第四十一章 26

 いじめ文化祭当日。

 校門には堂々と『いじめ文化祭』と書かれた看板がかけられ、もうそれだけで訪れた人間を引かせるのに、十分な威力があった。


 生徒達には未だに、どういう条件でBとCの生徒がAに昇格されるのか、聞かされていない。あれは嘘ではないかと疑う者もいれば、どうせ自分には無関係だと諦めている者もいる。


 誓達にしてみれば、興味は別の方に注がれている。休戦条約が終わり、今日からは交戦解禁だ。敵がこの文化祭を利用して誓達を襲ってくるのは、間違い無い。そして依然として誓達は敵の正体は掴めないままだが、敵は誓達を知っている。


 敵の出方を幾つか想定してあるが、その通りに動く保障は無い。


 幸い、Aの生徒は自由行動が許されているので、誓達はその特権をフルに使うつもりでいる。Aには事前準備ですら免除する権利があったが、大半のAは、BとCに混じって準備を進めた。


「当日は抜けさせてもらう代わりに、事前準備の方はめいいっぱい頑張ってきたよ」


 校舎の一角に、いつもの五人が集った所で、誓が言った。


「私もですう。私のクラスに限っては準備の方が大変でしたけど」

 と、優。


「で、奴等が何をしてくるか、推測はついたの? 打ち合わせもなく当日になっちゃったけどさ」

「はい、ぎりぎりまで引っ張ってごめんなさあい。それはこちらの助っ人とも合流してからお話しますねえ」

『もうすぐいじめ文化祭の開幕です。それでは皆さんが期待し注目している、いじめ文化祭でBとCが、Aになる条件を発表します』


 誓の質問に優が答えた直後、教頭による校内放送が流れた。


『文化祭に訪れたお客さんにアンケートを配り、いじめポイントをつけてもらいます。一番ポイントの多いクラスが優勝し、そのクラスのBとCだけがAになり、優勝したクラスのいる学年は全てクラス替えを行って、ABCのバランスを整えるために、再編成を行います』

「これ、ひどくない?」

「ひどいですねえ」


 冴子が顔をしかめ、優も同意した。他の三人も同様の思いだ。


「出し物を選ぶ時点で、教えてくれれば、もっと客の気を惹けるものを選べるだろうに。安易な出し物にしたクラスは落胆してるだろうね」


 護が言った。


「そもそも出し物自体、教師が勝手に決めている時点で、それも通じなくない?」

「あ、そうか……」


 誓が指摘する。


「発破をかけたつもりで逆効果だし、ただでさえおかしくなった文化祭に、トドメをさしたようね」

「優勝クラスのいる学年限定でクラス替えも、ひどいとばっちりだな……」


 誓と元太が言った。五人は人気の無い場所で会話をしていたのでわからなかったが、この校内放送が流れた際、校内の生徒達は一斉に落ち込み、陰鬱な雰囲気が漂っていた。


***


 開始直前になっても準備ができていないクラスがあったため、いじめ文化祭の開始は三十分遅れた。

 竜二郎とオンドレイが二人一緒に、文化祭に訪れる。強面の筋骨粒々の巨漢外人と、ライバル校の制服姿の小柄な美少年という組み合わせは、非常に目を引いた。


「オンドレイさんが今回は味方とか、凄く心強いですねー」


 かつて鋭一と共にオンドレイと戦った事もある竜二郎は、オンドレイの強さは身を染みてわかっている。


「予測してはいたが、完全に浮いてるな、俺は」


 豪胆な一方で、繊細さも同時に持ち合わせているオンドレイは、居心地が悪くて仕方がない。


 二人は校内に入ってすぐに、優達五人に出迎えられた。


「校内で情報交換できるの?」

 疑問に思う護。


「外から来る人への暗示効果は部分的に解除されていても、私達は外部に、校内に関する情報を漏らせないと思いますよう。完全に抵抗レジストできる人にでないと。つまりオンドレイさんなら大丈夫かと」

「オンドレイさんに話せば、オンドレイさんが竜二郎にも伝えられるってわけね」

「面倒な仕組みだな」


 優、冴子、オンドレイがそれぞれ言う。


「大丈夫ですー。僕も優さん達から情報を直接聞き出すこと、可能ですよー。悪魔様にお願いで、数時間だけ、学校そのものにかかっている暗示催眠への抵抗力を上げてありますから。そもそも校内の暗示どうこうの時点で、それは実証されちゃってるでしょー」

「あ、そうですねえ。こりゃまたうっかりさんです」


 竜二郎の言葉を聞き、優は自分の頭を軽くこつんと小突いてみせる。


「へーい、みどり様の登場だよォ~」

「やっほ」


 そこにタイミングよく、みどりと純子も現れる。


「じゃあ皆さん揃ったので、敵の狙いが何であるか、私の推測を述べますねえ」

 優に注目が集る。


「まず私が黒幕さんの立場になってみて、幾つか考えてみましたあ。ポイントは二つ。一週間の猶予が必要であることと、文化祭で休戦協定を解く理由ですね。この二つのポイントを考慮して、三つの可能性を導き出しました」


 優が言葉を区切る。堂々と廊下で話しているので、通行人は当然来る。生徒が二名、通りかかった。


「まず一つ目……。私以外の人も予想しているかもですけど、文化祭で外から招きいれた人達を利用して、兵士に仕立てあげたいんじゃないかなーと。文化祭の準備期間と並び、洗脳のために準備期間が必要だったんじゃないかなーと見てますう。で、文化祭の間に私達を仕留めようとする――と」


 誓は敵がそうしてくるかもしれないと予想していたし、護とも話していたが、元太は全く考えていなかったので、優の話を聞いて青ざめている。


「二つ目は、新たな暗示作用を生徒達にかけて、私達を逃れられない状況へと追い込むことです。例えば私達だけ校舎から出られない暗示をかけ、校舎を火事にするとか……でもこれは可能性低いでしょうねえ。黒幕さん達にとって、学校は聖域みたいですし。それを自ら手放すっていうのは考えられません。それならネガティヴになっていって、自殺する暗示とかの方が考えられますう。その対抗策として、みどりさんに来てもらいましたあ」

「へーい、ちょっといい?」


 みどりは優の話で気になる部分があり、口出しすることにした。


「ふわぁ~……えっとさあ、暗示ってのはあくまで学校に通う生徒対象で、学校そのものが暗示の引き金になってるんだよォ~。多分この暗示は、黒幕自身にもかかってるし、個別ってのは無理があると思うぜィ。つまり、新たな暗示って可能性はほぼ有りえないわ。ましてや自殺へ導くようなマインドコントロールなんて、かなり強い力が必要なんだよね」

「なるほど。個別に対処は、暗示ではなく、教師達に行うような直接的な洗脳でしょうねえ。つまり、二つ目の心配はいらないと」


 みどりの話を聞いて、優はそういう結論に至る。


「三つ目。第三勢力と手を組むための時間稼ぎ。そうしたあてが見つかったのかもしれません」

「あのさあ……」


 元太が少し苛立ち気味の声をあげる。


「そんな推測を今更あげてどうするんだよ。黒幕は準備をしてきたかもしれないのに、俺達は何もせず、ただ時間を潰してきたんだぞ」


 元太のこの言い分はもっともだと、護は感じた。


「結局私達はどうすればいいの?」

 誓が問う。


「私達は、黒幕さんを突き止めないことには、防戦一方ですねえ。今回もまた、防戦でしょうけど、文化祭の最中に仕掛けてくるのですから、相当混乱するのではないかと見ています。その混乱した状況でこそ、虚を突くことができるんじゃないかなあと」

「そんな大雑把な……」

「じゃあ、てめーでいい案を出してみなっての」


 皮肉げな笑みをこぼす元太を冴子が睨みつけ、ドスの効いた声をあげる。


「無いよ……悪かったな」

 うつむき、悔しげに謝罪する元太。


「とりあえず俺をまた脅し役に使うのはやめてほしいぞ」

「多分大丈夫だと思いまあす」


 念押しするオンドレイに、優は笑いをこらえつつ言った。 


「大勢でぞろぞろするのもどうかと思うし、三組に分けようかー。あ、私は中立だから、危害が及ばない限りは戦わないけどねー」


 純子が提案する。


「じゃー、純子さんになるべく危害が及ぶといいですねー」

「同感ですう」

「同意~」


 竜二郎の言葉に、優とみどりが頷いた。


***


 その後、純子の提案通り、三組に分かれて行動することとなった。誓と護と優と冴子と元太の、ヴァン学園生徒五人組、オンドレイと竜二郎のコンビ、そして純子とみどりという、来た時の通りの組み合わせである。


『優さん、本当は何かいい案を思いついてますよねー?』


 竜二郎がバーチャフォンを取り出し、こっそり優と冴子にメッセージを送る。


『はい。今言えない事情があるだけです。そんなに大した理由ではありませんけどね』

『この駒虫元太って奴を信じてないんでしょ?』


 優と冴子がほぼ同時に返信する。


『はい、それもあります。一応Cの生徒ですしねえ。でもそれ以外の理由もあります。実は黒幕さんを探る方法はあるんですよねえ。あ、監視カメラと盗聴器がどこにあるかわかりませんから、気をつけてくださいね』

『言えない事情ってのは、盗聴器を意識してのことですか? 逆の意味で』

『逆の意味?』


 竜二郎の言葉の意味が、冴子にはわからなかった。


『ああ、竜二郎さんは見抜いてましたか。そういうことです』

『エスパー同士での会話やめて、はっきりと私にもわかるように教えてよ』


 納得する優。要求する冴子。


『つまり盗聴されているかもしれないという期待も込めて、敵を騙すには味方から作戦です。今の会話が敵に聞かれて、敵さんにこちらが気付いてないと思わせる作戦。そうですよね?』

『はい、そういうことです。もったいぶってごめんなさい』


 竜二郎が解説と確認を行い、優がそれを肯定する。


『なるほどー。でも誓と護にもそれ伝えた方がいいと思うけどな。あ、駒虫はいいや。私あいつ嫌いだし』

 と、冴子。


『誓さんは頭の回転いい人ですから、気付いていると思いますよ』

『そっか』


 優に言われたので、冴子は納得した。


***


『本当に大丈夫かな』

 護が誓にメールを送る。


『大丈夫よ。今の会話は、優のフェイク。盗聴されていることを意識して、わざと敵に聞かせているだけだから』


 誓は優の読み通り、優の目論見を見抜いていた。


『ああ、そういうことか。それで敵を油断させようと』

『そうでなきゃ、盗聴器とカメラが学校中に仕掛けられているのに、廊下でわざわざあんな会話しないって。でも、敵も優のフェイクを見抜いている可能性だってある。ちょっとわざとらしいしね』


 今まで盗聴器のある場所を避けたり、盗聴器を破壊したりしたうえで話していたのに、いきなり盗聴器がありそうな場所で会話をして、それで敵が果たして騙されてくれるだろうかと、誓はかなり懐疑的だった。

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