第四十二章 4
犬飼はレストランを尻目に、キッチンに向かっていた。
(上手いことあれとあれがあればいいけどなー。こっちの動きに用心して片付けてある可能性も……)
炊事場に入り、監視カメラの有無をチェックする。こちらの動きを悟られたらおしまいだ。
監視カメラを取り付けられそうな場所を探ってみたが、カメラは見つからない。
(監視カメラは……無いか? それなら非常に好都合だ。廊下や階段、ゲーム用の特定の部屋にしか取り付けてないのかもな。まあ……カメラは無いことに――こっちの狙いが悟られない事に賭けよう)
そう思いつつ、棚を漁っていく。
(あった……)
ほくそ笑み、棚の中から取り出したのは、小麦粉と砂糖だった。
(しかしこれだけじゃ意味が無い。他にも道具が要るんだ)
これらを扱うのは、初めてではない犬飼である。過去何度か試しているので、お手のものではあるが、必要な道具が足りない。
(ポンプ……扇風機……うちわ……とにかく空気を送るもの。風を巻き起こすものが必要だ。贅沢言えば着火装置も)
何をしたいかというと、粉塵爆発を狙っている犬飼であった。
(お、いいものあるじゃないか。これをちょちょいといじれば……でも持ち運びが困るな)
タイマーも発火もできるものを見つける犬飼であったが、難しい顔になる。即ち、電子レンジだ。
(やった、さらにいいものげっと。あとは……)
混ぜるな危険と書かれた漂白剤を手に取り、犬飼はニヤリと笑う。
(スプレー缶もげっと。いいぞいいぞ。流石にここには無いだろうけど、観葉植物がロビーに飾ってあったし、化学肥料もどこかに無いかな?)
黙ってルールに従うつもりは無い。反撃するための準備は揃えておく。
スプレー缶を使えば、簡易爆弾も、小型火炎放射器も作ることができる。化学肥料も爆弾にできるため、テロ等でよく使われる。
自分をハメようと、ゲームを仕掛けてきた者は、同じホテルの中にいると犬飼は見ている。万が一にも備えて、ホテルではない場所――安全圏にいるという事は無い。
(さっき俺に議論ふっかけてきた女は、やっぱりヴァンダムのメッセンジャーみたいなものか。仕掛けてきた者がコルネリス・ヴァンダムだとしたら、俺をここで徹底的に無様に踊らせて、疲弊しきった所に現れ、嘲るなり何なりしてくるんだろうさ。そういう性格だ。おまけに自信家だしな。ホテルまるごと一つ買い取って遊戯場にしたうえに、俺の知り合いまで脅迫だか懐柔して誘き寄せ、こんな陰湿なことしでかそうってんだ。よほどの罠が仕掛けてあるんだろうし、俺の命を奪うより前に、俺の心をへし折りにかかるはずだ)
それが如何なるものであるか、犬飼は幾つか想像がついている。そして前もって予測できるということは、覚悟ができる。そう易々と心を折られはしないと、気を引き締める。
さらに物色していると、何者かがやってくる気配を感じ取る。しかし足音はしない。
犬飼は裏通りに長いこと関わっていながら、戦闘力はほぼ皆無である。戦闘訓練など受けていないし、銃を持ち歩くこともない。しかし、人の気配に関してだけは敏感だ。
(不味いな。今こっちの動きを悟られるのは困る……)
キッチンを物色していた事がバレたなら、自分が何をしようとしているかも悟られてしまいかねない。
(いや、考え方を変えれば、これはいい兆しだ。わざわざここに来たってことは、俺が最初の目的地であるレストランに向かわず、カメラの無い場所に足を運んだことを不審に思って、俺の動きを探るよう命じられたからだろう。つまり、ここにはカメラが仕掛けられてないし、俺の行動はバレていないという証明だな。考えなしの迂闊な判断、ありがとうよ)
嘲る一方で、犬飼は別のことも理解していた。ここにはカメラが仕掛けられてはいないが、犬飼がここに来たことそのものは悟られていると。つまり、犬飼がいろいろ物色した事も、知られてしまう可能性が高い。
(さて、まずはこいつをどうするか……? さっさと殺しておくか? それとも反撃する時には一気に反撃するために、今は大人しくしてやり過ごすか?)
物陰に身を潜めてあれこれ考えていた犬飼だが、やがて現れた青年を見て、方針を固める。
現れたのは、強化吸血鬼部隊の一人である九十九里清次郎だった。鏡を使ってその容姿を確認する。
(わりとできそうだなあ。戦闘ドシロウトのおじさんには辛いな。それに……まだ若いし、人相も悪くない。やめとこ)
そう思い、犬飼は物陰から出て、冷蔵庫を漁りだし、中のものを食べだす。清次郎には気付いていない振りをする。
清次郎はそれをしばらく眺めていたが、やがて踵を返した。
清次郎が消えたのを見計らって、犬飼は集めた材料から急いで仕掛けを作り、隠し、運べるだけの荷物をまとめておき、隠しておく。
(後でまた来ないとな)
何度もキッチンに来ていたら不審がられるだろうとも思うが、こればかりは仕方がない。
すぐ近くにあるレストランに移動する。
最初のミッションの目的地に着くなり、犬飼はフルフェイスヘルメットに全身ボディーアーマーを着込んだ兵士達に取り囲まれ、銃を突きつけられた。彼等が手にしているのは拳銃ではない。アサルトライフルだ。
「おいおい、ここでいきなりゲームオーバーとか、どんだけクソゲー? 俺の小説をパクってるんなら、ちゃんと面白くしてくれよ」
両手を上げてフリーズの格好をして、おどけた口調で言う。
「おかしな動きをせず、次の映像を見てください」
完全武装した一人が指差した方向を見ると、巨大なホログラフィー・ディスプレイが空中に投射される。
(ここで目瞑って、一切見ませんでしたーとかやってからかったら、どうなるだろ? いや、そんなことしないけどさ)
画面に映し出された内容は火捨離威BBAに関してのドキュメントだった。
『皆さんは火捨離威BBAという市民団体を御存知でしょうか? 悪書追放。子供達を過激な表現から守るために設立された団体でしたが、ある日の集会で、集会場が放火と見られる火事により全焼し、中にいた会員百二十一名が焼死するという、大惨事によって、その活動は幕を閉じました』
アナウンスが始まり、おそらく警察から手に入れたのであろう、焼死体が並ぶグロい映像が映し出される。犬飼はそれを見て、小気味良さそうにニヤニヤと笑っている。
『会員の大半が焼死した際に、猫捨終造という人物も全焼した会場に来る予定でした。しかし死体の身元は全て判明しましたが、猫捨終造はその中にはいなかったのです。そもそも猫捨終造の戸籍名も存在せず、火捨離威BBA崩壊以後、その姿を見た者はいません。警察は今なお彼の行方を追っています』
(わざわざ猫捨を強調するあたり、俺がその猫捨だと目星をつけているって事か。ま、この名前だしな……)
ネーミングは少しふざけすぎた感もあるが、それでも火捨離威BBAの会員は、誰一人として気がついていなかった。
『出自も消息不明の猫捨終造なる人物の正体を、我々は掴みました。それは――』
映像は唐突にここで途切れた。
「まだ製作中です。この後に、ここでの貴方の奮闘ぶりを映像に収めて、繋げる予定です」
アサルトライフルを突きつけている一人が述べた。
「で、猫捨の正体は犬飼でーすと、衝撃の真実を強調する展開か。いやはや、随分悪趣味なセンスだこと」
完全武装の男達を見渡し、犬飼はせせら笑う。
「軽口を叩く余裕がありますか」
憎々しげなその声に、犬飼は聞き覚えがあった。
武装した集団の中から、五十代後半から六十代前半と思しき、小柄な初老の男が姿を現し、犬飼を睨む。
「おやおや、議員様がこんな所に御足労――いや……こんな悪事に加担しているとはね」
飄々とした態度で、さらに軽口の上乗せをしてやる犬飼。
男の名は靴法英道。妻が火捨離威BBAの会員であり、火捨離威BBAの組織拡大のためにも貢献していた県議員である。
「悪事でも結構です。私の立場がどうなろうと省みませんよ。貴方という悪を潰せるのであれば、ね」
憎悪に満ちた視線をぶつけ、靴法は言い放つ。
(相当恨まれてるな……こりゃ)
靴法の顔を見て、犬飼は思う。しかし同情する気は毛ほども沸かない。
「猫捨終造が貴方だという確たる証拠はありません。しかし、ほぼ確信しています。このゲームで貴方にそれを白状――」
「うん、そうだよ。俺が猫捨だよ。はい、白状した。拷問して白状させたかった? 出来なくて残念だねえ」
靴法の台詞を遮って、笑顔で告げる犬飼。靴法は呆気に取られたが、おちょくられていたと受け止めて、その顔がさらに憤怒で歪む。
「背後にいるのはコルネリス・ヴァンダムか?」
ストレートに問う。靴法は答えない。
「はい、正直でよろしい。違うのならもっと違う反応してたしな。わかりやすい馬鹿で助かるけど、こんな馬鹿に票を入れて議員にする県民とか、本当とんでもねー馬鹿だし、民主主義選挙ってつくづく糞だよなー」
悪罵の限りを尽くす犬飼に、靴法は今にもキレそうな雰囲気であったが、何とか堪えたようで、大きく息を吐いて、踵を返す。
「いつまでそうして人を小馬鹿にして笑っていられるか、見物ですよ」
「いつまでぇ? 死んだ後も俺は地獄で笑ってるよ~」
捨て台詞を掃いて立ち去る靴法の背に、犬飼はたっぶりとおどけた声でおちょくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます