第四十二章 19

 犬飼がこのゲームを考えたのは、小学生の頃の話だ。


 家族で旅行に行った時、旅館にて、両親と姉とで神経衰弱をやろうということになって、犬飼が提案した。四人がリアルタイムで勝手にめくっていくやり方をしようと。

 結果、皆して必死にカードを取り合い、カルタの数倍ひどい有様の激闘をくりひろげ、カードは折れ曲がるわ、たまに手を爪でひっかいて傷つくわと、散々だった。


 おかげでこの遊びは犬飼家では以後封印されることとなったが、犬飼はこのゲームの楽しさが忘れられず、学校でも友人達に持ちかけて、そこでもカードクラッシュしまくったので、一度だけで終わった。


 その後、小説家になってから、このゲームのことを思い出し、作中内のデスゲームとして登場させたが……


「一人でやるのは……虚しいな」


 ディスプレイに手が届く位置に立ち、犬飼が呟く。


 ディスプレイにゲーム開始の文字が映ったので、早速めくっていく。何しろ一分以内に十組の組み合わせを作らないと、爆弾が爆発して強制ゲームオーバーなのだから、もたもたしていられない。


 そして早速二度連続で失敗し、銃が撃たれた。


 犬飼は失敗したと判明する前から、失敗することを前提に動いていた。失敗して二回目のカードをめくった直後に、かがんで伏せる。

 銃弾が頭の上を通り過ぎていく。そしてすぐに立ち上がってまためくり、すぐにまた伏せる。


「こんなんで……一分以内に十組とかできるのか?」


 バイパーが呻く。とても無理そうに思える。


 かなりの強運と言えるが、四回目にして、一組出来上がった。その間に銃が撃たれたのは最初の一回目の失敗だけだ。

 しかしもう十秒が過ぎている。同じペースで一分以内に十組など不可能だが、もしめくったカードを全て覚えているなら、確率的には後半に行くほどペースは早くなるはずだ。しかしそれには運と記憶力を要する。


 二十秒が経過した。二組目はできない。失敗の銃撃はまたあった。


 しかし二十秒経過後に、三組立て続けにペアが出来た。これで残るは六組。


 そこからまたハズレの連続。犬飼も慣れてきたようで、作業の速度が上がってきた。カードをめくってすぐに伏せれば、弾はかわせる。そしてすぐに見上げれば、めくったカードの確認もできる。


 四十秒の時点でさらに一組作り、半分を達成する。


 五十秒でさらに二組。残りは三組だが、残りは十秒。


(かなり幸運に恵まれているが、それでも残り十秒で三組ってキツいぞ)


 固唾を呑んで見守るバイパー。正念場どころの騒ぎではない。絶望の底無し沼に胸まで漬かった状態だ。

 犬飼の動きがさらに速くなる。さらに二組当てる。しかし残りは五秒だ。


(ここがアレをするのにいい機会か? いや、まだ早いか。しかしいずれにせよ時間が無い。それに運も必要になる。うまいこと撃たれるかどうか……)


 犬飼はこの時点で、しゃがんでかわすという行為を辞めた。続け様にいちかばちかで当てる。そうしないと、間に合わない。しかし確率的には五分の一も無い。

 あてずっぽうでめくったカードは、わからない数字だった。めくった中には無い。さらに確率は下がるが、さらにあてずっぽうでめくるしかない。


 闇雲にカードをめくった。

 外れていた。そのうえ銃が作動し、銃声が鳴り響く。


 犬飼はしゃがむという動作を行わず、前方に少し上体を傾けただけで、さらにカードめくりを続行した。


 銃弾は犬飼の背中すれすれを飛来していった。


 残り一秒未満で、十組目の組み合わせを完成させる。


 犬飼とバイパー、二人共安堵の吐息を漏らす。


 まだゲームは終わったわけではないが、あとはもう楽だ。残りのカード数は少なくなっているし、一度めくって把握しているカードもある。

 先程より余裕をもって、さらに十組完成させる。それでも三十秒近くになっていた。


(あとはもうどうあっても勝てるな)


 バイパーがディスプレイを見て気を抜く。残ったカードは三十二枚。すでに一度把握している分も多いので、どんどんペアを作れる。


 しかし犬飼は緊張していた。ここからが本番であった。

 残り六枚になった所で、覚悟を決める。すでにカードの中味は全てわかっているので、あとはミスなどしようがなく、めくって終了できる状態にある。


(賭けだな……命懸けの賭け……)


 ふと、薬指にハメた指輪を見る犬飼。


(賭けに負けても、そっちに行ってお前と会えるし、俺に損は無いさ)


 心の中で語りかけながら、犬飼はカードをめくった。

 犬飼の選択したカードを視て、バイパーが目を剥いた。

 銃声が響いた。


 残りのカードが何であるかわかっているはずなのに、犬飼は誤まった選択をした。そのうえ、銃弾をかわす動作さえ行わなかった。

 脇腹に銃弾を食らった犬飼が、前のめりに倒れた。


「おいっ、何やってるんだ!」

 思わず叫ぶバイパー。


「油断してミスっちまった……」


 犬飼は苦しげに言いつつ立ち上がり、残りのカードを全て開き、ゲームを終え、また倒れた。


 バイパーが犬飼を介抱しにかかる。弾は抜けている。致命傷というわけではないが、放っておいてよい傷でもない。とりあえず犬飼のシャツを引きちぎり、包帯代わりにして縛っておく。


「……を……なかった……保険に……の偽装……おく……」


 バイパーの耳元で、犬飼が囁く。


「死んだら元も子もねーだろ……」


 犬飼の言葉の意味を理解し、呆れ顔になるバイパー。


「七番目もやる必要があるな……。すまねえがもう少し付き合ってくれ」


 真っ青に顔で、ふらふらと立ち上がる犬飼。


「いや、さっさとここから逃げて治療した方が……」

「バイパーを呼んで、逃げられる状態にしておきながら、俺がなおヴァンダムのゲームに付き合っているのは、ケリをつけるだめだ。つまり……あいつらを殺すため。ゲームの間に移動しながら、奴等の居場所を探りあててな。俺の死を間近で見物したいらしくて、同じビル内にいるようだし」


 犬飼がディスプレイを見上げると、次の場所が書いてあった。七番目のミッションは、七階のスポーツジムだ。


***


 ある時は怪しい占い師、ある時は外法に通じた呪術師であるその男――星炭玉夫という人物に、靴法は霊や術に関して様々なレクチャーを受けた。


「そんなわけでこの術は、依代が訓練を受けていないと、依代に悪影響を及ぼす」

「訓練はどのくらいかかりますか?」

「最低でも二年。才能が有っても半年から一年は見た方がいいな」

「悪影響とはどのようなものです?」


 そんな時間などとても待っていられない。危険を承知で、靴法は強行することに決めた。


「訓練を受けていない、もしくは適正の無い者が霊を宿すのは、憑依と大して変わらない状態であるからに。怨霊の怨念で精神に悪影響が出るのは間違いないの。ひどい時は理性や思考力も低下する。だがしかし、それをある程度緩和する方法もある。この取っておきの呪符があればの」

「でもお高いんでしょう?」

「それほどでもないぞ。今なら四万円に負けておこう」


 靴法は呪符を買い取ったが、あくまで緩和するだけであるため、まるっきり悪影響が無いわけではない。さらには、肉体にもたらされる副作用は全く考慮されていないという。


「祟り神を一時的に依代に降ろし、その超絶たる力を短期間でも頂こうという、外法中の外法が元になっているからの。で、その術を用いられた依代は、訓練されていようが容赦なく廃人になっていった。私が使う術はかなりマイルドになっているが、怨霊の怨念を物理的な力に変換する際、当然のことながら肉体に相当な負担をかける。潜在能力を全て引き出すどころか、限界以上の力を引き出すでな。よくて筋肉痛。悪ければ一生寝たきりという所だな」


 玉夫の話を聞いて、もうここで死ぬ覚悟をした方がよいと靴法は判断した。


(しかしそれでもいい。殺された火捨離威BBAの人達の仇を取るために、この身を捧げるとしよう)


 靴法は決意し、キーコにその話をしてみたものの、反対された。


「キーッ、そんなの駄目よ~ん。まだ生きている靴法さんが復讐で命を落とすなんて~。絶対駄目なのよっ、ダ・メ・なの・よ~っ。キーッ!」

「わかりました。じゃあキーコちゃんが駄目だった際の切り札ということで」


 キーコの優しさを無碍にするのもどうかと思い、靴法は、最初はキーコに任せてみることにした。


***


 ヴァンダムとテレンスと桃子以外、部屋にはいなくなっている。遥善は次のゲームに参加するため、出て行った。


「ここまでの彼の行動を見ても、直に会話をしてみた限りでも、彼は中々の傑物と感じたがな、しかしそれが今やあの様だ」


 犬飼がゲームクリア寸前に銃弾を避けきれずに食らったのは、ヴァンダムから見ても驚きだった。


「人間とはミスを犯す生き物だと、つくづく感じた一幕だったな。あるいは、油断して集中力が途切れたのかもしれんが……。いずれにしても、あの状態でさらにゲームを続けるのは辛いだろうな」


 少し残念に思っているヴァンダムであった。しかしここまで怪我も無く来られた事も、それなりに凄いと思える。


 ノックがして、部屋の扉が開き、ロッドが入ってくる。


「すまん。しくじった」


 顔をひどく腫らしたロッドが、謝罪する。テレンスが冷蔵庫へと向かい、氷を取りにいく。桃子も手伝う。


「銚子君、そっちじゃない。妨害電波の方を切ってくれ。救急車を呼ぶ」

「はい」


 ロッドの顔の腫れ具合からして、顔の骨も折れているであろうと判断し、電話を取ったヴァンダムに命じられ、桃子はホテル全域に広がるジャミングを一時的に切った。


「負けたわりにはすっきりとした顔してますね」


 テレンスが氷と水をいれたビニールをタオルで巻いて、ロッドに差し出しながら言った。


「負けた時の方が得るものは大きいと、俺の師匠マスターがよく言っていた。負ける度にそれを実感するからな。負け方にもよるが」


 簡易氷嚢を受け取り、上機嫌な笑顔で語るロッド。いつものぶっきらぼうなロッドを知るテレンスとヴァンダムから見たら、新鮮に感じられる。


「でも僕はちゃんと勝ってきますよ」

「そうしてくれ」


 爽やかな笑顔で宣言するテレンスに、ヴァンダムが軽く肩をすくめた。

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