第四十一章 14

 仏滅凡太郎は、小学校中学校といじめられていた時期がある。


 いじめられた理由は、凡太郎の性格にあった。非常に下世話で、他人の粗探しが大好きなのだ。粗探しをしてそれを本人に指摘せずにはいられないという、困った性分もあった。

 それがいじめられる原因になっているという事くらいは、凡太郎も自覚していたが、自覚しつつなお凡太郎は、自分は悪くないと考え、自分はれっきとしたいじめの被害者だと思っていた。


 ある日凡太郎は、雪岡研究所に足を運んで実験台志願して、代わりに素晴らしい能力を手にいれ、その力でいじめは撃退した。


 だが凡太郎の毎日が辛いことに、変わりはなかった。他人の粗をつつけば、自然と誰にも相手にされなくなり、会話もしてもらえなくなくなっていく。しかし他人の粗探しや揚げ足取りをしないではいられない性分。しかし凡太郎とて、友人は欲しい。そんなジレンマ。

 友人を作っても、すぐに失ってしまうことはわかっている。作った友人を失う経過も辛いので、凡太郎はこの歳で、死ぬまで孤独な人生でいることを覚悟していた。


 校内をうろうろしながら、凡太郎は考え込む。

 この学校は凡太郎にとって楽園そのものだ。Aという絶対的に安全な立場にいるので危険は無いし、自分をいじめていたような奴等や、避けていた奴等が、苦しみ喘ぐ姿を見るのは実に心地好い。実に素晴らしい学校に転校してきたものだと思う。


 ところが、その楽園を破壊せんと企む悪しき者達がいる。これは許せない。しかも同じAである生徒達によってだ。凡太郎には全く理解できない。


 何とかしたい。あの五人の動向を見張って、告発したいと考える凡太郎だが、いい案は思い浮かばない。

 自分の能力を使って物理的に撃退してやるという発想も、無いこともないが、凡太郎は他人が暴力を振るっているのを見るのは好きだが、自らが暴力行為に及ぶことを好まない。この力で自分をいじめていた連中を撃退した時でさえ、ひどく嫌な気分だった。できればその手段は避けたい。


(せめてこの学校の支配者がわかれば……。校長に話せばいいのか? でも校長はどう見ても他の教師と同じく、操られているだけのように見えるし)


 凡太郎は考える。ヴァン学園をこのような形にした者が、必ずいるはずだ。その者とのお目通りをかなえ、反逆者の情報を手土産に、仲間に加えてもらいたいと、そんな思惑を抱いていた。

 例え仲間に加えてもらっても、昔のように揚げ足取りや粗探しをしていたら、そこでまた切られるわけだが、今の凡太郎の頭にはそんな危惧は無かった。それよりも当面の欲求だけが強くて、頭がそこまで回らなかった。


 反逆者達は教師も仲間に加えて、今日も集ってなにやら会話していたようだが、相変わらず近づくことはできなかった。どうもひどく敏感なようで、近づいて聞き耳を立てただけでバレてしまう。しかし会話を拾えないと意味が無い。

 どうしたものかと思案しつつ、放課後の校舎を歩いていると、唐突にそれと遭遇した。


 夕陽が射しこむ廊下に、それは佇んでいた。まるで凡太郎の行く手を遮るかのように、あるいは凡太郎に用があると言わんばかりに、凡太郎の目の前に立ち、じっと凡太郎を見つめていた。

 凡太郎は息を飲んだ。それは全身真っ黒な全裸の少年だった。しかしその肌の黒さがただごとではない。陰影がわからないほど濃い黒一色だ。凡太郎はそれを一目見て、お化けなのではないかと思った。


 硬直している凡太郎に、黒の塊のような少年は静かに接近し、手を伸ばしてきた。


 黒い少年の手が凡太郎の額に触れた瞬間、凡太郎は電撃にうたれたかのように、体をびくんと大きく振るわせた。


 やがて凡太郎の目つきがはっきりと変わる。顔つきも変化する。

 黒い少年はそれを見て満足そうに目を細めると、凡太郎に背を向け、その場を立ち去る。凡太郎も黒い少年のことなど気にも留めず、今までの悩みも忘れ、校舎の外へと歩いていった。


***


 武蔵と九郎は、いじめ文化祭へ向けて、いろいろと打ち合わせを行っていた。

 自分達の振る舞いも、学校の運営も、いろいろと変更する事にした。


「文化祭まで、昼の儀式によって生徒を減らすのは無しにしよう」

「わかった」


 大体九郎が案を出し、たまに武蔵が要望を出せば、九郎が上手くまとめるという、いつものやりとりである。


「転校生の数をさらに増やすよ」

 九郎のその言葉に、武蔵は訝る。


「この前、難しいって言ってなかったか?」

「うん、難しい。運命操作術の作用が大変になってきた。もう東京には中高生のいじめ経験者が尽きている感がある。東京以外にも範囲を広げないと」


 九郎は三つの能力を備えている。一つは戦闘用の能力で、最初に雪岡研究所を訪れた際に身につけた。二つ目と三つ目は、ヴァン学園の支配者となる際に必要と感じ、雪岡研究所に二度目の改造を申し出た際に、同時に二つ得たものである。

 後から身につけたのは、いじめっ子といじめられっ子の選別をする能力。そして選別した者を転校生としてヴァン学園に呼びよせる、上級運命操作術『風が吹けば桶屋に導かれし者達』である。


「不穏分子の動きを掴みたいけど、そちらは向こうのアクション待ちかな。一年一組を今洗ってる。死んだ丸米実という生徒は、先日昼の儀式で生贄になって死んだ盛高祐一朗という生徒と友達だったらしい。駒虫元太という生徒も彼等の友人で、この子だけが生きてるね」

「そいつを洗ってみた?」

「教師に調べさせたけど、不審な点は無いみたいなんだよね。今は友達二人を一度に失ってショックで、ずっとしょぼくれてるようだし」

「今の所、見えない敵の有力な手がかりは無いかー」


 九郎の報告を聞いて、武蔵は大きく息を吐く。


「でも確実に敵は潜んでいると思うから、油断しないでいよ」

「わかってる。でも一生懸命対処してくれるのは九郎だろ」


 注意を促す九郎に、武蔵が微笑みながら冗談めかして言うと、九郎も小さく微笑んだ。


***


 護と別れ、帰宅する誓。


 家に入ると、自室に行くまで息が詰まりそうになる。家族とはなるべく顔を合わせたくない。そのため、食事も一緒には取らない。出された料理は自室に持ち込んで食べるようにしているし、それを咎められる事も無い。


 しかし運悪く、その日は玄関で母親と鉢合わせしてしまった。


「最近帰るの遅くない?」


 おまけに声までかけてきた。正直家族の声を聞くだけで、殺意を催している誓である。


「他所で変なことしてなければいいけど」

「死ね」


 嫌味を口にした母に、誓ははっきりと聞こえるように毒づいた。


「今……何て言ったの?」


 母親は信じられないような目で、誓を見た。娘がこうもはっきりと逆らったことは今までに無い。


「死ね」


 つまらないものでも見下すかのような、冷ややかな眼差しを向け、誓はもう一度告げる。


 母親は逃げるようにそそくさと無言で退散した。恐ろしかった。心底恐怖した。正直母親にも自覚はあった。自分の親としての振る舞いが最低の一歩手前くらいで、娘を苦しめていることも、憎まれていることもわかっていた。だからこそ、ついに娘が牙を剥いてきたと感じ取り、恐ろしくて逃げ出した。


(とうとう言っちゃった……)


 誓はというと、動揺も興奮も高揚も何も無かった。ひどく冷めていた。


 自室に戻った誓は、お気に入りのラッコのぬいぐるみを手に取り、じっと顔を見る。


「私、一つだけ、うちの馬鹿親に凄く感謝してることがあるんだ」


 ラッコのぬいぐるみに向かって、笑顔で語りかける。


「私が大人になって、家族を持って……親の立場になったら、あんな風にだけは絶対にならない。子供の痛みもわからない、わかろうとしない……苦しんでいる子供を余計に苦しませるように、そんな最悪の親には、ぜっっっったいにならないって……誓う」


 そう思えるようになった事が、誓が親に感謝している唯一の事であった。

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