第四十一章 23
「そんな勝手なことしろって、誰が言ったよ。今は敵の規模を探る事にするから、余計な手出しはしなくていい」
凡太郎から電話で、敵の家を襲撃した件の報告を受け、武蔵は呆れ果てた。
現在は午後八時。武蔵は当然自宅にいる。
『でもデビルも……』
「デビルに命じられたのか?」
『いや……そうじゃないけど、デビルに見つめられたら、自然とそうしなくちゃいけない気がして……』
凡太郎のさらなる報告を聞き、武蔵は目を丸くした。
「わかった……。とにかく僕が指示しない限りは動かないで」
キツめの声で告げて電話を切る武蔵だが、想像していることが正しければ、こんな念押しなど無意味だ。
それから武蔵は九郎に電話をかけ、凡太郎とデビルの襲撃の件を話した。
「デビルは何考えているかわからないし、好き勝手やってくれる。制御できそうにもない。かといってデビルがいないとこの学園も維持できないから、咎めるのも抵抗があるよ」
『それで腹を立てられたら、それまでだしね……』
デビルの暴走に、九郎も悩み、返答に困っているようであった。
『仏滅とデビルの先走りで、わかったことがある。敵は自分の家を、自分以外の力でガードできるくらいに、戦力を整えられるってこと。つまり俺達の力が及ばない学園外での遭遇は、俺達にはかなり辛いことになる。戦うなら学園内に限定した方がいい』
「敵は……相当強そうだよね?」
少し不安げな響きの声を漏らす武蔵。最初は敵の出現を面白がっていたが、自分達の楽園を本気で脅かす輩のように感じられて、その余裕は無くなってきた。
『正直、いつ俺達の存在を突き止められてもおかしくない。わりと証拠になりそうなものは多い。反逆の意志を持つ奴や、反逆するだけの力を持つ者が現れるなんて想像もせず、結構滅茶苦茶やってきたし。例えば部屋で乱交パーティーやった痕跡消すとしたら、Cの女子を片っ端から殺さないといけない。誰とやったかも覚えてないし』
「他にも結構いろいろ、証拠になりそうなものの心当たりはあるよ。もし見つかったら、問答無用で殺されるか? 僕は戦闘力が無いし、ヤバそうだ」
『時間が欲しいね。せめて文化祭まで……』
文化祭を利用して、敵をハメるつもりでいる九郎である。
「一週間逃げおおせることができるかな? 雲隠れするわけにもいかないし」
『俺等にとっては学校が一番安全だと思うよ』
力強く言い切る九郎だが、武蔵はそれを鵜呑みにできずにいる。
(デビルのあの動きは、勝手な暴走ではあるが、僕達を裏切ったわけではない。でも……もしデビルと本気で仲違いしたら? あるいは裏切ったら? そうなると一番安全な場所にはならない。僕達の命運はデビルに握られているようなもんだ)
暗示も洗脳も、デビルの補助があって成り立っている。武蔵の能力だけでは力不足だ。
『敵と交渉しよう。もちろんこちらの身は隠したままね』
武蔵が思案していると、九郎の口から驚きの提案が発せられた。
『敵も、家を巻き込まれたいとは思っていないだろう。デビルのやったことを利用させてもらう。交渉して、しばらく互いに手出ししない休戦条約を結ぶ。一週間後の文化祭までね。文化祭でケリをつけるよう申し出る』
「そんなの敵が応じると思えない……。ていうか、敵は信じないだろう。それにさ、デビルと仏滅が勝手なことしたら、それでおじゃんだよ?」
いつも九郎の案に従う武蔵であったが、今回だけは飲み込めそうにないと感じる。
『デビルと仏滅にもこの話をするよ。それでもなお彼等が裏切るようなら、全て台無しになる。それは彼等も理解するだろう』
「敵が交渉に乗る? 乗ったとして、約束を守る?」
『敵からするとありがたい交渉だと思うよ? 一週間の猶予ができる。もし決裂したら、こっちも何するかわからないと、恐々とすることになるし。敵は学園にかけられた暗示効果によって、自由には動けない。学園の中へ外部の助っ人を招きいれることもできない。猶予を与えたとしても、俺達と違って出来る事は限られている。だからこそ逆にその猶予がありがたいはずだ。限られた時間、制限された行動内で、精一杯の準備を進めたいだろうからね。でも俺達は、より広い行動範囲で準備ができる』
九郎が熱心に説明するが、それでも武蔵は不安を拭えない。九郎の口にしていることに、具体性も感じられない。
「明日、雪岡研究所に行ってくる。さらなる改造をしてもらう。戦える能力を得る」
武蔵が静かに告げる。戦闘用の力は備えていない武蔵である。しかしそのままでは心許ないと思い、決心した。
『それなら俺もつきそいで行くよ』
九郎は止めることもなく、武蔵の覚悟を尊重した。
***
雪岡研究所。誓と護は今日からここで厄介になる事になったので、二人で夜遅くまでお喋りに明け暮れていた。
危険だから避難してきたというのに、緊張感も何も無く、楽しい時間を過ごす誓と護。
(人形達と会えないのは悲しいけど、誓君と一つ屋根の下で……と考えると、嗚呼……それだけで凄く幸せ……。いや、正確には一つビルの下だけど)
そう意識すると、余計に心がふわふわする誓であった。
しかし楽しい話ばかりではない。どうしても話題はどこかで、学校の件に行き着いてしまう。学校のことにも触れないと、不安になる。
「学校をあんなおかしな世界に変えちゃった黒幕って、どんな子なんだろう」
護が何とはなしに言った。現在、二人は護が与えられた部屋にいる。研究所には客人用の個室が大量にあった。
「私もそれは気になってた。ま、間違いなくいじめられっ子だってことはわかるけど、よっぽど物凄い恨みを持ってるんだね。よくここまで滅茶苦茶なことができるよ。復讐のためというより、ウサ晴らしというか……。底辺から逆転して、自分が王様になりたい願望でもあったのかな?」
誓が言う。その手のラノベでも呼んで、悪い影響を受けてしまったのかもしれないとも考えたが、もしかしたら護もそうしたものが好きかもしれないと考え、言わないでおく。護も結構ラノベは読んでいると聞く。
「可能なら、会った時に話がしたい。言いたいこと、いろいろある。盛高は……殺されなくてもよかったのに。あいつは苦しんでた。俺と同じ弱い奴だった……」
怒りを滲ませて、護が言う。
「何を言うつもりか聞いてみてもいい?」
「ごめん……今は言いたくない。初めて口にしてぶつけてやる時まで、溜めておきたいっていうか……」
「その理屈なら、会った時に話がしたいって私の前で言う時点で、溜めになってないよ」
照れ笑いを浮かべる護に、誓も冗談めかして微笑む。
「毎晩見る夢に出てくる子は、何の意味があるんだろう。これも学校の生徒の誰か? いじめられた当人が見せているとは思えないし……」
「それも未だに謎よね。みどりに見てもらう?」
「んー……正直あのみどりって子の厄介になるのも、怖い部分ある。だって頭の中覗かれちゃうわけだしさ」
誓にみどりの名を出され、護は拒絶反応を示す。
「いやらしいこといっぱい考えてたりするんだ?」
自分のキャラにちょっと合わない冗談ではないかと、言ってから恥ずかしくなる誓。
「そりゃ俺も男だから……」
そっぽを向き、控え目に肯定する護。
「ていうかさ……そのいやらしいことするチャンス?」
誓がさらに自分のイメージにそぐわぬと、自分で口にしてから後悔する発言をしてしまう。
「ここは純子の家みたいなもんだし、そんな環境で、そんなことできる?」
「いや、冗談だし……その気持ちはなくもないけど、冗談だし……」
すごくもっともなことを護に言われて、誓はしどろもどろになる。
「ねえ……今の誓はいつもと違うね」
穏やかな目で誓を見ながら、護は言った。
「学校じゃクールな仮面を被ってるけど、今は素の誓が見えている感じがする」
「そ、そう……? いや……そうだよ。こっちが本当の私。いつもは作ってる」
護の指摘を誓は素直に認めた。護に自分を見抜かれたことが、無性に嬉しかった。
「私さ、小さい頃から男の子とばかり遊んでたし、頭の中、男の子っぽいって自分でも思ってたけど……」
人形遊びもどちらかというと、男の子的に遊んでいると、誓自身思う。
「何か護君と会ってからは、やっと女の子っぽくなりつつあるような……そんな気がする。気のせいかもしれないけどさ」
「俺は逆に、女性的って言われてる」
主に姉からそう言われていた護である。
「んー……私の秘密その一が暴かれたか……」
テンションが上がり気味で、また余計なことを言ってしまう誓。
「つまり他にも秘密があると?」
「誰にだって人には言えない秘密あるでしょ。言ったら身の破滅級な秘密がさ」
「う、うん……」
そこまでの秘密は無い護であるが、少なくとも誓には有りそうなので、合わせておいた。
「ねえ……他人の家でいちゃいちゃとか、確かに気が引けるけどさ」
誓が言いづらそうに切り出す。
「ちょっとだけなら……その……よく……」
喋っている途中に、護が無言で誓の体を抱き寄せる。
そこで動きが止まる二人。互いに重なり合い、服越しに互いの体の感触と体温を感じるだけで、鼓動がかつてないほど早くなる。
しかし時間の経過と共に興奮は緩やかに鎮まっていき、深く、静かに、今というかけがえの無い時間を味わう。
いつまでもこうしていたいと、二人は同じことを想う。
(今この瞬間のこと、私は一生の記憶として焼きつくな)
(この時間をずっと忘れたくない)
同じことを想った後で、似ているようで微妙に異なることを思う、誓と護。
小動物を連想させる護の愛らしい顔が近くにあることを意識し、誓はつい衝動的に、護の頬に自分の頬をすり寄せる。今まで誓がずっとやってみたかった行為の一つだ。
唇を重ねてきたのは、護からだった。
何も考えられなくなって、唇が軽く触れるだけ、たまに勢いあまって歯がかちあう、辺に押し付けあうといった、不器用なキスを何度も繰り返す。
「ちょっと……そこまでにしとこ……」
頭がぼーっとしていた誓であるが、静止の声をかける。
「ここでこれ以上はちょっと……。純子のことだから、部屋に監視カメラつけて、見てるとかもありそうだし……」
「ん……わ、わかった」
誓に押しのけられ、ひどく不快そうな顔になる護。
(うわ……怒らせちゃったか。私、不味いことしたかな……)
護の反応を見て、顔をしかめる。激しく後悔する。
「ごめん……いきなりすぎたね」
誓が謝ろうとした矢先、護の方から謝ってきた。
「本当ごめん……調子のって」
「違うよ。不愉快で拒絶したんじゃない。本当に場所に抵抗あるだけだからさ」
緊急避難先のマッドサイエンティストの研究所を、ラブホテル代わりにしていちゃつくというのは、どうしても抵抗があった。見られている感も凄くあった。
「大好きだから……信じて……」
そう言って今度は誓の方から護を抱きしめる。
「俺も……って、これも見られてる?」
「うん、視線感じる。絶対見てる。でももう少しだけ……こうしていよ? もう少しだけ……」
そうして二人はまた、ただ抱きあい、互いを感じあっていた。
***
「ふんっ。勘の良い小娘めがっ」
ディスプレイの中で抱きあう誓と護を見て、みどりが悪役らしい声で毒づく。
「きっとみどりちゃんが邪念放ちまくったから感づいたんだよー」
みどりのすぐ横に座った純子が、同じようにディスプレイを凝視して、干しいもを食べる。
「へーい、純姉だって相当に邪念だしまくってたぜィ」
そう言ってみどりは、純子の手にした袋の中に手を突っ込み、干しいもを口へと運んだ。
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