第四十章 爆弾を奪り合って遊ぼう

第四十章 二つのプロローグ

 情報組織『マシンガン的出産』は、ネットや電話での接触を一切拒み、直接会ってしか情報の取引をしないというポリシーの組織だ。依頼さえも、直接会わないと引き受けてくれない。

 この組織は数ある情報組織の中でも特に特異かつ稀有な存在であり、その組織構成からして謎に包まれている。組織の長である古賀カツルに至っては、普段は河川敷に集る浮浪者達によって作られたダンボール街に、ホームレスの一人として生活している。


「古賀さん、元気ー? はい、差し入れ」


 その古賀の元に、鮮やかに輝く真紅の瞳を持つ少年が訪れた。


「最近忙しいから元気とは言い難いな。連中のおかげでよ……。どうせお前が来たのも、そいつ絡みだろ?」


 少年から茶菓子を受け取り、古賀はしかめっ面で言う。元々人相もよろしくないので、不機嫌そうにしていると、かなり怖い顔になる。


「うん。『踊る心臓』の件で聞きたい事があってね」


 赤い瞳の少年――月那瞬一は神妙な面持ちになる。

 瞬一は卸売り組織『溜息中毒』の構成員である。かつての溜息中毒の初期メンバーは、瞬一以外全員幹部という扱いなったが、瞬一はもっと現場で経験を積みたいと望み、ボスの高城夏子もこれを了承したため、未だ下っ端として働く日々であった。


「安楽市の多くの情報屋や始末屋が、あいつらのせいで東奔西走している。依頼者は中枢だが、奴等とて独自の情報網を持っているくせに、自分達の駒を失くしたくないから、代わりに俺達を働かせて死なせている」


 溜息混じりに古賀が言った。古賀が最近忙しい理由も、正にそれだ。


『踊る心臓』は、溜息中毒と同じく卸売り組織である。安楽市には現在、三つの卸売り組織がある。一つは人身売買組織から卸売り組織へ鞍替えした『肉塊の尊厳』。そしてもう一つがこの踊る心臓だ。

 かつて卸売り組織が安楽市内に乱立していた時代、組織同士で激しい抗争に明け暮れていたが、その抗争から早々に離脱したので踊る心臓だった。正確には、全ての卸売り組織が、踊る心臓の縄張りだけは荒らさない方針を取り、この組織と事を構えるのはやめた。当時の武闘派であった安楽市内の卸売り組織全てを敵に回しても、踊る心臓には勝てないと踏んだからだ。

 安楽市の裏通りの組織の中でも、極めて好戦的かつ大規模な力を有した組織であり、赤城毅がボスを務めていた頃の『日戯威』ですら、踊る心臓には手を出そうとしなかった。


 卸売り組織間での争いはしなくなった踊る心臓であるが、その後も、異なるカテゴリーの組織とは度々抗争をしているし、特に最近はチャイニーズマフィアとの抗争が激しい。何しろ踊る心臓の構成員の半数近くは、日本の裏通りに帰順した元チャイニーズマフィアである。それ故に、安楽市に台頭してきたチャイニーズマフィアとは、互いに敵視する間柄となっている。

 チャイニーズマフィアだけではなく、最近日本への侵入が目立つ、他国の残虐非道なマフィア連中とは、積極的に対立する傾向にある。それは商売敵という理由もあろうが、力の誇示のためとも噂されている。あるいは日本の裏社会を守るための義侠心とも。


 元々獰猛な組織であったが、ボスが二代目に入れ替わった三年前から、さらに凶暴さが増した。敵組織の構成員を一人残らず根絶やしにする事すら、珍しくない。

 一方で、筋を通す者達には寛容な態度で接し、抗争になっても事情次第、相手次第ではすんなりと和解するという一面もある。


「で、奴等の何が知りたい」

「誰もが知りたがっている事だよ」


 瞬一の言葉に、古賀は目を細めた。何を口にするか大体予想できたのだ。


「反物質爆弾の在処」

「お前もか……」


 真顔で告げる瞬一に、古賀は笑う。


「しかし情報組織だからって、何でも知れるわけじゃねーぞ。今、安楽市の裏通りがどうなってるか知ってるだろう? 思惑は様々だが、すでに奴等の情報を知ろうとして、動いている奴等が大勢だ。そしてそれが知られたら……いや、そもそも何でお前らがそれを知りたがる? どういう事情だ?」

「俺達も卸売り組織だからね。もし反物質爆弾が、国内の誰かの手に渡るか、あるいはただ日本を経由するだけで、どこかの発展途上国に流されるかする前に、ちゃんと確保できたら、俺達の出番なんだよ」


 古賀の質問に、瞬一は可能な限り曖昧な表現で答える。どういう事情かは、依頼主の手前、ストレートに伝えられない。

 しかしそれだけで古賀も察した。溜息中毒に依頼したのはおそらく中枢だ。


(反物質爆弾を送り返す役目を果たすのか、あるいは中枢の指定した場所に運ぶのか)


 そう思う一方で、古賀にはまだわからないことがあった。


「だったらその時が来るまで、お前らが動く必要は無いだろう? 何でお前らの立場で、それを探るんだ」

「その時が来たら、俺等も踊る心臓に目をつけられる立場だ。だから自衛のためにも、出来る限り情報は知っておきたい」

「わかった。判明した事はすぐにお前の方に伝えるから、こまめにうちのモンと接触しろ」


 瞬一の組織の事情を理解し、古賀は依頼を引き受けたが、先程も口にしたように、すでに中枢からも、同じ依頼を受けて動いている最中であった。


 それが今日の話。


***


 移民へのいじめは全国的に行われている。いじめが行われた学校の校長も、文科省も、そのようなことは一切無いと厚顔無恥な否定を口にしているが、今日もどこかで確実にいじめは行われている。

 エスカレートしていじめている相手を殺すことも、逆にいじめられていた者がキレて相手を殺すことも、そう珍しい事件ではない。年に何回も発生している。


 ランディは八歳で殺人者になった。自分が移民という理由だけで、執拗にいじめていた同級生四名を、授業中に堂々と殺して回った。ついでに担任教師も。

 手に入れた銃で、一人ずつしっかりと撃ち殺しておいた。ランディがどんなに助けを求めても、目の前でいじめが行われていても無視していた中年女教師は、失禁して震えていたが、それを見て激しく殺意が沸き、思わず射殺した。


 ランディは銃をくれたチンピラ移民の元へと行った、もう家族に合わす顔は無いと言い、チンピラ移民の組織に雑用係として入れてもらった。


 そしてすぐにランディは、才能を早咲きさせるに至る。


 ランディが所属した組織は、多くの組織と敵対し、年中抗争に明け暮れていた。組織に入ってたった一週間後に、銃声と血の嵐を目の当たりにする事となる。

 その際、ランディは恐怖する一方で、ひどく自分の頭が冷静であることに驚いていた。

 ランディには見えていた。誰がどう動き、誰がどこに銃口の狙いを定め、誰がどこに銃を撃ち、全員の銃の弾道も発射のタイミングも、視界の外の動きでさえもわかってしまった。

 コンセントの服用をしていないにも関わらず、コンセントを服用した荒事に長けた大人達以上に、空間内で繰り広げられている修羅場の全てが把握できていた。


 ランディは殺された仲間の銃を取った。どう見てもこちらが押されている。敵の方が数は多い。きっと皆殺しにされる。

 自分は子供だから見逃してくれるかもしれないし、あるいは子供だろうと容赦なく殺されるかしもれないし、変な所に売り飛ばされるかもしれない。しかし例え見逃してもらえると知っても、たった一週間の仲間であろうと、自分を差別することなく受け入れくれた者達が目の前で殺されて、それで助かったことを喜ぶ気にはなれない。


 ランディは自分でも驚くほどに、体が自然に、そしてスムーズに動いていた。何の恐れもなく銃口を向け、引き金を引いていた。

 自分に向けられる銃口と殺気にも、全て反応できた。敵が撃つコンマ数秒前には体が自然に動いていた。まるで熟練の戦士のように、考えるより前に体が反応していた。あるいは自分の前世がそうであったのかもしれず、魂が覚えているのかもしれない。天才とはそうしたものかもしれないと、後になってランディは思う。


 気がついたら、仲間達が呆然としてランディを見つめていた。雑用係として置いていた八歳の子供が、突然一騎当千の活躍を見せるという、あまりにも常軌を逸した出来事が起こったのだ。そしてランディのおかげで、全滅するかと思われた襲撃を生き延びることができた。


 その後ランディは、正式に戦闘訓練を受けたが、ここでも周囲を驚かせた。模擬戦の銃撃戦が行われたが、それなりに修羅場をくぐった者達が複数でも、ランディにかなわない。ランディに勝てたのは、味方にも畏怖されている戦士であり組織のナンバー2でもある、龍雲ロンユンという大男だけであった。

 ランディは龍雲に認められ、みっちりと訓練を受け、実戦の場にも連れまわされた。ランディは全く躊躇を見せず、殺しを受け入れているように、組織の者からは見えた。


 銃の腕だけではなく、ランディは組織の運営そのものにも興味を持つようになっていた。ランディは荒事に駆り出される時以外は、幹部やボスの補佐を行い、組織の運営そのものを学んでいくようになる。


 若ければ若いほど、子供であればあるほど、頭の吸収がよい。それに加えて元々の資質も有った。組織の幹部達はランディの目覚しい成長を目の当たりにしていたため、組織に入ってたった一年で、そして若干九歳で幹部へと昇格しても、何も驚かなかった。反対する者もいなかった。

 内心抵抗のあった幹部も多少はいたが、反発しようにもできない。明らかな天才児であるため、子供だからという理由だけでは反対しにくい。何より組織にとって有益であるし、子供相手にムキになる大人げなさを見せたくないという、そんな計算が働いた。


 それからわずか二ヶ月後、ランディは組織のボスとして君臨していた。組織の創始者であるボスが抗争で命を落とし、幹部の中にも後を継いでボスになろうと望む者達がいなかった。そして能力的に誰が最も適しているかを冷静に考えた結果、ランディしかいないという総意の元、若干九歳のボスが誕生した。

 十代の頭目は裏通りの組織において珍しくはないが、名の知れた大組織のボスで、十歳にも満たない子供がボスの座についた話は、流石に聞かない。当時の裏通りの住人達の間では、かなり話題になった。


 元々好戦的な組織であったが、ランディがボスになってからはさらにその凶暴性が増した。

 ランディは幹部になってもボスになっても、積極的に抗争に参加した。何の疑いもなく先頭を切って戦った。幹部達も諌めることはできなかった。それがランディという戦いの申し子であると、理解していたからだ。


 それが三年前の話。

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