第四十一章 24
誓、護、優、冴子、元太が、夜は帰宅せずに雪岡研究所に避難するようになった、その翌日。
五人の机の上に、同じデザインの封筒がそれぞれ置かれていた。
誓、護、元太の三名が顔を見合わせる。そして注意して封筒を開く。
中の便箋に書かれていた内容も同じであった。文化祭までの一週間の休戦協定案。最後の行には、受け入れてもらえるなら放課後下校時までに、自分の机の上に封筒を置いておくようにと書かれてあった。
「どう思う?」
「どうするんだ?」
封筒を手にした護が誓に声をかけ、元太は二人の反応を伺う。
「優の指示待ち。あの子が私達の実質リーダーだしね」
誓が言った。
その後、昼休みに校舎裏に五人で集る。話題は当然、封筒に書かれていた休戦の申し込みの件となる。
「こちらにとってはありがたいですねえ。その時間内にいろいろと準備も進められますし、調査も進められます」
優は受け入れる方向で話を進めるようであった。
「罠にしても露骨すぎるし、敵も今戦いを避け、決戦に向けて準備したいってことね」
「はい。そうだと思いまあす」
誓の言葉に、優は頷く。
「文化祭を決戦の舞台にしたいんでしょーね」
冴子が言った。休戦申し込みの封筒には、文化祭には暗示が一部解除されて、外部の人間が入れるようにする旨も書かれていた。
「助っ人を外から連れてきてもいいと、暗に言っていますねえ。そして……それでもなお勝てる算段が、黒幕さんにはあるということでしょう」
優の言葉に、敵の余裕と自信が感じられ、護と元太は息を飲んだ。誓と冴子は冷静なままだ。この五人の男女は女性陣の方が、肝が据わっている。
「休戦協定結ばれたなら帰宅していいか?」
元太が尋ねる。
「いいえ、油断しない方がいいですよう。ケリがつくまで研究所通いにしましょう」
優は首を横に振った。
「うーん……最低一週間帰宅しないでおく家族への言い訳が……」
冴子が腕組みして難しい顔で唸る。
「ああ、その問題がありましたねえ。ごめんなさい。暗示のせいで正直に言うこともできませんしねえ」
と、優。
「いや、暗示が無くても、現状を有りのままになんてとても伝えられない。うちの親はろくでもないもんだし」
誓が冷たい声で吐き捨てる。しかしそんな親でも、家出状態となると後々面倒だ。
「いい方法を思いつきましたあ」
ぽんと手を叩く。
「この方法なら絶対確実、皆さんの家族の方々が例えどんな方であろうと説得できまあす」
「そんな方法あるの?」
「俺には思いつかない……」
「どんな人間でも説得できるって所が、逆に怖いな……」
やけに自信満々に大口をたたく優に、誓、護、元太は不安になる
「明日からいじめ文化祭の準備のため、授業全て無しになるそうね。今日は儀式も無かったし」
冴子が話題を変える。
「私、文化祭って初めてだけど、こんなに急激で慌しいものなの? しかも授業全て潰すとか……」
「もっと前からやるものだよ。急すぎるから授業も全て潰してとりかかっているんだろ。このイカれた学校だからこそできることだわ」
誓が疑問を口にすると、冴子が答えた。
「大体いじめ文化祭って何よ……。出し物も、クラスや部活で決めさせてもらえずに、全部学校側で決められるとか……」
「出し物の内容一覧見たか? うちのクラスは金魚すくいならぬ、いじめられっ子救いだぞ。いじめられっ子役といじめっ子役がそれぞれいじめの演技して、それを客が救うとかイミフ」
冴子がダルそうに言い、元太は呆れきった顔で言う。
『教頭から皆さんにお知らせでーす。いじめ文化祭を盛り上げるには、主にBとCの生徒の働きにかかっていると言っても、過言ではありません。そしてBとCの生徒に限り、素敵なプレゼントも用意してありますっ』
校内放送で、教頭の弾んだ声が響く。
『そのプレゼントとはズバリ、Aへの昇格ですっ。文化祭で特に優秀な働きを見せた生徒に限り、Aに昇格ができます』
教頭のその言葉に、校内が一斉にざわめいた。
『判定の方法は後ほど詳しくお伝えします。それでは皆さん、はりきっていじめ文化祭の準備を行ってくださいっ』
教頭の放送は終わった。
「マジかよ……」
「Aになれば、もうこんな苦痛の日々から解放される……」
「ははは、俺は片目えぐられたから、AになったらCの片目えぐってやるよ」
「今のうちにもう片方もえぐられろ」
「ふざけんなよ。イジメしてた奴がまたイジメする立場に戻れるとか、この学校のコンセプト台無しじゃねーか」
「コンセプトって何だよ。入学する前からそう決まってたわけじゃねーし、誰もそんな約束してねーだろ」
「そもそも特に優秀な働きとか言ってるし、条件は相当厳しいだろ」
あちこちで生徒達が、いじめ文化祭の報酬に関して語り合う。
「どう思う?」
護が誓を見る。
「学校をこんな風にした黒幕は、間違いなくいじめられっ子でしょう。そのいじめられっ子が、かつてのいじめっ子を、またいじめっ子のポジションに戻すと思う? こんな大掛かりな復讐をするほど、いじめっ子を憎んでいるのよ?」
含みを込めて、誓は思う所を述べる。
「つまり嘘?」
「うん。私は嘘だと思う。BやCに、文化祭とやらを必死に盛り上げさせるためにね。あるいはAにしたと言った後で殺すとかさ。それも騙してることに変わりないけど」
誓が優を見やる。優の意見も聞いておきたかった。
「Bはともかく、CがAになることは、Aから相当の反感が出るでしょうし、Cを選ぶつもりはないと思いますよう。まあ……それ以前に文化祭で黒幕さんを突き止め、この学校を元に戻すつもりですけどねえ」
(そうできればいいんだけど……)
優の存在は頼もしいが、誓は不安だった。敵が先に休戦を申し込んできたうえに、こちらの助っ人も招きいれることまで可能にした。こちらに都合のいい条件を出したからには、向こうはその休戦の間に、勝利を確信できるに至る策を用意してくるに違いない。それが如何なるものかも、誓には全く想像がつかない。
***
「私、一週間くらい家を空けるから」
誓は自宅に帰るなり、母親に告げる。どうやらこの程度の発言であれば、情報の流出とは勘定されずに可能なようだ。
「昨夜帰らないで……何やってたのかと思ったら今度は一週間?」
母親は小じわだらけの顔をしかめて、粘着質な声をあげた。
まだ四十そこそこであるはずだが、誓は自分の母親が、同年代に比べて相当老けていると見ている。女性は男性よりも、歳の取り方の個人差が激しいと、誓は聞いたことがある。しかもその原因は、メンタルな影響が大きいとも。
「一応報告はしたし。今更まともな母親面でもしたいの?」
凍りつくような眼差しで睨み、低くドスの利いた声を発する誓に、母親はあっさりと気圧される。
「あんたがどうなろうと知ったこっちゃないけどね。家族にまで迷惑かけるのは許さないよっ。あんたと違って智一郎や千晶は立派な子なんだし」
智一郎は誓の兄だ。必死に両親の顔色を伺い、勉学に励んで、十八歳になるまでの人生を浪費した立派な子だと、誓はせせら笑う。そして兄は誓のことを避けていた。もう何年も口をきいたことすらない。
千晶は妹だ。これまた親の顔色伺いに執心している。二人共、誓よりずっと成績優秀で、良い学校に通っている。これまた誓を避けている。
「随分な物言いだな」
「ひぃいぃっ!?」
不機嫌そうな声と共に家の中に、凄まじくいかつい顔の巨漢が現れたので、母親は顔を引きつらせ、悲鳴をあげてしまう。
「こちら私の保護者でオンドレイさん。裏通りで殺し屋してるの」
「うむ。よろしく」
殺し屋は廃業したが、誓に合わせてそういうことにしておくオンドレイ。
「う、ううらうらうらどーりぃっ?」
ぺたんと尻餅をつき、震えながらオンドレイを見上げる母親。オンドレイが明らかに怒りの視線を自分に向けていることも、恐怖に拍車をかける。
「家族には言いにくい事情があって、娘さんは今、家に帰れないが、俺が身の安全を保障する。いががわしいことをするわけでもないと保障する。俺が娘さんを守護しよう」
凄みをきかせて告げると、オンドレイは銃を抜き、母親の足元を撃った。
「あひゃああぁあっ!」
おかしな悲鳴をあげたかと思うと、母親は失禁し、泡を吹いて失神した。
「ありがとう。オンドレイさん。凄くすっとした」
「そうか……」
笑顔の誓であったが、オンドレイは憮然とした顔だ。
先にオンドレイが家の外に出ると、護と優と冴子と元太が待っていた。
「オンドレイさん効果すげー。外圧に弱い日本人には効果覿面だわ」
こっそりと家の中にあがって、様子を伺っていた冴子が感心する。
「じゃあ次は護君の家ですねえ。引き続きオンドレイさん、お願いしまあす」
「全然いい気はしないぞ。正直お嬢ちゃんが、俺にこんなひどい役をさせるとは思わなかったぜ……」
「ご、ごめんなさぁい……」
仏頂面で文句を口にするオンドレイに、優はぺこぺこと頭を下げて謝罪した。
それからしばらくして、誓が自宅から出てくる。
「おいおい、凄い荷物だな……」
背には大風呂敷を背負い、両手に巨大なトランク姿で出てきた誓を見て、オンドレイが苦笑する。
「何を持ってきたの? それ」
「秘密で……」
冴子の問いに、言いづらそうにうつむく誓。中味は全て人形とぬいぐるみである。しかしこれが全てではないし、特大サイズのものは持ち出せなかった。
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