第四十章 1

 真は七人の男女と行動を共にしていた。


 曇天の夜。月明かりも無ければ街灯も無い暗闇の中、途中から二人一組になってばらばらに分かれて動く。

 裏通りの住人が根城にするには格好の場所――使われなくなった倉庫街。ここは複数の組織が拠点として利用しているというので、標的の組織と間違い、別の組織の拠点に突入するという間抜けな事態も、起こらないとは限らない。


(正直、無駄足になりそうだな……)


 真は思う。依頼内容は、捕えられた仲間の救出及び情報の確保。依頼主は、真とは知己である情報屋、リチャード井上。情報組織『マシンガン的出産』の一員である。

 探っていた組織に仲間が捕まえられたので、救い出してほしいと、リチャードは複数の個人や組織に依頼したわけだが、その仲間とやらは高確率で死んでいると、真は見ている。


 少し離れた場所で銃声が響いた。


(どこかの間抜けが見つかったか。その間抜けは……あいつだな)


 重く響く独特の銃声に、真には聞き覚えがある。世界に一挺しかない特注品の銃だ。


「榊、早く――」


 相方の男が遅れているので、声をかけた真だが、殺気を感じてその場を反射的に飛びのいた。

 銃声が間近で響く。撃ってきたのは、一緒に組んで行動していた榊という男だ。


 さらに別方向からも殺気が生じる。これで挟まれた格好になった。

 裏切り、不意打ちで殺そうとしてきた榊よりも、まずは別の場所にいる襲撃者に意識を傾けた。


 コンマ数秒後に、闇の中から殺気が膨れ上がるのを感じ取り、真はさらに横に跳んだ。刹那、銃弾が三発、真のいた空間を横切る。しかし一発は、真の行動予測後を撃ち、真の体すれすれの場所を飛来していった。


 闇の中めがけて銃を一発撃つ。これは牽制も兼ねている。おそらく敵は暗視ゴーグルの類を身につけている。

 そしてすぐさま榊の方を振り向いて撃つ。ほぼ同時に榊も撃ったが、見当違いの場所を弾丸が穿つ。先に真の弾丸が、榊の胸を貫いていた。


 闇の中からさらに銃撃。真には姿が見えないが、殺気という名の電磁波で、相手の位置はわかっている。真は例え目を瞑っていようと、感覚だけで相手の位置が大体読める。障害物となるものまではわからないが。

 真がマシンピストルじゃじゃ馬ならしをフルオートモードにして、一気に弾丸を吐き出す。闇の中より感じた二つの殺気が、それで途絶えた。

 一気に弾を消費するため、フルオートで撃つのは好ましくない使い方であるが、敵の位置を目で確認しているわけではないし、敵が複数であったため、今回はフルオートにした。


 それから倒れている榊の側に近寄り、しゃがみこむ真。


「ごめん……相沢……人質を取られたんだ」


 致命傷の榊は、真を見上げて泣きながら謝罪した。


「恨みはしない。仇は討ってやる。人質もできれば助けてやる」


 真の言葉を聞き、安堵したように一瞬微笑をこぼすと、榊は事切れた。


(つまりこちらの動きも――情報も、敵に漏れているってことだ)


 バーチャフォンを取り、メッセージを送る。


『榊が裏切った。おそらく敵にこちらの動きは全て読まれている。まだ裏切り者がいる可能性もある』

『こっちも交戦中だったよー。今の銃声は相沢先輩だよね?』

『まだいるとか、疑心暗鬼にさせるなよ』

『私の方も裏切られた。速攻殺したけど』

『こちらに裏切りは無いと思いたい』


 別行動していた仲間達のチャットで、ログが埋まっていく。


 この中に真の知り合いは四名いる。始末屋組織『ほころびレジスタンス』の、岸部凜、雲塚晃、柴谷十夜。そして――


「おい真、後ろだ」


 もう一人の知る人物が、真に声をかけた。


「近づいているのに全然気付かなかった」

「なははは、私の方も裏切られたよ。何か事情有りっぽかったから、殺さずに気絶させて縛っておいた」


 若干斜視が入った猫背の美人が、愛嬌に満ちた笑い声で言う。霞銃の麗魅という異名を持つ始末屋、樋口麗魅である。


「僕の方は見ての通りだ」


 榊の死体を一瞥する真。行動していた七人のうち、知り合い以外は三人共裏切り者だった。


『こっちの動きが予め知られていた時点で、これ以上は無理しない方がいい』


 そうメッセージを送ってきたのは、凜である。


「理性的に考えればそうだね。でもあたしは、ナメた真似しくさった奴等を、このまま皆殺しにしてやった方がいいと思うわ。この分じゃ、捕まった奴ももう殺されてるだろうしね」


 真の前で麗魅が喋りながら、同じ文章をメッセージにして送る。


『そういう考え方も嫌いじゃない』

 凜がそう返してきた。


「あんたは異論ある?」

「無い」


 麗魅に声をかけられ、頭の中で笑う自分を思い浮かべながら、真は即答する。


『四組に分かれてたけど、二組にまとまろう。ほころびレジスタンス組で一つにまとまってくれ。僕は樋口と行動を共にする』

『えー。僕は相沢先輩と一緒がいいのにー』


 真の指示に、晃が不満を返してきたが、当然黙殺する。


 遠くから銃声が幾重にも響く。晃達が戦闘に入ったようだ。

 その中に一つだけ、やたら異質な銃声が混じっている。晃の銃であろう。純子が作った特製であり、貫通力に優れるが、それ故巻き添えを出しかねない危ないものである。晃はこの銃にピースブレイカーなどという名前をつけている。


 ひっきりなしに鳴り響く銃声の数を聞いた限り、敵の数は相当多いと思われる。敵が全員ほころびレジスタンスの方にいったかもしれない。


「向こうに助太刀に行くか?」

 麗魅が声をかける。


「遠回りして背後から狙おう」

「あいよ」


 真の決定に麗魅は頷き、二人は建物と建物の間の通路を移動する。

 前方から、複数の殺気が接近してくるのを感じ取り、二人は足を止め、手近にあるコンテナに身を隠す。


 その二人の頭上から、何かが降ってきた。

 真は飛び上がってそれを空中でキャッチすると、地面に降りる前に投げ返す。裏通りでは珍しい武器――手榴弾だった。


 麗魅が伏せる。真は伏せない。コンテナの大きさから、爆風は防げると見越していた。真は傭兵時代に戦場で手榴弾を何度も扱ったので、お手の物だ。

 爆発が起こる。どの辺りの位置で爆発したか、爆発音で真は大体察しをつけ、爆煙がまだ残っているうちに、コンテナから飛び出した。


 果たして、大人数の敵が前方にいた。爆風を受けて倒れた者も何名かいる。その後方からやってきた敵めがけて、左手に持ったじゃじゃ馬ならしを撃ちつつ、右手にも拳銃を持って撃ちまくる。

 しかしそれで倒れた敵はわずか二人だった。敵はすぐさま建物の壁際へと避けて、真に撃ちかえしてきた。


(一人一人がかなり練度高いぞ、こいつら)


 そう思いながら真がコンテナに引っ込んだのと入れ替わりに、麗魅が踊り出て、神速の早撃ちを披露する。

 一発の銃声、真の目から見ても一発しか撃ってないかと錯覚しかけたが、実際には三発撃っている。あまりの撃つ速さに、三発の銃声が一発に重なって聞こえている。三人が倒れるのを確認する。


 敵の姿が消える。建物の入り口や、ゴミ箱の陰に一斉に隠れた。

 手と銃だけを物陰から出して、半ば牽制で撃とうとする敵であったが、麗魅はその瞬間にそいつの手を正確に撃ち抜いていた。


「化け物め……」

 撃たれた男の隣にいた男が、思わず呻く。


 銃を撃つには複数の動作を要する。銃を構える、狙う、撃つ。複数の敵を相手にしながら、敵の姿を視界に捉えるなり、超反応で瞬時に正確に行うのは、コンセントを服用していてもなお離れ業だ。


(こいつとは戦いたくないな……。まともにやったら勝てそうにない)


 コンテナの陰から麗魅の早撃ちを見やりつつ、真は思う。真が知る限りのマウスの中では、麗魅が一番強い。


(僕が出なくてもこいつが全部やっつけてしまうかな?)


 そう思った矢先、銃声が何度か鳴り響き、麗魅がコンテナに引っ込んできた。


「御登場だ」


 不敵な顔でそう呟く麗魅の顔には赤い筋が走り、そこからゆっくりと血が垂れてきた。


 真は鏡を使って、通路に現れた二人の姿を確認する。


 一人は身長2メートル近くあるのではないかと思われる、胸板も厚く肩幅も広い、逆三角形体型の大男だ。白いスーツと黒いYシャツに身を包み、サングラスをかけている。頭髪はやや薄く、いかめしい顔立ちをしており、顔には刃物による傷跡が斜めに走っている。年齢は四十代後半から五十代といったところだろう。もしかしたら若く見える六十代かもしれない。


 もう一人は子供だった。肌の色は赤銅色で、移民か、移民の血を引いていることがわかる。背丈を見ても顔を見ても半ズボンにTシャツという服装を見ても、小学生としか思えない。年齢は十歳から十二歳くらいと思われる。しかし顔の造詣そのものは幼さを残していても、その目つきと顔つきは、とても子供のそれとは思えぬほど擦れている。

 その移民の子の氷のような眼差しを、真は知っている。かつて何度も自分に向けられた。そして殺してきた。


(地獄を知り、地獄に染まった顔だ。いや……)


 真はかつてそういう顔をした子供達を、戦場で見たことがある。しかし真はそうはならなかった。染まらなかった。そして戦場で真と共に戦った十代の少年達も、こんな顔にはなっていなかった。だが幼くして完全に地獄の悪鬼の仲間入りをした者は、確かにいた。


(違う。こいつも染まってはいない。そう見せているだけ。フェイクだ。ある意味僕と同じで、自分を偽っているタイプだ)


 たった一目見ただけで、真はそこまで直感的に見抜いてしまった。具体的に何でそう思ったかは、口では説明ではない。直感としか言いようがない。


「『踊る心臓』のボスのランディと、その腹心の龍雲ロンユンか」


 真が呟いた。もちろん麗魅も知っている。裏通りではどちらも有名人だ。特にランディの方は、踊る心臓という名の知れた大組織において、わずか九歳で幹部になり、その後たった二ヶ月でボスにまでなったという傑物だ。


「お前らは下がっていていい。あっちに向かえ」


 ランディが抑揚に欠けた声で告げると、部下達が一斉に移動する。


「なははは、一対一が二つって形を御所望かな?」


 麗魅が笑い、先に飛び出した。真も少し遅れたが、すぐに飛び出す。

 ランディの指示に従って、部下達は背を向けて移動中であった。飛び出た真は、ランディと目が合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る