第四十一章 17

 誓は登校する際、護のことばかり意識をしていた。学校があのような邪悪な異空間と化し、多くの生徒が暗い面持ちかつ重い足取りで登校する中、誓は早く学校に行って護に会いたいという気持ちでいっぱいで、非常に軽い足取りある。

 昨日のデートで護にも白状してしまったが、邪悪な何者かに支配された学園に、トクベツな力を持った少年少女で立ち向かうという、ラノベチックなシチュエーションに、もうすっかり酔っている。自分達はトクベツだと信じて疑っていない。


 雪岡研究所を訪れて改造される以前の誓は、自分をいじめている奴等を殺す妄想ばかりしていた。その妄想をかなえる力は得たものの、かなえることなく済ませた。自分が力を得たことと、その力を用いていじめられずに済むようになっただけで、十分とした。


 その後は片想いの男の子を自分と同じにしたあげく、順調に仲が良くなっている。そして現在の状況だ。

 妄想少女の妄想が実現していく喜び。順風漫歩なのか? 今が絶頂なのか? いや、その一方でちゃんと意識している。今、自分達は一歩踏み間違えば死に至る、危険な道を歩いている事も。


 クラスに入ると、真っ先に護の顔を捜してしまう。そして護を確認して目線が合い、自然と口元が綻ぶ。露骨すぎるかと自分でも思うが、仕方がない。早く会いたくて仕方がなかった。

 護はすでに教室内にいて、誓と視線が合うと、嬉しそうに微笑む。

 誓も嬉しさがこみ上げて自然と笑みがこぼれる。朝から有頂天だ。

 一回デートしただけで、物凄く二人の気持ちが近づいたと実感した。少なくとも自分の誓への想いは、数倍に強化して膨れ上がったと感じる。


 やがて授業が始まる。朝のホームルームなど無い。

 体格ガタイのいい、初老の教師が顔を見せる。副担任の古賀麻卦流こがまけるだ。

 この副担の体育教師は洗脳前から、誓の大嫌いなタイプだった。何かにつけてステロタイプで、自分の経験則が全てだと思っており、自分の価値観ものさしを押し付けて、それしか認めない輩だ。


「今日の授業はAの生徒にもばりばり協力してもらうぞ。友引君、君にしてもらおうか」


 いきなり指名されて、うげっとなる誓。


「嫌です」


 誓はあっさりと拒む。いつもは引き受けておいて、できるだけなるい内容にする気遣いを行う誓であったし、誓が指名されたことに安堵していたCの生徒達であったが、誓が不機嫌そうに拒絶した事に落胆する。

 誓からしてみると、不機嫌そうにしているのは演技であり、この副担任に目をつけられないための拒絶でもあった。今はヴァン学園の秘密を解き明かすための大事な時期だ。


「おや、菩薩のA様、今日は御機嫌斜めか。では赤口君、頼むよ」

「は、はい……」


 誓と同様に、あまり辛くない授業内容にする護が指名される。護は誓を一瞥し、躊躇いがちに頷く。


(あちゃー……護君に変な気遣いさせちゃった)


 ここで護まで拒絶すると二人揃って変な目で見られ、逆に注目されてしまうし、拒まなければよかったと、誓は後悔した。


***


 昼休み、誓、護、優、冴子の四人は、屋上で今後の打ち合わせを行っていた。


「町子先生からは決定打となる情報は得られませんでしたねえ。でも、有力情報は幾つか得られましたぁ。それと、昨日のうちにもう一つアクションを起こしました」

「休みなのに? 何をしたの?」


 優に尋ねる護。


「もう一人教師を誘拐しました。たまたま町で見かけたので、尾行して、オンドレイさんを呼んで、さらってもらいましたあ。で、雪岡研究所に連れていって洗脳を解いてもらいましたよう」

「二人もこちら陣営につけたのかー」


 やるなーと、感心する誓。


「先生二人もそろそろ来るかと……あ、来ましたねえ」


 優が屋上入り口を見て言う。そこに現れた人物を見て、誓は顔をしかめる。一人は町子先生であったが、もう一人は誓が嫌っている副担任の古賀麻卦流であった。


(よりによってこいつ……)


 げんなりする誓。しかし今日の授業で、自分が指名された理由も納得した。


「助けてもらって何だが、生徒の身でこんな危険なことをするのは感心できんし、洗脳が解けているのなら、せめて転校して逃げるなりしてほしいな」


 複雑な表情で古賀が口を開く。


「じゃあ古賀先生は逃げますかあ?」

「逃げないな……」


 優の問いに、古賀は物憂げな顔になって息を吐く。


「私の兄が裏通りの住人で、情報組織の長をしている。力になってもらえないかどうか、頼んでみるよ。その前にもう一度、催眠効果を解いてもらう必要があるか」

「それはとても心強いですう」


 古賀の申し出に、優が社交辞令的に微笑む。


「明日は黒幕さんから直接指示を受けているであろう、校長先生を誘拐しようと考えてまあす」


 てきぱきと今後の方針を決めていく優に、誓と護は舌を巻いていた。国家の秘密機関に属する人間というだけはあると、納得できる。


「あえて騒ぎを起こして、黒幕を引きずり出そうとする作戦はどうなったの?」

 誓が尋ねる。


「それはもう少し様子を見ましょう。校長先生から情報を聞き出してからがいいですう」

 と、優。


「今日さらうの?」

 冴子が確認する。


「純子さんに連絡したら、今日はみどりちゃんが出かけているので、明日がいいとのことです」

「なるほど。あの髪長い子あてだしね」


 優の話を聞いて、冴子は頷いた。


「なら俺も雪岡研究所でマウスにしてもらう。生徒だけ戦わせるわけにはいかないからな」


 決然たる面持ちで申し出る古賀を、誓はかなり見直した。


(先入観で人を見ていたのは私の方だったかも……)

 少し反省する誓。


「わ、わわわ、私も改造さされますっ。改造されましょう。そうしましょうっ」

 町子も続けて申し出る。


「いや、俺が言ったからって、町子先生までそんなこと言い出さなくても……」

 古賀が顔をしかめる。


「わ、私は昔、ねっねっ熱血先生ドラマを見て、ずずすずっと教師にあこがっ、憧れていたんですっ。苦しんでいるせいっ生徒達をっ、ボディを張って助けるのは、教師の義務ですっ。ボディーッ!? 何で突然英語! い、今こそ私は教師としての使命を、は、果たす時ですっ!」


 どもりながらも確実に燃え上がり、かつ自分に酔う町子。


「マウスにならなくてもいいので、先生二人にはとても厄介で面倒なお願いがありまあす」

 優が声をかける。


「何だ?」

「学校のありとあらゆる場所に、手分けして、盗聴器と小型監視カメラを仕掛けてほしいんですう。黒幕さんが校舎内にいれば、例えば黒幕さんが校長先生に指示を出している会話も、拾えるかもですしねえ」

「確かに面倒で厄介だがやってみよう」

「わわわ私も頑張りますっ。 みっしょんいんぽじーっ! スパイだいさくせーんっ!」


 優の要求を聞き、古賀は不敵に笑い、町子先生は両手の拳を強く握り締め、気合いたっぷりに叫んだ。


***


 武蔵と九郎、それにデビルの三人は、用務員室にたむろしていた。


 いつもは性奴隷にしたCの女子生徒と交わっているが、見えない敵がいるので、目立つことは避けようという事になり、しばらく性交は控えておくことにする。見せしめ用の四肢切断した女子生徒も、これを機に処分しておいた。


 デビルはいつものように少し離れた場所で、床に体育座りをしている。武蔵と九郎の側にいることが多いが、会話には混じらない。声をかけてもあまり反応はしない。


 武蔵と九郎で喋っていると、用務員室のドアノブを回す音がした。

 二人は警戒する。誰かが用も無く入ってこない部屋だけを選んで点々としているし、今まで何者かが乱入してきた事も無いが、今は謎の敵対者がいると思われる状況だ。


(適当に言い訳するにも、デビルがなあ……。まあ鍵かかってるからいいけど)


 異形の存在をどう言い訳するか、そこが難しいと感じる九郎。


 しかし鍵がかかっているにも関わらずドアは開いた。鍵は粉砕された。

 二人が身構える。現れたのはAの一年生だ。


「おーいおいおいおーい。落ち着いてー。ていうか、俺と事を構えるのはやめた方がいいよー? 俺、強いから。うおおおーっ!」


 その一年生――仏滅凡太郎は、おどけた声をあげたかと思うと、いきなり叫び声をあげ、手近にあったやかんを殴りつける。やかんがぺちゃんこになる。


「どう!? 強いでしょっ!? こんな俺が敵に回れば怖いけど、味方にするときっと心強いよね!? そうだよね!? 俺、仏滅凡太郎! 俺は君等と仲良くなりたいだけなんだ。君達が学校をこんな風にしてるのは知ってるよ! ずーっと調べてたんだ! 俺、一応Aだし、この学校にきて素晴らしい日々を送らせてもらってるよ。感謝! 感謝!」


 凡太郎がやたらハイテンションにまくしたて、叫びながら何度もぺこぺことお辞儀をする。

 デビルが立ち上がり、凡太郎を指し、武蔵の方を見て頷く。


(そのジェスチャーじゃあよくわからん……)

 武蔵には伝わらなかった。


「仲間にした方がいいってことか?」

 理解できた九郎の問いに、黒い少年はもう一度頷いた。


「手土産もあるんだよー、きっと気に入ってくれるよー。それじゃあ手土産、いってみよーっ!」


 指先携帯電話を取り出す凡太郎。録音していた音声を流す。


『明日は黒幕さんから直接指示を受けているであろう、校長先生を誘拐しようと考えてまあす』


 間延びした耳に心地好い声が響く。その内容に、武蔵も九郎も驚愕した。


「学校中に盗聴器を仕掛けておいた。おかげで君らの居場所も突き止めたし、こうして反逆者の会話も録音できた。反逆者が誰であるかも調べはついている。どうよ!? 俺有能だよね!?」

「確かに随分と有能だな。君が味方だったのがラッキーだ」

「うん……心強いよ」


 一応言葉の上では褒めるし認める武蔵と九郎。凡太郎が有能なのはわかったが、テンションがおかしいし、どうにも胡散臭く思えて仕方がない武蔵と九郎であった。


「これは今日の録音だよな? もし昨日だとすると、校長誘拐は今日に実行されてしまう」

「今日だよ。だから今のうちに対策を立てた方がいい」


 九郎の問いに、凡太郎が少し声のトーンを落として答える。


「雪岡純子も向こうについているってことか?」

「それならもっと対策は早いだろう。せいぜい部分的に協力している程度と見た。俺は純子に聞いたことがある。全てのマウスは位置を把握されているらしい。つまり俺等の正体は純子には知られている。しかしこの敵には俺達の正体は知られていなくて、まだ探っている状態だろう」

「なるほど……」


 武蔵の疑問に、九郎が自分の考えを述べた。


「マウス同士の抗争という構図になっているから、一応中立性は保ってくれているんじゃないかな。雪岡純子のマウス専用の情報掲示板を見た限り、わりと公平を期す人物らしいし」

「そんなことよりーっ! 俺はもう仲間ってことでいいよね! いいよな! 裏切ったらぶっ殺す! いいよねーっ!?」


 九郎の言葉を遮り、凡太郎が騒々しく自己主張する。


 正直こんなイカれた奴を仲間になどしたくなかったが、行動力は有るようだし、今は味方が多くいてくれた方がいいし、何より拒めば何をしでかすかわからないので、表面上だけでも、味方ということにするしかなかった。

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