使うだろうな。これで選択肢が広がる)


 二人を見て、バイパーは思う。


「じゃ、俺から行くぞ」


 まず犬飼が攻めのカードをめくる。クロストレーナーとチェストプレスだった。


 遥善の顔色が変わったが、淀みない動きで、守りのカードをめくる。遥善の守りのカードもクロストレーナーとチェストプレスだ。攻めが守りに対して最高得点を得る形だ。これで犬飼の2ポイントとなる。


「おいおい、ぴったり当ててきたな……」


 バイパーが唸る。確率的にはかなり低いが、無い事も無い。


 次に遥善が攻めのカードをめくった。両方共レッグプレス。一枚は白紙にレッグプレスと書き込んでいた。

 犬飼がポーカーフェイスで守りのカードをめくると、レッグプレスと、白紙を使用したチェストプレスだった。レッグプレスがヒットして、遥善もこれで2ポイントだ。


「1ターン目はどちらも2ポイントでドローだな」


 遥善が安堵の面持ちで言った。最初の犬飼の2ポイント勝利にかなりビビったようだ。


(一発勝負の賭けにきたか……上等)

 犬飼が笑みをこぼす。


「次はそっちからでいいぜ」


 カードを並べてから、犬飼が言った。


 遥善は無言で攻めのカードをめくる。また白紙に同じものを記入している。二枚共チェストプレスだった。

 犬飼が守りのカードをめくると、ショルダープレスとチェストプレス。チェストプレスが当たり、今回もまた2ポイント取られた形だ。


 犬飼が攻めのカードをめくる。クロストレーナーとチェストプレス。後者は白紙に書き込んだものだ。

 遥善の守りはショルダープレスとラットプルダウン。犬飼の攻めはヒットせず。犬飼は0ポイント。2ターン目は遥善が2ポイント。犬飼は0で、遥善の勝利となった。


「お前の白紙の使い方、ヒネくれすぎというか、裏をかきすぎじゃねーの?」

「自分でもちょっとそう思った……」


 バイパーに突っ込まれて、犬飼は素直に認めた。白紙を使うなら、遥善のように攻めに徹するか、守りを固めるかして、どちらかに集中した方が有効だ。


「チェストプレスで勝利したから、チェストプレス使用だ。回数は三回」

「へいへい」


 犬飼が器具へと向かい、チェストプレスの椅子に座る。

 チェストプレスとは文字通り、胸筋を鍛える器具だ。シートの両脇にあるバーを握り、バーを押したり引いたりする。


「うぐぐ……」


 二回やっただけで、腹の傷に響いて、苦悶に満ちた呻き声をあげる犬飼。


「はい、終わり……と」


 三回やっても何も起こらず、犬飼は辛そうな顔でテーブルに戻ってきた。

 犬飼の腹から血がしたたるのを見て、遥善はあっさりと青ざめる。


「おい、何て顔してるんだよ? お前の父親を殺した憎い相手が、苦しみもがいているんだぜ? もっと楽しそうな顔しろよ。これがお前の望んだことだろ? これが見たかったんだろ?」

「意地の悪いやっちゃ……」


 煽る犬飼に呆れるバイパー。


(さて、チェストプレスが当たりだったのか外れなのかわからないが、この場合……選択肢から外してもいいかねえ。ほんの少しだけ確率が低下したとも言える)


 犬飼は思案する。最初の一回目では、例え爆弾が仕掛けられていたとしても、50%の確率でしか爆発しないので、現時点ではチェストプレスに爆弾が仕掛けられているかとどうか、わからない。


(つまり、攻めにチェストプレスを使う選択は外したい……と考えるから、それを見越してチェストプレスで守りに固めるのが安全策。だったら俺は守りの手札にチェストプレスで固める安全策を見越して、攻めに……いってみるか。こいつはそんなに裏の裏の裏をかいてくるようなタイプでもないみたいだし)


 思案した結果、犬飼は2ターン目の遥善よろしく、攻めをチェストプレス二枚で固めた。


「じゃ、今度は俺の攻めからね」


 攻めのカードをめくる犬飼。それを見て遥善が大きく目を見開く。

 遥善が守りのカードを開く。どちらもチェストプレスだ。


「コノ場合は……?」

 ケイトが尋ねる。


「俺の4ポイント勝利。次の攻守をめくるまでもなく、勝利確定だな」

 犬飼がにやりと笑う。


「そして1/5の確率で死ぬからな。覚悟しておけよ~」


 ねちっこい口調で言う犬飼を無視して、遥善はさっさとチェストプレスへと向かい、使用する。

 爆発はしなかった。大きく息を吐く遥善。


(これでチェストプレスは爆発の選択から外れて、カードの勝負ではランダム枠となったから、駆け引き的にはリセットされたも同然だな)


 遥善がいかなる思考の果てに次のカードを選択するか、犬飼は高速で頭を巡らせて予測を立てる。

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