第四十二章 6

 靴法英道は自身が為政者でありながら、政治家の在り方そのものに不満や不審を抱いている。


「何故政治家が政治屋と揶揄されているか? それは彼等が政治のプロではなく、政治家という職業に就くためのプロであって、それだけに特化しているからですよ。政治家になったら、あとはその座に如何にしがみつくか、政治資金を提供してくれる企業を如何に優遇するか、人脈をどれだけ広げて上に行くか、その程度ですからねえ」


 ある時靴法は、先輩議員の娘に向かって、愚痴交じりに語ったものだ。


 彼女の親は彼女を政界に入れたいらしく、いろんな所にコネを作らせようとしている。彼女自身も精力的に売り込みを行っていた。


「キーッ! そんなのあたしは許せないわーっ! 政治家は人々のために頑張らないと駄目じゃなーいっ! 偉い立場にふんぞりかえりたいがために政治家やるなんて、馬鹿じゃないのーっ! キーコ信じられなーいっ! キーッ!」


 キーコという呼び名で通っているその女性は、靴法の話を聞いてけたたましく喚いて憤慨した。

 すぐに興奮してキーキー喚きたてるキーコを、忌避する者達も多いが、ストレートに感情表現することや、一切の妥協や不純を許さない彼女のスタイルに、好感を抱く者達も多くいた。靴法もその一人だ。


 靴法は娘と息子がそれぞれ一人いたが、娘は十代半ばに裏通りの抗争に巻き込まれて流れ弾で他界し、息子は戦場カメラマンになって、東南アジアでマラリアにかかって他界している。

 娘が成長していたら、今のキーコが丁度同じくらいの歳だと意識し、どうしても重ね合わせて見てしまう。キーコほど潔癖ではないが、靴法の娘もまた、真っ直ぐな性格をしていた。


「でも悲しい事に、どの政治家も皆そんな感じです。二世議員三世議員なんて特にそうですよ。あれは現代の貴族のようなものですが、あろうことか国民がそれを望んでいる形です。どうにもならない図式が、もう出来上がってしまっている。おっと、貴方の父さんも二世議員ですし、キーコちゃんも三世議員になる予定でしたね」

「キーッ、ひどいわ靴法さーんっ、でも言いたいことはわかるわ~。でも安心してっ、キーコ、絶対にそんな腐った政治家にかならないからっ、ちゃんと国民のために頑張る政治家になるつもりよっ、キーッ!」

「その気持ちをずっと持ち続けてくださいね。でも、今そのキーコのお父さんがピンチですけど……」

「そうなのよ~、キーッ、糞ったれ週刊誌に根も葉もないスキャンダル書かれちゃって~。しかも支援者からも疑われちゃって、パパったら超かわいそうなのよ~っ、キーッ!」


 父親のことを触れられ、また別の意味で怒り狂うキーコ。


「一度ダーティーなイメージがつくと、それはずっとついて回る。例え真実だろうと虚実だろうと関係無い。ひどい話ですよ」

「本当ひどーいっ! キーッ! しかもその理屈だと、キーコまで不正議員の娘だからって、同じことをするかのように色眼鏡で見られちゃうわ~ん」

「色眼鏡で見てばかりの者に対して、私は色眼鏡で見ています。色眼鏡で見てばかりの者は、それだけ頭が回らず底が浅い者だと」


 しかしそんな連中にも選挙権というものがある。愚者の一票も賢者の一票も同じ価値だ。だからこそ政治家ではなく、政治屋が台頭し、いかに民を騙して、愚者の票を集めるかに腐心する。彼等は民を上から見下しているし、民にはできるだけ愚かであってほしいと思っている。

 そんな腐った構図に、靴法は辟易としていた。


 しかしキーコのような純粋真っ直ぐなパワーの持ち主が増えれば、この腐敗した世界も変わるのではないかと、そんな期待を強く抱いてもいる。靴法はキーコに希望を見出し、彼女がいずれ政界に出る時は、全力でサポートしようと決めていた。その時には自分も地方議員ではなく、国会議員になりたいとまで考えていた。


***


 清次郎は犬飼のいるキッチンへと向かい、犬飼の様子を撮影して、映像を配信することになった。


「どういうつもりなんだろう?」


 キッチンの中で、灯りを落としてもぞもぞとしている犬飼の姿が、シルエットだけの状態でカメラに映っているのを見て、遥善が訝る。

 二番目にミッションはロビーだとメモに書いてあったのに、移動しようとはせず、またキッチンに来ている。その意味は誰にもわからなかった。犬飼はヴァンダムなら見抜くかもしれないと考えていたが、杞憂に終わった。


「何をしているのかわからないが……このゲームの原作を書いたのは、彼自身だ。二戦目まではチュートリアルのようなものだと、彼は知っている。そして一戦目で靴法君が出た時点で、二戦目も同様に誰かが現れて、恨みを口にすることも見抜いているのだろう。そのうえでこちらの方針を狂わせるために焦らしている、という可能性もある」


 腕組みして映像を見つめ、ヴァンダムが述べる。


「あるいは全く別の理由かもしれん。キッチンで何かを見つけたのか。助けが来る目星があって、それを待っているからこそ、時間ギリギリまで引っ張っているのか」

「彼の小説内では、二戦目はチュートリアルと言っても、デスゲームそのものになります。しかし……こちらの二戦目は、こちらの都合で小説の内容とは変更してありますが……自分の小説と同じだと仮定し、そのデスゲームに備える何かをキッチンで見つけたとは考えられませんか?」


 靴法が推測を口にした。


「なるほど……しかしそれが何なのか……。そして例えそうであったとしても、ルール違反にはならん。何を企んでいるか、拝見させてもらおう」


 余裕たっぷりにヴァンダムが言ったが、もしヴァンダムがこの時、犬飼の企みを知ったならば、すぐさま犬飼の動きを封じるよう、指示していただろう。


***


 キッチンの中で撮影している清次郎の存在には、犬飼も察知していた。だからこそ灯りを消して、暗がりの中で、手探りでこっそり作業をせざるをえなかった。

 中々困難な作業ではあったし、ある程度は妥協して諦めざるをえなかった。しかし予定通りの物も完成した。


 混ぜるな危険と書かれた洗剤複数を用いた、毒ガス発生装置。小麦粉と砂糖を使った爆弾。さらには可燃性の油。爆発の威力はいまいち期待できないが、爆発のあおりで着火し、火事を起こすことくらいはできそうだと判断する。


(ふっふっふっ、予想通り、また来たな。でもこっちの準備は終わらせたし、流石にこの暗がりじゃあ暗視カメラでもなければ、俺が何をしているのかわからないだろう)


 問題は暗視カメラがあった場合であるが、カメラをかざす清次郎の動きを見た限り、それは無いように思える。

 作った物を持ち、犬飼は部屋の隅へと向かうと、立てかけてあった巨大なダンボールを組み立てる。


(いざ、出陣、と)


 巨大なダンボール箱に入って、廊下へと移動していく犬飼。監視していた清次郎に見られるのもお構い無しどころか、堂々と清次郎のいる方へと向かっていく。


 ダンボール箱を被って移動する犬飼を、啞然として見送る清次郎。


 犬飼が消えてから、清次郎は灯りをつけて、ヴァンダムの言いつけに従い、キッチンを調べたが、特に変わった所は見当たらなかった。


***


 廊下に仕掛けられた監視カメラに映し出された、巨大ダンボールで移動している犬飼を見て、ヴァンダム、遥善、靴法、ケイト、二夜の五人は呆然としていた。


「アレは何のツモリなのデショウ?」


 這いずるダンボールを見て、思わず口を出すケイト。


「この状況でふざけているのか……?」


 ヴァンダムが額を押さえて唸る。何から何まで規格外の男というか、どういう神経の持ち主だとつくづく呆れてしまう。


「そんなゲームがあったような……」

 ぽつりと呟く遥善。


「箱がやけに大きい。箱の中に何かを隠しているのかもしれんな」


 気を取り直し、ヴァンダムはダンボールの意味を考えて、その答えに行き着いた。


「肝杉君、順番を変更してもいいかね?」

「構いませんし、俺の分は無くてもいいですよ」


 ヴァンダムの要求に、遥善は躊躇いがちに言う。


「君とて奴とケリをつけたいのだろう? 遠慮せんでもいい」

「わかりました」


 ニヤリと笑いかけるヴァンダム。しかし遥善の顔は何故か浮かない。


(彼には迷イがあるのデショウか……。コノ復讐劇二参加する事ニ)


 遥善の様子を見て、ケイトはそう勘繰った。

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