第四十二章 18

「あのロッドがああも見事に完敗するとはな……」


 ロッドとバイパーの勝負を見ていたヴァンダムが唸る。テンプレ的な悪役の台詞っぽく聞こえて、テレンスは思わず笑みをこぼす。


「僕が負けた時も似たような台詞、言ってくれますか?」


 テレンスの冗談めかした台詞に、ヴァンダムは眉根を寄せる。


「君が出ていって、勝てる相手かね?」


 真顔で問うヴァンダムに、テレンスの顔からも笑みが消える。


「対峙してみないと何とも言えませんけど、今の戦いを見た限りは、絶対に勝てるとは言い切れないですね」


 言いながら、自分でも要領の得ない曖昧な答えだとテレンスは思ったが、他に答えようもない。


(テレンスが勝てなくても……慌てることもないがな。あの犬飼という男の性格を考えると、バイパーをあてにして私を殺そうとはしないだろう)


 考えながら、ヴァンダムはディスプレイに映る犬飼とバイパーのうち、バイパーの方に視線を向ける。


(そしてバイパーも、犬飼の指示に従って誰かを殺すようなタイプとは思えない。護衛の延長でしか殺さないようだな)


 これまでの会話や、ロッドを殺さずに留めたことを見ても、そう判断できる。


「靴法はカメラの無い場所に潜んでいるようだな……。何を企んでいるのやら」


 靴法一人の力で、盤を引っくり返すことなどできそうにないと、ヴァンダムは見なしているが、かき混ぜる程度はできるだろうとも見ている。そしてかき混ぜられるだけでも十分に鬱陶しい。


「ヴァンダムさん……。ケイトさんと大日さんが、部屋からいなくなりましたが……」

「ホワッ?」


 桃子に声をかけられ、ヴァンダムは素っ頓狂な声をあげた。確かに知らぬ間に二人揃って部屋から消えている。映像に夢中になっている間に、こっそりと出ていったようだ。


「カメラに映ってますね。二人で廊下を歩いてます」


 テレンスがディスプレイの一つを指すと、確かに二人の女性が廊下を歩いていた。


「ケイトめ……」

 忌々しげに舌打ちするヴァンダム。


 ケイトの死を偽装した日から、ヴァンダムはケイトに、自分の言うことを全て聞いて、絶対に逆らわないようにしろと、亭主関白命令を出し、ケイトもこれを受け入れた。

 実際ケイトはあの日から、何から何までヴァンダムの言いなりになっていた。罪滅ぼしのつもりでもあったのだろうが、このまま言いなりにだけなっているタマではないと、ヴァンダムは読んでいた。どこかで気に入らないことがあれば、自分に背く行動もするであろうと。そしてその時は、できるだけ許して受け入れるつもりでもいた。


「ヴァンダムさん、ケイトさんは……」

「わかっている。言わなくていいし、責める気も無い」


 何か言おうとしたテレンスの言葉を先回りして遮ると、ヴァンダムはディスプレイの中のケイトを見つめたまま、大きな溜息をついた


***


 ケイトは隙を見て二夜を連れ出し、部屋を出ていた。目的は二夜の解放だ。

 夫は二夜の安全を保障してくれているが、それでもケイトは安心できなかった。それ以前に、彼女を脅迫してあの場に拘束している状態にしていた事に、心を痛めていた。


「本当ニ、本当ニごめんなサイね」


 歩きながら、何度目かの謝罪を口にするケイト。


「いえ……私よりケイトさんの方が心配ですよ。こんなことをして、後で旦那さんに何と言われるか……」


 二夜としてはケイトの心遣いがありがたい一方で、怖くもあった。しかしケイトの厚意を無視することもできず、ケイトの言うとおりに逃げてきた次第である。


「悪イのは全部、私なのデス。私のセイで、夫はコノヨウナことをしていマス。二夜さんに辛い目を合ワセタのも、私のせいデス」


 悲壮な面持ちでケイトは語る。二夜もその辺の事情は聞いているし、確かにケイトも悪いことをしたという意識もあるが、一番悪いのは実行犯のヴァンダムという受け取り方を拭えない。


「私は二夜サンを送り届ケタ後、犬飼さんと会ってお話シテみます」


 ケイトの口から出たその言葉に、二夜は驚かなかった。自分がケイトの立場を考えたら、そうしたいと思うのも自然と感じた。


「それなら……順番を逆にしましょう。私もその場に立ち会いますよ。犬飼さんはケイトさんに怒りを覚えているでしょうけど、私が同じ場にいれば、多少は場を和ませることもできると思いますし、フォローもできます」

「怒りヲ……覚えてイルのですカ?」


 二夜の言葉に、再確認するように尋ねるケイト。だからこそ、ヴァンダムに真実を伝えるという行為に出たのかもしれない。


「私は犬飼さんの小説の大ファンですし、犬飼さんの気持ち、何となくわかるんです。ケイトさんのしてきたことには、かなり怒りを抱いたと思います」

「そう……デスか」


 どうして怒るのかまでは、ここで二夜には聞かないことにするケイト。それは犬飼の口からはっきり聞きたいと、ケイトは痛切に思っていた。


 廊下を歩く二人の前に、見覚えのある初老の男が立ち塞がる。靴法だった。


「ケイトさん、大日さん、どちらに向かわれるのですか?」


 靴法の瞳に狂気が宿っているのを見て、二夜は息を飲む。


(この人……一体何を企んでいるの?)


 理解できない何かを抱えている靴法を前にして、二夜は本能的に恐怖を覚えていた。犬飼を目の仇にする者同士として、ヴァンダムと遥善と、目的が一緒ではないのか? 何故急に離反して、単独行動を始めたのか。おまけにホテルの幽霊を扱うという得体の知れなさ。何もかも理解不能で恐ろしい。


「犬飼サンと会ってお話ヲしようと思イマシテ」


 正直に答えるケイト。ここで正直にそれを言ってしまうのは不味いのではないかと、ますます動揺する二夜。


「それをヴァンダム氏は許可したので?」

「モチロン……するワケがありません。デスから勝手に抜け出てきました」

「ほう、ではある意味、私とお仲間ですね」


 温厚なムードの靴法であるが、何かがおかしい。先程までの靴法と明らかに違うものを感じ取り、ケイトと二夜は緊張している。


「怖がらないでください。私は別に、貴女方をどうこうしようというつもりはありません。そんなことをする理由がそもそも無いですから」

「ソウですか。それで、靴法サンはどうなさるツモリです?」

「ヴァンダムさんとも袂を分かちましたし、一人で勝手に復讐をします。彼のゲームに付き合って、犬飼をここで逃したくはないので。では……」


 薄笑いを浮かべながら喋った後、ケイトと二夜の脇を通り抜けて、そのまま立ち去る靴法。


「靴法さん……おかしいですね。さっきまでと明らかに雰囲気が違います」


 二夜の目からは温厚な人と映っていたが、今の靴法は別人のように酷薄なイメージがあった。


「私モ感じました……。あのゴーストと関係シテいるのカモ」


 ぞっとしない面持ちで、ケイトが言った。


***


 犬飼とバイパーは、六番目のミッションがある二階宴会場に向かっていた。


「もし、六番目のミッションが、俺の小説をなぞった六番目だったら、結構ヤバいぜ。八つのミッションの中でも、二番目くらいに酷い奴だ」

「これまでのゲーム全てパクリなのか?」

「いいや。二番目と四番目以外は小説と同じだな」


 喋りながら歩き、二人は二階宴会場に到着する。

 手の届く高さに、巨大なホログラフィー・ディスプレイが浮かんでいる。ディスプレイには、トランプのカードと思われるものが、伏せた状態で映し出されていた。


「これって……」


 並べられたカードを見て、バイパーはあるゲームを連想した。神経衰弱だ。


「やべーな……。ここも俺の小説と同じものらしい」


 犬飼が引きつり気味の笑みをこぼす。


『ここで君は靴法と戦う予定であったが、靴法は離反したので、君一人で行ってもらう』


 どこかに仕掛けられたスピーカーから、ヴァンダムの声が響く。


『気付いているだろうが、六番目も君の小説と同じ内容――『アクティブ神経衰弱』だ』


 その単語だけで、バイパーは何となく内容を察する。


『普通の神経衰弱は順番ターン制だ。しかしこれはリアルタイムに沿って次から次へとめくっていく。ま、君が考えて作中で登場させたゲームだがね。作中内と同じで、カードをめくった後、失敗したらちゃんと閉じる動作も行わなければ、次をめくってはいけない。めくった際のペナルティは……失敗と同等に扱う』

「全く同じなら説明しなくていいよ」

『失敗の扱いだけ異なる。君の書いた小説では、ゲームに挑む前に体中に小型爆弾をつけ、カードの組み合わせを二回連続で失敗するごとに、四分の一の確率で爆弾が爆発して、体が一部位ずつ破壊されていくものだった』

「さっき以上に理不尽な運ゲーだぞ……」


 ヴァンダムの説明を聞き、呆れ果てるバイパー。


「まあな。しかもほぼ失敗前提の手探り。俺の小説じゃあ、ここで死人二人出したうえに、生き残ったキャラも体のあちこちを欠損した」

『しかしプレイヤーは君一人だし、小説の内容そのままでは、高確率で死んでしまうだろう。故に、失敗のペナルティは少し優しくした』


 ホログラフィー・ディスプレイが壁と並行に現れる。映っているのはトランプのカードだ。全て伏せてある。


『その映像の周囲には、ありとあらゆる場所に銃が仕掛けられている。失敗する度に、四分の一の確率で、どこかの銃が撃たれる。君は失敗したと思ったら、すぐにかわせばいい。どうだ? 君の小説より随分と良心的だろう?』

「はいはい……超優しー。天井知らずに優しー。ありがとー。ヴァンダムさーん」


 棒読みで感謝の言葉を口にする犬飼。


『ちなみに君の小説では、一分毎に規定数の組み合わせをオープンにしなくてはならなかったが、ここでもそれは同じだ。最初の一分以内に十組のペアをオープンしなければ、足元に仕掛けた爆弾が爆発し、逃げる間もなくアウトだ。そこのバイパー君は少し離れていた方がいい。何ならまた、君がやっても構わんが』

「遠慮したい……」


 あっさり拒むバイパー。関節や頭部でもないかぎり、銃弾を受けても平気な体だが、犬飼の小説のデスゲーム自体、もうやりたくないという気持ちが強い。


(残りはこれを含めて3ゲーム。残りのゲームを拒否してもいいし。それなら……いけるかな?)


 一方で犬飼は、今回のゲームを利用して、ある企みを実行するつもりでいた。

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