第四十一章 27

「なんちゅー文化祭や。頭おかしーんちゃうか」


 丸眼鏡をかけた痩せた中年男が、ヴァン学園の中を歩きながら、呆れ果てた声で呟く。


「何なん、これ。このいじめ喫茶店て。なんちゅー喫茶店や」


 ケチをつけつつも、いじめ喫茶店と書かれた看板のクラスに入っていく。


「あぁ? いらっしゃいませ……」


 凄まじく無愛想な顔と声で出迎える、店員役の生徒。


「愛想ワルー。文化祭言うたかて、少しは意識して接客しーよ」

「ごめんなさい。そういうコンセプトなもんで……」


 不機嫌そうな顔で睨みつけてくる中年男に、生徒が態度を一変させて、ぺこぺこと謝る。


「どないなコンセプトやねん」


 しかしツボったらしく、中年男は小さく笑っている。


「メニューもけったいなもんやな」


 メニューを覗くと、『トイレで水かけジュース』『根性焼きそば』『上履き画鋲サンドイッチ』など、物々しいメニューが並んでおり、また笑みがこぼれる。


「あれ、テレビで見たことあるな」

「犯罪心理学の丸井沢丸太郎教授でしょ」

「ああ、あの暴言凄い人か……」


 教室内の生徒が、中年男――丸井沢丸太郎を見て、ひそひそと囁きあう。しかしその囁き声は、ちゃんと丸井沢の耳に届いている。


「うぜー。なんかうぜー」

「何でこんな所来てるの? わけわかんない」

「うわっ、こっち見た」

「大阪弁うぜー」

「キモいんですけど……ちょーキモいよねー」

「おいお前らっ、客に聞こえる声で、何ごちゃごちゃ言っとー」


 むっとして、丸井沢が声を荒げる。


「すみません、そういうコンセプトなんです」

「ごめんなさい」

「いじめ喫茶ですから。ごめんなさい」

「ああ……そういうことかい」


 生徒達が申し訳なさそうに謝りだす生徒に、丸井沢は理解した。


「何も客いじめへんでもええんちゃう?」

「アンケートのいじめポイントを稼ぐには……こうした方がいいかなあと思って」

「いじめポイントねえ……。こんなん、何を基準にポイントつけたらええねん」


 先ほどから苦笑いの連続になっている丸井沢。


「あ、それとな、ワイは神戸育ちやから、神戸弁や。大阪の関西弁とは微妙にちゃうねん。大阪弁と一緒にすなよ。それと、生まれが京都なもんで、京都弁もたまにミックスされとー」


 大真面目に訂正する丸井沢であったが、生徒達にその違いなどわかるはずもなかった。


***


 オンドレイと竜二郎が最初に入ったのは、いじめ取調べ劇場という看板が出された教室だった。


「あ、やっとお客さん来た」

「よし、気合い入れていくぞ」


 教室内でくつろいでいた二人が、竜二郎とオンドレイを見てそれぞれ言う。


 一人は刑事役と思われるくたくたのスーツ姿。もう一人はマジックで顔に傷痕など書いた犯人役だ。

 竜二郎が客席に座るが、オンドレイは立ったまま観賞する。


「じゃあ劇を始めます。おらあっ!」


 刑事役が犯人役を蹴り飛ばす。


「吐けーっ。さっさと吐けーっ。お前がガイシャをいじめ自殺においやったんだろうっ!」


 刑事役が黒板の白い粉を、犯人役の頭からかける。


「ぶほっ! げほっ! 違いますっ! ぐはあっ!」

「嘘をつけーっ! このままどたまかちわられてーのかーっ!?」


 激しく咳き込む犯人役の頭を、パイプ椅子で打ちつける刑事役。


「出るぞ」

「はい……」


 オンドレイが促し、竜二郎も席を立った。


「ちょっとちょっと待ってよ! こっちは体張ってるってのに、そんなに早く見切りつけて出て行くことないでしょっ!」


 真っ白になった犯人役の生徒が、必死の形相で止める。


「ああ? もう今の段階で、見るのが苦痛になってるぞ」


 オンドレイが凄みを利かせて言い放つが、真っ白になった犯人役の生徒は、ひるみながらも引こうとしない。体を張って演技をしているという矜持が、オンドレイの強面にびびりながらも、彼に勇気と度胸を与えているようだ。


「ここから面白くなるんですっ! だからあとちょっと見てくださいっ! それから判断してくださいっ!」

「わかったわかった」


 生徒の熱のこもった訴えに折れ、オンドレイは大きく息を吐く。


 竜二郎が席に戻り、オンドレイは相変わらず立ったまま腕組みしている。そうして立っているだけでも威圧感が凄いと、竜二郎は感じる。


「ふっ、まだ吐かないなら仕方がない。とっておきを食らわせてやる」


 刑事役の生徒がにやりと笑い、箱の中から使用済みコンドームを幾つも出す。


「出るぞ」

「流石にドン引きですねー」

「ちょっと待ったちょっと待った! これは本物じゃないからっ! 中に入ってるのはただの牛乳だからっ!」


 今度は刑事役が止めに入るが、今度はオンドレイと竜二郎は思い留まることなく、教室を出て行った。


「本当にここから面白くなるんだからーっ!」

「あーっ、せめてアンケにいじめポイントだけでもーっ!」


 教師の中から悲痛に満ちた叫び声が響いていた。


***


 誓達五人も、適当に他のクラスを回っていた。


「意外と客はちゃんと見て回ってるのね」


 冴子が来場者の様子を見て述べる。


「でも出し物がくだらなすぎて、その時点で呆れてる人多そう」


 どうでもよさそうに護。


「いじめ撲滅を訴えるためのいじめパフォーマンスと、勝手に解釈して割り切ってるのかな。でも頭の固い人には通じないでしょ」


 少なくとも自分の親は、ろくな反応をしないだろうと、誓は思う。


「不謹慎厨さんは、私の一番大嫌いな人種ですねえ」


 いつもほんわかしている優が、明らかに怒りを滲ませた暗い声を発したので、他の四人は驚いて優を見た。表情も今まで見せたことのないようなこわばりを見せている。

 冴子だけは知っている。それらに対し、優が激しい嫌悪を抱いている理由を。


「敵も襲ってこねーけど、俺達もいつまでこんな風にぶらついてるんだよ」


 何も具体的なことをしようとしない優に苛々して、元太がまた噛みつく。


「さあ、いつまででしょうねえ」


 優はとぼけたような返事をする。そこかしこに仕掛けられている盗聴器を意識しての返事だ。

 優に今できることは何も無い。せいぜい襲撃を警戒するだけだ。しかしここに至るまでに、何もしていなかったわけではない。


(あとは報告を待つだけなんですよねえ。中々来ませんが、手間取っているのかなあ。できれば敵が動く前に私達から先に――)


 優がそこまで考えた所で、待ち望んでいたものが訪れた。


***


 いじめ文化祭が行われるその日、武蔵、九郎、凡太郎の三人は、視聴覚室を根城としていた。


「来場者の兵士化を見抜かれていたね。そのうえ雪岡純子まであっちにいるとは……」

「中立と言ってたけど、親しい仲みたいだね。中立だからこそ、僕達の追加改造もしてくれたんだろうし、信じてもいいかな……」


 九郎と武蔵は、純子が敵陣営と親しい間柄であった事を会話で知った。例え中立だと本人が宣言していても、なお不安は残る。

 優の読み通り、武蔵達は仕掛けた盗聴器で会話は拾っていたが、わざと盗聴器を意識した会話とまでは、頭が回らなかった。それよりも純子が向こう側についていた事に気をとられている。


「町子先生……会いたいよう……。俺……何てことを……町子先生……」


 相変わらず凡太郎の様子がおかしいが、武蔵も九郎も無視して放っておく。デビルが管理するようなことを主張していたが、今日は大事な日だというのに、デビルは姿を見せない。


「洗脳結界は?」


 九郎が武蔵に進捗を伺う。現在学校に、新たな結界を築いている。学園祭目当てに外部から来た者達を洗脳し、手駒にする効果がある結界だ。

 これは生徒達に様々なルールを施す暗示をかける結界より、ずっと複雑で厄介だ。暗示作用ではなく、完全な洗脳だからである。


 デビルが教師達の頭に触れて洗脳したのと同じことを、学校そのものに仕掛け、特定の来場者を狂わせる。故に、結界を築いたとしてもそう長く持続できるものでもないので、前日から結界を築くという事はできず、文化祭が始まってから行われている。


「今、七割ほどかな。デビルもどこにいるかわからないけど、一応手助けしてくれているみたいだ。いや、逆だね。今回はデビルが結界の根幹を築き、僕はその力添え……」


 異常事態が発生し、武蔵は話を中断した。


「監視カメラが幾つか故障したぞ」

「本当だ。あいつらの姿も見失った。盗聴器も故障してる」


 緊張する武蔵と九郎。


「あいつらが本格的に動き出す前触れか? いや、もう動いてるってことか?」


 武蔵がそう言った直後、扉が開いた。

 冴子、元太、護、誓、優の順に、視聴覚室へと入る。


「何でここに……」

「どうしてわかった……」


 ぽかんと口を開けて、五人を見る武蔵と九郎。


「はい、チェックメイト~」


 冴子がにやにや笑いながら、武蔵達を指差してみせる。


「企業秘密……ではないですねえ。企業に勤めてはいませんから。国家機密ですう」


 優が冗談めかして微笑んでみせた。

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