第四十一章 13

 翌日、緊急朝礼が行われた。


 一年一組の担任失踪に、昨日の化け物騒ぎ。このタイミングで緊急朝礼という時点で、誓も護も不安であったが、校長はその件には触れることなく、全く別の話をしてきた。


『さて、そろそろ文化祭のシーズンです。しかし今年の文化祭はただの文化祭ではありませんよう』


 校長がいつものように脂ぎった禿頭をテカらせ、にやにや笑いながら告げる。


『どう違うのかって? ではここで発表しましょう。ずばり、いじめ文化祭ですっ』


 ドヤ顔で告げる校長であるが、生徒達はノーリアクションだった。しかし校長はにやけた笑みで生徒達を見渡している。これから口にする発表で、生徒達がノーリアクションではいられないと、わかっていたからだ。


『皆さんには文化祭を行ってもらう傍ら、あることをしていただき、成績を競っていただきます。イベントが終わった後、成績が上位だったBとCの生徒何名かを、Aに昇格させますっ』


 校長の宣言に、BとCの生徒達がどよめく。校長からすれば予想通りのリアクシヨンであった。


『ただし成績が下位の者は、BC問わず、殺してくれと泣きながら哀願するような生き地獄を味わってもらった後で、死んでいただきます。あ、Aは除外しますから安心してくださいね』


 それだけ言うと校長は壇上から降りて、緊急朝礼は終わった。


「いじめ文化祭だってさ……」

 護が呆れ気味に、誓に声をかける。


「このままだと、いじめ体育祭とか、いじめ入学式とか、いじめ修学旅行とかあっても全然不思議じゃないね」


 誓が冗談めかして言うも、洒落にならずに有り得るとも思えた。


***


 優と冴子と町子は昼休みになると、視聴覚室を調べに行った。


 視聴覚室には誰もいなかった。

 黒幕が今もこの場所を根城にしているとは、優は考えていなかった。自分が黒幕の立場なら、一箇所には留まっていない。

 そもそも根城など作るべきではないが、学校の支配者の特権を駆使して、いかがわしいこともしているという。これは明らかに手がかりとなりうる。


 それでもよほどの考えなしでないかぎり、同じ部屋は使わないだろう。人が訪れそうにない教室を順に使って、いかがわしいことをしている可能性が高いし、この部屋にも手がかりが残っているかもしれないと考える。


「ようするに、片っ端から人気の無い部屋当たっていけば、いずれ行き着く?」

「どうでしょうかねえ。黒幕さんも敵対者が現れた事に気付いていますし、警戒していそうですよう」


 冴子の問いに、優が答えた。優も死体を消しているうえに、一年一組に続け様に起こった異変の件もあるので、これで黒幕が何も警戒しないわけがない。


「つーか先生まで来なくてよかったろうに」

 と、冴子。


「正直、町子先生はしばらく雪岡研究所でかくまってもらった方が、いいと思いまあす」

「そそ、そそんなっ、せっ、せっ、生徒に危険なことをさせて、教師が安全圏にいるなんてっ、そ、そんなの、ゆるゆるゆるゆるゆる許せ許せませんっ。私も戦場に出向きますっ。わっ、私だからこそ出来る事もあるはずですっ。い、いい一緒にたたたた戦いますっ」


 優のもっともな意見に、しかし町子先生は聞く耳もたずだった。


「でも正気が戻った町子先生、浮いてないですかあ? ちゃんと他の先生達に合わせていますかあ?」

「だ、だだ、だいだいだい大丈夫っ、大丈夫ですっ。しし知っての通り、教師は皆、頭パーになっちゃってますからっ。あああ、それを言うなら昨日までの私も頭がパーで、生徒を虐待していましたっ。ううう、取り返しがつかないとはわかっていても、早く謝りたいですっ」


 その中には殺人も含まれているので、町子が心に受けたダメージは大きい。例え操られていたにせよ、無関係であるとは受けとれない。


「今日は授業に出ても、Cをいびったりしてないんだよね? 町子先生、優のクラスの奴等に不審がられてないの?」

「その辺の言い訳も面倒ですから、町子先生には雲隠れしてほしかったんですよねえ。まあ、町子先生が正気に戻ったのは、五組の皆は気付いていますけど、皆空気を呼んで黙ってますし」


 冴子の疑問に、優が溜息混じりに答える。


「五組以外は?」

 町子を見て尋ねる冴子。


「ご、ごごご五組以外でも、私は普通の授業に変えました。い、いざという時、生徒皆に動いてもらう時がくるかもしれませんし、そ、そそそうなると、私が正気に戻っていることは、いいい一学年の生徒達には、わかってもらっておいた方が、呼びかけやすくなると思いまして。ええ。私が味方だということを、生徒だけには認識させますっ」

「すげー綱渡りの危ない行為だけど、それって、優のプラン?」


 呆れる冴子だったが、研究所に保護されていてほしいと願う優が、こんな作戦を打ち立てるはずがないと、口にしてから、愚問だと自分で思う。


「違いますよう。町子先生の独断です。黒幕さんに知られたら、町子先生の身が危険ですよう?」


 優が町子の方を見て案じる。


「だだだ大丈夫ですっ。そんなこともあろうかと、ほらっ、これっ」


 懐から颯爽と痴漢撃退スプレーを取り出す町子先生。


「いざという時は、こここここれでズババーッとっ。だ、だから心配しないでくださいっ」

「いざという時、パニくらないよーにね」


 頼りなさ全開の町子先生に、冴子は苦笑いしか出なかった。


***


 放課後、学校近くの喫茶店で、誓、護、優、冴子、町子の五人で打ち合わせが行われた。


「本日は何も変化無く、進展も無しですねえ」

 優がまず口を開く。結局、視聴覚室には何も手がかりは無かった。


「視聴覚室以外の、生徒が立ち寄らなさそうな部屋は調べてみた?」

 誓が問う。


「それも考えましたが、いっぺんにあれやこれや調べて回るのも、ちょっと危険なんですよねえ。黒幕さんは今、立て続けにイレギュラーな事態が発生して、警戒しているでしょうし。派手に動くと、それだけこちらの動きも悟られる可能性が高まると思うんですう。なので、少しずつ慎重に調査していきますねえ」


 優の答えに、誓はなおも疑問を覚える。


「でもさ、黒幕が校舎内でいがかわしいことをしているのなら、しかも場所をあちこち変えているのなら、一日に少しずつ探るより、一日にあちこちチェックしまくった方が、黒幕と遭遇する可能性が高くならない?」

「確かにそうですねえ。慎重すぎますし、効率悪いですねえ」


 ココアをすすりながら、優は誓の異論を認めたようなことを口にする。

 しかし優にもわかっていた。それを承知のうえで、慎重策に回っている。


「私の勘もあるんですよねえ。私達の会話や死体を消す場面、誰かに見られていますし。私、ここまで結構迂闊な行動が多くて、いろいろやらかしちゃってる感があるんですう。なので、ここからは慎重になった方がいいかなあと」

「なるほど……」


 優の話に納得したわけではない誓だが、優の言わんとすることもわからなくもないので、引き下がっておく。


「変なイベント出してきたよね。いじめ文化祭とか。町子先生は何か知ってる?」

 護が町子に問いかける。


「ししし知りませんっ、知りませんよっ。し、知っていたら先に言いますっ。教師サイドでもねみみみみっ、寝耳に水ですよっ。ぶ、ぶぶ文化祭自体は予定されていた時期でもありますけどっ」


 町子が眼鏡に手をかけながら答える。


「ネーミングからして嫌な予感しかしない」

 と、誓。


「細かく得点を競うようなことするんでしょうか。何をするんですかねえ」

「どーせろくでもないことでしょ」


 優と冴子が言う。


「でも俺達もそのろくでもないことに参加することになるよ。文化祭の日までに、この学校の黒幕をやっつけないとさ」


 護の言葉が重く響く。


「や、やっつけましょうっ。せせ生徒達が楽しみにしている文化祭を、そんっ、そ、そんなひどい催しにされちゃうのは、ゆるゆるゆ許せませんよっ」


 意気込む町子先生が、微笑ましくも頼りなく感じられる生徒四人。


「明日は祭日だけど、何か学校の調査するの?」

 誓が優に尋ねる。


「休日に学校に入るのは逆に目立ちそうですよう。校門以外にも、監視カメラもどこに仕掛けてあるかわかりませんし」

「それなのによく三人で視聴覚室調べてきたね……」


 優の言葉を聞いて、誓は微苦笑をこぼした。


 そんな五人組を、遠巻きにこっそり監視している者がいた。


(うーん……会話を拾えないんじゃ、こうして見ていても仕方ないかなあ……)


 喫茶店からかなり離れた場所で、双眼鏡でちらちらと喫茶店の中の様子を見つつ、仏滅凡太郎は思う。

 街中で双眼鏡を使う行為自体、他人から見られることを意識してしまうし、この尾行は激しくストレスである。


(面倒だし、今日はもうやめよ。いずれ尻尾を掴む機会に賭けよう)


 息を吐き、双眼鏡を鞄にしまうと、凡太郎はその場を離れた。


***


 優、冴子、町子と別れてから、誓と護の二人で帰路に着く。


「えっと……明日なんだけどさ、護君は暇?」

 誓が躊躇いがちに声をかける。


「え? 暇だけど」

「じゃあさ、気晴らしに二人で遊びに行かない?」

「えっ? えっ? それってデー……」


 護がもろに動揺している様を見て、誓は少し落ち着いた。そして動揺している顔に萌えまくる。


「デート」

 誓がきっぱりと言いきる。


「でも俺……デートなんてしたことないし」

「私も無いよ……。私じゃあ駄目かなあ?」


 小声でぼそぼそと言う護に、断られるのではないかと不安になって、誓もトーンダウンする。


「駄目じゃないっ! 駄目なわけがない!」


 うっかりむきになって大声を出してから、はっとする護。


(そんなに気合い入れて否定されるとか……)


 嬉しくなってしまい、笑みがこぼれるのを抑えられない誓だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る