第四十章 15

「はーい、皆さん、こっちに来てー。俺の方に来てー」


 春日が両手を広げ、部下達を呼び寄せる。


「ではでは、貴重体験いきますよ~。いざっ! 怪奇現象発動! 蜘蛛になる食人部族! アマゾンの奥地まで探検して、マラリアにかかって死にかけながらも、ようやくこの目に収めたとっておきィ~っ!」


 春日が叫ぶと、部下達の体に変化が起こった。全身から黒い剛毛が生えて肌を覆い尽くし、目玉は八つに増えたうえに人のそれとは異なるものになり、服を突き破って新たに蜘蛛の脚が二本生える。


「これ……怪奇現象っていうのか?」

「立派な怪奇現象だもんっ」


 真の突っ込みに、春日は頬を膨らます。


「お前ってわりと外道なんだな。味方を化け物に変えてよ……」

「いやいやいや、ちゃんと後で戻せるから外道じゃないもんっ」


 麗魅に軽蔑され、春日は首を横に振る。


「男がもんっとか言うなよ……」

「そりゃ男女差別ってもんだもんっ。もんもんもんもーんっ」


 気色悪い奇声をあげる春日。


「よし、行け。アマゾンの怪奇現象の力を見せてやれっ」


 春日が命じると、蜘蛛男となった部下達が四つん這いになって、真と麗魅に向かって殺到する。


「馬鹿なのか……」


 麗魅が呆れながら、向かってくる蜘蛛男達を撃つ。真も同様にどんどん撃っていく。


「馬鹿な上司のせいで死ぬのも哀れだから、加減しておいた」

「なはは、同じく……。ちょっと手間取ったけどな」


 全ての蜘蛛男の手脚を撃ち抜いて行動不能にしてから、真と麗魅が言った。


「あれ~……?」


 あっさりと蜘蛛男が全滅したのを見て、春日は愕然とする。


「これ、結構恐ろしい怪奇現象なんだよ? 噛まれれば伝染して蜘蛛男か蜘蛛女になるし、そもそも噛まれるだけですまなくて、そのまま食い殺されるし」

「でも銃で撃てばそれまでだし、普通に銃撃戦させておいた方がよかったんじゃねーの?」

「力の使いどころを間違ってる。建物の中とかで、もっと大人数を感染させて不意打ちとか、そういう形なら効果はあっただろうけどな。ここは狭い裏路地だし、同じ方向から、結構距離も離れているのに、集団で向かってきても駄目だろ」


 あっさりと撃退されたことに納得いかない春日に、麗魅と真の二人がかりで、駄目な理由を説明する。


「な、なるほど。こ、これは失敗したなー……。うん、認めないとな。失敗を認めて改めぬ者はキングオブ無能だぜ」


 精一杯自分を取り繕う春日だが、すでに十分無能な気がした麗魅と真であった。


「判断を誤った場合に、誤った判断を活かすこともできるが、これはどうにもできなかったな」


 真が言い、春日に銃を突きつける。


「えっとね……俺は一人でも戦えなくもないんだ。しかしだね、今は大失敗のショックでだね、いまいち戦意も無いし、部下達も殺さないでもらったし、そんなわけで降参ということで……」


 ごちゃごちゃ降参の理由を前もって告げてから、春日はへなへなと崩れ落ちた。


「つーかこいつ、今日は馬鹿だったけど、結構とんでもない能力使う奴だから、見くびるのはやめとけよ」


 以前一緒に仕事をして春日のことを知っている麗魅が、真に忠告する。


「こいつらは騒ぎが終わるまで、ふん縛って監禁しておいた方がよさそうだな」

「おっけーおっけー、でもテレビは見せてね。ネットも」


 真の言葉に頷きつつ、笑顔で要求する春日。


「雪岡研究所にでも送るかい? 純子がこっそり改造とかしちゃいそうだけど」


 麗魅が春日を見下ろしながら、にやにや笑って提案したが、春日が何故か目を輝かせているのを見て、麗魅の笑みが消えた。


「瞬一に頼んで、溜息中毒の方で監禁してもらうのがいい。元々は友好関係にある組織だから、こいつらも安心できるだろ」

「配慮ありがとさままま~。そうしてもらえれば、騒ぎが収まれば、溜息中毒との仲も修復しやすくなるかもね。扱い次第でさ」


 真の言葉を聞いて、春日が朗らかな笑顔で言った。


「あ、それとさ、ボスに連絡させてほしいんだけどー」

「それは却下だ」


 春日の要求をすげなく拒む真。


(わかりづらい所に隠したけど、いつ気付かれるかとヒヤヒヤだ……)


 春日は思う。自分が反物質爆弾の警護をしていたとは、真も麗魅も思っていないようだ。確かに場所が場所なので、そうは思いづらい。


「前もこいつが反物質爆弾をガードしていたらしいし、この辺をくまなく探してみようぜ」


 ところが麗魅がそんなことを口走ったので、春日はぎくりとする。


「一度失敗した奴に任せるか?」


 真が疑問を口にしながらも、周囲を見回す。


「それを逆手に取るとかもあるだろ。それに何のかんの言ってこいつは……あ、これかな?」


 ゴミの山を押しのけ、マンホールの蓋を開けた麗魅が、小さめのケースに入れ替えた反物質爆弾をあっさりと見つけたので、春日はがっくりとうなだれた。


「瞬一と美香に取りにきてもらおう」

 真が言い、バーチャフォンで連絡する。


***


 ランディと龍雲は治療後にまた一仕事して、今は中立指定区域のレストランで食事をとっていた。

 裏通りのルールにより、ここなら襲われることもないが、外に出た瞬間を狙われる可能性が高いので、その際のみ、注意が必要だ


 仕事中もずっとニット帽をかぶったままのランディであった。流石に戦闘の際は意識していなかったが、それ以外の時は、ずっと意識している。


「この帽子をかぶって、ボスとしての威厳が失われると思うか? 御丁寧に俺の名前まで書いてあるし……」


 テーブルに向かい合って座る龍雲に、自分の頭を指して尋ねる。

 正直凄く嬉しいが、それでも気になってしまう。子供だからと見くびられないように、必死にやってきたというのに、それを台無しにしてしまうような気がしてならない。


「そもそもお前は肩肘を張りすぎだ。なめられないようにと、冷徹なボスを演じ続けなくてもいいと、いつも言っているだろう」

「体面を気にしすぎて、体面に振り回されるようになったら駄目なのはわかる。だが体面を全く気にしない人や組織ってのも、それはそれで問題だろう。だから……やっぱりこの帽子は不味い」


 そう言ってニット帽を取るランディ


「いや、かぶっておけ」


 そう言ってニット帽をランディの手から取り、無理矢理かぶらせる龍雲。


「お前がかぶりたいんだろう。なら、そうしておけ。何か言う奴には好きなように言わせておけばいい。帽子如きで威厳が損なわれるというのなら、そいつは大したボスじゃないってことだぞ」


 龍雲のその台詞には、ランディも説得力を感じ、返す言葉も見当たらなかった。


「正直な、俺はほっとしている。お前が他人の厚意を受け止められる気持ちを、失くしていないことにな」


 優しい目でランディを見ながら、龍雲は本音を吐露する。


「踊る心臓のボスとしては……失格じゃないのか? 龍雲は俺にボスとして振舞えと言った。なのに今は逆のことを言ってやがる……」


 珍しくスネた表情を露わにするランディに、龍雲は微笑をこぼした。


「極端すぎるんだ。お前は調整が効かない――そういう所に関しては不器用な子であることは、わかっている。お前もいっぱいいっぱいな所があるから、その苦手な部分をあれこれ言うのは、今まで避けていた」


 戦うことも、組織の運営における統率力も、幼くして類稀なる才華を見せたランディであるが、人に劣る欠点もある。今竜雲が述べたことが正にそれだ。


「それはそうと……春日から定期連絡が途絶えて随分と経つ」


 龍雲がバーチャフォンを見て、不審げに眉根を寄せる。

 戦闘中でもないかぎりできるだけ行うように言ってある。それが途絶えたということはつまり……


「春日が殺されたか? ブツも見つかったか」


 ランディもバーチャフォンから、ホログラフィー・ディスプレイを投影する。


「GPSを見た限り、ブツは移動していない。しかし悠長に飯を食っていられなくなった」


 地図を確認して、ランディが言った。


「ここからでは我々より始末屋達の方が近い」

「そうか。じゃあ奴等に行かせて、俺達は悠長に飯の続きだな」


 龍雲の言葉を聞き、ランディはディスプレイを消し、食事を再開した。


***


 凜、晃、十夜は救援要請があった現場での戦闘を終わらせ、一息ついていた。


「相沢先輩がブツを見つけたって。場所は……」

 十夜がメールを見て報告する。


「私達のいる所からは遠いし、月那美香達に任せましょう」

 と、凜。


「えー、相沢先輩と合流しようよー。したいよー」

「あんた一人で行ってきてもいいけど? ボスが好き勝手やる組織なんて、私は付き合えなくなるけど」

「ごめんなさい……」


 凜に冷たい目で睨まれ、晃はしゅんと縮こまる。


 と、そこに数台の車がやってきて停車し、中から体格のいい外人達が現れ、三人の前に展開する。

 どう見ても堅気ではないうえに、敵意を丸出しにしている。


「こいつらさっきの奴等より強そうだ」

「ていうか、真ん中の二人以外、皆外人だねー。外部からの雇われ組かな?」


 十夜と晃が言い合う。立ち位置からしてリーダーポジションの、二人の少年少女だけが、日本人だった。


「違う……こいつらは踊る心臓でもなければ、踊る心臓に雇われたわけでもないわ」


 凜が日本人の少年少女を見て言った。


「こいつら、『妊婦にキチンシンク』よ。私がフリーだった時代に仕事を請け負った時に、知り合った子が二人いる」

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